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1章 -16- 南雲の苦悩2


 この世界に来てから数日、南雲は暑くて寝苦しいとは一言も言わなかった。

 意外なことだが、自分の立場をきちんと考え、その状況を受け入れていたのかもしれない。

 ミザリーが言ったことも原因かもしれないが。

 ここで回答を出してやらないと、今後も悩み続けるかもしれない。


「あのさ、訂正させてくれよ」

「……?」

「まず一つ目。俺が死んだ理由は俺の意思が原因だ。俺は俺の信条に則って人を助けようとしただけだ。相手がたまたまお前だったってだけで。それを悲劇のヒロインみたいにアタシのせいでなんて言うなよ。俺が、俺のために判断した結果だ。俺の決意を勝手に消すな」

 そう。世の中はラブ&ピースだ。

 世界中の人の些細な問題まで全て助けようとかは思わないけど、助けることができるなら手を差し伸べたいと思ってる。良い人でありたと。


「…………」

 南雲は黙って聞いていた。


「二つ目。ケータイもテレビもクーラーもないこの世界だけど、俺は案外嫌いじゃない。中二病だと思ってた自分の中身の真実に気付けたのもこの世界に来たおかげだし、この世界じゃどうやら俺の力は有能らしいし。日本で普通にサラリーマンになる将来よりよっぽど面白そうだと思ってるぜ」

 正直、家族や友人と会えなくなったのは残念だが、あいつらが死んだわけじゃない。死んだのは俺だけだ(あと南雲もだが)。あっちの世界が大きく変わることは無いだろう。

 俺の友達や家族は、こっちで増やしていけばいい。それだけの話しだ。


「だから南雲が気にすることは何も無いって話で、そんなところで転がっているお前はただのバカだ」

「……あんた、やっぱりおかしいわよ」

 やっぱりって何だよ。

「俺はポジティブも信条なの。自然いっぱいの素敵世界で美味い肉食って、美味い果物食って、なにか問題あるか?」

「大イノシシに襲われそうになったり、盗賊に殴られたり、エルフに矢を向けられたり、変なおっさんに襲われたり、酷いことばっかりじゃない……」

 ネガティブだが言っていることは事実でもある。

「お前けっこう頑固だなぁ。これ以上意見を続けるならドM認定するぞ。この変体」

「なんでそうなるのよ…。普通に考えたら全部アタシのせいだし、アンタがアタシにキレて当たり前でしょ?」

「普通ってなんだよ。中二病のオタクなめんなよ? 俺に常識は通用しない」

 はあ。とため息をつく南雲。

 呆れられた?

 あれ? 俺が気を使ってやってるはずなのに……。

 ゴソゴソと音が聞こえてきた。


「ん?」

「お邪魔したわね。後は自分の部屋で寝るから」

 起き上がった南雲が部屋の入り口に向かって歩いていった。

「待てよ。あっちは暑いんだろ?」

「仕方ないわよ」

「床しかないんだろ?」

「仕方ないわよ」

「ギャルのくせにマジメに考えるなんて似合わないぞ」

「うるさいわよ」

 こいつは思った以上に頑固者だ。

 こうなったら仕方ない。このままあっちの部屋で寝かせるのも忍びないので考える。

 妙案を思いついた。せっかくなので役得に浸ることにしよう。

 部屋を出ようとする南雲に声をかける。


「ご希望通りお仕置きしてやるからこっち来い」

「……」

 立ち止まった南雲は、うつむいたまま俺の元まで歩いてきた。

「向こう向いてここに寝ろ」

 ベッドに入らせ、俺の反対を向かせる。

「ごめんね古川……。好きに楽しんでくれていいから」

 南雲の振り絞った声が聞こえた。

 反対を向いているので表情は見えないが、明るい声ではない。

 なんというか、ずるいぜこれは。

 ライオンみたいな南雲はどこへやら。これでは借りてきた子猫だ。

 守ってやりたくなってしまう。

 しかし同時に、そんなこと言われたらできる我慢もできなくなりそうだ。


 でも、それはそれとして、

「お前に実刑判決を下す。南雲、お前はこれから毎晩抱き枕の刑だ」

 偉そうに言ってやった。


 目の前で縮こまっている南雲の肩に腕をまわす。

 肩に触れた瞬間、南雲は少し震えた。

「……うん」

 しかしすんなりと受け入れる。震えたのは最初だけだった。

 まあ、自分であれだけ好きにしろと言っていたのだ。それくらいは良いだろう。

 そのまま身体も抱き寄せ、密着する。

 女子とこんなに接近したのは当然初めてだ。中二病患者に恋愛などできようものか。経験などあるわけない。

 俺の恋愛経験レベルは0だ。

 南雲の身体は柔らかく、良いにおいがした。

 やばいこれ。めっちゃドキドキする。

 密着する形になったが、この部屋はクーラー魔法が聞いているため暑くはなかった。

 抱き寄せたまま、これ以上は何もしない。

 ドキドキしつつも、南雲の体温を感じるにとどめておく。

 人の体温って、なんでこんなにあったかく感じるんだろうな。


「…………古川?」

 しばらくそのままでいると、南雲が話しかけてきた。少し困ったような声だった。

 肩にまわしている腕が重かったのだろうか?

 それとも俺の鼻息うるさい?

 あ、もしかして汗臭かった!?


「どした?」

 緊張しつつも平静を装っておく。

「なんで何もしないの?」

 どれも違ったようだ。


「されたいのか?」

 やっぱり肉食女子なのだろうか。ギャルだし。

「しても良いって言ってるじゃん……」

 ……「しても良い」ってことは、「されたい」とは同義ではない。

 こいつは、罪悪感だけで俺に身体を差し出そうとしている。

 そんなの嬉しくないし、南雲だって可哀想だ。

 エッチなことは愛があってこそだと思うのだ。ラブ&ピースだよ。

 やっぱり変な事しなくてよかった。すごーく残念だけど。


「言っただろ? 抱き枕の刑だって」

「こんなのじゃ……」

 罰にならないって? 罰なんていらないって言ってんのに。

 そんなに罰が欲しいのか? Mなのか? やはりM認定が必要なのか?

「好きにして良いって話だったから俺の抱き枕にするんだけど? 嫌か?」

「そうじゃないけど……」

「なら決定。これは罰だから、毎晩来いよ?」

「分かったけど……。こんなのじゃ……」


 南雲はかなりネガティブになっているようだ。

 まあ、いきなり死んだと言われ、言葉も通じないしスマホもネットもない世界に放り出されて数日。

 本人が言っていたように、南雲にとってこそ、こっちの世界はかなりしんどいものなのだろう。

 しかも自分のせいで死んだ相手と一緒にいるのだ。

 ずっと気にしていたのだろう。


 というか気にしすぎじゃね? 意外と根は真面目なやつだったのか。

 もう少し俺も気にしてやっておけばよかったかな。

 こういうときどうすれば良いのだろうか?

 イケメンだったらこんな時、女心を打ち抜くナイストークで解決するのだろう。

 しかし俺は中二病患者だ。そんな素敵トークはストックしていない。


「俺だってエロいことはしたいよ」

「じゃあ……」

「でもそれは愛があってこそだと思うんだよね」

 素直に思っていることを言うことにした。

「罪悪感だけで身体を差し出されても嬉しくないの」

 いや、興味はすごーくあるけどさ。

「それに、伝わってなかったみたいだからもう一度言うけどさ」

 俺はこっちの世界に来ての楽しみを、南雲を抱きしめながら語った。

 自然と耳元で語りかけるようになる。


 魔法が使えてテンションが上がったこととか、エルフに会えたこととか、美少女を盗賊から助け出す主人公みたいな経験が出来たこととか、それでちょっと「俺かっけーじゃん!?」と思っていたこととか。

 マンガで読んでしてみたいと思っていた異世界生活をすることが出来たこと。本当にするとは思ってなかったけど。

 なるべく俺が楽しんでいると伝わるように、きちんと聞き入れてくれるように、盛りに盛って語っていく。

「お前も楽しめ、とは言えないけどさ。俺はこっちで楽しんでるんだよ」

 南雲は黙って聞いていた。

「だから大丈夫」

 気にすることじゃない。

 最後に頭を撫でてやる。

 うわ、頭小さいな。女子が羨むわけだ。

「わかったか?」

 これで納得してくれないと平行線だ。そこまで頑固じゃないことを祈ろう。

「…………アンタだって不安がない訳じゃないくせに」

 少しの沈黙の後、冷静に痛いところを突かれた。

 こいつ意外と頭が回るんだよな。ギャルの癖にバカではないらしい。

 確かに不安はある。一生こっちの世界となると、さっきした話は能天気すぎるのだ。

 これは平行線か? と思ったが、

「でも、分かったわよ」

 納得は、してくれたようだ。納得は。

 もしくは、俺の配慮満載の楽しさ盛り盛りトークを見透かされたのか。

 さっきの冷静な返しを考えるとその可能性が高い。そうだとすると何か恥ずかしいな。

 盛りに盛った分バカみたいじゃん。

 しかし、俺の気持ちもきちんと伝わったのだろう。

「…………ありがと」

 背中越しなので表情は見えないが、最後に言われた感謝の言葉は暗さが抜けていた気がする。


まだまだ続きます。

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