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本人の知らぬところで


――――――――――


 「悪いことは言いません。これ以上情が湧く前に殺しなさい」


謁見の間で響き渡る声に、扉付近に立つ兄上の肩がピクリと動くのが視界に入る。急に陛下への謁見があると私たち臣下が呼び出されてすぐのことだった。陛下は頬を付きながら、目の前の男…ヤコレフ・チャーチを見つめていた。ヤコレフは修道院の支部長を務める男だった。


「赤子というのは泣いて自分の育て親を見つけます。そして、親を通じて魔法を得るのです。それは世の道理であり、それが覆ることは決してない」


あの赤子は異常だ…そうヤコレフは陛下に告げ、そして訴えた。彼が陛下に謁見したいと申し出てきたのはこれが4度目のことだったが、今回はどこか勝算があるかのような顔つきだった。


「赤子は泣くもの…そこに理性なんてものはありません。しかし、あの赤子は泣くことを理性で分かっている。これは神々の教えに背くことであり、あの赤子の存在が神々への冒涜なのです。殺すことを躊躇われるのであれば、修道院に預けるべきです」


ヤコレフの言葉に思わず陛下の様子を窺ってしまう。…探りを入れさせていた部下によると、ヤコレフは修道院の本部にまで指示を仰ぐような素振りを見せていたという。流石の陛下でも本部からの指示を無視することはできない。国同士を繋ぐ修道院は国交には欠かせず、また戦においても彼らの情報は戦況を分けるほど重要なものとなるので、関係を悪化させたくないというのが本音だった。しかし、陛下は相変わらず頬杖をついたまま言葉を発することはなかった。ヤコレフは何の反応を示さない陛下に苛立ちながらも、さらに言葉を続ける。よほど自信があるのだろう。


「赤子が異常だと乳母からの報告がないのは、彼女も気づいているからです。彼女はすでに赤子に情が移っており、貴方様が行動に移されなければ…この国は神々の恩恵を失くし、没落してしまうでしょう。悪いことは言いません。あの赤子を我々に預けなさい。本来ならば産後すぐ殺すべきでしたが…もしかするならば殺すだけでは手遅れかもしれません…。貴方方もご覧になったのでしょう…赤子の禍々しい魔力を」


ヤコレフはここで言葉を切り、ここぞとばかりに間を置いた。そして、静かな声で言葉を続ける。


「あれはただの赤ん坊ではありません。赤ん坊の皮を被った別の何かです」


場に静寂が包まれた。落ち着きがなさそうに兵士たちが視線を動かした。その場にいる兵士たちの中にはあの月華の祝いにいた者もいる。あの赤子の異常さに恐怖の念を抱いた者も少なくないだろう。陰に身を潜めていた自分がこの目に映したあの光景が頭を過った。…確かに月華の祝いを迎えた赤子が出せるような魔法ではないため、その魔力に恐怖を抱くのも無理はない。だが私が最も異常だと考えるのは、まるでその場の全員を助けたように見えたことだ。実際にあの騒動にも関わらず、大きな負傷者はいなかった。まるで…あの赤子が意図的に魔法を使い、負傷者が出ないように采配した…そう感じられた。


「あれは話すことを真似し始めた。人に寄生する術を学んだ悪魔は厄介です。ただちに我々の元で徳を積み、神々に許しを請わなければ…!!」


場の雰囲気を感じ取り、ヤコレフは勝ち誇ったようにその言葉で締めた。兵士たちは彼の言う通りだと頷く者もおり、それを見て兄上は怒りで拳を震わせた。


「姫様が悪魔だと…!? 悪魔なら何故人を助けるために魔法を使うのだ」


兄上の呟きに、ふと脳裏に文献で見た悪魔の姿が思い浮かぶ。仰々しいほどの角が生え、見た目を自由に変えられるという悪魔。彼らは古来より存在し、禍々しい魔力で人々の願いを叶えて来たという。だが、その対価に身を亡ぼす者も多いと聞く。言い伝えでは、神々の怒りを買った悪魔は自由を奪われ、自身の自由を得るために大きな対価を求めるのだという。あの赤子の魔力が禍々しい…そうこの男は言うが、兄上の意見は違うようだった。…相変わらず、甘いお人だ。だが、兄上の呟きを耳にしたヤコレフは自身の最終手段を懐から取り出した。


「これをご覧ください! これはゴディア共和国からの伝令でございます。ここには修道院の名において赤子の身柄を引き受けることを命ずる…そう記されております」


その用紙を見た瞬間、兄上の顔色が一変する。この件に本部まで関わってきたということは、彼らは本気で赤子を修道院に引き入れに来たのだ。こうなれば、もう兄上はもちろんのこと…陛下以外の誰もこの件に関して発言権はない。全ては陛下の一存で決められることだ。ぐっと堪えるように拳を握る兄上を一瞥し、陛下は口を開かれた。


「勝手にするがいい」


陛下の言葉に目を輝かせるヤコレフ。兄上が姫様…と小さく口を動かした。兄上は知る由もないが、この件はヤコレフが訪れる前より終わっていた。陛下はすでに命を下しているのだ。


「陛下のご英断で存亡の危機は免れたことでしょう。…あの赤子は修道院が責任を持って処分いたしますのでご安心を」


ガタンッ…兄上が動き出す前に、私は彼に拘束魔法をかけた。…ここで動かれても何も変わりはしない…その意を込めて兄上を見る。焦ったように私を見る兄上だったが、私の顔を見て何かを察したように拘束を解くのを止められた。だから…兄上にはきちんと告げておいた方が良いと申し上げたのに…。チラリと陛下を見ると、この人は面白そうなものを見るかのように頬杖に隠された口角を挙げられていた。脳裏に陛下の高笑いが蘇ったような気がし、思わず顔をしかめる。


「では、奥に控えている部下に赤子の元へ案内を…」


事の顛末を知っている身とすれば、何が不安かというと兄上に何も告げられていなかったことだ。自分よりも仲間を優先するこの人にとって、特に仕える主である赤子は守るべき対象だ。どんな状況下であろうと、動くことは目に見えていた。兄上の頭は冷えたようだったので、私は拘束魔法を解除する。すると、それを見計らったように、陛下は口を開いた。


「必要ない。修道院側の考えは理解した。早々に帰るといい」


「…え?」


話は以上とばかりに陛下は立ち上がり、謁見の間の奥へと足を進める。その後姿に無謀にもヤコレフは声をかけた。


「ど、どういうことです!? 陛下は確かに勝手にしろとおっしゃいました。そのお言葉を撤回されるおつもりで!? そうなれば今後、我々との関係の事も覚悟されて…」


ヤコレフはそこで自分が失言したと気づき、言葉を止めた。足を止められた陛下が振り返られ、ヤコレフに瞳を向ける。ゾッとするような深緑に私は思わず視線を逸らす。


「現在、娘は自身が悪魔ではないと証明中だ。日華が2本の茎を枯らしても証明できなかったならば、その後は貴殿らの勝手にするといい」


それだけ言うと陛下は奥へと姿を消す。残されたヤコレフはわなわなと震えていた。


「…神々から自由を奪われた悪魔は自らの足で移動することすらできないとでも言いたいのか…! 舐めよって」


そう呟いたこの男だったが、次に顔を上げた際には何事もなかったかのように穏やかな顔へとなっていた。そして深々と陛下が消えた扉へお辞儀をする。


「かしこまりました。では、日華が2本の茎を枯らしたとき姫君をお迎えにあがります」


そして、陛下とは逆の扉から出ると、男は部下と共に帰っていった。兄上と再度目が合い、その瞳は何かを訴えているようだった。…知っているさ。貴方の姫君はまだ歩くことはおろか立つことすらも怪しいんだろ?陛下もそれを知って、この条件をつけたのだから。


「ラーミア様…陛下がお呼びでございます…」


兄上にそのことを伝えようと迷っていると、陛下の元へと参らなくてはいけなくなる。私は兄上から視線を逸らし、その従者の案内に従う。背に感じる兄上の視線に、私はやはり言わない方がいいと自分に言い聞かせた。


「…すぐに参ると伝えろ」


今後陛下があの赤子を使ってやろうとしていることを知れば、兄上は命を懸けてでもそれを阻止しようとされるだろうから。


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