3章 -14- ドロシーさんとユータ少年
キッチンに入ってきた少年に色々聞かれ、思わず舌打ちをしてしまった。
しかもポロッと余計なことも言ってしまった。
わたしはいつもこれで罰を受けている。仕事で失敗した事は少ないが、性分なのだろう。
両手を広げ、新たな主人である少年へ身を捧げる。
「失言に対する罰です。殴るなり蹴るなりお好きにどうぞ」
「いやいや!? そんなことで殴ったりしないよ!」
殴られなかった。わたしはその事実に酷く驚いた。
その後も、ユータと名乗った少年は色々と質問をしてきた。
「正直に話して欲しい」と言われ、その言葉が隷属魔術に命令と認識されたのか、わたしは全てを話した。
聞かれたことには必ず応えてしまった。
この隷属魔術、普通ではない。
詳しくは知らないが、普通の隷属魔術は命令としてはっきり認識されなければ効果は無かったはずである。
もちろん、認識するのはわたしの精神なので、わたしの知らない言葉で命令されても効果はない。
しかし、今回は命令ではなく、してほしいという要望だった。
にも関わらず、わたしの口は丁寧に答えている。
これは普通ではない。
やはりあの美女は得たいが知れない。
わたしの意志に反して、今までの自分の生い立ちまで全てを話してしまった。
その中で人間嫌いになったことや、自分の見た目が好きじゃないことまで全てだ。
主人に対してそんな話をする奴隷をどう思うだろうか。
ましてや人間はクズだ、貴族は特にクズだと思うとまでわたしは言ってしまっていた。
にもかかわらず、目の前の少年は真剣な顔でうんうんと話を聞いていた。
「そっか。大変だったんだな」
しかし少年はそれだけを言った。
決して投げやりなものではなく、こちらへの配慮を感じさせる声だった。
悪い人ではないのかもしれない。
「ん? なんか変な呪いがかかってない?」
一通り話が終わったところで、ユータ少年はそう言った。
「呪い、ですか?」
そんなもの、この見た目くらいじゃないだろうか。
この残念な見た目でなければ、もう少し人生マシだっただろう。
奴隷として隷属魔術をかけられることもなかっただろうし――
「あ……、この隷属魔術でしょうか」
これも一種の呪いのようなものではある。
「ああ、そういうこと。……ちょっと失礼しますよ」
少年はわたしへ手をかざした。首元に熱を感じる。
その瞬間、ふっと身体が軽くなった。
何をされたのだろうか。
「あれ? 失敗したかな?」
「………………」
失敗したのだろうか。
魔術も知らないわたしには、そもそも何をされたのかすら分からない。
だから結果もわからない。
「成功したと思うんだけど……。どうですかね?」
聞かれても困る。
何をされて、成功したのか失敗したのか分からない。
「…………?」
そこで気付いた。
先ほどから少年の問いに答えていない。
今までべらべらと答えていた自分の口が、全く動いていない。
隷属魔術が消えている?
「隷属魔術が、消えたようですが……」
「そうそう」
少年はなんでもないように答えた。
あの美女がわたしにかけた隷属魔術は普通ではなかった。
当然、消すことも容易ではないはずだ。
それとも効果だけが強い特殊な魔術だったのだろうか。解除は容易だったとか。
そうは考えられない。
この少年は何者なのだろうか。
わたしが言うのもなんだが、地味な少年だ。
「あ、あの、よろしいのですか?」
隷属の縛りを解くなんて、普通はできることではない。
しかし、できるからといって奴隷を自由にさせるなんて普通はありえない。
せっかく金を出して買った奴隷をみすみす逃がす可能性を作るだけだし、言うことを聞かなくなれば飼っているだけムダというものだ。
「え? だって嫌でしょさっきの」
それをこういう簡単な理由で消してしまえるこの少年は本当に大物なのかもしれない。
その後、ユータ様はわたしを連れ立って買い物へ出た。
隷属魔術も消え、他に同行者も無く人ごみの中を歩く。
わたしが逃げようと思えばすぐに逃げられるだろう。
それどころか、わたしが背後からナイフを持って襲いかかれば、その命も狙えるだろう。
しかし彼はなんの警戒も無く歩いていく。
「あの、どちらへ?」
先ほどから目的地があるようには思えないルートを歩いている。
「あー、特に決めてないよ。何か面白いものがあれば買おうかと」
「そうですか」
街中を歩いている間、ユータ様は何も命令しなかった。
これは、自分が試されているのだろうか。
逃げるなら逃げてみろと。
ユータ様の考えは分からないが、悪意のようなものは感じない。感覚でしかないが、善人なのだろう。
もしかしたら、逃がそうと思っている?
それとも逃げようとすれば、改めて奴隷魔術をかけなおすのだろうか。
「そういば、ドロシーさんは着替えとかあるの?」
ふと思い出したように言われた。
目の前には服屋がある。
「い、いえ」
荷物など一切無いわたしは、奴隷商での服のままつれてこられ、この謎のメイド服を着せられただけだ。
着ていた服は、汚いとあの美女に捨てられてしまった。というか、魔術か何かがかけられ、どこかへ消えてしまった。
今来ているもの以外の着替えなど一着も持っていない。
確かに、このままでは寝るときなどに着るものはない。
「なら買っとこうか」
ユータ様はそう言って目の前の店へと踏み込もうとした。
「え?」
「え?」
思わず出たわたしの声に反応し、ユータ様が振り返る。
目の前にあった店は、どう見ても奴隷に買い与えるようなボロを売っている店ではなかった。
「本当によろしいのですか?」
結局店内を色々見て、それなりのものを一式買い与えられてしまった。
最初は服だけを見ていたのだが、最終的には下着なども買うように言われたのだ。
下着を選ぶ際には離れていたので、一番安いものにしたが、一緒に選んだ服などは普通にそこそこのものを買うこととなった。
お金は当然持っていないので、ユータ様が全て出した。
荷物まで持とうとしていたので、慌てて自分で持った。
貴重品や美術品は汚さないために奴隷に荷物を持たせない貴族もいる、というのは聞いたことがあるが、今回はわたしが着る服を入れた荷物だ。
なぜそれを主人が持とうとするのか。
一瞬彼自身も従者なのかとも思ったが、宿での感じではあの集団では一番上の立場に感じた。
よくわからない。
「せっかくだから、何か食べていこうか」
そのまま歩いていると食べ物屋台が並んでいるところへ来た。
果物や野菜をカットして販売している店や、何かの肉をその場で焼きながら売っている店が並んでいる。
雑踏の中を食欲をそそる匂いが流れている。
「…………」
見たことがない訳ではない。
今までメイドとして主人について街中を歩いた際に見かけたりはしている。
が、食べた事はなかった。
ユータ様は適当な屋台に声をかけ、串焼きを二本買ってきた。
「ほい」
そのうちの一本を差し出された。
「?」
意図が読めず、固まってしまった。
「食べない? あれ、肉嫌いだった?」
食べろということのようだ。
「い、いえ、嫌いではありません」
そう答えると串を渡された。
「けっこう美味しいよ」
そう促され串に刺さっている先端から肉をついばんだ。
口に含むと、肉汁が溢れてきて一気に味わいが広がった。
香料か何かで臭みを抑えているくらいで、味付けは特にされていない。
それでも美味しかった。
「……おいしい」
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