1章 -15- 南雲の苦悩
エルフの村に住み始めて数日。
今は深夜。
気分で言ったら午前1時くらい。
この世界は1日24時間ではないらしく、俺の腕時計はどんどんずれていっていた。まだ若干の時差ぼけみたいなものもあるが、不思議なもので日が昇れば目が覚めるし日が沈めば眠くなる。1日26時間くらいあるこの世界の生活習慣にも自然と身体が慣れてきていた。
夏のような熱帯夜の中、いつものように部屋を涼しくして俺は眠っていた。
『誰か来る』
ぐっすり眠っていた俺は脳内に響いた声に起こされた。
(敵か?)
『たぶん違う。けど攻撃しても問題ないわね』
ミズキがこう言うということは、たぶん南雲ではないだろうか。
ここ数日で実感したが、精霊たちは南雲が嫌いすぎて対応が酷い。
もう少し仲良くしてもらいたいものだ。
「……古川? 起きてる?」
明らかに寝静まっているだろう時間に、起きてる?もないだろう。
なんなんだ?夜這いか?
ギャルだとは思っていたがビッチだとは思っていなかったぞ。
それにしては険しい声だった。
「起きてるけど」
「…………。入っていい?」
返事があったことに驚いていたようだが、会話を続けてきた。
「おう」
こんな深夜にこっそり何だというのだ。
「やっぱり……」
南雲は部屋に入ってきてすぐ、何かを納得した。
「何でこの部屋こんなに涼しいのよ」
おっと、ズルしているのを忘れていた。
他の部屋と違い、この部屋だけはミヅキとカグラのクーラー魔法で快適さわやか状態だったのだ。
除湿も効いている。
そういえば、ここ数日の南雲の朝のテンションは最悪だった。
日々熱帯夜に苦戦していたのかもしれない。
「ちょっとここ借りるわよ」
イラつきを感じさせるような気の強い声。
俺の返答も待たずに問答無用で部屋に押し入ってきた。
やっぱりギャルの圧は怖いものがあるな。
思わず拒否できなかった。
俺の寝床でも取り上げられるのかと思っていたら、南雲は部屋の隅っこの床に寝転がった。
なぜ?
「え、何してんの?」
思わず聞いてしまった。
「寝んのよ」
南雲は面倒そうに答えた。
床で寝んのかよ。
「そうよ。どうせあっちの部屋でも床なんだし」
俺の心の声が漏れていたようで、回答が帰ってきた。
てか……、
「もしかして部屋にベッドないのか?」
「そうよ。どうせアタシは罪人で、悠太様のドレイですもの」
いつぞやミザリーが言っていたセリフだ。まだ根に持っていたのか。
南雲の部屋はここよりはるかに狭く、ベッドも無かったそうだ。もはやただの物置。
「すまん、気付けばよかったな。ベッド置いてもらえるように言っとくよ」
「別にいいわよ。当然の対応だし」
(ん?)
ちょっと投げやりな言い方にも聞こえるが、声に真剣なものを感じた。
今まで聞いたことの無い南雲の声だった。
普段のキーキー声とは違う声。
南雲もいろいろ考えていたということだろう。
それはそれとして、本気で床で寝ようとしている南雲に待ったをかける。
「こっち来いよ」
待て待て!
これでは違う意味に聞こえる気がする。
「何よ。アタシで、遊ぶ気? ……別にいいけど」
ほれ見ろ俺のアホ! え、いいの!?
「バカ、違うわ。自分を大事にしろ! 女を床で寝かせられるかって話しだよ。俺が床で寝るからベッド使えよ」
自分への突っ込みももれてしまった。
「バカはあんたでしょ」
いつものような喧嘩腰の声ではなく、静かに言われた。
壁向きに床へ転がっている南雲の表情は見えない。
「バカとは失礼な」
「あんただってバカって言ったでしょ」
南雲は俺の挑発に乗ることもなく静かに言う。
「なんでアタシがあんたのベッドを使えるのよ。ここに来るのだって……」
本当は良くないのに。
南雲は何かを思いつめたように言った。
「なんで使えないんだよ。俺、別に汗臭くはないはずだし、ベッドは清潔に使ってるぜ?」
初日こそ風呂は入れなかったが、それ以降はきちんと水浴びしている。
なんなら川の水ではなく、ミズキたちの魔法による水を使っているので、川くささもないはずだ。
「そんなんじゃないわよ」
じゃあ何だというのだ。
『罪悪感でしょ』
(気付いててもあえて言わないの! 自分でも気にしてるみたいだし、流してやれよ。紳士的に!)
脳内で嫌みったらしくミズキが言うので、フォローしておく。
適当に話しを変えて笑い話にでもしよう。
「アタシがあんたにしてきたこと考えたら当然でしょ……」
俺が次の話しを始める前いに南雲がしゃべり始めてしまった。
『自分から言わせるのが紳士?』
(………………)
思いのほか、南雲は思いつめているようだった。
俺的には、反省しているならそれでいいのだが。
「何かされたっけか? 些細でしょうも無いこと過ぎて覚えてないな!」
ふんっ、と鼻息荒く言ってみた。まあ、半分は本心である。
残りの半分は、マジ面倒くさかった、だ。なので挑発も含めておく。
「アンタね……。まあ、いいわよ」
今晩の南雲は変だった。挑発すれば喧嘩を買いそうな性格だと思っていたが、全く乗ってこない。
「どうしたんだよ。いつものキツイ性格はどこ行ったんだ? なんなら喧嘩の叩き売りでもしてやろうか?」
「そんなに喧嘩したいなら買うわよ。好きなだけ殴りなさい」
「何で一方的なんだよ。そんなのは喧嘩とは言わん」
「そうかもね」
打っても響かない。ちょっとくらい買ってくれても良いだろ、喧嘩。
喧嘩の需要と供給のバランスがおかしい。
世の中もこれくらい需要がなければ平和になるのだろうか。
「アタシがアンタの立場だったらそうするわよ」
押し殺したような声で南雲が言った。
俺の立場だったらって言ったってな。
「俺はお前とは違うからな。神をも打ち倒し魔王すらも従える、破壊者にして救世主、悠太・古川様だぜ?」
「……バカ」
バカとは言い返してきたものの、元気が無い。やりづらいな。
「ねえ、一発くらい殴ってよ」
いきなりアレなこと言い出したな。
「お前Mなの?」
「違うわよ」
キレるでもなく、真面目に返された。本当にノリの悪いやつだ。
しかし何となく分かった。南雲が今日この部屋に来た理由だ。
暑さに耐えかねたと言うより、自身の罪悪感(俺からしたら気にしすぎ)に耐えかねたんだろうな。
「だってアタシのせいでアンタ死んだのよ? しかもアンタをイジメてたアタシなんかのために。こんな世界に飛ばされてさ。アンタ何も悪くないのに、ケータイもテレビもクーラーもないこんな世界に……」
南雲が一番言いたかったところはこれなのだろう。
吐き出すように一気にしゃべりだした。
「アタシなんか庇って死んで、わけわからないまま変な世界に送られて、なのにこっちでもアタシのこと助けてさ。何してんのって感じよ。どう考えてもアタシなんて邪魔なだけなのに」
勢いに任せてしゃべっているから、若干まとまってない。
でも言いたいことは分かった。
「アタシだったらマジでキレるし、何してるかわかんないわよ……」
南雲がキレたら怖そうだな。取り巻きも使って袋叩きにされそうだ。
「死ぬまで踏みつけて、八つ裂きにしてたと思う」
怖いわ!
想像の上を行っていた。死ぬまでとか視野に入れるなよ。
「なのに何でアンタは何もしないのよ……」
一方的に話し続けた南雲は、問いかけのような言葉を最後に押し黙った。
暗い部屋の中に沈黙が降りる。
外から虫の鳴き声が聞こえてくるのが余計に室内の静けさを際立たせる。
南雲はずっと悩んでいたのだろう。
連続更新になります。
『銀輪。』の他の作品もぜひご覧下さい。