超絶可愛い赤ちゃんが王宮へ
私が、自分の超絶可愛い赤ちゃんっぷりに驚愕していた頃。あとから聞いた話によると、王宮では史上最悪の空気を漂わせていたらしい。後の私専属メイドとなるシシリーはこう語る。
「あの時は、王子と大臣の処刑が立て続けにありましたからねぇ。私達もまさか、王子が処刑台に送られるとは思いもせず…。正直、次は我が身かと吐きそうな思いでしたわ」
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「陛下が王子を処刑!? 何故、そのような事態になった!!」
馬車で揺られること多分数時間。いつの間にか眠りの世界に落ちていた私は、慌ただしく馬車に近づいてきた使者によって、目を覚ましてしまった。……この世界は、展開が早すぎておちおち寝てもいられないのか…。私がしばしばする目を何回かパチパチさせている中、使者は言いづらそうに口を開いた。
「それが…王妃様の不貞が陛下のお耳に入られたようで……」
……この世界でも、ドロドロとした関係って存在するのか。恐ろしや恐ろしや…。しかし、浮気はよくないが、その罰に対して自分の子を殺すって…なにその狂った考え。まぁ、確かに不貞をいつから働いていたか分からないし…よくドラマとかでも、自分の子が果たして自分の子か…みたいな話はあるよね。それが、まさか本当にある話だとは…。胸焼けしちゃうわ。
「…あの馬鹿女…自分の立場が分かっていないのか…。せっかく、緑の瞳を持つ男児であったというのに…」
頭を抑える中年男。緑の瞳?そう言えば、私を抱き上げた時もそんなことを言っていた気がする。何かあるのか?緑の目はこの世界では重宝される…とか?
「それで、馬鹿女と誑かされたクソ野郎は?」
……にしても、この中年本当に口が悪いな。本当に執事長か?こんなに可愛らしい赤ちゃんの前で、そんな言葉遣いやめなさい!!教育的に悪いぞ!!
「…王妃様は部屋にて謹慎、大臣は1時間前に処刑執行済みです」
淡々と述べる使者。いやいやいや!!よく淡々と報告できるな!?王妃様、大臣と不貞を働いていたのか!?……そりゃ、王様も怒るわけだ。…だからって、殺すのはやりすぎだと思うけどさ。
「ただ…」
「隣国との交渉だな。分かっている。元来、あの馬鹿女は捕虜として送られたいわば人質。その国で自ら殺される理由を作るとは……馬鹿な女だ」
言いづらそうにする使者の言葉を遮り、呆れたような顔を浮かべるの中年。それをちらりと見て、私は欠伸をひとつした。…この体はどうも眠くていけない。
「……起こしてしまったか? 安心して寝ておくといい」
くわぁっと欠伸をして、ようやく私が起きたことに気づく中年。私の可愛いさにクラっときてしまったのか、フッと笑みを浮かべて、軽く揺らす。それがまぁ慣れていること。ゆらゆらと揺れる悪くない心地良さに、私は再び欠伸をする。
「……この子が…ユリア様と……」
「ああ、緑の瞳に銀の髪。ここまで揃っていては…間違いないだろう」
ん?なんだなんだ?何やら重要な話をしそうな雰囲気。しかし、私はもう限界だった。……まぁ、また聞く機会があるだろう。私は眠気に抗うことなく、目を閉じた。眠りの世界に落ちる直前、最後に耳に入ってきたのは、中年の声だった。
「…この子が最後の生贄だ」
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何にも邪魔されない快眠。私はそれを熟睡と呼ぶ。夢も見らずに、完璧であり健康的な睡眠。瞼の奥まで、差し込んできた光で私は目を開けた。
「……あら、もう起きられたんですか? 早起きさんですねぇ」
目を開けて早々、私は再び目を閉じた。メイド服を着た美人が聖母のように私に微笑みかけている。…夢か?しかし、再び目を開けても、メイド服の聖母は変わらず私に微笑んでいる。
「あらあら。そんなに目を開けられては、瞳が零れてしまいますわ。まるで宝石のように、ポロっと…」
思わずギョッとする私を、クスクスと笑い優しく抱き上げる聖母。
「嘘ですわ。姫様ったら、まるで私の言葉が伝わっているかのように反応して下さりますねぇ」
思わずドキッとしてしまったが、どうやら聖母は自分が言ったことが本当だとは思っていないようだ。クスクスと笑いながら、私を抱いたままユラユラと揺らす。…さすが聖女。私の呼吸に合わせたいい揺らし具合。今起きたばかりだというのに、つい目を閉じそうになってしまった。
「まだお眠りになってていいのですよ。…陛下との謁見はまだ先ですから」
少し憂う顔を見せる聖母。何故そのような顔をするのかは分からないが、憂う顔なんて聖母には似合わない。
「うー!!」
私は精一杯腕を伸ばし、彼女に微笑んだ。この愛らしいムチムチの腕を触るなり、頬ずりするなりすればいい。私のこの赤ちゃん体型を、存分に堪能せよ!!
「はわわ…!!」
よほど幸せに飢えていたらしい聖母は、躊躇なく私の腕に飛び込んできた。私のムチムチアームを触り、頬ずりする聖母。よしよし!!聖母も人々を癒してばかりじゃ疲れるよね!!今は責務を忘れて、幸せに浸って……ん?誰か、扉の前にいる。髭のおじさんだ。
「んんっ!!」
髭のおじさんのわざとらしい咳払いで、ハッと私の腕から顔を離す聖女。…ちっ。聖女のひとときの幸せに浸る時間を邪魔しやがって!!これこそ死刑に値するぞ!!誰だこの髭!
「いいかね?」
「……何の御用でございましょう…」
聖母が私を守るように、自分の胸へ私を抱き寄せる。目の前に聖母のたわわなお胸が迫ってくる。私は一瞬、髭の存在が頭から消えてしまった。で…でかい…
「君に用はないさ。我らの姫君となられるお方のご尊顔を拝見させていただこうと……」
ちらりと私の方に目線をやる髭。その目はギラギラと光っており、そこからは悪意しか感じられない。……私って、もしかして敵が多いの?無理やり連れてきたくせに、なんて場所だ!!
「お断りさせていただきます。ここは、殿方の立ち入りは厳禁となっているはず。速やかにご退出を。さもなくば、人を呼びますわ」
しかし、私を守ってくれる人も存在するようだ。その中にこの聖母がいたのは、私の運もまだ大丈夫そうだ。明らかに、この聖母の方が髭よりも強いからだ。……何故そう思うかは、自分でもよく分からないが……本当に何故だ???
「…どうせ、その姫様は数時間後には死体となっているだろう。陛下の手によってな!! その時、身をもって知ることになる!! どちらに付くべきだったのかをな!!」
そう捨て台詞を残し、部屋を去る髭。その見事な雑魚キャラっぽい去り方に、やーいやーい!!とはやしたてたくなったが、髭の言葉に一抹の不安が残る。
「……ご心配いりませんわ姫様。貴方様には、かの英雄…ベイン・テンペストが付いていますのよ? それに、貴方のお母様も私もおりますわ」
聖母の言葉に、そう言えばと首を捻らせる。母親の姿が見当たらない。しかし、この王宮にはいることだろう。…私はあまりいい立場にはいなさそう。悪ければ、この世に誕生したばかりだというのに、享年0歳となってしまいそうな雰囲気だ。そんな私の味方をして、目の前で微笑んでいる聖母やあの超絶美人な母親や、その…英雄?とやらは、大丈夫なのだろうか?私を庇ったせいで死ぬとか、まじで目覚め悪いからほんと!!
「王もきっと…今度こそ…自分の子への愛情をお知りになっていただけるはず。5度目の正直…ともいいますし!!」
いや…聖母よ。それを言うなら、3度目の正直…えっ!?4度目も駄目だったんなら、5度目も駄目じゃん!!なにその謎理論!?!?
「…嘘ですわ。王は自分の子をとてもとても愛しておられます。ただ今は…王妃様の不貞に腹をたてられただけ…それだけですわ。」
腹を立てたくらいで自分の子供を殺すって…どんな親だよ…。しかし、髭の登場ですっかり覚めてしまっていた目が、聖母のキスにより段々と下がってくる。……ねむい…
「……だから、どうか今は…良い夢だけその瞳に宿してくださいませ」
そして、私はくわぁっと欠伸をし、すやすやと眠りについたのだった。