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超絶可愛い赤ちゃん


「産まれた! 女の子じゃ!!」


そう言うと、私をひょいっと抱き上げる老婆。記憶では、私はそこそこの年齢だったはず。その私を軽々と抱き上げるとは・・・この老婆、まさか引退したプロレスラーか!?・・・しかし、そうだったとしても、先ほど老婆が口にした『産まれた』と言う言葉が引っかかる。


「おぉ、女の子か!! これまた可愛らしい子だ!!」


これまたそこそこの年齢である体を軽々と持ち上げる小太りのおじさん。私は思わず顔をしかめた。そのおじさんは、お世辞にも格好いいとは言えなかったし、何よりその小太りのおじさんの顔が油でテカっていたからだ。


「見ろ!! 私の顔を見て泣き止んだぞ!! 私が父親だと分かるみたいだ!!」


そして、嬉しそうに私に頬ずりをするおじさん。私は白目を向き、その油を全て顔で受け止める覚悟を決めた。そして、白目を黒目へと戻し、恐る恐る自分の小さき手を見た。そして、項垂れた。・・・認めたくないが仕方がない・・・。私は再び、この世に赤ん坊として誕生してしまったということは間違いないようだ。・・・ということは、水の中にいたと思っていたが、あれは羊水というこ

とになるのか?・・・・・・母性に包まれるような温かさって・・・我ながらなんともアホなたとえをしてしまったものだ。


「はじめまちて! パパでちゅよー!!」


何故、こうなったのかも分からないし、仕事に疲弊した私の幻想かもしれないが・・・ん?その線もありえなくもないか。普段から、赤ん坊に戻りたいと言っていた私だからこそ、こんな幻想なのかも。それか、夢?


「あー!! 可愛い!! 我が娘ながら、うっとりする可愛さだ!! これは将来美人さんになるぞ!!完全に君似だな!!」


おじさん、テンションMAX。早速、炸裂した親馬鹿に私は笑ってしまう。だが、近くにいた老婆も大きい声で同意しているのを聞くと、もしかしたら・・・もしかするかもしれない!?私はにんまりと笑った。ふむ、案外悪くないかもしれない。顔は良いことにこしたことはないからね。


「あー!! 笑った!! 笑ったよ!! うんうん!! 君が生まれてくれて父さんも嬉しいよ!!」


満面の笑みを浮かべるおじさんに、私は呆れた顔を向けた。世の中の父親というものは全てこうなのだろうか。しかし、私が誕生したことがこの世で最も幸せだという顔をし、祝福してくれている。・・・仕方がない。本当は、もっとイケメンの父親がよかったが、我慢してやろう。それにこの様子だったら、私を目に入れても痛くないレベルで溺愛してくれるだろうし。我儘し放題じゃん!


「あー!! 可愛い!! 嬉しさが爆発しそうだよ!? あっ、ちゅーしちゃお!!」


やめてぇぇ!?前言撤回!!やはり、イケメンの父親が欲しい!!


「ぎゃぁ!!」


段々と近づいてくるおじさんの顔に私は、必死で暴れた。初頬ずりは許してやったが、初キスまでは許した覚えはないぞ!? しかし、唇を口の中に入れるという最後の足掻きを見せ、頑なな姿勢で驚異を待つが、中々その感触がこない。私が恐る恐る目を開けると、


「あ!! ユリア!? 体は大丈夫かい??」


どうやら、気絶していた母親が目を覚ましたらしい。・・・私が強引に出てきてしまったため、母親に壮絶なる負担をかけてしまったようだ。・・・申し訳ない。今度があれば次は上手くやると誓います。


「・・・赤ちゃんは? 私の・・・赤ちゃん・・・・・・」


「元気だよ!! お疲れ様、ユリア!! 本当に・・・・・・ありがとう」


ボロボロと泣き出す父親と、そんな父親を優しげに見つめる母親。そして、その間に挟まれる私。平凡な言葉だが、確かにそこには例えようのない幸せがある・・・そう感じたのだった。


しかし、ここでまた急展開の出来事が起こった。それは、私が生誕して初めてこの世で眠りに入ろうとしていたときだった。閉ざされていた扉が勢いよく開いたのだ。


「失礼致します」


と言いながら、突然数人の男女が入ってきた。産後を終えた者を気遣うことのない、無遠慮にズカズカと入ってくる男女数名に、私は怒りを抑え切れなかった。なんなんだこいつらは。私は眠いんだぞ!!私が怒りの声を上げようとしたとき、私と母親の前に立った影。おじさんだ。心なしか頼もしい背中。おっ!!いいぞいいぞ!!言ってやれ!!追い出せ!!私の安眠を守ってくれ!!私の応援に応えるように、おじさんは口を開いた。


「えっ!? な、なんなの・・・君たち・・・・・・」


ガクッ!!もし、私が赤ん坊でなかったら、膝から崩れ落ちていただろう。これほどまでに頼りない背中を見たことがない。見知らぬ男女が部屋に足を踏み入れたんだぞ!?他に何か言うことはないのか!!屈強な男が一歩前へ出て、おじさんを睨む。やっ、やばいぞ!!?あの男に殴られでもしたら、おじさん死んじゃうんじゃないか??そうしたら、私も母親も路頭に迷うことに…!?


「・・・・・・」


しかし、男は言葉を発することなく、無表情のまま。・・・無言なのも怖いな・・・。そう思っていると、ふと男と目が合ってしまった。げっ、やば・・・。丁度、母親の腕が私を覆い隠してくれたので、私はありがたくそれに縋る。・・・しかし、こいつらは一体なんなんだ??


「・・・・・わ、悪いけど、用ならまた後日にお願いします・・・子供が産まれたばかりで・・・」


だから、なんでそんなに下手に出るんだ!!私は母親の腕の隙間から見える、すでにへっぴり腰になっているおじさんにため息をつきたくなった。すると、


「この人の言うとおりです。今はこの子に祝福を与える大切なひととき。それを人の家にズカズカと上がりこむ不届き者に邪魔をされる覚えはありません」


綺麗な高い声が、私のすぐ近くで聞こえた。私は驚いて、その声に似合わぬ辛辣な言葉を吐く母親の顔を見上げた。白い肌、透き通るような金髪、まるで職人が丹精を込めて作ったかのような顔立ち、そしてキラキラと輝く二つの水色の瞳は、優しさと気品に溢れていた。今は鋭い目つきで男たちを睨みつけているが。私は思わず、今の状況も忘れて、ポカンっと口を開けていた。・・・・・・私の母親、超絶綺麗だなおい。


「・・・・・・ご、ご無礼を深くお詫び申し上げます!! し、しかし・・・・・・」


母親の睨みに、今までの無表情を一変させ、動揺を見せる男たち。あまりの動揺っぷりに、私も調子を取り戻す。いいぞいいぞ!!もっと言ってやれ!!


「謝罪の言葉は不用です。早々に立ち去りなさい」


美人を怒らせると怖いとはよく言ったものだ。彼女の静かな怒りに誰も口を開けないよう。男たちはソワソワと居心地が悪そうに互いに顔を見合わせる。・・・この母親に任せておけば大丈夫だろう・・・そう判断した私が、不意に襲われた睡魔に身を預けようとしたときだった。


「そういうわけにも行かなくなったのです、ユリア王妃」


・・・王妃!?私は閉じかけていた目をハッと開けたとき、黒い影が私たちに覆いかぶさるのが見えた。そして、母親の制止する声を押しのけるように、私は誰かに抱き上げられた。


「・・・・・・銀色の髪に、新緑の瞳・・・・・・間違いない、か」


それは、中年の男だった。歳の割に苦労したと思わせる目じりの小じわに、何日もろくに寝ていないと思わせる目元のクマ・・・かなり疲れた様子の中年の男。しかし、それでも彼のそのある程度整った容姿は、女性を虜にするには十分すぎるほどだ・・・と思い、私は母親を慌てて振り返った。万が一にも、母親が誑かされるやもしれんと思ったからだ。産まれて早々、両親が離婚とか洒落にならん!!


「・・・ベ・・・ベイン。何故、執事長のあなたがここに・・・・・・まさかっ・・・・・・!?


しかし、母親は頬を真っ赤に染めるどころか、今にも倒れそうなほど真っ青になっていた。ベインと呼ばれる中年は、私を抱いたまま軽く母親に礼をする。


「お迎えに上がりました。陛下がお待ちです。さあ、参りましょう」


「お・・・王が・・・」


ますます顔が青白くなる母親に、状況はさっぱりな私だったが、この中年の登場に形勢が逆転してしまったと悟った。そこで、私はとある使命感に駆られた。この中年野郎に、せめてもの意趣返しを、と。中年の顔がこちらを向いた・・・今だ!!


「うあー!!(くらえ、目潰し攻撃!!)」


しかし、私の短いお手てでは、中年の目に届くどころか・・・顎すら届かなかった。・・・くっ!!すまない母よ。私は無力だ・・・


「・・・どうされました?」


しかし、私の可愛いアプローチに何を思ったのか、敵の方から自ら頭を差し出すという万々歳な展開に!!私はニヤリと笑った。そして、両手に力を込め、そしてその両目を・・・・・・


「・・・・・・・・・? お腹が空いたのか? 誰か、姫君用のミルクを・・・・・・

ん?」


私を覗き込むように見るその二つの目が私を映し、私はすっかり震え上がってしまった。・・・

こ・・・こんなことが・・・あってもいいのか!?


「震えているな・・・寒いのか? 熱は・・・・・・」


二つの目が私に近づいてくる。や・・・やめろ!!その目をこちらに近づけるな!!私は暴れたが、なにぶん中年はしっかりと私を抱いているため、あまり効果は得られない。そして、中年の顔が私の額に自分の額を押し付けた瞬間・・・その私を映す両目を見たとき・・・私は自分の目がおかしくなったわけではないと知った。


「・・・熱はない・・・。しかし、生後間もない赤ん坊だからな。何があってもおかしくはない、か。産婆を同乗させよう」


私がこの衝撃を消化しきれない間、トントンと話は進んで行き、気づけば私は中年に抱かれたまま馬車に揺られていた。


「まだ震えが止まらんようだ。どうだ? 何か異常はあるか?」


「特に問題はないと思いますが・・・・・・いちおう毛布をかけておきましょうか」


「そうか。そうしてくれ」


ふと、馬車のガラスごしに小さな影が映り、私は再び強烈な震えを感じた。・・・や・・・やはり、見間違えなどではない!!


「・・・不安に感じておるのか? ・・・案ずるな。いくら陛下といえど・・・・・・我が子に手をかけるようなお方ではあるまい」


何やら不吉なことを言われたような気がするが、そのときの私はそれどころではなかった。鏡に映った小さな影。それは、まあどう考えても私だよね??え、でも、生まれたばかりだというのにもう生え始めている銀色の髪、もう開いている緑色のぱっちりお目め・・・これは本当に産まれたばかりの赤ん坊か??誰も何も変な顔をしていないところを見ると、これが普通なのか??いや…現実逃避は止めよう…。それよりも、信じられないことがあるじゃないか!!試しに、腕を上げてみる・・・・・・それでも信じられないから、両足を上げてみる・・・・・・

・・・ガラスの中の小さな影もその通りに動いている・・・・・・。私の口からは、気づけば叫び声が上がり、両の手足もバタバタと動き始める。


「ど…どうしたというのだ??」


「わ、私にも何が何だか……とりあえず、しっかりと姫を抱いててあげてくださいませ!!」


私のやわっこい頬が、堅い胸板に押し付けられる。しかし、私は暴れるのを止めなかった。目を見開いて、ガラスに映る小さな影を見る。ふっくらしている赤みを帯びた、食べたら美味しそうな頬、愛らしい鼻筋にぷっくりとした唇……この赤ちゃんは私か!?!? 嘘だろ・・・・・・誰がどう見たって、超絶可愛い赤ちゃんじゃないか!!

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