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ぶりっ子姫、衝撃的な事実を知る

 「いってぇ…何すんだ!!」


いや、何すんだはこっちのセリフなんだけど…そう言い返そうとしたが、その前に殴りかかってきた少年の拳を軽く避けた。少年は思いっきり鼻を地面にぶつけ、その痛みからうめき声をあげる。…あっちゃあ…今のは痛そうだ。でも避けないと私が痛いしなぁ…


『もう、そんな奴放っておこうよ。すぐに側近が来て回収してくれるし! あーあ! 当てが外れたなぁ。勉強にも飽きたし、お城の散策で我慢するかぁ』


キッとこちらを睨む少年の顔は赤くはなっているが、特に傷なども見えない。私はユランの言うことに同意し、少年に背を向ける。だが、少しも進まないうちに私は足を止めることになった。


「ま、待って…!! 俺…母ちゃんに会いたいだけなんだ…!!」


先程まで生意気だったはずの少年がか細い声で、私にそう言ってきたからだ。振り返れば、少年は目にいっぱいの涙を浮かべ、服を力強く握りしめていた。


「俺…母ちゃんが心配でここに来て……父ちゃんからの返事もないし…母ちゃん…死んじゃったらどうしよって……!!」


私はその少年の言葉を聞き、顔を歪ませた。…あー面倒ごとの匂いがする…!最初は断ってユランの言う通りさっさとその場を立ち去ろうかとは思った。この少年は城を騒がせている侵入者なのは間違いないし、それならば私を狙う刺客は存在しないことになる。…正直、命の危険がないならば気分転換をしたいのは事実。だが…私は少年の元へと足早に戻った。


「お母さんのために、ここまで来たんだ。凄いね」


結局、ユランに言われた私の短所がこの場面でも現れたことになる。目の前で泣かないでよね…ここで見捨てたら罪悪感が残るじゃん。私はガチ泣きの汚い顔を袖で拭き、その手を引いた。アドラーが私を探す声がもうすぐそこまで来ていたため、早々とその場を立ち去ることにした。…アドラーごめんっ、でも君私第一だから…きっと有無を言わさずこの子を兵士に引き渡すでしょ?ズビズビ泣く少年は私の手を握り返し、私はため息を吐きそうになる。…まずは泣き止ませるところからかぁ…。私はまず自己紹介から始めることにした。


「…ユジン。プーア村に住んでる。父ちゃんは兵士で戦に行っていて、母ちゃんは出稼ぎで、

どっちも王宮で働いている…」


意外にもちゃんとした答えが返ってきて、私は再度彼を誉めた。出会いがしら、命令し殴り掛かってきた少年とは思えない。もしかしたら、今は不安からそういった行動をとってしまったが、普段の彼はしっかりと礼節を身につけた少年なのかもしれない。両親とも王宮で働いているということは、そこらへんはちゃんと言い聞かせていそうだ。チラッと彼に視線を向けると、ユジンは今度は私の番だと言わんばかりの視線を向けていた。


「あー、私の名前は…んー…ヴィって呼んで。あとは…私の父親も母親も…ここに住んでる」


『なにそれ。全然情報量ないじゃん。それに、ねぇヴィ…まだ自分の名前全部覚えてないの!?』


ユランからの突っ込みが入り、私は笑ってごまかす。ユジンもなんじゃそりゃと私に突っ込みを入れるが、


「ヴィって愛称だろ? 親や夫婦が使うもんを呼ばせんなよな! 恥ずかしいだろ!」


とユランとは別の視点で返した。…なるほど。この世界ではそういった決まりがあるのかということを知る。…んー確かに、いち知り合いに呼ばせる名ではない。じゃあ、適当に作ればいっか!!


「じゃ、私のことはギンコて呼んで。ユジンのことはユジンって呼ぶから」


「ギンコ…? 変な名前だな…。というか、俺の方が年上なのに呼び捨てかよ」


私の特徴である銀色の髪から取って、銀子(ギンコ)としたのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。


『僕ちゃんも彼の意見に賛成だね…。いくらなんでも適当に付けすぎじゃない?』


ヴィってば名前をつけるセンスもないの、と言うユラン。そう言えば、彼の名も結構考えてつけたんだっけ?


「ギンコの親も住み込みで働いてんだな。意外に、俺の母ちゃんや父ちゃんと顔見知りだったりして」


まぁ、話が進んだのでいいと言うことにしよう。私たちはそのまま話を続ける。すっかり、ユジンの涙も引っ込んだようだ。手は繋いだまま、中庭の木々の影を使いながら先へと進んでいく。そろそろ目的地を決めないとなぁ…ユラン、なんかいい案ない?


『えー! いくら僕ちゃんでも他人の母親を探すのは難易度高いよ。ヴィに全然関係ないこの子の問題でしょ? …んー…でもまぁ一般論を言うなら、人を探すにはまずはその母親の特徴を知るところからじゃない?』


なるほど!じゃあ、まずはこの子に母親の特徴を聞いて、それから母親探しと行こう。だがしかし、私はこの年齢の子の伝達能力を全く想定できていなかった。ユジン曰く、


「母ちゃんは村一番の美人だ! それに料理も上手だし、何でも作れるんだぜ! 俺の好きな料理は……え、名前? 母ちゃんは母ちゃんだろ? …見た目? 髪は長い…いつも料理を作るとき以外は下ろしてる。色は…村にたまに来る使者が使う魔法の色と似てるな! 分かるか? こう…最初は目が痛くなるんだけど…次に開けたときには全部が良くなってる魔法!」


思わず頭を抱えてしまった。だ、駄目だ…ユジンの母親の情報が少なすぎる。料理が上手で、美人…そして髪が長いことくらいしか分からず、異世界ギャップを感じてしまった。魔法の色も分からんし、全部が良くなっている魔法って何よ?ユランは分かる?


『ぜんっぜん分かんない! 目が痛くなることから攻撃魔法かと思ったけど、でも全てが良くなっているってことは修復魔法? でも修復魔法に目くらましの効果なんてなかったはずだけど…』


ユランに聞いても分からないってことは、これは土地柄のギャップが問題か。いやぁ、しかし、特徴を聞いてもこの王宮内でいったいどれほど多くの該当者がいるのだろう。全く絞り切れない。仕事を聞くか?…いや、母親の名前すらろくに認識していないんだ…この調子だと多分料理を作っているんじゃないかみたいな答えが返ってきそう。困ったぞ。さっそく手詰まりだ…


『だから放っておけって言ったのに…。そもそも母親の元に連れて行った後どうするのさ? 側近はヴィがいないことに大騒ぎしてるし、下手すりゃこの子誘拐犯で親子共々処罰されるよ?』


その後を全く頭に入れていなかった私は、んーと頭を捻る。まぁ…私ここの権力者の娘だし、元気そうな姿を見せれば何とかなるんじゃない?


『本当に楽観的なんだから! もう…早く終わらせちゃお! 容姿の色彩は親から譲り受けるものだから、とりあえず髪と瞳の色を割り出して。僕ちゃんが該当する使用人探すからさ!』


ユランの有能さに私が感謝の念を送っていると、ユジンが私の顔を心配そうに覗き込んだ。


「さっきから静かだけど…腹でも痛いのか?」


そういえば、今までユランと心の中で話す生活を送ってきたため、いきなり黙り込んだ私を体調不良からだと勘違いしたようだ。今度から気を付けないとな。私は首を横に振ると、先程ユランから言われたことを実行しようと口を開いた。だがその前にユジンがシッと私の口を塞ぐ。


「そこに誰かいるの?」


ゲッ!?私はようやくひとりのメイド服を着た女性が私たちがいる方へ歩み寄っていることに気づく。ユジンが私に這ってゆっくりと移動するように指示する。


「ゆっくりでもいいから、なるべく音は立てるなよ。返事がなかったら、女は大抵深入りしてこない」


と小声で言う姿があまりにも慣れた様子だったため、私は頷いて大人しくその指示に従う。…こいつの親、盗賊とかじゃないだろうな…?浮上してきた疑惑に、もしそうならどうしようかと作戦を練り始める。…うん、まぁその時は浮遊使って逃げればいいか!とあまりにも力でごり押しの考えで、自身の中での作戦会議は終了した。


「……気のせいだったかしら…?」


ユジンの言った通り、気配を消してその場を離れたら、一度確認しただけで女性はそう首を傾げていた。私はホッとして先を進もうとしたが、何かの気配を感じ取ったユジンはいきなり私に覆い被さった。えっ、何…!?私より体が大きいユジンにのしかかられては身動きも取れない。慌てる私の頬をひと吹きの風が触った気がした。でも、木の陰に身を隠しているのにこんなにも強い風が当たるものなのか…私の問いの答えはすぐに出た。


「……あら。そこにいたのね」


舌打ちをしたユジンが体を上げると、私はようやく置かれている現状を知る。私たちが身を隠していた木々は一掃され、目の前の女性が私たちを見て唇を釣り上げていたのだ。え…どういうこと??


「みーつけた」


女性が私を見てそう言った。その冷たい瞳を見て、私は青ざめる。こいつ、私を殺しにきた刺客だ!?本当にいたのか!?


「なんだか余計なものまでいるけど…いいわ。時間もないし一緒に殺してしまいましょう」


「走れるか? 逃げるぞ」


ユジンが恐怖で固まる私にそっと囁き、私はハッと我に返る。私がこの子と一緒にいるせいで、ユジンも命を危険にさらしているのだ。この子はただ母親が心配だっただけなのに…!


「行くぞっ!」


その言葉と共に腕が引っ張られ、私はユジンと走り出す。だが、間に合わない…強い魔力が刺客から感じられる。…来るっ!私は咄嗟に刺客に浮遊を施すが、ユランが頭の中で叫ぶ。それは悪手であると…。その証拠に私は浮遊を使用したために身を守ることが遅れてしまう。


「…っ!? な、なにこれ…体が…まさかこれが噂に聞く…!? だけどもう遅いわ!! 魔法は発動しているの!! 死になさい!!」


大きな広範囲に及ぼす力が私たちのすぐ後ろまで覆いつくす。それを防ぐ手立ては私にはない。やばい…この子も死ぬ!!


「くそっ!!」

「ユジンッ!?」


ユジンが庇うように私の前に立つ。ちょっ…君だけでもいいから逃げなさいよ!!目を瞑るくらい恐怖心が勝っているユジンの肩は震えている。……あー…もうっ!骨が折れても私のせいにしないでよね!!私は彼を後ろから羽交い絞めにし、思いっきり力を入れて自分たちに浮遊の矛先を向けた。体中に衝撃が走り、私はユジンと共に吹っ飛ぶ。


「いってぇ!? いきなり弾けるように飛ばされたぞ!? お前がやったのか…!?」


思いっきり地面に叩きつけられ、ユジンは咳き込みながらも立ち上がった。どうやら私の心配は杞憂だったようで、ユジンは思ったより丈夫のようだ。どちらかというと私の方が弱かったようで、身体を強打した影響からか耳鳴りが酷い。


「おい、大丈夫か! 次のが来るぞ!」


えー…あれが全力じゃなかったの…?女性は先程よりも強い力で私たちに攻撃をしてくるようだ。


「妙な魔法使いやがって…これで殺すっ!」


すっかりプライドが傷つけられた刺客は、殺気を宿した目で私たちを睨む。私が動けないのだと思ったユジンがひょいっと私を抱きかかえて走り出す。…見た目からでは気づかなかったが、年の割には筋肉があるな。ふと、ここで前世で耳に挟んだことが頭に浮かぶ。


「小さなうちから筋肉をつけすぎると身長が伸びなくなる…って聞いたことあるよ。ほどほどにが一番だね」

「お前っ!! 余裕があるなら自分で走れ!」


あまりにも私の状況に合わない言葉に、ユジンはそう怒鳴った。実は耳鳴りはすでに治まっており、走ったり魔法を使ったりできるのだ。だが、こうも余裕たっぷりな理由は簡単…私たちの命は保証されたからだ。私はそれを彼に伝えようと口を開く…だが、その彼の顔は恐怖で歪んでいた。彼が向いている方向は私たちの進行方向…つまりは刺客がいる方とは逆。…え?何を見たらそんな…蛇に睨まれた蛙みたいな……


「貴様、俺の娘になにをしている」


私がユジンと同じ方へ視線を向けたのと、その声が聞こえたのはほぼ同時だった。次の瞬間、私は首根っこを掴まれ、馴染みある腕の中へと収まった。そして、その腕の主は正面から刺客が出した風の渦の中へと突っ込んでいく。えーー!?!?


「ととぉ!?」


止めるように父親を呼ぶが、本人は難なくその風の渦を発動解除し、持っていた剣で刺客に大きく振りかぶったのだ。…一瞬の出来事だった。刺客は白目をむき、血も流さず倒れる。微かに肩が上下していることから気絶させたのだろう…と思いたい。いつの間にか辺りは人で溢れていた。この騒ぎで集まったのだろう…私は力が抜け、父の首に手を伸ばした。あー!久々の危機回避だった!!疲れたっ!!


「貴様は命を狙われるのが好きだな」


そんなわけあるかっ!と心の中で突っ込みを入れるが、その元気は今はない。すると、反応が悪かった私を気に食わなかったのか、いきなり父親は私をぎゅっと締め上げた。思わずうぇと絞り出したような声が出る。やばい…殺される…そんな考えが脳裏に浮かぶ…だが、そんな彼が小さく零した言葉は


「静かだな。怖かったのか?」


だった。いつものように私を煽るような言い方ではなく、怖がる私を茶化すわけでもない。気づけば私はこくんっと素直に頷いていた。


「…そうか」


特に慰めてくれるわけでもないし、私のことを案じる言葉すらかけてくれない。だが、いつもより父親の体温が高いため、あぁ…この人なりに必死になって私を助けに来てくれたのだと悟る。その後、何も言わずに優しく私の背を撫でる父親。少し私の気持ちも落ち着いてきた頃、顔を上げれば父親越しに大人と一緒のユジンが見える。あっ!?忘れてたっ!!!


「ユジンッ!!」


私が彼の名を呼ぶのと、その大人がユジンに向かって手を振り下ろしたのと同じタイミングだった。パチンっと彼の頬が叩かれた音があたりに響く。うわ…あれ絶対次の日腫れるやつ…じゃなくて、ユジンが危ないっ!!早くあの大人を止めて訳を話して…


「自分が何をしたのか分かっているのか!!」


頬を押さえて倒れこむユジンにそう怒鳴る大人。ユジンは彼の剣幕に体を震わせ、涙を溜めながらだって…とその大人に弁明を求めた。だが、その大人は首を振って、ユジンの胸倉を掴んだ。


「村中お前の姿が消えたと大騒ぎだ。作業を中断し山の中まで捜索して頂き、さらにはお前の身を案じ泣いてくれる者もいる。お前の姿がないと連絡が来て、母さんは職務を休み、そのせいで命の危機に瀕している者もいる。ここまで大勢に迷惑をかけて、お前の取った行動の正当性はあるのか? 答えろ、ユジン」


低い声でユジンに言い放つ大人。…ん?なんかこの逃げ道を塞ぐような言葉と、この威圧感…なんか覚えがあるような…?あの人がユジンの父ちゃん?あれ、父ちゃんって兵士で戦場に行っているんじゃ…


「そうか、それは貴様の息子かベイン」


父親が一回転しユジンたちに体を向けたので、私は彼らにお尻を向けた体勢となる。…ん?今

ベインって言った?想定外の知っている名前に、慌ててその大人を確認する。そこにはほんの数時間前まで私にものを教えていたベインが立っていた。ベインは即座に父親に頭を下げた。


「…はい。この度は我が愚息が大変失礼を致しました。息子の不始末は親である私の責任…どうか罰は私に…!」


「では我が王宮に無断で足を踏み入れ、我が娘を危機に陥れた愚かな息子のために…首を吊られても構わないのだな?」


間髪入れず父親がそう言葉を投げかけた。い、いやいやいや…!?いくら何でもやりすぎ…


『でもないんだなぁ』


私の言葉を被せてユランはそう言った。私がどういうことかと尋ねると、ユランは答える。


『ヴィがその子と手を繋いだ時にちょっと見えたんだけど…その子がここまで来た手段が刺客を乗せていた馬車みたいでさ。君の父親、この子が刺客をヴィの元まで案内したって思っていて…』


え、そうなの!?あ、いやでも待って!ユジンが刺客を案内するってそもそも無理じゃない?だって、私…自分の意思で窓から飛び降りたわけだし…それに彼と会ってからは私が引っ張って歩いていたわけだし…


『うん、そう違う。彼は乗る馬車を間違えただけだし、彼の母親を思う気持ちに嘘偽りはないよ。でもね、正解か不正解かは問題じゃないの。王の娘であるヴィが命を狙われ、平民のユジンが王の娘を連れていたことが問題なの。ってなると、この責任を誰かが負わなきゃいけない』


父親の顔を見れば、彼が冗談を言っているわけではないと分かる。ベインの顔は見えないが、特に反応がないことからとっくに決心しているのだろう。ユジンは…可哀そうに…蒼白した顔で、ベインと父親の顔…そして縋るような目で私を見ていた。ふと、とある考えが頭を過り、私はユランに話しかける。………ねぇユラン。つまりはさ…刺客に襲われたときに私が彼と一緒にいたことが正しかったと言えればいいんだよね?


『え? …んー…まぁ、確かに今ヴィが考えていることならそう言えると思うけど…でもそれ、色々勘違いを引き起こす気が……』


「とと!」


よっし、ユランの言質を取り安心した私は、沈黙の中父親に話しかける。頭の中でユランがちょっと僕ちゃんの話最後まで…と言っているが、時間もないため後で聞くとしよう。父親の緑色が私へと向く。


「ユジンがね助けてくれたの! ヴィの初めてのお友達!」


なるべく短く、要点を絞って私はそう言った。にこーっと笑みを浮かべると、父親はユジンを見た。ユジンが体を震わせる。


「…真実か?」


父親の問いにまるで鯉のように言葉を発さずにパクパクとするユジン。代わりに私が元気よくうんっと頷いた。すると、父親の鋭い視線が私へと向く。…え…


「俺の娘が平民を友人だと。どのような甘い言葉で誘われた? 言ってみろ」


今から人を殺しますというような顔で、なんか…前世で姉が恋人を連れてきた時の父親並みに訳分からんことを言い出したぞ。私はどう切り抜けるのが最適か少し考え、


「ユジンね、ととみたいにとっても強かったの。とと、またお仕事でどっか行っちゃうんでしょ? だからユジンに強さの理由を教えてもらうの…」


私はわざと言葉を切り、手で顔を隠す。ここが勝負の分かれ道…気合を入れろっ。今までの練習は今日この時のために培ったものだとおもんだ!!…言葉にするのを恥ずかしがっているように見えているだろうか…いや、見えなかったとしても次の言葉でそう見せなければならない。顔を手で隠している間に、目を瞑り、そしてカッと見開く。…よし、多少準備は足りないが…いくしかないっ!


「そうしたらヴィ…一緒にお仕事に連れて行ってもらえる?」


瞳は大きく、視線は上目遣いに…そして両手は不安を表すように拳を作って顎へと持っていく。首は若干傾けて、声は少し甘えた感じに…すると最強の4歳児の出来上がりだ。…よし…今日のコンディションは過去最高レベル…さすがの父親もデレデレの顔をして、この親子を見逃して……


「………」


え、まさかの無反応?しかも、緑色の目は先程よりも吊り上がっており、鋭い視線を私へと向ける。嘘だろ…こんなにも可愛いを極めた4歳児なんていないぞ!?自分の娘に向けていい顔じゃない。


「と…とと…ヴィね。…えーっと…」


ここから挽回できるだろうか。やはり、不安を表す仕草が余計だったのだろうか?くそぉ…急なアドリブはするものじゃないと痛感する。だがどうする…このままじゃ首吊り死体は2つに増える。それだけは避けたいところだが…


「…貴様…何故俺がもうすぐ戦に出ると思った?」


頭をフル回転していると、父親が私にそう尋ねた。え…と…馬鹿正直に私の自由意志を持つ便利辞書が報告書を読んでいて知りました…とは言いづらい。


「…ヴィ…ベインに文字教えてもらってて…その…」


「お前は報告書を読んでそれを知ったのか?」


「え…と…そうかなって…思っただけで…」


段々と声が小さくなり、突き刺さるような視線から顔を背ける。この言葉が嘘であるということは、実際に教えているベインなら知っていることだ。ベインからの視線も感じ、私は益々顔を上げられなくなった。沈黙ができ、それに耐えられなくなった私はどうにかしようと口を開く。


「…だ、だから…その…」

「姫様ぁ!! 姫様はこちらか!!!」


この空気を壊してくれたのは、アドラーだった。アドラーは群衆をかき分けて、私たちの前に姿を現した。額に汗を滲ませるその姿に、私は思わず彼の名を呼ぶと、途端に安堵の表情になるアドラー。


「姫様ぁご無事でなによりで…!! と、殿下ぁ!?」


アドラーは慌てて敬礼の姿勢を取る。そして、私たちから離れた所で拘束された第二の侵入者を見て、一瞬で場の状況を悟ったようだ。


「その者を地下牢に入れておけ! 他の者は仕事へ戻れ」


近くにいた兵たちの指揮を取り、群衆たちは散り散りになっていく。そんなアドラーの姿をぼんやりと見ていると、身体が揺れた。


「興が冷めた」


父親が私を抱きかかえたまま、踵を返したのだ。え?中年は?ユジンはどうするのさ。父親の気まぐれに困惑するが、今にも泣きそうなユジンに私は声をかけた。


「ユジン、ありがとう!!」


すると、急に足を止める父親。顔を見れば鋭い視線で私を見ており、思わずヒエっと声が漏れる。だが、父親はそんな私を見て唇を突き上げた。…想像以上にコレは使える…そう言っているようだった。


「優秀な我が娘に命拾いしたな。貴様には今回の失態を挽回する機会をやる。できなければ、その時こそ親子共々処刑台に送ってやる。そこにいる母親共々な」


物騒な父親の言葉に私は顔をしかめた。一応、ユジンたちを処刑させることは防いだが、その時を少しばかり伸ばせただけらしい。だが一応これで一安心…


「ユジンッ! あぁ…無事でよかった…!!」


「母ちゃん!!」


だが、ユジンがこの城に来た理由である母親…その人の登場に私は荒れ狂った。ユジンの顔が驚きから安堵へと変わり、ポロポロと涙が零れ始める。そんな彼を母と呼ばれる人は聖母のような顔で抱きしめる。う…嘘…な、なんでこの人が…!?


『ユジンの母親って…乳母!? この展開は流石の僕ちゃんも読めなかったなぁ。あ、でも確かに癒しの魔法なら光で目が眩むし、回復もする。髪も長いし、銀色だ。でもさぁ、まさか辺境の村に上級魔法を使う使者が行くと思わないでしょ。とんだミスリードだよ』


ユランの言葉で目の前の光景が現実であると思い知らされ、耐え切れず声が漏れる。


「シシリー…結婚して…子供もいたんだ…」


私の聖母だと思っていた乳母には既に相手がおり…そして子持ちだった。しかも、相手はあの中年…。その事実に私は頭が真っ白になった。


『いや、普通に見ていれば乳母の相手が彼ってことくらい気づくでしょ。互いに愛称で呼び合っていたんだからさ』


落ち込む私に追い打ちをかけるかのように、ユランは呆れた声を出すのだった。

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