2章 -42- 愛好会
二人の魔力が漏れ出しぶつかり合い、熱を帯びていた。
爆発寸前と言ったところだった。
俺が声をかけたので、渋々抑えた二人。
本当にエルシアを連れてきて良かったのかと、すでに後悔し始めた俺だった。
まあ、今回先に仕掛けたのはメディーだが。
しかし、そのいざこざのおかげで俺自身の気分も少し持ち直した。
まだ周囲には獣人の遺体が複数転がったままなのだが、極力見ないようにして落ち着きを取り戻す。
生き残った男にも許可を取り、先に遺体を埋めることにした。
申し訳ないが、一人ひとり埋めるのは大変なので、土魔法で一気に地面を動かし、遺体を全部地中に引き込んだ。
はらわたの漏れていた人などもいたので、それらごとそのまま埋めるには良かったのだ。
埋め方が浅いと死肉の匂いに獣が寄ってきて掘り返されると田舎の祖父ちゃんに聞いたことがある。こっちの世界だと魔物とかが寄ってきそうだ。一応深めに埋めておくことにした。
「ありがとう」
獣人は元々遺体は土に埋める風習があったそうで、それに関しても感謝された。
森に生きる獣人たちは、自然に生かされ、死ねば自然に戻るという思想らしい。
間単に墓標のようなものだけを立て、馬車ごと少し移動することにした。
漏れ出た血ごと地面に生めたのだが、すでに風で流れている大量の血の匂いをたどって魔物や肉食動物が出てくると面倒だからだ。
馬車の馬はいなくなっていたが、とりあえず獣人の男が一人で引いて移動した。
獣人は身体能力に優れており、長距離でなければ荷の乗った馬車を動かすことくらいはわけ無いそうだ。
さっきまで怪我人だったが、それくらいは平気との事。
さすが獣人。タフである。
それともメディーの魔法がすごいのか?
「エルシア様より君が強いというのは本当か?」
少し移動したところで、男が聞いてきた。
男はガルーと名乗った。
そこそこ良い体格をしていて30代くらいに見える。
耳は頭の横ではなく頭頂部付近にあって、いわゆる犬耳というやつだ。
身体は見た感じほとんど人間のようだが、首筋が少し毛深いのと、爪がちょっと野生的だった。
あと尻尾が付いている。
どういう進化をしたらそうなったのかは謎だが、魔法がある世界なのだ。つっこんだら負けだろう。
ガルーはこのリアレドル大森林に住む獣人族の一部族のリーダーなのだそうだ。
「いやーそんなことは――」
この件に関しては、どっちが強いとかあんまりはっきりさせたくない。
だってエルシアさん的にはすごい気にしてそうだし。
勝った勝ったと言っていたら、そのうち下克上に会いそうだ。……あれ? 言ってなくても下克上されそうだな。
そんなことを考えながら不安になったとき、エルシアが自ら言った。
「ええ。私は坊やに負けたのよ」
その発言に、ガルーは息を呑んだ。彼女が自ら負けを宣言したのはかなり驚きだったようだ。
しかし、そう言った本人は腕を組んで立ち、そっぽを向いたままである。
声も吐き捨てるような感じだったんですが。
自分から言ったので彼女なりに納得したのかと思ったがそうでもないのかしらん。
やっぱりあの結果に納得ができてないんじゃないだろうか。
怖い。
「先日、天樹の方向で空が燃えたが、あれか?」
相当派手な爆発だったので、この森の果て近くでも確認できたらしい。
何より、爆発後の巨大なきのこ雲は空高く上り日の光を反射していた。
目立たないわけが無いよね。
「つまり、我ら獣人たちの運命も、君の下へと下ったわけか」
いきなり何言い出すの?
と思ったが、この森を支配していたエルシアを俺が倒したとなると、今後この森の支配者は俺になったと考えたようだ。
「そうよ」
何を当然のことを……と言う感じでエルシアが答える。
て、ちょっと待て。
「いやいや、俺森なんて要らないから。てか出て行くところだし」
勝手に横暴な支配者みたいな認識にならないで欲しい。
俺は善良なる一市民なのだ!
強制よりも共生なのだよ!
だから支配地なんて要らない。
「そうよね。ユータはこの国そのものを支配するのだもの。森なんて関係ないわ」
メディーが謎に納得している。
そっちもいらない。
何でみんな支配する方向なの?
支配しないって。
「あー、もうそれは置いといて」
俺は強引に話を変えることにした。
「なんであんなことになってたんだ?」
さっきの惨状を思い出すと、バカ話などしている時ではないのだ。
「それは……」
ガルーは悔しそうな顔をして、事件の一部始終を語り始めた。
彼ら獣人は、たまに人間の街へ出向くことがあるらしい。
もちろん身分を隠してではある。
この世界では獣人は人間にとって冷遇すべき種とされているからだ。
それは人間にとってのアタリマエではあるのだが、その人間の数が多いから世の常識となってしまっている。
むしろ獣人にとっては、身体能力も低く、爪や牙などの生まれながらの武器も持たない人間は見下す存在なのだとか。ただ数が多いので一方的に見下すこともできない。
それでもあえて人間の街へ出向くのは、獣人だけでは手に入れられない貴重な塩などの調味料や、人間にしか作れない魔道具などを入手するためなのだそうだ。
特に塩などは、森ではなかなか入手できないので貴重なようだ。
大昔は獣人の数も多く、それなりに海に面したエリアの部族などから手に入れていたのだそうが、今では人間から買ってくることしかないそうだ。
魔物のうろつく危険な森へは人間はあまり踏み込めないため、森で手に入れた果実や魔物や獣の肉などを売り、得た金で必要物を買って帰る。
何年も続いていることなのだとか。
今回もその買い物へ向かう途中だったそうだ。
街へ入るときは当然耳や尻尾などを隠してはいるが、まだ森も向けきってないこの辺りでは、姿をさらしたままだった。
そこへやってきた人間の集団に突然襲われたそうだ。
その人間たちは魔術や特殊な体術を使い、身体能力の優れた獣人を一掃した。
人間の街へ向かうのは危険なことでもあるため、当然一族の中でも力のあるものを優先してメンバーとしていた。
にも関わらず、人間たちは圧倒的な力を見せ、彼らを惨殺していったのだそうだ。
「くそっ……」
胸糞悪い話である。
本当に。
「でも、何で襲われたの?」
南雲も渋い顔をしていたが、気になったことを聞いていた。
「ヤツ等が狙ったのは、俺の娘だったようだ」
「娘?」
先ほどの遺体の中に、女性のものは無かった。
ということは……
「ヤツ等は最初、俺たちを見つけても警戒するだけだったが、俺の娘を見た途端襲ってきやがった。そして俺たち男だけを殺していったんだ」
ガルーさんも戦闘の途中で意識を失い、最後はどうなったのかはわからないそうだ。
生きたまま連れ去られたのか、殺されてから持っていかれたのか。
「なんで……」
そんなことを……
「ヤツ等、“ケモミミ愛好会”と名乗っていた」
は?
いきなりシリアスをぶっ飛ばすなよ。
人が死んでんだぞ。
「“ケモミミ”が何を指すのかは知らんが、愛好会と言う以上、俺の娘も収集品にする目的だろう」
ふざけた名乗りだが、事態は本気で深刻だ。
いつもなら笑って突っ込むところだが、今は本気で頭にきてる。
こんなこと許してたまるか。
先ほどの遺体たちは、大量の血を流して苦痛にゆがんだ表情で死に絶えていた。
さっきまではあのシーンを忘れたいと思っていた。
見たことを後悔していたくらいだった。
でも今は忘れたくない。
忘れてはいけないと思うのだ。
彼らが悪いことをしたわけでもない。
戦争で仕方ないとか、意見の食い違いとかいうわけではない。
襲ってきたヤツ等は、しなくて良い戦いを一方的にしただけだ。
「くそったれ……」
すみません、しばらく仕事で参ってました。
またぼちぼち更新していきます。可能な限り…… orz