表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

命を保つ危うさと新たな能力

 『(ドラゴン)。それは古来より存在し、誇り高い生き物として知られている。その生態は謎に包まれており、あらゆる探究者が長年を費やしたがその寿命も能力も解明されていない。ただ、竜が群れで行動するところは確認できておらず、単体で活動すると記載がある。空の王者として飛ぶ彼らの姿は人々を魅了し、彼らを手にしようと試みた者は多い。しかし、空の王者は決して人と相容れる存在ではなかった。現アメジスト国王、レイ・ロンベルグ・ファイン・ドゥラ・リックが即位するまでは』


「…え? 何終わり?」


さっそく『竜』について便利辞書を使っていたのだが、何も分からず途中で終わったことに不平不満を零す。まさか実の父親の名前をこんなところで知るとは思わなかったが。


「しっかし、父親の名前も長いな」


私がエルヴィなんちゃらでエルヴィ様と呼ばれるのだから、あの冷酷な男は名をレイというのだろう。…女みたいな名前だな。案外、綺麗な顔をしていたから女と間違われて名づけられたとか?そうだったら面白そうだ。だが、そこを突っ込んでいくと話が脱線するため、私はあの自由にはばたく空の王者について話を掘り下げることにした。


「竜と現アメジスト王レイ・ロンベルグ…なんちゃらの即位との関係は?」


『竜 アメジスト王即位 関係は?…検索中…検索中……検索結果、前アメジスト国王、サリエリは時期国王を竜の捕獲に成功した者にすると公言した。14人いた彼の後継者たちはことごとく失敗に終わったが、後継者として数になかった妾の子レイが竜を捕獲。それにより、彼が国王として国を治めた。捕獲方法は不明とされているが、現在もなおその竜はアメジスト王国の上空を飛び、他国への牽制として役立っている』


へぇ、竜を捕まえて国王に…それに妾の子って案外苦労人だったのか。と、あの父親について意外なところで知ることができ、ふと好奇心に駆られ再度辞書を使う。


「その14人の後継者は? となると、私たくさん親類がいるってことだよね?」


それだけの人数がいるならば、私の味方になってくれる親戚もいるやもしれない。そんな期待を持ちながら、私は問いかけた。そして、すぐに愕然としてしまう。


『14人の後継者 その後の行方…検索中…検索中……検索結果、14人中13人は死亡、1人は行方不明。前王は病死、妃は現王に色仕掛けをかけ処刑。よって、王族の親類はいない』


「14人中13人死亡!?」


しかも、前妃はまさかの色仕掛けで処刑。…世も末だな。妾の子ということなので血のつながりはないとは思うが、義理だが息子だぞおい。私が生誕した日も大臣と不倫していたお妃様がいるし……この世界の倫理ってやつはどうなっているんだ。


「なんでそんなに人が死ぬの…この世界ってすぐに人が死ぬってこと?」


『この世界 人がすぐ死ぬ 何故…検索中…検索中……検索結果、YES。この世界は戦事が多発しており、また王権争いで王族同士の殺し合いも珍しくない。現に、13人の後継者も現国王の名において処刑されている』


「嘘ぉ!?!?」


これは竜とかこの世界の興味とかそんなことを言っている場合ではなかった。私は自分の体を見る。ムチムチとした短い手足、ふっくらとした頬。もちろん今まで話していたのは、話していたつもりになっていたものだし、一度私の口からでればそれはもうあーとかうーとかに変わり私の耳に入ってくる。…つまり、人の言葉も話せない今の私は人畜無害の赤ん坊だということが嫌でも分かる。だが、まだ望みはある。私は現国王の後継者などではなく実の子供。初めて会った時の彼のあの時の反応は悪くなかったはずだ。…不細工などと散々な言われようだったが。


「わ、私はこの世界で生きられる? まさかこんな超絶可愛い赤ちゃんを殺そうなんて思う人はいないよね?」


『この世界 生存 殺意を持つ人…検索中…検索中……検索結果、生存率はかなり低く、王の娘ということで殺意を持つ人は多い』


これは享年がゼロ歳ということもあり得ない話ではない。私は思わず叫び声を上げた。こうなると感情に引っ張られ、未熟なこの体のコントロールが不可能となってしまう。ポロポロと大粒の涙が頬を伝う。


「エルヴィ様!?」


私が突然泣き出したと分かり、部屋の隅でミルクの準備をしていたシシリーが慌てた様子で顔を出した。トントンと心地よい振動が体を伝うが、私の不安はそれで拭えるはずもなく…


「先ほどまでご機嫌にお話をされていたのにどうされたのですか? 下の取り換えは…綺麗ですね。では、お腹でしょうか?」


手慣れたようにシシリーがいろいろしてくれるが、私は落ち着く気配がなかった。ごめんよシシリー…だけど、オムツみたいなの下げるのは止めてほしい…本当に。羞恥心が凄いのよ。


「では少し窓を開けてみましょうか」


不安に羞恥心が加わりもはや手のつけようがなくなった私に、シシリーはそう言うと窓を開ける。熱を帯びた私の肌を心地よい風が通り過ぎ、私は段々自分が落ち着いてくるのが分かった。だが、日中だというのに太陽は雲によりさえぎられ、陽光が見えないことが不安を煽られているようで、私は思わず唸ってしまう。


「…心配ありませんよ」


私を優しく抱くシシリーがそう私に話しかけ、顔を上げた私と目が合った。彼女は微笑み、そして私の額にキスをひとつ落とした。シシリー…まさか私の不安を気づいて…


「あなた様は神々がお与えになった御子ですから。あなた様がいらっしゃる限り、お父様は生きて戻ってまいりますよ」


予想外の言葉に私は思わず声を上げる。え、いや私は私自身の命の心配をしているのだけど…もしかして父親の方が命の危機にあるところにいるの?だから顔を見せないの?驚く私を見て、シシリーは微笑んだ。


「…ええ! 私は嘘はつきませんとも。無事帰還された際には、お父様が会いに来られますので、たくさん食べて元気なお顔を見せましょうね。…心配ありません。皆無事ですよ」


笑顔から憂う表情をするシシリーを見て、私はすっかり涙は引っ込んでしまった。この聖母に暗い顔をさせてはならぬ…そんな思いが頭を支配したからだ。私はにこーと笑みを作り、思いっきり腕をシシリーに伸ばした。


「はわわ…」


こうするとシシリーは顔を私の手に寄せてくれる。そうなったらもうこっちのもの。私は彼女の顔を撫でるように触るのだ。きゃっきゃと無邪気な笑い声を上げるのも忘れずにだ。どうだ…超絶愛しかろう!!


「姫様は本当にお優しい方ですわ。ええ、そうですね。暗い顔をせずに、私は私の役目を全うしなければ。そして、笑顔で迎い入れましょう」


シシリーが頷きながら、窓を閉めた。心地よい風をもう少し感じておきたかったのだが、仕方がない。シシリーはしっかりとカーテンまで閉めると、私を抱いたままミルクがあるところまで歩き出した。ほのかな甘い匂いが鼻をくすぐる。


「さあ、そろそろご飯のお時間ですよ。ご飯が終わったら、お休みのお時間です。今日は随分起きていらっしゃいましたから、すぐに夢の世界に行かれますわね」


くすくすと笑いながら、私にミルクを飲ませるシシリー。そうしている間にも、私の瞼は下がっていく。あぁ…この体はすぐに眠くなるからいけない。結局、話が脱線してしまい、竜のことについて分からないままだ。だが、辞書が言っていたように、人が竜について理解することがまだできない時代なのかもしれない。私が大きくなる頃には何かわかっているといいなという淡い期待を込めながら、私は夢の世界へと落ちていった。


「…さて、私は姫様が寝ている間に引っ越しの準備をしなければ」


…引っ越し?次に目が覚めた時、私はどんなおうちにいるのだろう…。どうか命の危機を感じないところにしてくれ…そう願いながら私の意識は途切れた。



――――――――――



 私が次に目を開けた時、そこは粉塵と炎が舞い上がる場所だった。私はふわふわと宙を浮いており、地面に寝転がっているおびただしい数の人に私は目を逸らした。明らかに私がいた場所とは違っていた。また別の世界に行ってしまったのかと慌てたが、ふと身に覚えのある銀色の髪が視界に入り安堵する。もう驚かせないでよ。しかし、そうなると何故自分がこの場にいるのか分からず首をひねる。


「目の前には大きな城…足元には防具付けている人が倒れ、動いている人はみんな血走った眼をして武器を振り回している。つまりここは殺戮と強奪の場となった都…超絶可愛い赤ちゃんである私がいていい場所じゃないっつーの」


私、血とか駄目なんだよねと、なるべく足元を見ないようにして私は上へと浮かんだ。自由に動けるっていいなと感動しながら、少し高い所から父親を見下ろすと、彼の隣にはあの中年もいるではないか。なんだ、お前もここにいたのか、執事長の癖に戦場にいるとは何と可哀そうな奴だ。試しに中年の前で手を振ってみるが視線は合わず、頭を軽く叩くが私の小さなお手手は宙を切った。どうやら私の姿は見えずまた触れないようだ。私の本体はシシリーのところにあり、これは幽体離脱というやつだろうか。それならば、早くあの聖母のもとに帰りたいものだ。しかし、戻り方も分からず、他にすることもなく暇なため、彼らの様子を見ることにした。どうやら彼らは揉めているようだった。


「陛下、一回退避しましょう! このまま攻め入るのは無茶でございます」


中年の言葉に、私はあたりを見渡す。…確かに、父親たちと同じ赤色の防具を身につけた者は十もいない。しかも、そのうちの何人かは武器も持っておらず、青い顔をしている。こりゃ負け戦かなぁとか呑気なことを考えていると、その数少ない兵士たちの顔が強張る。彼らの目線の先を見ると、父親が冷たい目で見ていた。…げ…あれが味方に向ける目かよ…。心底冷え切った眼で、足手まといには用はないと言ったようだった。そして、彼は思いっきり馬を走らせる。


「陛下っ!!」


父親が向かう先には、こことぞばかりに開いた門だった。私が見ても罠だと分かる。罠ということはつまり、門をくぐった途端に串ざしにしてやんぞということだ。父親の勢いが増し、私もふよふよとそれに吸い寄せられるようについていく。後ろを見ると、不意を突かれた味方が遅れて馬を走らせていた。いやいや…味方の不意をついてどうするのよ。


「馬鹿め! 勝利を焦るとは」


ほら、上にいる敵もそう言っているのが聞こえる?中年が引けと忠告したのに、短気な父親はその罠に自ら突っ込んでいく。普通、大将って自分で戦わないんじゃないの?それとも何か策があって…。ふと、こちらを見下ろす勝ち誇った顔のおじさんが目に入る。


「殺せ!! アメジスト王国を我らのものにするのだ!」


げげっ!?そのおじさんの掛け声に興奮した様子の敵兵に私は焦る。ここで負けたら私も聖母も危ないじゃん。何か策あってよ!!門に入った途端、待ち構えていた兵士たちが父親を囲むように四方八方から剣を突く。


「陛下ァ!!」


後ろから中年が叫ぶが確実に助けに入り損ねている距離。これは絶体絶命…私の異世界ライフの夢は潰えた…と思われた。父親は眉一つ動かさず、走り続ける馬の上に立ち上がった。


「うっわ…危な……いいいいい!?!?」


と思ったら、その姿が一瞬にして消え、とある場所へと移動していた。父親を串刺しにしようと思っていた敵兵たちをくぐり抜け、先程のおじさんのところに涼しい顔をして立っていたのだ。私がなぜ姿を追えない父親の行方を知っていたのかというと、どうやら今の私は父親と一心同体のようで、ある一定の距離を保ちながらくっついている状態のようだ。一瞬姿が消えたかと思うと、まるでジェットコースターのような感覚で引っ張られ、今少し目が回っている。


「お…お前…なぜ…!?」


死にかけの魚みたいに口をパクパクとさせるおじさんに、変わらぬ表情で剣を抜く父親。…そういえば、うちの父親なんか世界に三人しかいないとかいう領域に達した人間だったわ。私は父親が無情なる剣を振り下ろす姿を見て、ホッと胸を撫でおろす。私が見る限り彼の防具には傷一つついていない。


「心配して損した。あー、早くシシリーに会いたいなぁ」


と大きな欠伸を零していると、ふと視線を感じる。恐る恐るそちらを見ると、ばっちり視線が合った緑色の瞳。…え、なに…?まさか見えてる…?父親が私をじっと見て、怪訝そうな顔をする。


「貴様は……」


と、父親が口を開きかけた時、その後ろの陰から人が飛び出してくるのが見えた。しかも、その手には鈍く光る刃が握られている。私は思わず叫んだ。


「危ないっ!」


だが、父親は別になんということもなく剣を振り下ろし、奇襲は失敗に終わる。…なんだ、全然強いじゃん。私は再度大きな欠伸をし、目を閉じた。これは現実にあっていることかは分からないが、シシリーの憂う顔は杞憂のようだった。



――――――――――



 「…あ、起きられましたか?」


目を開けると、視界いっぱいにシシリーの笑顔があった。起きてすぐ幸せを感じることってある?私はにっこりと笑い、彼女に手を伸ばした。シシリー、シシリー、聞いてよ。なんか現実味ある夢を見たんだよ。父親が敵の大将の首を討ち取る夢!赤ん坊なのにそんな夢をみるなんて変だよね?


「あら。起きてすぐなのに姫様はご機嫌ですねぇ」


まあ、私が言っていることなど伝わることはずないのだけどね。シシリーがくすくす笑いながら、伸ばした私の腕を突っつく。その唇が弧を描いていることから、何やらシシリーもご機嫌のようだ。何故だろうか…私が夢の世界に浸っている間に何かいいことでもあったのだろうか?


『シシリー ご機嫌 何故…検索中…検索中……検索結果、戦が終わりアメジスト王国が勝利という結果だったから』


私はその辞書の答えに目を見開いた。やはりあれは夢ではなかったということか…。すると、軽快な音とともに新たな声が頭の中に響いた。


『新たな能力、夢渡りを取得。これにより、便利辞書の制限を開放し、神々の道標の能力を取得。』


…何やら新たな展開となったようだ。夢渡りはあの幽体離脱のことだって分かるけど、便利辞書から神々の道標ってなんか大層なことになったものだ。だが、まぁこれで私の生存率が上がったと思えば、神々だろうが仏像だろうがなんでもいいや。私は安堵し、シシリーを見た。


「よかったですねぇ。もうすぐお父様にお会いできますよ」


聖母の笑顔はどんなものでさえ打ち消すのだから。やっぱり、美人は憂う顔よりも笑顔が一番だな。そんなことを考えながら、私は夜の分のミルクをたらふく飲み、今度は夢をみることなく深い眠りにつくのだった。私の命を脅かす刺客たちはこれからやってくるというのに知らないまま。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ