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3章 -12- ドロシー


 人間なんて嫌いだ。


 わたしは、貧乏貴族のめかけの子だった。

 物心つくころには両親はそばにいなかった。

 貧乏だった父方の貴族は破産をし、妾でしかなった母はわたしを置いて単身逃げてしまったそうだ。

 それ以来、遠縁の貴族に拾われ、館の下働きとして転々としてきた。

「ドロシー! ここの掃除がなっとらんぞ! さっさとやれグズが!」

 人間なんて嫌いだ。


 母は、貧乏とはいえ貴族の妾に選ばれる程度には美人だったらしい。

 しかしわたしは父の血を濃く継いだのだろう。見た目に関して言えば、かなり悪いほうだ。

 ガリガリに痩せた身体。そばかすばかりの顔。根暗に見える目元。

 下地が悪いうえに、日々の激務と心労でできた隈のせいで、余計に暗く見える。

 そのおかげと言うべきか、年頃になった今でも、館の主人どもに女として奉仕させられることはなかった。

 かわりに、苛立ちを解消するための道具にはされていた。

 部屋に呼ばれたと思ったら、何かと言いがかりを付けられて、殴られ蹴られと酷いものだった。

 人間なんて嫌いだ。


 また、他のメイドたちも私への扱いが酷かった。

 わたしが女としての奉仕をさせられないからか、何かと理由をつけては嫌がらせをされてきた。

 使用人たちの食事場では席はなく、渡される食料も具のないスープや干からびた肉の端切ればかり。

 部屋はよくゴミ置き場にされていた。

 人間なんて嫌いだ。


 そして最後が先日まで仕えていた大貴族だ。

 あの大貴族はただのデブだったが、弱いものをなぶるのが大好きで、わたしを標的に楽しんでいた。

 腕や足を折られたこともしばしばで、骨を固定している間も他の部位を殴られた。

 そうしてぼろぼろになったわたしを床に放り投げ、その横で他のメイドを犯すのだ。

 あの男にはそれが最高のシチュエーションのようで、酷く楽しんでいた。

 人間なんてクソッたれだ。


 そして、幾人ものメイドを孕ませては子が生まれる前にクビにしていく非道な仕打ちに、ついわたしは言葉を漏らしてしまった。

 わたしはいつも、この余計な一言を言ってしまう。

 これは直しようのない自分の習性なのかもしれない。

 このいらぬ一言で、殴られ、蹴られ、雇われ先を転々としたのだ。


 結論から言うと、最後には今までにないほどボロ雑巾のようにされ、その上冤罪をかけられ犯罪奴隷として売られたのだ。

 犯罪奴隷とは、大きな犯罪を行った者を奴隷身分に落とし、罪を償わせるものだ。

 その犯罪奴隷の中でも罪の階級の高い、2級にわたしは落とされた。

 犯罪奴隷の中でも最低の1級に次ぎ扱いが悪く、当然性奴隷としての条件も満たしている。

 最悪死んでも、所有者が罪に問われることは少ない。

 そんな身分にわたしは落とされた。

 この世界に神などいない。


 しかもあの貴族は知り合いの奴隷商へ高く売りつけた。美しくもないわたしなど安いに違いないが、年頃の生娘だと理由をつけた。その奴隷商も貴族には頭が上がらず、言い値で買わされていた。

 買わされた奴隷商は腹いせにわたしを殴っては怒りを発散させていた。

 それでもわたしが性的に遊ばれなかったのは残念な外見のおかげなのだろう。

 そして当然のように売れないわたしに、奴隷商は余計に腹を立て、殴られる日々は加速していく。

 逃げ出したいと何度も思ったが、公式に犯罪奴隷として登録されたわたしが脱走でもしようものなら、捕縛の際に殺されても文句は言えない。

 そもそも、わたしの非力では脱走もかなわない。

 もうわたしの人生は終わりなのだろう。

 死ぬのは怖いが、いい加減死んだほうがマシかも知れない。


 そんな日々が続くある日、奴隷商の元に変な少年がやってきた。

 見た目地味なその少年に、奴隷商も最初は面倒そうな態度を取っていた。

 奴隷商に案内されてわたしたちがいる檻を見て回っていた彼は、わたしに目を付けた。

「これにするわ」

 女性のような口調でそう言った彼は、特に詳しい話も聞かずに、わたしを一目見ただけで購入する奴隷を決めた。

「こ、これでよろしいので?」

「ええ」

「しかし、これは金貨で3枚はしますが……」

 奴隷商も金額を下げてはいたが、元の買値が高すぎて下げるに下げられなかったのだろう。

 わたしの販売価格は並の価格だった。この残念な見た目で一般の女奴隷と同価格では割りに合わない。

「そう。ならこれで」

 少年は懐から何でもないように取り出した小袋から硬貨を3枚取り出し、奴隷商へと放るように渡した。

 しかし、奴隷商の手元にあるそれは色が金貨とは違った。

「っ!? これは白金貨ですが!?」

 投げ渡されたそれを見て、奴隷商は驚きに目をむいた。

 白金貨は金貨の何十倍もの価値があるものだ。

 大貴族の館でも見る事はマズ無いものだ。

 それをあの少年は適当に3枚取り出したのだ。

「金貨はこっちだったかしら」

「は、はい!」

 慌てて押し返されたものをぞんざいに受け取り、改めて金貨を取り出した。

 その所作だけで、どれだけの資金を持っているのかと考えさせられる。

 さすがの奴隷商も急に態度が丁寧になった。

 わたしよりも歳の若そうな地味な少年が、どこかの大貴族の御曹司でもおかしくない体をさらしているのだ。


「で、では登録の手続きを……」

「隷属魔術の書き換えならこちらでするわ。書類の手続きだけで結構よ」

 少年はそう言いながら、その手をわたしに向けた。

 その掌が紫色に光り、魔力がわたしへ伝わってきた。

「んっ!?」

 以前、奴隷に落とされた時に一度隷属魔術を受けたが、これほどの不快感は無かった。

 たぶん、使用された魔力の大きさがぜんぜん違うのだ。

 隷属魔術はその魔術の複雑さや、込められた魔力の大きさの差で効果が違うという。

 これはその辺の魔術とは違うのだろう。

「そっ!? ……そうでございますか!」

 そもそも隷属魔術自体使える人間は少ない。

 精神系の魔術を極め、魔術の効果、仕組み、人間の心を詳しく理解しなければ、精神に対し複雑な条件を設定する隷属魔術は実行できないのだ。王国の中でも両手で数えられるほどしかいないと聞く。

 そんな隷属魔術をあっさりと使う少年は只者ではないのだろう。

「後は任せるわ。……来なさい」

「は、はいっ……」

 あまりの展開についていけないが、新しい主人からついてこいと命令があった。

 隷属魔術の強制力もあってか、混乱しながらもわたしはすぐに動くことができた。

「あっ、ま、またのお越しを! ぜひ!」

 一瞬遅れて正気に戻った奴隷商が背後から声をかけているが、少年は一切興味もない様子で歩き去る。

 その後にわたしは続いた。


ドロシーさん視点のお話になります。

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