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夢の中での君たち

――――――――――



 「こらっ! いつまで寝ているの!!」


すぐ近くで叫ぶ声で、私は飛び起きた。心臓がバクバクと音が鳴るが、目の前の日常にホッと息をつく。家族構成を考えれば決して広いとは言えないが、自分の帰る家といえばこの田舎暮らしの小さな一軒家だった。


「いまおきるよぉ…」


寝相が悪い下の子たちの足や腕が私の腹の上から下ろされる。起きると言いながらも、頭が床から離れる様子のない下の子たちに苦笑する。早く起きないと、向こうで目を吊り上げた母親から怒られるのは目に見えている。ほら、姉ちゃんと一緒に顔を洗いに行こう…そう彼らに手を伸ばそうとした。


「ほら、早く起きないと母さんが怒るぞ。兄ちゃんと一緒に顔を洗いに行こう」


だが、私の手を通り抜けて、私より太い腕が彼らを抱きかかえた。まだ眠い…そう駄々をこねる下の子たちを下ろし、手を引く兄。彼は台所に立つ母に声をかけると、母は社畜の父親が今日も会社で寝泊まりだったとその愚痴を兄に零した。姉は部活の朝練でとうに家を出ており、私と兄は一番下の子を産んだばかりである母の代わりに下の子たちを保育園へと連れて行くのだ。…それが前世の私の日常、だった。


『…泣かないでよ…別にこれが夢って決まったわけじゃないでしょ』


黒い影が私の前に現れ、そう声をかける。私は袖で顔を拭い首を振った。夢に浸るのは性に合わないのだ。台所では弟と妹が歓喜の声を上げていた。皿いっぱいの唐揚げ、大盛りの焼きそばなど小さな子が好きそうなメニューがテーブルに並べられている。ふと、母親が満面の笑みの彼らから視線を避けるように、日付が記してある紙を見た。カレンダーにつけられた赤い丸印…そうだ…その日は私の…


「今日、お姉ちゃんの誕生日だぁ!!」


兄が騒ぐ下の子たちの頭を撫で、洗面台へと連れて行く。普通なら私と二人がかりだったことなのに、兄はすでに一人で慣れたように兄弟たちを抱えていった。そんな兄の姿に私は無意識に唇を噛んでいた。机に並ぶ料理に興奮気味の彼らとは対照的に、兄の顔からは暗い感情が読み取れたからだ。


「ごめん…」


私は彼の背にそう声をかける。手先の器用な兄は料理で、体力だけは人一倍ある姉はいつ父親が辞めてもいいようにと部活とバイトを掛け持ち、そして何の才もなかった私はそんな二人と母親の手伝いに専念して、家庭を支えていた。せめて産まれたばかりの子が小学校に通うまでは三人で両親を支えようと約束していたのに…早々に私が離脱してしまったことは二人の姿から想像できた。久々に見た兄と母親は記憶よりも痩せ、顔色も悪かった。母親が最後の一品を食卓へと並べ、息を吐く。


『…これがヴィの前世なんだね』


ユランの言葉に私は頷いた。社畜の父親に嫁いだ苦労人の母親、母親に似て苦労人の兄に努力家の姉、そんな二人には似ずに育った自由奔放な私、そして無邪気な弟と妹は双子で、最近産まれてきた一番下の可愛い妹は手がかかる。そんな8人家族の大所帯…それが私の大事な家族だった。懐かしい顔に思わず鼻をすすりそうになりながら、再度彼らに視線を向ける。


「今日、お姉ちゃんの誕生日だぁ!!」


顔も手も濡れたままの妹が母親に駆け寄り、母親はそうよと言葉を返した。弟もはしゃいだようにテーブルに着き、興奮したように足を揺らした。


「姉ちゃんの好物の唐揚げっ! こんなにたくさんあるなら、姉ちゃん手を叩いて喜ぶね!!」


弟の言葉に固まる母親。…ごめん…姉ちゃん、もう帰って来られないのよ。その唐揚げは皆で分けてね…。弟は母親の異変に気付かず、言葉を続けた。


「姉ちゃん全然帰って来ないけど、いつ帰ってくるの? 僕、縄跳び飛べるようになったの、早く姉ちゃんに褒めてほしいなぁ」


ごめん…姉ちゃん…もう見れないや…。あれだけ練習に付き合って、できたらアイス買ってあげる約束したけど…それすら守れることができないの。弟の呟きに妹も反応する。


「私もお姉ちゃんと遊びたい! 今度猫ちゃんが子供を産むんだよ!」


脳裏に一時的に保護した黒猫が頭を過り、私は奥歯を噛み締めた。…ごめん…お姉ちゃんその出産にも立ち会えないや。白猫と黒猫の親を持つ子供だからってとても楽しみにしていたのにね。


「僕が先!」

「私だもん!」


どっちが先に遊んでもらうかで喧嘩になる兄弟たち。慌てて兄が仲裁に入るが、私は見てしまった。母が泣き崩れ、しばらくしてそれをなだめていた兄の瞳からもポロポロと涙が零れてしまうのを。二人が泣くのを理解が出来ずきょとんとする弟と妹たち。ごめん…私は謝ることしかできなかった。涙が頬を伝わり、私はその光景から目を逸らす。家族は私がいなくても生きていけると思っていた。だが、現にあのしっかりした母親が泣き崩れるのを見て、それは間違いだったということに気づかされる。泣かせちゃってごめん、でも家族の幸せはずっと祈っているから…


 「君は本当に馬鹿だなぁ…」


ヒヤリとした指が私の頬から涙を拭った。顔を上げると、あの時と同じくへそ曲がりの顔をした少年が私の目の前にいた。私の家族の姿はなく、その代わりに立っていた少年は両手で私の涙を拭き、私に手を伸ばした。


「そんなに泣くなら、戻りたいと願えばいいのに。君は本当に馬鹿だ」


その手を取り、私は立ち上がる。あたりは少年と初めて会った時のように真っ暗だった。だが、今度は紫色の髪の少年の姿も見えている。…少年も光とやらになったのだろうか?


「君はもう少し考えて物を言った方が良い。私が光なわけないだろう? もう死んでいるんだから」


その言葉で私はハッとする。ラーミアの兄だというこの少年…私の記憶が正しければラーミアの兄弟は父親に処刑されたはず。だが、自分は死んだというこの少年は、私の歩きのお披露目会のときにいたではないか!?お前…実は生きていたのか!?


「あ、やっぱり君、僕が死んだ存在だと気づいていたな。知らない振りをして私を戻らせようとしていたなんて、冥界の主が聞いたら激怒ものだよ。…ま、いいや。もう会う事のないと思っていた君との三度目の出会いだ。今度はきちんと私を覚えていたみたいだし、邪魔者は戻るさ」


知らない振り…その言葉から思い起こされたのは、彼と最初に会った時のこと。私は何のことだととぼけるつもりだった。だが、その次に彼から発せられた言葉に私は眉をひそめた。…三度目?私、この間君に初めて会ったんだけど…。


「君は本当に馬鹿だなぁ。もうその話はいいんだよ。今回君が覚えていたことが大事なんだから。約束はきちんと守ってもらうよ」


段々姿が消えていく少年の姿…もう消えちゃうのと焦る頭で、最後に私が尋ねたのは彼の名だった。今思えば、あれが心残りだったからだ。すると、彼は目を丸くし、年相応な笑みを浮かべた。


「君には参ったよ。このタイミングで聞くのが私の名かい? 呼ぶ必要のない名に何の価値があるというのだろうね」


うるさいっ!そんなこと言うなら、最初に私と自己紹介をしなかった君が悪い。そう言い返すと、余計なことしか言わない彼の口が弧を描いた。そして、とうとう最後に残った顔さえも消えていく…そんなとき、へそ曲がりな彼が囁いた。


「…オルウェだ。オルウェ・ロンベルグ・ファイン・ドゥラ・グリム。君の生誕前に死んだ叔父の名だよ」


そして、彼の声が消えると、あたりに光が広がった。思わず目を閉じ、再度目を開けた時…私はまたこの人の夢に入り込んでいるのだと苦笑いを零すのだった。



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