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何気ない日々

 大きな翼が朝焼けの空を舞い、一日の始まりを告げた。私は大きく背伸びをし、シシリーにおはようの挨拶をする。


「おはおー」


「おはようございます姫様。もう起きられたのですね。今日もいいお天気になりそうで何よりでございます」


今日もシシリーは美人で、私も元気だ。私は満足気にニッコリと笑う。私の呂律が良いように回るようになって、シシリーと会話らしいことができるようになった。たまに、全然違う話になってしまうが…半分くらい伝わっているので良しとしよう。


「おはようございます姫様。今日もご機嫌がよろしゅうございますな」


「おはおー」


アドラーも部屋から顔を出し、私は彼にも同じように返事をする。アドラーは私を見ると顔をほころばせて、再び警備へと戻る。…もう警備いらないんじゃないと思うんだけど、仕事熱心だなぁ。いつもありがとね、と扉の奥に消えていくその背を見送る。


『ヴィ…もう起きたの?』


ふわぁっと欠伸をしながら起きてきたのはユランだ。私は彼にもおはようと言うと、シシリーが差しだしてきたスプーンを口に入れる。…うん、相変わらず味も触感もないな!口から零れる柔い粥みたいなのを指ですくい口に入れる。この不便な身体にも慣れてきたみたいだが、まだまだ自由な生活とは言い難かった。最後の一口を飲み込むと、シシリーが粥まみれになった顔を拭いてくれる。


 「さて、姫様」


私の朝食が終了し、その後片づけも終えたシシリーがキリっと眉を上げた。私も彼女につられるようにして、眉をキリっと上げた。…さて…私も仕事を始めるとするか…!首を軽く回しながら、私は今日こそは…とやる気を出すために鼻を鳴らした。


「ふんっ!!」


シシリーが絨毯の上へと私を下ろすと、さっそく私は下半身に力を込めた。…今日こそ…今日こそ私は…やり遂げるぞ!!!


「姫様! いい力みですわ。はい、手はこちらを握られてくださいね」


寝返りを始め…ハイハイ、お喋り…さらには上級魔法まで使える、チートで超絶可愛い赤ちゃんな私だったが…実はまだ立つことができないでいた。シシリー曰く、足腰がまだ未発達なのではないかということだったが、プロの赤ちゃんだと誇る私にとって由々しき事態だった。何故なら、立つことすらできないならば、歩くことなんて夢のまた夢だからだ。行動範囲も広がりは、私の第二の異世界ライフの始まりでもある。…未発達なんかで異世界ライフを諦められるか…!


『ヴィ、よく飽きずに毎日やるよねぇ…』


私の行動範囲が広がるということで最初は応援していたユランだったが、私がまだ一人立ちすら怪しいことを知ると、途端に飽き始める薄情なやつだった。今では浮遊があるんだからいいんじゃないと言い始める始末。お前…私が歩くことができたら、それこそ成長ってことで実体を獲得できるかもしれんだろうが!!そうユランに言うと、彼はそれを鼻で笑った。


『無理だね。だって、ヴィ…運動にそれほど興味なかったでしょ?』


図星を突かれ、私は思わず動きを止めた。頭が大きいからか体勢は安定せず、ぐらぐらと左右に揺れる。…いや、確かに運動という運動をしてこなかった帰宅部ですけど…え…まさか関係あるの…?


『あるに決まってるでしょ。だってヴィ、獲得した能力値とか全振りで口腔器官の発達に注ぎ込んでるし。そりゃあ、話すことができるわけだよ。僕ちゃん、びっくり』


あははと笑うユランに、私は動揺からか思いっきり前から倒れこんでしまう。近くに待機していたシシリーが慌てて私を抱きしめた。


「危ない危ない…。姫様、昨日よりも上手に立っておいででしたわよ。この調子で次も……姫様?」


私はガクッと膝をつき、身体能力について思い出していた。…そういえば…成長を告げる声が+1とかなんとか言っていたような。…え…あれってどこを発達させるか自身で選べたの…?私いつ全振りしてた…?


『獲得した経験値は、普通平等に振り分けられるものなんだけどねぇ。ヴィの場合、これがしたいあれがしたいって思いが強すぎて、その時の願望がそのまま振り分けに反映されてたみたい』


衝撃的な事実に私は落胆した。…え…待って…ということはどういうこと…?私、かなり偏った赤ちゃんってこと?


『うん、かなり偏ってる。上半身の筋肉は普通より発達しているのに対して下半身は全くだね。ハイハイもほぼほ腕の力で成り立っているものだし…。まぁ、この不安定な状態で高速ハイハイができただけでも拍手ものだよ。こりゃ、道のりは長いね』


ユランの話を聞く途中から、私は遠い目で大の字で天井を眺めていた。何やっているんだ私…。願望が強すぎて全振りってなんだよ…。でも、そんなの言われなきゃ分かるはずないだろ…!!


『えー、僕ちゃんのせいなの? 謝ってる僕ちゃんをさらに追い詰めるの? ヴィってば…酷いっ!』


わざとらしくグスンと泣く真似をするユランに、私は別にユランのせいとは言ってないと言い返すが、


『僕ちゃんにはそう聞こえたのっ! えーん…ヴィが僕ちゃんをいじめるぅ』


というなんとも無駄な言い争いが勃発しそうだったため、私は早々に謝ることにした。はいはい、そう聞こえさせてしまってごめんなさいね。


『仕方がないなぁ。ヴィがそこまで謝るなら許してあげなくもない!』


先程までの鼻をすする音はどこへやら…まるで小さな子供のようにユランは笑った。私が謝ったことでユランは饒舌になって口を開く。


『そもそも僕ちゃんは悪くないんだよ。ヴィが単純すぎるのが悪い。普通じゃないことの予測なんて流石の僕ちゃんでも難しいし…うん! やっぱりどう考えても普通じゃないヴィが悪い!!』


という理不尽な言葉をはいはい…と聞き流しながら、私は問いかける。全振りしちゃったやつってどうにかならないの?私、早く歩けるようになりたいんだけど


『無理だって。歩くようになるにはそれこそ下半身の発達に全振りしなきゃならないんだから。誰かに暗殺してもらうとかなら話は早いけど、月華の祝いの場でヴィが目立ちすぎたからなぁ。しばらくは命を狙われることはないと思うよ。諦めて、まず立つことから初めてみたら?』


まっその努力も無駄だろうけど、と匙を投げるように言うユラン。私は彼の言葉にすっかりやる気をなくしてしまい、床に寝そべったまま目を閉じた。シシリーが私を呼びかけるが、もう無駄なんだよ…と静かに首を振った。


「…もう歩く練習はされないのでしょうか…。では、気分転換にお外へと行きましょうか!」


すっかりへそを曲げてしまった私に、シシリーはそう提案し私を抱き上げた。外に行ったところで私が自由に歩けるわけでもない。私はシシリーに体を預け、ぼんやりと遠く眺めていた。


『ヴィ、外だってよ! お散歩だよ…ってもうっ! せっかく外に出れるのに、いつまで駄々こねているの!』


外は最後に見た時よりも景色が一変していた。暖かい陽射しがキラキラと窓から差し込み、どこかから甘い匂いが漂ってくる。だが、それを見ても私のテンションは下がったままだった。ふーんだ…どうせ私なんて単純な女ですよ。…せっかくの異世界ライフ目前だったのに…命を保証されても嬉しくないわ。あーあ…早起きなんてしなきゃよかった…そう呟いていると、シシリーが廊下を歩いていると白いエプロンをがちらりと目に入った。彼女たちはシシリーを見ると深々とお辞儀をし、シシリーもそれにお辞儀で返しながら歩いていく。


『いや、乳母にお辞儀をしたわけじゃなくてヴィにしたんだよ。ヴィはこの城の主の娘だし』


あぁ…そういやそうだったなとテンションの上がらない頭でそう思っていると、ふと耳に噂話が聞こえて来た。これは…先程すれ違ったお手伝いさんたちか…?


「あの方が例の…礼装されなかったお姫様ね」

「呪われているって話よ。あまり近づかない方が賢明だわ」


彼女たちからさらにテンションが下がることを言われ、私は顔をしかめた。呪われているって誰情報だよ…。久々に外に出れたと思えばこれだ…今落ち込んでいるんだから放っておいてよ…。私はシシリーの袖に手を伸ばした。シシリーもう帰ろうよ…そう訴えようとしたとき、私の目には目の前の光景が映った。


『へぇ…!』


ユランが感嘆の声を漏らし、私も先程の出来事など一瞬に頭から吹っ飛んでしまう。シシリーが連れてきてくれたのは庭園だった。蝶が舞い、地上では色とりどりの植物たちが咲き誇っている。空を見上げると、あるところでは雪が降り、またあるところでは太陽のような光が地上を照らしている。そして、私の耳には生き物たちの呼吸や水が流れる音が聞こえてきた。綺麗…そんな言葉では言い尽くせないほど、私はその光景に夢中になった。


『ここは王の庭園。ここにあるものはすべて君の父親の所有物だ』


…へぇ、あの人も綺麗なものを愛でることができるんだ。まぁ、これだけ綺麗だったら所有したくなるよね。シシリーが私の反応を見て、ニコリと笑った。


「姫様ならば気に入られると思いましたわ」


うん気に入ったよ!まさか王宮にこんな綺麗なところがあるなんて思わなかった…シシリーありがとう!


「それはそれは。ご機嫌になられて私も嬉しいですわ」


手足をばたつかせて喜んでいると、私の鼻に何かが落ちて来た。よく見ると、私の真上では花びらがまるで粉雪のように舞っている。…うわぁ…よく見たらこの花びら…緑色だ…!


「妖精たちも姫様を歓迎しておりますわ」


シシリーの言葉に私は思わずシシリーを見た。よ、妖精…!?え、妖精がいるの!?どこ、どこっ!!!


「庭園が騒がしくなって参りましたわね。姫様が王宮にいらっしゃった以来の騒ぎですわね」


首を思いっきり回しながら辺りを探す私に構わず、シシリーはそう言うと庭園の奥へと足を進めた。不思議なことに木々が私たちを避けるように横へと動き、宙を舞っていた花びらは私たちに方向を示すかのように一方向へと飛んでいく。


「また作りが変わっておりますわね。帰りは迷わないようにしなければ…」


本当に気まぐれな妖精たち…なんて言葉を聞きながら、私は瞬きもせずにその妖精たちの姿を探していた。しかし、今のところ妖精のような幻想的な生き物たちの姿は見当たらなかった。


『いくら目を凝らしても見つからないよ。ここの妖精たちは自分の主以外には姿を見せてはならないんだ』


え、そうなの?私は落胆しながらも、まぁその子供だしいつかはお目にかかる機会があるだろうと、気を取り直して私を見るシシリーに笑いかけた。せっかくシシリーがこの庭園に連れてきてくれたのだ。笑顔でいなければシシリーに申し訳ない。現に赤ん坊を抱えながら庭園を歩いてくれているのだ。私は笑みを返してくれるシシリーの方に機嫌よく声を上げた。


「…着きましたわ」


シシリーが足を止めて、一点に視線を移した。私もその方を見る。それは大きな木だった。この庭園を包むかのように葉や枝が四方八方に伸び、大きな幹がどっしりと地面に根を生やしている。だが、私が気になったのはその幹の一本の大きな傷だ。まるで鋭い剣で勢いよく斬られたような傷…

シシリーはその傷にそっと手を伸ばした。


『庭園の大樹。これはアメジスト王国初代王リックの代からある木って言われているんだ。初代王リックは小国をまとめ上げた政治的な手腕で、彼の妹のウルエは民を思いやる心でアメジスト王国を作り上げた。この大樹はアメジスト王国の歴史の象徴として、長年この庭園にそびえたち続けているんだ』


へぇ、初代王から生えているのか…。青々と生い茂る葉は歳を感じさせず、まるでこの庭園に生気を送っているかのような姿に神々しさも感じる。私が感服していると、シシリーが目を閉じて祈るように呟いた。


「アメジスト王国の繁栄と安寧のために…見守りください」


シシリーがパチっと目を開けると、私と目が合った。すると、シシリーはふふっと笑い、大樹に背を向けた。


「誰だって失敗はつきものですわ。今、姫様が頑張れますようにとお祈りをいたしました。ご一緒に練習をして、歩けるようになりましょうね」


シシリーの言葉に私は了解とばかりに大きな声を出す。シシリーがここまでしてくれたのだ…頑張る以外の言葉はないぞ私!


『ヴィってば…単純なんだから』


ユランが呆れたように言うが、私はもう無駄だという彼の言葉など聞いていなかった。自由に歩けるようになった際の、第二の異世界ライフの最初の目標が決まったからだ。


『えー、妖精を探すの? それこそ本当に無理だって…他のことをしようよぉ』


私は単純な女…それに頑固でもあるのだ。初志貫徹…その心意気を大切にしていこう。私の目には炎が宿り、大きく拳を突き出した。


「歩けるようになりましょうね、姫様!」

「あいあいっ!」


このとき、第二の異世界ライフに燃えている私は気づかなかった。シシリーが私以上に燃えているということに…。部屋に戻った後、シシリーの地獄のような特訓にさっそく私の決意が鈍りそうになるまで、そう時間はかからなかった。

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