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1章 -29- スリリング・ランチタイム


「はい、こちら女神ランチ2人前ね」

 俺と南雲は席に着き、目の前に出された料理を眺めていた。

 どこからどう見てもフツーの定食だ。


 こちらの世界は植生や動物の種類が違ったりしているので、厳密に言えば元の世界と同じ料理は無い。しかし、結局料理というものは似通うようで、人間の食べ物は異世界人の俺たちでも食べやすそうだった。エルフたちのように焼くしか選択肢が無いわけではないようで安心した。そこだけは。

 問題はそこではない。メニューの名前だ。

 俺たちが頼んだ女神ランチ。それ以外にも女神スパゲティとか女神ハンバーグとか女神カレーとか全てのメニューに女神がついている。

 厳密に言うと料理の名前はこっちの世界の独特のものなので正直どんなものか分からなかったので、元の世界的に言うとだ。だが全てのメニューに女神とついていたのだけは分かった。なぜならみんなが頼んでいるから。


 店内各所から聞こえてくる女神なんとかという料理名。

 なんならこの店の名前も女神食堂だ。

 各テーブルの中央には当然のように女神様フィギュアが鎮座している。カウンターにも、食器棚にも彼女が並んでいる。もうやめて欲しい。

 そして近くのテーブルでは女神様フィギュアを見つめながらみたいなものだけ食っているやつもいる。

 それ、おかずにしてるってのか? マジで狂ってる。

 その鼻息だけは抑えて頂けないでしょうか。こちらが頂けなくなりそうです。


「…………ねえ、ほんとに大丈夫なの? この街」

 目の前のランチに手をつけながら南雲が不安そうに聞いてきた。

 視線はさっきの鼻息男へ向いている。

「俺もそれを考えていたとこだ」


 うん。ご飯は一応普通においしい。味付けは人間の味覚に合っている。

 女神味です! とか未知の味を出されるかとひやひやしていたところだったが、味は安全だった。

 まずいでも超美味いでもなく、普通においしい。

 見た目の普通さもあって、俺たちは安心した。

「うおおおおおお! 女神味!!! ご飯がすすむううう!!」

 隣の席でフィギュアを見ながら米食ってたやつが叫び始めた。

 アイツは何を食ってるんだろう? 本当に同じものを食べているのだろうか?

 ひとまずその辺りはスルーしつつ、俺と南雲は食を進める。思わず黙々と食べることとなった。



 食べ終わって一息ついたところで気がついた。

「支払いっていくらだ???」

「え?」

 南雲も呆けた声を出した。

 正直旅の疲れと空腹で、金のことを考えていなかった。

 さっきの入場料で結構払った。

 盗賊たちの小銭は全員分集めてもそんなになかったし、入場料の支払いでほとんど消えていた。

 転世時に持っていた日本のお金は財布の中にあるが、この世界で使えるとは思えない。

 エルフの村には通貨は無かった。みんなで狩猟と収穫をし、食料は共有だった。

 一応エルフの長老さんたちからお礼に貰った宝石はあるが、まだ換金はしていなかったのだ。

「ま、あの宝石出しとけば何とかなるだろ」

「大丈夫なの?」

 ちょっと不安そうな南雲。

 まあ、食べてしまった以上なるようにしかならない。


「おばちゃん、お会計いいっすか?」

「はいよ」

 気前の良さそうなおばちゃんがカウンターに立った。元の世界だったらレジとか置いてありそうな位置だ。

「これで足りる?」

 ありったけの小銭を出してみた。銅貨が3枚。

「あらぁ、足りないわね」

 マジか。

「あのー、実は手持ちの金がもう無くて、これでもいいっすか?」

 エルフに貰った宝石をひとつおばちゃんに見せる。

 貰ったものの中では一番小ぶりなものだ。一応長老に価値を聞いていたが、これが一番下のものらしい。

 食事代がどれほどのものかは不明だが、村を守ったお礼に貰ったものなら価値は十分あるものだろうと判断しての選択だ。

「どれどれ……。こりゃ驚いたね! これはカルピ石じゃないかい!」

 なんだカルピ石って。驚きようからすると思ったより良いものだったのか?

「珍しいものなんすか?」

「まあ、手に入らないものではないけどね。お兄ちゃんたちくらいの子供が持ってるようなものでもないね」

 どうやらそこそこ高いものらしい。

「どうしてこんなもの持ってるんだい?」

 おばちゃんが心底不思議そうに聞いてきた。

 怪しむような気配ではないので、少し安心した。

「いや、前に人助けしたお礼に貰ったものなんだ」

「へえ! それは良かったねぇ」

 おばちゃんは心から感心してくれた様子だ。


「しかし、そんなものなら貰えないね」

「え? なんで?」

 それは困る。他の宝石はこれ以上の価値があるらしいし、もっと出しづらい。

 どうしたものかと考えようとしたところでおばちゃんが続けた。

「そんなもの貰えるほどの良いことをしたってことだろう? そんな善い人のお兄ちゃんからお金は貰えないよ!」

 何それどういう理屈?

 まあ、それだけカルピ石の価値が高いということだろうか。というか良い人に対する扱いがゆるすぎない?

「いやいや、金は払うよ。何なら換金してくるから……」

 南雲だけ店に残して換金してくるのも手だろう。そう考えたが、

「待ちな!」

 背後から大きな声が上がった。


 先ほど女神フィギュアを見ながら「女神味さいこおおお!」と叫んでいた男だ。たぶん。

 たぶん、というのは、先ほどは痛い人過ぎて直視しないようにしていたからだ。立ち上がった席的にその男で間違いないだろう。

 良く見ると恰幅の良いおっちゃんで、身なりはしっかりしていた。

「にいちゃん、そんな大事な貰い物、換金しちまったらいけねぇよ!」

 酷く澄んだ瞳でそんな事を言ってくる。

「「「そうだそうだ!」」」

 というか気付くと店中の人間が同意していた。

 何これ。どういう状況?

「よし、ここの店代は俺が出してやるから、その宝石は大事に持っときな!」

 やたらと良い人だ。なんだろう、この怖いくらいの親切力。

 さっと懐から金を出し、おばちゃんに渡してしまった。

「え、いいんですか?」

「もちろんさ! にいちゃんみたいな善い人を困らせるわけにはいかねえよ!」

 にこやかに答えてくれる。

「それにだ。金が無いって言うならこれを持っていきな」

 おっちゃんは食事代を払ってくれたどころかお札を俺たちに突き出してきた。

 あ、紙幣もあるんだ。

 一瞬現実逃避しそうになったが、目の前の状況へ意識を戻す。

「な、なんで?」

「そりゃあ金が無いって言うなら、どっちにしろその宝石を換金しちまうだろう?」

 善いことした御礼の品を手放しちまうのはもったいねえ。とのこと。

「そうだそうだ。足りないなら俺たちのも持ってきな!」

 別の男が歩み寄ってきた。

 先ほど黙々と米だけを食べていたやつだ。少し細めの男だが、こちらもやたらと澄んだ瞳をしている。

「善い人には善い行いを、ってことだ」

 その言葉に店内の客がうんうんと頷き、男に続き始めた。

 次々と歩み寄ってきて、お札を置いていく。店内にいた人間がこぞって札を置いていく。中には何枚もお札を置いていく人もいて、びっくりするほどお金が貯まっていく。

 しばらくはお金に困らないだろうぜ……


 なにこの状況。ちょっと怖い。というか怖い。マジで怖い。

 何もしていないのに目の前に山になっていくお金に戦慄し、思わず聞いてしまった。

「なんでそこまで……」

 冷静であれば想像くらいついたのに。

 帰ってきた答えに、俺は自分がした質問を過去に戻って消し去りたいと思ったのだった。

 その瞬間、店内にいた全員がハモッた。

「「「「「女神様の教えだからさ!」」」」」

 みんな奇跡みたいに澄んだ瞳で、マジもんの笑顔だった。


 澄みすぎてマジ怖い。


 横で南雲も引いている。俺を盾にするのはやめて欲しい。

 結局、おばちゃんにもお金は受け取ってもらえず、目の前に積まれたお金を放置も出来ず全部回収してお店を出たのだった。


昨日……というか、本日未明より、かなりのアクセス数頂いてました。

今まで1日で3桁行ったことなかったのに、急に249件アクセス頂いてました。

皆さん読んで頂いてありがとうございます。

驚きすぎて語尾に「!」が付かないレベルです。一週回ってフラットに。


ブックマークつけて頂いた方もいらっしゃるようで、本当にありがとうございます。


今後とも頑張っていきますので、読んで頂けると幸いです。

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