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平和な日に昼寝の時間を邪魔したのは初対面の姉だった

 あの騒動から数日が経ち、私は落ち着いた日常を過ごしていた。シシリーを守ってくれたあの男の姿も見ていないし、なんか本当にあの騒動があったとかとも思ってしまう。


「はい、姫様。シシリーの元へどうぞおいでくださいませ」


ハイハイができるようになった私を、シシリーは定期的にベッドから出してくれた。またシシリーと私の2人だけの日々に戻ったのだが、シシリーはハイハイをする私を見て不思議そうに呟くようになった。


「いくらハイハイができるようになったとはいえ…柵付きの寝床から姫様はどうやって出たのでしょう?」


それを聞くたびに私はペロッと舌を出すのだ。実は私自身の変化はハイハイだけではない。私を狙う刺客が来る寸前、頭にはとある声が聞こえてきたのだ。


『新たに夢渡りの実体化を習得。よって、特典である浮遊、身体強化+1を獲得』


どうやら、あの体当たりが新たな能力開花に繋がったようで、私はあの宙に浮くのを現実でもできるようになった。ただ、現実ではそう甘くないようで、どこでも浮かんでいけるというというわけではなく、精々柵を飛び越えて床に降りるしかできなかったのだが。


「姫様、一体どんな方法を使われたのですか?」

「う?」


真面目な顔でそう聞くシシリーに、私は可愛く首を傾げた。シシリーはそんな私の鼻を軽く擽り、私は再び覚えたばかりのハイハイで部屋の端から端までを移動するのだった。


「私ったら何を聞いているのかしら? 姫様はまだ幼いのに」


そう呟きながら笑うシシリーの声を聞きながら、私はにんまりしていた。これで逃走手段を得られた。あとは、相手に攻撃できるような能力を得られたら言うことなしなのだが…。しかしいくら考えてもいい案は浮かばず、疲労感を感じた私は先日の騒動にて隠れていた人形たちに倒れこむ。…ふぅ、これは良いクッションが使われているな。しかし、これらはなんという動物なんだろう。特にこの大きい人形。ギョロっとした魚のような顔にライオンのような尻尾…以前この人形に隠れていて助かったのだから文句を言ってはいけないのだろうが、全く可愛くないな。ふと、私がプロの赤ちゃんとして口にくわえた尻尾が目に入る。……ん?私が咥えたにしては綺麗じゃないか?もう少しくだびれていてもいいはず…それに確かこの人形踏まれていたよな?綺麗すぎやしないか??


「あら、姫様。そのように部屋を見渡されてどうされました?」


一つが気になり始めると他も気になり始め、私はキョロキョロとおかしい点を挙げて行った。カーテンの光の入り方、絨毯の染みなどよく見れば昨日までいたはずの部屋と違う点が多く見つかる。そういえば、以前シシリーが引っ越しの準備とか言っていた気がする。部屋の装飾や家具の位置まで同じなため気づかなかったが、つまり定期的に部屋を変えていたようだ。そこまでする理由…つまり、私の命が危険にあるから…ということか。そこまで分かった時点で、ひょいっと体が持ち上がった。


「さぁ、姫様。ご飯のお時間ですわ。その後はお昼寝です。たくさん運動されたので、ぐっすり眠れますよ」


あ、もうそんな時間かとくわっと欠伸をする。シシリーたちがここまでしてくれるのだから、ひとまずは安心してよさそうだ。…楽観的過ぎるだろうか?だが、もう思考がまとまらず、私はシシリーから出された哺乳瓶を慣れた様子で飲み干し、ベッドへと入った。


「さて、おやすみなさい」


私はくわっと大きな欠伸をしながら、夢の世界へと旅立つために目を閉じた。シシリーが作るリズムに意識を任せ、そして深い眠りへと落ちていく…はずだった。


「おやすみなさいませ。エルヴィ様」


と、ここで私がお休みと返し目を閉じるのだが、ここでハプニングなことが起きる。私が起きている間は開くはずのないドアが強引に開いたのだ。


「………っ!?」


その音でハッと目を開け、視線を動かし、居心地が悪くなった体を捩る。大きな音をたててながら部屋に入ってきた人物によって私は起こされてしまった。誰だ!! こっちはいい気分でお昼寝タイムに入ろうとしてたんだぞ!!!!!!!!


「お邪魔するわ」


入ってきたのは侍女と思われる数名と、その後ろから現れた少女。少女は5、6歳くらいだろうか…。だがその歳の割りには不釣り合いな派手な身なりをしていた。少女は自分の手よりも大きな扇子をパタパタと仰ぎ、紫の瞳を細めた。…なんだこの気取った少女は…起こされた苛立ちからそう少女に視線を投げかける。


「アイリア様…この部屋は貴方様でも立ち入り不可となっております。早急にご退出を」


だが、私の苛立ちはすぐに終わりを迎えた。優しくお腹をポンポンしてくれていたシシリーが一変したからだ。丁寧な言葉を使っているが、私は彼女の抑揚の無い声にビクッと体を震わせた。こわいよ…シシリー…普段優しい人が怒るとより怖いというのを実感する。私はこの先彼女だけは決して怒らせないようにしようと心に誓った。シシリーからこんな風に怒られたら、絶対心折れるもん。


「乳母如きが私に指図するの? いい度胸ね」


だが、若さというのは恐ろしいもので、怖いもの知らずのアイリアという少女はフンッと高慢な態度をとった。…こ、この高飛車…強い…!!!! 怖いもの知らずの高飛車は、ぺったんこの靴でスタスタとこちらへと歩いてくる。近づいて来て分かったことだが、この高慢な態度の少女…幼いながらも中々の美人の部類だ。まっ、シシリーや私ほどではないがな!! そんな私の思いを感じ取ったのか、アイリアが見下ろすように私を眺めた。


「このみすぼらしいのが私の妹? へぇ…確かに、お父様と同じ瞳に髪ね」


私を見定めるアイリアの金髪からチラッと見えるのは一束ほどの銀色の髪。…ふーん。こいつ、私の姉に当たるのか。そう言えば、5度目の正直とか言ってたし、私の上に4人の子供がいることになる。まぁ、緑色の瞳を持った王子は処刑されたらしいから3人だけど。何番目かにもよるが、彼女が10歳と仮定すると、他の兄弟たちとも少し歳が離れているのかもしれない。……仲良くしておいたがいいのか…?


「あー」


とは言っても、まだ赤子なのではじめましてと伝えられないため、ニコッと笑みを浮かべるだけになってしまった。だが、この愛されフェイスむちむちボディを持つ私だ。これでこちらの好意は伝わったことだろう。あぁ、いい仕事をした。そう思っていたが、


「……」


普通に嫌な顔をされてしまった。少女は顔を顰めると、後ずさりをする。


「………臭い…下々の臭いがするわ…!!」


はぁ!? 私は慌てて自分の尻の方へと視線を動かした。し…してないぞ!? オムツのようなものはしているが、人の目の前で粗相をするようなことはしていないぞ!?!?


「あら、いつもよりも早いですわね。それではアイリア様。姫様はおやすみになられますので、失礼をいたしますわ」


真っ青になる私とアイリアをよそに、シシリーがニコッと笑いながら一礼をする。


「こ…こんな奴…下々の家で産まれたくせに…!! 私は絶対に認めないから覚悟しなさい!!!!」


何故か負けたような台詞を言いながら去るアイリア。その後ろを侍女が慌てて追いかける。パタンっとシシリーが扉を閉め、ふぅっとため息をひとつ零した。まるで小規模の嵐が去ったようだった。シシリーも大変だなと彼女の後ろ姿を眺める。


「姫様。せっかくおやすみになられていたのに、騒々しかったですわね。すみません」


しかし、こちらへ振り返る時にはいつものシシリーに戻っていた。先程の変貌にドキドキしていた私は、シシリーの笑顔にホッと胸を撫で下ろした。


「お姉様にも困ったものですわね。あの方に、派手な身なりはまだお早いというのに」


これも王妃様の影響なのかしら…そう零すシシリー。王妃様って…まさかあの不貞を働いて謹慎中の王妃様じゃないだろうな…。私は嫌な話を思い出してしまい、思わず顔が歪ませた。


「あらあら姫様。貴方様にそのようなお顔は似合いませんわ」


その顔を見たシシリーが、笑いながら私を抱き抱える。ふわっと鼻をくすぐるほのかな香りに、私は自然と笑みを浮かべる。


「姫様の笑顔は人々を幸せにさせる魔法なのですから」


とまぁ、なんとも嬉しいことを言ってくれる。シシリー!! シシリーの笑顔は私を安心させてくれるんだぞ!! いつもありがとうね!! だが、口から出るのはうーやらあーやらの言葉にならない声。彼女とお話しできたら、どれだけ楽しいだろうか…私は話せないことのもどかしさを改めて感じるのだった。


「分かっていますよ」


…え? 下げていた視線を上げてシシリーを見ると、シシリーは聖母の微笑みで私を見ていた。シシリー…!! そうだよね、一度伝わったんだからもう私たち以心伝心だよね…!いや、でもそうなると私が赤子らしからぬ考えを持っているということがバレてしまう…それは困るな。どうしようかと考える私をよそにシシリーはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「お姉様を追い出す口実に姫様にとって不名誉な嘘をついてしまい、お怒りなのでしょう?」


………ん??? 何の話だときょとんっとする私に、シシリーはある物を見せた。それは、何かの草の塊のようで、何か凄く親近感のある臭いがする…。そして、それが夜になると、シシリーが暖炉に入れるものだと気づいたのは、シシリーの次の言葉を聞いてからだった。


「しかし、下々の臭いという表現は適切ではないものの、中々鋭いところを突いていますわね。糞はよく売買されますから。ただ、一般的な家庭で竜を飼っているところなんて…アメジスト王国では聞いたことがありませんが」


ふふっと笑うシシリーと対照的に、私は驚愕した。嘘だろおい…この草みたいなやつ…竜のう〇こかよ!?!? 道理で親近感のある臭いがする思った!! というか、シシリーそれ素手で掴めるの!? 乳母になるためには……そんなことまで習得しなきゃいけないのぉぉ!?!?


お昼寝の時間はとっくに過ぎていたが、私は大人しく眠ることなんてできなかった。その代わり、シシリーの糞が握られていた右手の動きに神経をすり減らしながら、私は一日を過ごすのだった。


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