3章 -17- ドロシーさんとクソッタレ3
『悠太悠太。殴られてる殴られてる』
串焼きの列に並んでいると、ミズキがそんなことを言ってきた。
は? 誰が?
『ドロシーって女が』
っなんでだよ!?
『変な貴族に連れて行かれて、面白半分に殴られてるのよ』
は? なんで? どういう状況だよ!?
というか、連れて行かれたこと知ってるなら早く教えてよ!
『いや~、ちょっと確認したい事があってね~』
ミズキは悪びれもせずそう言った。
精霊たちのこういうところは本当に困る。好奇心を優先させすぎだ。
くそっ。とにかく探すしかない!
ミズキたちの指示に従って追いかければ、なにやら豪華な馬車が街のはずれへと向かっていた。
馬車も全速力ではなかったし、俺も身体強化を使っていたのですぐに追いつけた。
護衛の人たちが何人もついているので、そうとう偉い貴族か何かだろう。
馬車は黒塗りの豪華なもので、金色の装飾が全体を派手に飾っている。それを引く馬も毛並みがよく、立派そうだ。御者すらも高級そうな服を着ている。
あの中でドロシーが暴力を受けているようだ。
ひとまず問答無用で護衛を無力化した。
人気のない方向へ進んでくれていたので、俺も遠慮なく魔法をぶっ放す。
メディーのマネをして広範囲電撃魔法で一網打尽にした。暴れられると厄介なので、可哀想だが馬車の馬ごとお休みいただいた。
ちょっと強めにやったので、皆さんあがあが言っていたが、命に別状は無いはずだ。
一応精霊たちに死にそうなヤツがいないか判別もしてもらったので大丈夫。場合によっては回復魔法をかけるつもりだったが問題なさそうだ。
全員沈黙したところで馬車に近づく。
「ちわー。ミカワヤでーす」
ドアを開くと、胸糞悪い光景が広がっていた。
+++++
「ゆ、ユータ、様……?」
彼が、何故ここに?
馬車はしばらく進んでいたはずだ。速度は出していなくとも、走って追いつくのは難しいはずだ。
そもそも、こんな厄介そうな馬車に自ら関わることも無い。
なのに何故、彼は馬車のドアを開けているのだろう。
そもそも外にいる護衛はどうしたのか。
中を覗き込んだユータ様と目が合った。
彼はわたしの様子を見て顔をしかめた。
「何者じゃ?」
バーバルの問いに、ユータ様の視線が動いた。
バーバルを捕らえ、険しい視線は一瞬でにこやかな表情へ切り替わった。
「あー、すいませんね。うちのメイドさんが何かありました?」
響いたのはのんきな声だった。
「メイド?」
バーバルは問い返した。
わたしは犯罪奴隷として売られていたのだ。
メイド服を着ていてもわたしは奴隷だ。
「ええ、メイドですよ」
だがユータ様はメイドと言い切った。
奴隷と呼ばれなかったことに、少し安堵を感じた。
しかし、これは良くない。
ユータ様もバーバルに目を付けられると大変だ。
ユータ様が巻き込まれないよう一人でついてきたのに、まさか追いかけてきてしまうとは。
どうすれば……
だが激痛にさいなまれるわたしの頭は解決策を導き出す事はない。
わたしの不安をよそに、会話は進んでいく。
「ところで、どなた様ですか? わたしはユータ・フルカワと申します」
思考がまとまらないうちに、ユータ様が話を始めてしまった。
「ワシはバーバル・ドロアールジーという。この街の貴族議会をまとめる議長である」
バーバルは偉そうにふんぞり返ってそう言った。
明らかに相手を見下すスタイルだ。
立場を明示し、マウントを取るつもりなのだろう。
「おお! 偉い人ですね!」
それに対してユータ様はなんとも言えない対応だ。
相手を持ち上げるような態度だが、正直バカっぽい感じである。
持ち上げるにしても、もう少し言い様がある。
「ふん……」
バーバルもそう思ったようで、ユータ様を見限ったように鼻息を吐いた。
その後、ユータ様を一応品定めするように眺めた。
地味な顔、高くも低くも無い背、地味めな服。
下手をしなくても、わたしが着せられていたメイド服の方が質が良いくらいだ。
「お前さんは、買った女に良い服を着せて楽しむのが趣味なのかね?」
バーバルは人を見て対応を決める。
使えそうな人材であれば、たとえ格下であっても言葉遣いを変え、関係を築く。
しかし、今の対応は完全にゴミ相手の対応だ。
「え? 趣味ではないですけど、女の子には綺麗な服着てもらいたいですよね」
横柄な言い様を全く気にすることなく、ユータ様は応対する。
その顔には笑顔が貼り付けられていた。
「…………」
ユータ様の対応にバーバルは軽くため息をついた。
バカの相手はしてられんと言った態度だ。隠そうともしていない。
「これは犯罪奴隷だったはずだが……?」
「いえいえ、ただのメイドさんですよ」
バーバルの問いに、ユータ様はにこやかに答える。
しかし、はっきりと答えた。
「…………」
きっぱりと言うユータ様に、一瞬バーバルは目を見開いた。
「……いや、犯罪奴隷だ」
一瞬間をおいて、再度言い直した。
「いえ、メイドさんです」
ユータ様は譲らない。
なぜ、そこは譲らないのか。隷属魔術がなくなったとは言え、身分上わたしは犯罪奴隷のままなのだ。
バーバルは間違った事は言っていない。
ユータ様の回答に、バーバルの目つきが悪くなる。
ただのバカだと思っていたら、自分にたてつくバカだったのだ。黙っていれば見過ごしただろうが、一度バーバルに目を付けられると何をされるか分からない。
なんとかしないと……
「なんで奴隷だと思うんですか?」
迷っているうちに話は進んでいく。
何も考えていないような顔で、ユータ様は聞いた。
「…………」
そのバカっぽい素の聞き方に、むしろバーバルは冷めた。
バカの相手をしても仕方ないとでも思ったのだろう。
しかし、ユータ様はこれほどバカっぽくは無かったはずだ。
そこでやっと気がついた。わざとやっているのだろうか。
だが、普段のユータ様を知らないバーバルには分からないのだろう。
変なヤツを見る目でユータ様を見て、そのうち何かを考え付いたようだ。
「……その女は元々うちのメイドでな。部下の勘違いで犯罪奴隷として売り出してしまったのだよ」
バーバルはニヤリと笑いながらそう言った。
「へー、そうなんですか! それはダメですね!」
ユータ様の返答に、その笑みは深まる。
「可哀想なので、見かけたら買い戻してやろうと思っておったのだ」
バーバルの考えが分かった。
今の平和そうなわたしを見てつまらないと感じ、買い戻して何かするつもりなのだろう。
また売り出して酷い扱いを受けるように仕向けるのか、自分のところで殴り者にするのか。
どちらにしても良いようにはならないだろう。
バーバルに目を付けられたわたしが終わっているのだ。
やはり平和になど生きられないのだ。
「へー、そうなんですね」
しかし、ユータ様は良かった。バカだと認識されたので、相手にはされないだろう。
わたしを引き渡せばそのまま終わりだ。
もしかするとユータ様のバカっぽい演技は自衛のためなのかもしれない。
今もニコニコしている。
バーバルはユータ様をただの少年だと認識しているので、簡単に手玉に取れると思っているのだろう。
「それで、その女は元々うちのメイド。返してくれんかの」
この男、買い戻すどころか、タダで連れて行こうというのか。
しかし、これで面倒ごとに会わずに済むというのなら、ユータ様にとっては良い条件かもしれない。
バカっぽい演技はしているが、きちんと普通に考えられるユータ様ならこの状況は判断できるだろう……。
……
…
「イヤです」
はっきりと断った。
ユータ様が。
「っ!?」
思わずユータ様を見てしまった。
笑顔のままだ。
「む? ……払った額は必要ということなら、金貨3枚でどうだ?」
想定外の返事に、一瞬固まったバーバルだが、気を取り直して再度交渉してきた。
今度はその額以上で奴隷商に売れば良いとでも思っているのだろう。
実際、あの奴隷商は断れないのだから。
「イヤです」
ユータ様の表情は変わらない。ニコニコしている。
「………………」
逆に表情が読み取れない。
バーバルにも少し困惑が見えた。
しかし、それもつかの間。
獰猛な表情へと切り替わりつつある。
「それはもともとウチのメイドだ。引き取りたいのだが?」
「お断りします」
これ以上はダメだ。
何故反対するのかは分からないが、わたしを高く買い取らせようというのではないのだろう。
ユータ様もお金は持っているようだし、あの美女の白金貨もある。
なぜわたしを譲らないのか。
これ以上バーバルの気を損ねると、貴族の力が振りかざされることになるだろう。
「ユ…様…わた、しは……」
意見を口にしようとするが、肺がつぶれているのか、まともに声が出ない。
「お前は、ワシが引き取るというのが聞こえんのか?」
わたしの声を無視してバーバルが言葉を発した。
「引き取ってどうするんです?」
ニコニコ顔のユータ様が聞いた。
「ふっ。そりゃあ最期まで可愛がってやるワイ」
拳をボキボキと鳴らしながら、ニヤリとこちらを見た。
今回は完全にわたしを殺すつもりのようだ。
「……いい加減にしろよクソヤロウ?」
「「!?」」
聞こえた言葉に驚いた。
自分が言ったのかと思ったが、そうではなかった。
ユータ様が笑顔を崩さず言っていた。
が、目が笑っていない。
「な、なんじゃと?」
クソヤロウと言われ、バーバルが青筋を立てた。
「いい加減にしろよと言ったんだよクソヤロウ」
ユータ様がニコニコしながら言う言葉には、謎の迫力があった。
ぐっとうめいたバーバルは、目で侍女に指示を送った。
指示を受けた侍女は一瞬でスカートの中からナイフを引き抜き、ユータ様へと迫る。
「なっ!?」
が、そのナイフは突き立つことは無かった。迫った侍女が驚きの声を上げる。
ユータ様が何気ない動作でその刃先を摘んで止めたのだ。
親指と人差し指の二指で軽く摘んでいるように見えるが、侍女がどう踏ん張ってもそのナイフは動かなかった。
押しても引いてもびくともしない。
「女の人はちょっとやりにくいんだけど。すいませんね」
彼がそういうが速いか、馬車の中に強風が吹き込んだ。その風にあおられ、侍女は馬車の奥まで押し飛ばされる。
が、侍女も戦闘訓練を受けた身。すぐに体勢を整え、スカートから別のナイフを取り出し再度突進しようとした。
しかし、彼女は一歩も前に進む事はできなかった。
突然現れた透明な壁にぶち当たり、ナイフを取り落としてたたらを踏んだ。
「なっ、何をしておる! さっさと殺さんか!」
バーバルが怒鳴るが、侍女はその透明の壁を前に何もできない様子だ。
前だけでなく、四方を囲まれたようで、透明の壁を叩いたり体当たりをしているが、その場に押し込められている。
気がつけばもう一人も同様で、いつのまにか透明な壁に閉じ込められていた。
「はい無駄でーす。そこで見ててくださーい」
ニコニコしながらユータ様が馬車に乗り込んでドアを閉めた。
「き、貴様魔術師か!?」
護衛の侍女を完封され、慌てるバーバル。
「んー、まあ、そんなもんかな」
ユータ様は少し考えながらそう答えた。
「…………」
その答えを聞いて、バーバルは少し口元をゆがめた。
追い詰められているようにも見えるバーバルが、少し余裕を取り戻したようにも見えた。
その左手が、右手の指輪に付いた宝石を触っている。何かを操作するように。
何かあるのか……と考えた時、バーバルは護身のために魔術封じの魔道具を持っていると聞いたことを思い出した。
「ゆ、ユータ様……バ――」
バーバルは魔術封じの魔道具を持っています。
そう言おうとして、声が出ない。口内に溜まった血が邪魔だった。
そもそも言う前にユータ様が動いていた。
「正っ!」
「がはっ!?」
一瞬で間合いを詰め、バーバルの顔面を殴った。
「解っ!」
「ぐほぉっ!」
続けて腹にその拳がめり込む。
「はっ!」
「げふぅっ!」
最後に横凪の蹴りで蹴り飛ばされ、バーバルは馬車の座席に倒れこんだ。
「魔法使いです。どうぞ宜しく!」
どう見ても魔術師にも魔法使いにも見えない体捌きだったが、彼は魔法使いと名乗った。
魔法使いといえば、魔術師では成し遂げられない奇跡を起こせる希少な存在だと聞いたことがある。
その多くは王族に囲われているか、俗世を嫌って隠居生活を送っていると聞く。実際に見たことがある人はほとんどいない、噂程度の存在だ。
本当にユータ様がそうなのだろうか。
「ぐぐぐぅ、何故じゃ。アンチマジックの効果が……」
倒れこんだバーバルは必死に指輪を操作していた。
一瞬何のことか理解できなかったが、ユータ様の動きは彼の身体的な膂力を超えているようだった。
魔力による強化があったのだろう。
それが阻害できなかったことにバーバルは焦っている。
「意外とタフなおっさんだな。手加減難しいなぁ」
ため息まじりにユータ様がそう言った。
「ききき、貴様ぁ! わしを誰じゃと思って――」
「知らんわ! こちとら手加減しすぎてぜんぜんスッキリしないんだよ!」
怒鳴ると同時にユータ様は裏拳を放った。
放ったというのは想像だ。わたしに見えたのは放ち終わったあとの姿勢と、その威力に吹き飛んだ馬車の壁だけだ。
「なっ!?」
なんの予備動作もなしに殴っただけで、馬車の壁の一部が大きく吹き飛び外が丸見えになった。
彼が本気でバーバルを殴っていれば、彼は一発でつぶれたトマトのようになっていただろう。
「ふんっ!」
八つ当たりのようにもう一発壁を殴り、風穴をあける。
「さて、おっさんには殴られる痛みってやつをしっかり教えてやるぜ」
「ま、まってくれ!」
「待ちま――せんっ!」
「ぐえっ!」
すっきりしたかったので、きりのいいところまで少し長めになりました。
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