1章 -1- 中二病、それは思春期特有の病
中二病、それは思春期特有の病だ。
俺の場合、それは小学生の時から始まっていた。
具体的には脳内で会話ができてしまう感じ。
どこかに出かけるたびに俺の脳細胞は新たな人格を生み出し設定を創造し、俺の中に“声”を増やしていった。
中二病が一番顕著になる中学時代には、俺の病は完成されていたと言っても過言ではない。はっきり会話が出来る訳ではないが、何となくこんなこと言ってる気がする的な感じでたくさんの人格が俺の脳内にいた。
脳内会話で急に笑い出す俺は、当然クラスで浮いていて、いつしか“ぼっち”の称号を得ていた。
小学生の時「あの子と遊んじゃいけません」と言われ、中学生の時「あいつマジやべー」と言われ、高校では「あいつやっちまおうぜ」と言われていた。
“ぼっち”の称号は“いじめられっ子”の称号へと進化した。やな進化だな。
いじめられっ子の称号の効果で、人除けのシールドを得た俺は教室で常に一人。
しかし特に困らなかった。持ち前のポジティブメンタルのおかげもあるが、なんせ頭の中には無数の“声”がいる。はっきり会話できるわけではないが、こんなこと言ってそうだと考えるだけで笑えることもある。
人生は楽しんだ者勝ちだ。不治の病なら生涯付き合う方法を考えるだけ。
せっかく脳内に話し相手がいるのだから、クラスでハブられようとも問題ないのだ。
たまに脳内会話で一人笑い出してしまってクラスの皆には余計に気味悪がられたことは少なくない。
頭の中の友達と盛り上がった勢いで、ネタで黒板に落書きして問題になったこともある。
だが、それでいのだ!
“声”は癖の強いやつらばっかりだけど、楽しいヤツラばっかりだ。
いじめなんて言うしょーもない活動にいそしむクラスメイトよりはよっぽど話をする価値がある。
「あんた、相変わらず今日もヤバいわね」
そう言ったのはクラスメイトの南雲美紀だ。
ナイスバディのナイスギャルな彼女は、グラビアモデルも泣いて逃げ出しそうなその見た目で男どもを統一し、我が校に南雲帝国を築き上げていた。つまりは校内のラスボス。ヒエラルキーの頂点。
そんな彼女がどうして俺なんかに構うのかというと謎だった。
教室も今年から一緒になったばっかりだし、接点など今までなかった。
まあ、お手頃なところにちょうどいい変人がいたからだろう。
マンガやアニメでお約束の、好きだからちょっかいを出してしまうなんて甘い話はない。
あの女はマジでつまらない男をいたぶっているだけだ。
そして今、その南雲と二人、森の中に立っていた。
どこだここ?
一見して植物の雰囲気が日本らしくない。よく山に遊びに行っていたので分かるけど、明らかに植生が違う。ちなみに何をしに山に行っていたのかは秘密だ。だって中二病だもん。
しかしどうやら、マジもんの転世を遂げてしまったらしい。
赤ん坊になってないことを考えるとやっぱり転生じゃなくて転世だな。
「なんなのよ、これ……」
現実を受け入れられないのか、南雲が茫然と言った。
何からどうしたらいいかさっぱりわからない。とにかく現状把握からするべきか。
(さて、どうしたもんか)
まずは周辺環境の把握だろう。
幸い呼吸は普通に出来ている。外気温も暑くはあるが問題ないレベルだ。
いきなりマグマや瘴気が噴出してたりはしてなくてひと安心だ。
重力も地球と変わらない気がする。
もしかすると少しくらいは違うのかも知れないが、俺たちが生きていく分には支障がないように感じるレベルだ。
改めて周りの植物を見てみると、日本では見ないものばかりだった。熱帯の植物にも見えるし、北欧の森にも見える。色々違ってなんとも言えない。
うっそうと生い茂った植物が視界を覆い、遠くを見渡すことは困難だ。
しかも俺たちが立っている場所は道でもなんでもなく、ただの森の中。
つまり、どっちへ行けば良いのか全く分からない状態である。
普通こういうのって街の中とか始まりの村とかに転世するもんじゃないの!?
あのクソ女神、適当に送りつけやがったな……
何かに焦っていたようにも見えたし、考え無しに送ったのは間違いないだろう。
しかし、そんな事を考えていても何も改善されない。
今はまだ明るいけど、この状態で夜を迎えるのは非常に怖い。
魔物がいるとも言っていたので、昼でも危険なのに夜なんて最悪だ。
とにかく進むしかないだろう。
俺は森の中を歩き始めた。
森の中を歩いていて分かったことがある。
とにかく、
「暑い……」
季節が存在するかは謎だけど、日本で言う真夏のような暑さだ。
学校の制服の夏服で転世していたが、肌に張り付くシャツとズボンがうっとうしく、非常に気持ち悪い。
どうせなら不登校転世者たちのマストアイテム、ジャージで転世してもよかったのかも。どう考えても動きやすいし、汗をかいてもまだマシだっただろうなぁ。ビバ化学繊維!
草木を掻き分けながら進んでいるが、流れる汗がぽたぽたと地面に落ちていく。
幸い空気が綺麗なためか、息苦しさは幾分マシだった。
相変わらず生い茂る植物が視界を覆い、見通しは最悪だ。
地図など持っていないし、そもそもここがどこなのかも知らない状態で、当てもなくさ迷うしかない。
もちろんサバイバルグッズなどの用意もない。
これってすでにピンチだよね。
「ちょ、ちょっと待ってよ古川!」
少し後ろからやかましいギャルの声が聞こえてくる。必死に俺を呼び止めようとしているようだ。
可愛げがあれば止まっても良いんだけど、俺をいじめてた女子に呼び止められても嬉しくないのだ。
しかも声に威圧感がありすぎて少し怖い。気持ちは分かるが、キレないで欲しい。
「どこに向かってるのよ!?」
「知らん」
こっちが知りたい。
「とにかく森の中で夜を迎えるのは避けたいから、森を出る」
必要事項だけを伝えて、なるべく会話はしないようにしつつも、早くなり過ぎないように進んでいく。
女子を一人放置していくのも忍びないので、一応南雲がついて来られるペースで進むようにはしているのだ。
しかし、人の気も知らずにこいつはどんどん話しかけてくる。
「何よそれ!? 方向も知らずに進んでんの!?」
暑さのためか南雲のヒステリーが増していく。ヒステリー大賞受賞だな。
このままだと、このうるさい声に引かれて何か出てきたりするんだろうか。
その時はこいつを囮にして逃げよう。
そう決心したのだった。
しばらく歩いていると、茂みの奥で音が聞こえた。
「…………」
警戒して歩を止める。耳を澄まして音を拾うため、南雲にも止まるよう手だけで指示を出す。
「は? なんなのよ」
「…………」
こっちの意図を汲んで欲しい。
普通にしゃべった南雲の声は、女子の高い声ということもあって森に響いた。
ていうか、こいつは地で声が大きいのだ。
先に注意しておくべきだったか……
慌てて南雲に説明を試みるも遅かったようだ。
森の奥から足音が近づいてくる。
足音の感じからすると二足歩行の何かのようだ。
人間だと嬉しいが、魔物でも二足歩行はいるだろう。
メジャーなところではゴブリンとか。
いや、こういう場合、人間でも盗賊とか厄介なヤツかもしれない。
そもそもこんな森の中をうろつくヤツにまともなヤツがいるもんか。
足音はもう近くまで迫っている。
この状態なら不用意に動くよりは、相手を確認して動くべきか。
もしかすると気の良い旅人だったりしないだろうか?
そんなあわい期待も持ってしまったがために動けなかった。
果たして茂みの奥から出てきたのは3人の男たちだった。
服装はファンタジー世界の住人のような感じだ。まあ、実際そうなんだろうけど。
古いヨーロッパの町民が着ていたような服である。
麻で出来た荒い生地の服だ。ところどころつぎはぎがあり、身なりが良いようには見えない。
その腰には大ぶりのナイフが下げられている。
男たちと目が合った。
「”$#$%#”#」
何か言っているが、言語が違うようで、何を言っているのかわからない。
マジか。
こういうのってご都合的に会話ができるようになってるものじゃないの!?
まだ続きます。
なるべく早めに更新したいです。