3章 -6- 高橋一行
「くそっ! なんなんだあいつらは!」
高橋竜也は怒りに任せ、路地裏においてあった木箱を蹴り飛ばした。
木箱には路面の舗装用の砂利が入っていたが、高橋の蹴りにより派手に吹き飛び転がったあげく、中身をぶちまけた。かなりの重量でもなんなく蹴り飛ばすだけの力が今の高橋には備わっていた。“勇者”の力だ。
「落ち着けって竜也」
加賀武がなだめるように言っているが高橋は聞いていない。
「このクソみたいな封印が無かったら余裕だったんだ!」
メディーたちの予想通り、高橋たちには力の封印がかけられていた。
強すぎる力を使いこなせるようになるようにと、あの白い空間で女神が説明していた。
暴走すれば、仲間すらも巻き込みかねない力だという。
戦いを重ね、経験を積めば封印は段階的に解除されるが、現状はまだ全く解除されていない。
封印のかけられた現状でも、その辺の人間には負けない力を持っているが、本領を発揮すれば、どれだけ強くなるかは高橋たちもまだ分からない。
少なくとも、あの槍使いの女は圧倒できるはずだ。
高橋はそう思っていた。
古川一向と分かれた高橋たちは、一度人目を逃れるため、路地裏に入り込んでいた。
別段気にしなくてもいいと思っていた一行だったが、北条千佳の提案でその進路となったのだ。
勇者の力があれば、何でもできると信じている高橋たちと違い、冷静な北条である。
何でも出来るとしても居心地が悪くなれば観光もゆっくりできないという意見に、高橋たちも従った。
「それにしても美紀もこっちに来てるとはねー」
「だねー」
佐藤絆と仲谷茜は高橋を気にすることなくマイペースにしゃべっている。
割とおばかな二人は空気を読まない。場合によっては場を和ます彼女たちだが、今回はタイミングが悪かった。
「そうだよ……南雲だ! なんであいつが古川のほうに残ったんだよ!?」
自分の思い通りにならない苛立ちに南雲の存在を忘れていた高橋だが、現状を思い出し更に苛立った。
続けて別の木箱も蹴り飛ばした。
騒音に路地の上の窓から覗き込む者もいたが、高橋の苛立ちを見て我関せずと引っ込んでいった。
「あんなクソ野郎より、俺たちと来る方が絶対良いだろ!?」
苛立ちに頭をかく高橋。
南雲に対し、少なからず好意を抱いていた高橋としては、どうしても納得のいかない部分だった。
もっとも、好意といっても上物を自分のものにしたいという少し歪んだ欲求から来るものだったのだが、本人に自覚はない。
外見的に周囲の評価は高く、南雲ともお似合いだとも良く言われたものだ。
そして今、“勇者”という力を手に入れた高橋はこの世界で最も強い存在であるはずなのだ。
高橋はそう考えていた。
「そういえば、その古川だけどよ。あいつ結構良い動きしてなかったか?」
「あ?」
クソ野郎で思い出したけどよ、と加賀が話し始めた。
「あの美人のお姉さんが槍振り回してた時、何度か古川を掠めてた気がすんだよ」
「あ、わたしもそう見えたー」
佐藤が同意した。
加賀も佐藤も、勇者チームの武道家、剣士としてのスペックを与えられている。
並の人間に比べても遥かに優れた動体視力を得ていた。
力の封印が解けてなくとも、常人以上の動きを見切ることができるのだ。
「…………」
それは勇者である高橋も同じであり、実際あの女の槍が時たま古川を狙っていたようにも見えた。
だが古川には一度も当たっていない。
「バカか。あの女は古川を庇ってた。俺の剣を受け止めるのに古川側から槍をぶつけないと止められなかったんだろ」
正面きって戦っていた高橋としては、古川を掠めるぐらいで正面から回ってくる軌道が一番邪魔だった。
実際それ以外の攻撃は高橋の剣を押し返すわけでもなく、威力も弱かったのだ。
「そうか?」
「そうだろ。実際、あいつには当たってねえじゃん」
「まあ確かにな」
「むしろ、女に守られて情けねえ。あいつはやっぱクソ野郎だろ」
「はっはっは。確かにそうだ!」
高橋の力強い説明に他のメンバーは自然と納得していた。
話の流れで少し落ち着いた高橋だったが、先ほどの情景を思い出して再度苛立ちが再燃した。
「しかしあの女、次会ったら絶対ボコる」
すまし顔で高橋の剣を止め、古川に手を出させなかった。
まともに会話こそしていないが、偉そうな態度が自然と伝わってきた。
高橋としては勇者である自分に対し偉そうな態度をとるあの女が許せなかった。
次に会うまでに力の封印を解き、圧倒してやると高橋は考えていた。
「ボコるのはもったいないだろ。綺麗な人だったぜ?」
加賀はそう言ったが、
「ボコった上で俺の女にしてやる。この世界には奴隷制度があるんだろ?」
「うわー、どエスー」
「キチクー」
高橋の発言に、仲谷たち女子たちが声を上げるが、非難するというよりは面白がっている様子である。
「そういえばあのお姉さん、最後にヒヤッとさせられたぜ」
そこで加賀は最後のシーンを思い出した。
「最後?」
気付いていなかった高橋は疑問符を浮かべた。
「ああ。竜也がこっち振り返った後、槍を真っ直ぐに突っ込んできたんだよ」
「は?」
「そうそう。竜也の背中にぶすーっていくかと思った!」
佐藤もジェスチャーを加えながら大げさに言った。
「あたしもあたしもー」
仲谷も同じようなことをしている。
「でもパッと槍が消えたわよね」
話を聞いていた北条も思わずと言った感じで参加した。
「なんというか、手品みたいな感じで急に消えて、気付いたら後ろの女の人が持ってた」
あの時の情景を思い浮かべながら話をする北条。
「なんだそれ?」
実際に見ていない高橋にはいまいちイメージがわかなかった。
「あの後ろの女の人もなんかすごそうだよねー」
仲谷が言った。
勇者チームの魔法使い担当として、魔力感知などの能力を持っている彼女。
はっきりした魔力はまだ理解できないが、本能的に何かを感じ取ったという。
「しかし美人ぞろいだったなー」
このメンバーでは陰の薄い相場隼人がそう言った。
「たしかに!」
「絶世の美女ぞろいって感じだよねー」
男子陣よりも女子陣のほうが盛り上がった。
同姓としての憧れの方が勝ったようだ。
「あんな美人ぞろいで、古川の地味さが際立つー」
「ウケルしー」
ケラケラと笑う佐藤と仲谷である。
「確かにな。古川がむしろ可哀想だ!」
加賀も笑っていた。
「なんで一緒に動いてるんだろうな」
相場はうらやましそうに言った。
「ふん。荷物持ちでもして引っ付いて回ってんだろ」
へこへこしながら美女たちの後ろをついていく古川を想像し、高橋は少し落ち着いたのだった。
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「ねえユータ。今日は早めにお楽しみしない?」
宿に帰って早々、メディーさんが何か言い出した。
「…………」
その横では微妙な表情のエルシアがいる。まだ日は高い。
南雲はどうするの?という顔をしてこっちを見た。彼女的にもNGでは無いらしい。OKなんだ……。
いや、思春期的にはお楽しみしたいところであるが、今はそんな気分ではない。
「夜になってからね」
というか、昨晩もお楽しみしたのに、早い早い。
メディーさんは500年知らなかった快感にハマッてしまったらしい。
「あら、あんなつまらない男の相手する暇があったなら、わたしの相手もして欲しいわね」
好きで相手にした訳じゃないやい。
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