1章 -27- 街に入れない…
列を待つこと数十分。
この世界は1日が長い(約26時間)こともあってか、わりかし時間にルーズだ。
スローライフってやつだろうか。
そのため、門をくぐるための手続きもやたらゆっくりで、列がなかなか進まなかった。
それはそれとして、ついに俺たちの番がきた。
「なんだハリー坊じゃねえか。また勇者ごっこか?」
門の警備をしていたおっさんがハリーに話しかけてきた。
その親しみのこもった声のかけ方から、結構付き合いのある人物のようだ。
「うるさいな。ごっこじゃないよ。僕は正真正銘の勇者さ」
それに対し、少しふてくされたように答えるハリー。
やっぱり勇者ではなかったか。こんな弱い勇者なんてありえないもんな。
「そうよ、ガルドさん。ハリーは勇者なんだから」
「言霊の力は強いんです。勇者と言っていれば本当に勇者になれるんですよ」
マリーさんとエリーさんがフォローする。
しかしエリーさん。それは勇者じゃないと認めてしまっているぜ。
「勇者だかなんだか知らねえけども。坊もそろそろしっかり仕事をしたらどうだ?」
心底呆れたような言い方のおっさん、もといガルドさん。
「勇者だって大事な仕事だよ。魔物から街を守るんだ」
ガルドさんのほうを見ようともせず、ハリーは言う。
「それは俺たち城壁警備隊の仕事でもあるんだがな」
「…………」
「腕は悪くはねえんだ。実家の仕事が嫌だというのなら、うちの隊に来ないか? 昔みたいにまた稽古つけてやるからよ」
「いや、僕は勇者として生きると決めたんだ。……もう通してくれ」
「へいへい」
聞く耳をもたないハリーにガルドさんは諦めたようだ。慣れた感じもあるので、いつものことなのだろう。
ハリーたちの身分証のようなものを確認し、手続きを進めていく。見せるだけで良いようだ。
でも俺、それ持ってない。
「ん? 兄ちゃんたちは何者だい?」
ハリーたちに続いて門まで来たものの、身分証など持ってなかったのだ。
さて、どうしたものか。
「あー、俺たち東京から来ててさぁ。イ○カもスイ○も使えない田舎だとは思わなかったよ。ICチップ対応してないの? せめてクレジットカードくらいは使えるようにしてもらわないとね」
とりあえず日本語で言ってみた。意味も無く田舎をディスる。
「…………」
俺の意味不明の行動に、背後から無言で蹴りがはいる。振り返った先には、ジト目の南雲サン。
バカなの? 死ぬの? みたいな目はやめて欲しい。
「え? お前さん、今なんて言ったんだ?」
ガルドさんが驚いている。
ハリーたちも驚いてこちらを見ていた。
「えーと。俺たちかなり遠いところから来ててさ。言葉も違えば文化も違うんだよ。その身分証みたいなの持ってないんだけど」
今度はこちらの世界の言葉で話しかける。
まだまだ訛りはあるみたいだが、きちんと伝わる程度には話せているはずだ。
「おお、こっちの言葉も話せるのか。良かったよかった。……しかし言葉が違う国なんて聞いたことないぜ?」
一瞬外国人に話しかけられて戸惑うおっさんのようになっていたが、言葉が通じると分かり安堵の表情で話し始めた。
「世界は広いんだぜ。まだまだ知らないことって結構あるさ」
適当にごまかしておく。
今までの情報からするに、この世界の文化レベルは大航海時代の西洋ぐらいのものだ。
コロンブスだって新大陸を見つけたかどうかのレベルだろう。
まだ知らない事だってあっても不思議じゃない。そういうことにしておこう。
「しかし、身分証が無いんじゃ街には入れられないぜ。どうするよ?」
「え、マジっすか」
ここまで来て人間の街を見られないとか、ないだろ。
まあ、こっそり城壁を飛び越えるくらいは簡単そうだが、せっかくなら通常の手順で入り、大手を振って街中を散策してみたい。どうしたものか。
「そのことだが、彼らは僕の友人だ。仲間を助けてくれた恩もあるし、僕のほうで身分証を用意しようと思う」
悩んでいると、ハリーがそんな事を言ってきた。
え、そんなことできるの? へっぽこ勇者が?
「坊、それは一度家に帰るってことか?」
驚いたように言うガルドさん。ハリーの家って何なのだろう。
「……不本意だがしかたないさ」
恩を忘れることは出来ないからね。
ぼそりとそんな事を言いながらハリーは歩き出した。
「すまないが、そこで待っていたまえ。話しをつけてくる」
甲冑のマントをはためかせ、門の奥へと進んでいく。
その後姿だけ見ればやっぱり勇者だ。イケメン爆発しろ!
マリーさんとエリーさんもハリーに続き、先に行ってしまった。
「あの人、何者なの?」
「さあな」
まあ、あそこまで自信満々に言うって事はなんとかなるのだろう。
期待して待つことにした。
俺と南雲は、城門の脇の待機室のようなところへ案内された。
しばらくすると、ガルドさんが顔を出し、俺たちを部屋の外へと連れ出した。
「これ、仮の身分証だと」
渡されたのは、ハリーたちが見せていたものと同じプレートのようなものだった。
残念ながら、ファンタジーとかマンガでよくある個人情報を立体映像で浮かび上がらせるようなシステムはついていなかった。身分証はただの金属プレートだった。文字が彫ってあるだけの。
プレートには名前だけが記入されていた。他に職業や住所、年齢などを書く欄がある。
レベルとかスキルとかの表示欄は無かった。本当にただのネームプレートのようだ。
魔法で浮き上がったりするファンタジックな身分証を期待していた俺としては、残念さを隠せない。
まあ、そういうシステムはギルドとかで冒険者登録してからもらえるものなのだろう。
住人以外は入場料を払う必要があったので、盗賊から頂いた小銭で払っておく。
小銭の価値が不明だが、指定された枚数出したので大丈夫だろう。結構持っていかれた。
微妙な表情をしていると、ガルドさんが渋い顔で言った。
「すまねえな。街に変なヤツを入れないための税金なんだ。高いが、ルールだからな」
盗賊などがうろうろしている世界だ。確かに街の住民以外を受け入れるのはリスクというものか。
入場料を高く取れば、そもそも金を持っていない浮浪者などの立ち入りを防ぐことができる。そういうことだろう。
ルールである以上払うしかない。というかもう払ったし。
気を取り直してガルドさんに礼を言い、門の中へと歩を進める。
俺はついに立ち入る人間の街に期待し、胸を躍らせながら足を動かした。
こちらの世界に来て数ヶ月。ついに人間の文化を体験するのだ!
いざアルシアードの街へ!
俺は引いていた。
それはもう盛大に引いていた。
南雲は俺ほど反応はしてないが、微妙な表情をしている。
「……何あれ」
南雲は、ギャルがキモオタを見る目で街中を見渡している。
マジでどうなってんだこの世界は……
結局入れました。
しばらく更新続けます。
楽しんで頂ければ幸いです。




