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この世界への落胆と失望

私が異世界転生し、この世界に生誕してから早くも3の月華を刻んだ。つまり、現在私は異世界歴4年ということになる。あれだけ歩けなかったことが嘘のように、今では私は大人でも付いていくのがやっとなくらいの走りを身につけた。


「姫様ぁ!! エルヴィ―ナ姫ぇ!! どこに行かれたのですかぁ!?」


遠くで聞こえる野太い声に笑いを零し、本日も楽々と側近であるアドラーを巻くことに成功したとガッツポーズをしながら、いつもの定位置である大木の枝に座った。すると、私の周りでは金属音のような高い音が聞こえ始め、気が付けば膝の上には熟れた果実が置いてある。私は感謝の言葉を口にすると、それをむしゃっと食べ、前世と変わらぬ姿でそこにある大空を眺めた。…今日も清々しいほど綺麗な青空ですこと…そう皮肉を言いながら、体重を太い幹へと預けて目を瞑る。


 この世界は魔法の恩恵を受けている。最初はそのことに大きな期待と憧れを持っていた。散歩中に見かけたコックは火を操り、空中で肉を焼くという芸を見せた。メイドは鼻歌交じりに何もない所から現れた水で洗濯をしていた。窓から見かける庭師は見事辺り一面に花を咲かせて見せた。産まれた時からそばにいてくれる乳母はキス一つで赤子を眠りに誘い、さらには聖なる輝きで人々の傷を治した。人々の生活にごく当たり前に存在する魔法…それは彼らの生活を豊かにするとともに、その魔法がもたらす驚きと興奮は私の異世界ライフも豊かなものにしてくれると確信していた。だからこそ、今私は落胆しているわけなのだが…。


 「…空すらもまがい物かぁ…」


この世界の歴史によると、この異世界…実は一度滅んだらしい。人々を豊かにするはずの魔法が、世界の破滅を呼んだのだとわずかに残っていた文献は述べていた。そして、その一度滅んだ世界を再建したのは聖女だという。その聖女は強大な魔法で荒れ果てた大地に緑を蘇らせ、川を作り、人々を救ったのだと。最初はよくある作り話だと思ったのだが、この後のユランの言葉が私を授業をサボる悪い子へと作り上げた。まだ4歳だというのにもう勉強をさせるのかと不貞腐れる私に、偉そうな先生は構わず授業を続けていた。薄っぺらな理論を述べる魔法の授業は退屈だったが、ようやく興味のあるこの世界の歴史へと移ったところでユランは言い放った。


『今でも滅びかけているっていうのに人間って愚かだなぁ』


ユランによれば文献は捏造の跡があり、あくまでも聖女は世界をほんの少し戻しただけなのだという。確かに初代聖女は強大な魔力を持っていたが、そんな彼女の力を持ってしても人間が次から次へと戦を起こしているために、世界はボロボロになっているのだという。


『確かに、この世界は魔法によって恩恵を受けているよ。でも無限じゃない。どんなに取り繕う人間がいたところで、いつかはほころびを見せる。それが積み重なって、段々取り返しがつかなくなってきてるってだけの話だよ』


ユランは別になんでもなさそうな調子で話すが、私は大慌てだった。そんな私にユランはフフっと笑う。


『何故この王宮には魔法を使う使用人が多いと思う? ほとんど魔法でしか火を熾すことができないし、水も出せない、食物を育てるなんて以ての外だ。ヴィが産まれるずっと前から、自然の土が緑を生むことは滅多にない。この世界の人間は魔法に依存するしか生きていく術がないんだよ』


私はもはや先生の話など耳に入っていなかった。隣で怒鳴り散らされても、机を叩かれても、私は口を開けたまま微動だにしなかった。…えっと…つまり…どういうこと?


『ヴィの最初の異世界ライフ、魔法で作り出した雪が降っていたの覚えている?』


私は記憶を思い起こし、コクンっと頷いた。先生が私に掴みかかり、それを外で見張りをしていたアドラーにより阻止されていることなど気にも留めなかった。


『あれ、とある部族の要望で雪を降らせてたんだけど…他の日の天候も魔法で作り出したものなんだよね。雲が多い日も、太陽が照り続いていた日も、雨も雪も全部、この国だけの天候。じゃなきゃ、人間はとっくに弱体化している』


つまり、偽物ってこと…そうユランは言うと、暴れる先生を取り押さえているアドラーの力強さに驚いた声を上げ、私にも見るように促した。だが私は……


「あーあ…せっかく転生したのにこれじゃなぁ…」


落胆だ。結局、魔法があろうがなかろうが関係ないのだ。資源を求め争いが起き、そして未来の芽を摘んでいくのはどの世界も変わりない。私は幸運にも、前世では戦争を経験していなかったが、今世ばかりは戦に出なければならないらしい。授業の最中、戦がもたらす世界平和について饒舌に話していた先生が言うのだ。君は前線に立つべき人間であり、そのために産まれてきたのだ、と。…冗談じゃない…私は血を見るのが死んでも嫌なのだ。戦のために産まれ、戦のために死んでいくなんぞまっぴらごめんだ。私は戦に駆り出されるために産まれたのか…?私が今まで期待で胸をいっぱいにしていた異世界ライフとはこんなものだったのか…?頭の中で疑問がグルグルと回り、大きくため息をつく。


『あんな教師の言うことを真に受けちゃってさ。ヴィらしくもない。知識が偏った戦争論者はクビになったんだから、気にする必要ないでしょ』


ユランはそう言うが、私の中のモヤモヤは解消されることはなかった。そんな私にユランは少し間をおいて、まぁ…と言葉を続けた。


『まぁ、そのモヤモヤは臨時の先生にでも聞いてみたら? ヴィのそれが杞憂だって分かるよ。大体、一国の王女に戦争を強いるわけないじゃん。それに、君の父親がそんなこと許すわけないしね』


ユランの言葉で脳裏に今朝の父親の顔が浮かぶ。冷たい目をした血で血を洗うような思考を持った父親…あいつこそ私を前線に立たせそうだが…そうユランに言い返していたところ、


「うわっ!?」


いきなり私の身体が持ち上がったかと思うと、気が付けば黒い服に身を包んだ執事の腕の中へと収まっていた。その執事は相変わらず歳の割に苦労したと思わせる目じりの小じわに、父親のような感情のない目を私に向けていた。…出たな中年。


「こちらにいらっしゃいましたか。側近を巻いて本日の習い事を抜けるなど、姫君としてあってはあるまじき行為です」


非難する目から顔を背け、私は降ろすようにと手足をバタつかせた。だが、その要望も叶わず早足で授業部屋へと向かう中年に、私は言った。


「嫌っ! 習い事しない!!」


だがそんな抵抗も虚しく、私は中年により強制的に椅子に座位の姿勢をとらされる。さらに中年は私の前へと座り、私を追い込む言葉を口にした。


「僭越ながら、私が本日から貴方様の教師を務めさせていただきます。エルヴィ―ナ様の専属教師、兼執事、兼護衛係のベイン・テンペストと申します」


にっこりと笑う顔についた二つの瞳は笑っておらず、さらに彼は私の逃げ道を塞ぎにかかる。


「あぁ。ちなみですが、貴方様の側近であるアドラー・ガラルティアは本日より夜の護衛へと移動になりました。これで、貴方様の逃走を見逃す…いえ、甘やかす…ゴホンッ…そうですね…その体たらくぶりに目を瞑る従者はいませんので、そこはお間違いなきように」


彼の鋭い眼光が私を貫き、私の口から悲鳴が漏れた。わざわざ言い直した意味ィ…と思いながらも、あまりの威圧感に私は青ざめるだけだった。さて…そう切り出した中年…ベインはさらに唇の端を釣り上げて私に尋ねた。


「淑女として、木に登るといった行為をどう考えておられるのでしょう…私に教えて下さいませ。御父上の庭園に無断で、しかも土足で入られて、さらには大切に管理している歴史の象徴である守り木に足をかけるなど…よほど立派な理由を持っていらっしゃるのでしょうね?」


あ、これはダメだ…私は即座に謝罪の姿勢に入る。ベインのことはあまり知らぬが、彼のこの様子は前世でも覚えがあり、そしてその経験上下手に言い訳すると怒り倍増と知っていた。だが、私は知る羽目になる。謝罪すべき時はとうに過ぎていたのだった。



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