私の月華のお祝い④
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「えぇぇ!? 自分で言っておいてなんだけど、こんな少年が私を殺そうとしてるの?? なんで??」
あまりの驚きに私はそう叫ぶ。10代の少年犯罪はまだ聞いたことがあるけど、10歳以下の子の犯罪…しかも殺人罪とか聞いたことがないぞ。理由は、動機は一体何よ!?私に恨みでもあるのか?
『いや、ヴィに恨みがあるのかは知らないけど、さっきの彼の言葉が全てじゃない? きっと彼は完璧な父親が悔しがるところが見たいんだよ』
何それ!?それじゃ、私じゃなくて父親を狙えよぉ…。私が思わずテーブルに座り込んでいると、父親の声が聞こえた。
「わが娘、エルヴィーナの月華の祝いだ。盛大に祝うといい」
『と、とにかく! 誰がヴィを狙ってくるのか分かったから、あとはその殺害方法と手段だけを見つけなきゃ!!』
だけって…あと二つもあるじゃん!しかも難しいやつ!ユラン、便利辞書なんだから分からないの?
『今回僕ちゃん手を出せないの!! ヴィの成長の時は自身で乗り越えなきゃ、能力は解放されないんだよ!』
なにそれぇ!?初耳だよぉ!!と、もはや最初からユランに頼りきるつもりだった私は、半泣きでそう言った。ユランがいなきゃ私何もできないぃ無理ぃ…そう彼に告げると、
『泣き言を言わないの! 言葉の意味や能力などは今まで通り示すことができるから! 僕ちゃんの実体が手に入るまで死なないでよ』
と言われてしまい、私は渋々頷いた。そして、彼の声が聞こえなくなり、私は少し心細くなる。自分が何もできなくなるって分かっていたなら、もう少し真面目に取り組むように言ってほしかった…と彼に話しかけるが、甘えないでと私を叱る声は聞こえなかった。
「…がんばろ…」
死ぬな…そう残したユランの言葉に恥じぬよう、しっかりと生き残らないと。私は目の前で何事もなかったような顔をしているグレンに腹が立ったが、ぐっと殴りたい気持ちを抑える。まぁ、殴ったところで実体がないので何もできないのだが…私の気は晴れることは間違いない。
「何をしている」
父親の声が拳を振り上げた私の耳に真っ直ぐ届いた。…え?今私に言った?顔を向けると、父親と視線が重なり、私は全身に軽い衝撃が起こったように感じ、目を閉じた。
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再度目を開けると、驚いた顔の王妃たちの顔があった。あまり趣味が良くないシャンデリアが眩く、思わず目を細める。体勢が違うだけでこんなにも眩しいのか。天井を見れば、そのシャンデリアは建付けが悪そうにユラユラと揺れていた。不意に、父親の影が私を覆うと彼は私の手を触っていた。それでようやく、今私は実体を持っており、さらには父親の膝の上にいることに気づく。…なんで急に能力解除されて…?もしかして父親が夢渡りを解除したのか。彼は私を見て何をしていると言っていたし…
「も、申し訳ございません…!!」
しかし、あれは私ではなく、どうやらいつまでも料理を持ってこない給仕にかけた言葉のようだ。給仕がせっせと料理を運ぶ中、普段と変わった様子もなく父親は私の手を触る。…気のせいか。きっとユランが発動解除したタイミングと偶然重なったのだろう。父親は相変わらず私の手を触り、後ろには中年とシシリーの姿もあった。アドラーは部屋の外の警備だろうか?
「姫様ったら、急に眠られたので心配しておりましたが、起きられて何よりでしたわ」
そう安堵したように中年に話すシシリー。シシリーの声を聞いて少し不安感が安らぎ、じろじろと私を見る王妃たちを見る。本当に第三王女はいたのかと驚く表情の中に、不敵に笑うグレンの顔があった。
「へ、陛下…。そちらが、例の子…いえ、エルヴィ―ナ第三王女様でございますか」
第一王妃の言葉を無視し、今度は私の頬を触る父親。とりあえず、私は無視した父親の代わりにそうだよ、と声を上げた。だが、返ってきた言葉は銀髪…緑の瞳…とうわ言のように繰り返されるものだけだった。
「……陛下。こちらグレタでございます。陛下が戦で勝利された日に7の月華を刻みましたわ」
第二王妃は今度は自分の娘を使ってアプローチを試みたようだ。グレタも誇らしそうに背筋を伸ばしたが、それよりも父親は私の頬がどこまで伸びるかが気になるようで一瞥さえしなかった。…そろそろ頬が痛いから止めてくれ!
「……陛下」
後ろの中年が声をかけ、やっと父親は顔を上げる。やっとこの空気から解放される…そう思ったが、
「おい、ヴィが泣きそうだ。何故だ?」
とこの父親はトンチンカンなことを言いだした。尋ねられたシシリーは戸惑いながらも、
「陛下が姫様の頬を引っ張られたためかと…」
と答える。そうか、とすぐに私の頬から手を放す父親。痛みから解放されたのはいいが、この空気…どうするんだ。王妃たちは顔を見合わせ、口々に中年へ問いかけた。
「ベインこ、これはどういうことなの!?」
「陛下はどこか呪われてしまわれたのかしら!?」
2人のあまりの狼狽っぷりに、中年も少々押されながら、
「陛下は至って健康体でございます」
と答えになっていない答え方をした。その答え方に納得する王妃たちではなく、私をまるで悪魔でも見るような目つきで、
「この子が陛下の子であるという証明できるの!? 王宮で新たに子が産まれたと報告はなく、この子は外で産まれたはず…答えなさいベイン!!」
と本人を前にして失礼なことを言い始めた。すると、今まで反応のなかった父親の肩がピクッと動く。
「…シルヴィア様。それは姫様の容姿を見れば一目瞭然かと…」
「シルヴィア様の仰る通りよ。その髪も瞳の色も本物かどうか分からないじゃない! きちんと調べさせたの!? 親の髪色も目の色も一致した子なんて今まで聞いたことがないわ! その子を私たちに渡しなさい。きちんと調べてからじゃないと、後宮には入れないわよ!」
と何やら不穏な空気になりかけたところで、低い声がそれを制した。
「必要ない」
父親は初めてその緑色の瞳に王妃たちを映した。王妃たちはその瞳の鋭さに一瞬臆したものの、父親の言葉に反論の言葉を投げかける。
「で、ですが陛下…!!」
「必要ない…というのが聞こえないのか。貴様ら如きが王に逆らおうというのか?」
その威圧的な言葉に思わず体が跳ね上がる。ひ、久々に父親の怖い面を見た気がする…。そういえばこの人、ツンデレだけでなく、まじで血で血を洗う容赦ないやばい人だった。
「い…いいえ。失言でございました。申し訳ございません陛下」
慌ててそう取り繕う二人に父親は鋭いにらみを利かせ、再度私で遊び始めた。さらに父親は思い出したように、口を開く。顔は上げずに何でもないような顔で話し始めたそれは、さらに私の悩みの種となる。
「ヴィが産まれたため、王妃を囲う必要がなくなった。よって、第二王妃は外へと出す」
「っ!?」
これには私も思わず大きな口を開けてしまった。この父親勝手すぎるぞ!?いくら何でも横暴だ。
「お、お待ちください!? そんな…急に…!?」
「子は置いて行け。貴様の国からもすでに理解は得てある」
状況について行けない様子の第二王妃に、父親は話は以上だと言わんばかりに、中年へ手を挙げ合図を送る。中年は渋い顔をしながらも、いつ現れたのか兵士たちに指示をし、その兵士たちが彼女を連れて行こうと歩を進めようとする。それを見て、第二王妃は必死な形相で父親に頼み込んだ。
「お、お待ちください! せ、せめて…この月華の祝いだけは参加させてくださいませ」
父親はちらりと彼女に目線をやり、そして挙げていた手を下ろす。すると、中年は兵士を下がらせた。第二王妃は深々とお辞儀をし、
「へ、陛下の寛大なお心に感謝いたします…」
と落ち着いた声で父親にそう言ったが、彼女が顔を上げた瞬間…ジロリとこちらを睨んだのを見逃さなかった。その視線に耐え切れず、私は目を逸らす。頼む…これ以上私へ殺意を向ける人を増やさないでくれ…!と、私が頭が痛くなってきたところで、さらなる出来事が起こる。
「陛下…」
いつの間にか父親の真横に立った中年が耳元で囁く。その内容は、さらに私を混乱させるものだった。つい先ほど、侵入者が現れたというのだ。
「…その者はどうやら、離れの塔へ向かう途中だったようで…。今仲間がいないかどうか探しております」
離れの塔は私がいたところだ。そこで不審者が捕らえられたということは…私の暗殺が未然に防がれたということだろうか?普段の私であればホッとひと安心するところだが、緊張感があるときの私の直観はそれは囮だと告げていた。少し頭を働かせてみよう。…ここから離れの塔まで結構距離がある。もし内部の犯行ならば、今日この時間私があそこにいないと知っているはず。ということはこれは外部の犯行…と思わせて、私なら外に警備を集中させた瞬間を狙う。つまり、私を狙うタイミングは…
「何事だっ!?」
突然、大きな音が部屋に響き渡った。上品な装いの貴婦人が甲高い悲鳴を上げ、気の弱そうな紳士はテーブルのカトラリーを音を立てて落としてしまう。その大きな音は壁中を振動させ、私たちの身体の中まで響かせていた。し、刺客がきたぁ!?
「陛下!?」
その場にいるものは何が起こったか分からず混乱するか、敵襲が来たことに身構える者ばかり。そんな中、父親は私をシシリーに渡し、スタスタと壁の方へ足を進めた。そして、その壁に手を添える。
「…妙な真似をする」
すると父親の手を中心に波紋が広がり、それが壁全体へと広がった。まるでなにかの紋章のように波紋が形を変え、今度は目を閉じなければならないほどの光となる。
「ぴぎゃっ!?」
頭と目がくらくらし、ようやく意識がはっきりした時には…目の前の壁が崩れ去っていた。父親の目の前に残るのは、立ち込める粉塵だけ。な…なにこれ!?
『発動した能力や魔法を強制的に撥ねつけることができる能力だね。普通なら発動解除になるだけだけど、能力で物理的な振動を与えていた上に急に拒む力が現れたから、壁が耐え切れずに壊れちゃったみたい』
そんな能力ってあり!?ずるくない? ユラン、私もあの能力欲しい!! そうしたら、生存率格段に上がるでしょ!?
『あー…ヴィには素質がないから無理だね』
キッパリと言うユランに私は落ち込んだ。能力って血筋なんじゃないの…と問う私にユランはヴィには無理だよと再度言った。
『だってアレ、血筋とか関係ないし。まぁ、確かに凄いけど、僕ちゃんヴィにはオススメできないなぁ』
それはどういうことだと彼に尋ねるが、ユランからの返事はなかった。あくまでも父親の能力の説明のために出てきてくれたらしい。その時、部屋の外だけでなく窓の外からも足音が響いた。
「……大丈夫ですわ姫様…」
シシリーが私をあやすように軽く揺らす。だが彼女の方が顔色が悪く、身体だって震えている。全身に力を込めながら、それでもシシリーは私に笑いかけた。そんなシシリーの真上から、ブチっと何かが切れる音がする。その切れた音が意味するのは…
「危ないシシリー!!」
思わず叫ぶがシシリーは別の方向に視線を向け、同時に叫んでいた。
「ベン、後ろっ!」
彼女の視線の先にいた中年や兵士たちは、次々と落下してくるシャンデリアから貴族や王妃たちを守っていた。その隙をつき、侵入者たちが襲い始めたのだ。中年はシシリーを見て、慌てた様子で走り出す。自身の後ろの脅威にも構わずに。
「リィ!! くそ…屈めっ!!」
その時の私は時が止まったように感じられた。シシリーがシャンデリアから私を庇うように覆い被さり、中年は後ろから斬りかかる侵入者に構わず魔法を出そうとする。だが魔法は出ない…なぜなら父親が先程出した能力がまだ有効だからだ。そのため、父親は剣で侵入者を倒しているし、先程から私も浮遊が使えない。このままでは、私はともかくシシリーは運が悪ければ即死、ろくに受け身もとっていない中年も斬られて失血死だろう。父親は生き残るだろうが、中年がいなくなれば王妃たちや貴族…兄弟たちの命も危なくなる。ふと、脳裏にラーミアの夢が過り、あの時どうにもできなかった自分が脳裏に浮かぶ。
「…っ!! 私を殺したいなら私だけを狙えコラァ!!!」
力強く叫んだところでどうにもならないのは分かっている。だが、私は先程よりも力を入れて浮遊を念じた。止まれ!私は血を見るのが死ぬほど嫌いなんだ!!私が逸脱しているというなら、何か出ろ、頼むっ!!
「…ひ…姫様…?」
これだけ力んで念じたが駄目か…そう思ったとき、そういえばいつまでたっても来るはずの衝撃が来ないことに気づく。シシリーの声にハッと視線を上げると、
「…これは…まさか姫様が…?」
驚いた顔のシシリーは目と鼻の先にある中へ浮かんだシャンデリアを見ていた。よ…よかった…寸前のところで父親の能力が無効になったみたいだ…私はホッと胸を撫で下ろす。浮遊が自分に対して有効なら、自分以外の物にも有効なのではないかと考えたのだが、土壇場で上手くいったようだ。だが、シシリーは私と周りを驚いた顔で交互に見合わせていた。それに、何やらシシリーだけでなく他にも視線を感じる。…え…なによ…?
「……う…動けん…なんだ…我々に何をした!?」
声の方を見ると、私はぎょっと目を開いた。なんと、私たちに落下してきたシャンデリアだけでなく、他のシャンデリアや侵入者たちも宙へ浮かんでいたのだ。侵入者たちは身動きが取れないようで、必死に抵抗していたが誰一人拘束を解けないでいた。
「姫様…これは…どうやって…」
えっと…私はただ浮遊が私以外にも使えたらいいなって思っただけで…え…私何したの?考えたが特に分からず、取り敢えず出した結論は浮遊が複数で使えるようになったということだった。すると、頭の中で声が響く。
『浮遊の特殊使用及び特殊環境での使用を確認。よって、新たに浮動、身体能力+1、夢渡りの制限解除、風魔法スキルを開放』
久しぶりに現れた私の成長を告げる声。私は喜びの声をあげた。ユランの実体が得られそうな成長はできなかったが、取り敢えず風魔法を使えるようになったのは大きな進歩だ。だが、声の内容を聞いても特に分からないので、私は彼を呼んで聞いてみた。つまり…なんでこんな状態になったの?
『ヴィが出した結論の通り、浮遊に力が入りすぎてこうなっちゃったんだよ。本来は自身に使うのが一般的だから特殊使用って表現されているのかな。特殊環境というのは、父親の跳ね返す能力がある環境での使用で、普通は使えないのに力み過ぎたヴィは使えちゃったみたい。本当、火事場の馬鹿力だね』
ユランの説明に私はそうなんだと頷いていると、シシリーが私の額を触って小さな悲鳴を上げた。
「御身体が熱い…早く癒しの魔法を!」
シシリーの悲鳴に中年が我に返ったように駆け寄ってきて、私の額を触り渋い顔をする。
「未熟な身体に強力な魔法は自決行為に近い。早く発動を止めさせなければ…」
え…私自分で自分の死期を早めていたってこと?早く止めなきゃ…でもどうやって……。ユラァン!?ど、どうやって発動止めることができるの!?
『発動したときと同じく念じればいいんだけど…でも、落下物の真下には物珍しそうに貴族たちが群がっているし、侵入者たちも解いたらまたすぐに襲いだすよ。まぁ、兵士たちも十分に集まってきたし、貴族たちも数人は額を切るなどの怪我はするだろうけど』
せっかく血が出ないようにしたのに、それは嫌だなぁ…どうにかできないかな?私の頑張りが無駄になるし…
『じゃあ、ゆっくり下ろしたら? 浮動もできるようになったし、宙に浮かせるだけじゃなくて動かせるよ。床に降ろして兵士たちが不審者たちを取り押さえたら解除すれば血を見なくてすむ』
なるほど!その案にしよう!!私は宙に浮いたものを静かに下ろした。すると、急に動き始めたことに恐怖の声を上げて貴族たちは離れていく。…ふぅこれでよし…あとは…!
「ぐえっ!?」
シャンデリアを全て床に降ろしたことを確認し、私は思いっきり侵入者たちを壁に叩きつけた。侵入者たちは潰れたカエルのような声を出し、次々に床へと倒れていく。あー!すっきりした!!これに懲りたら、人を…特にいたいけな赤ん坊を殺そうなんてもう考えるなよ!
『うわぁ…ヴィってば過激ちゃんなんだから』
危うくシシリーが死んじゃうところだったんだぞ、これでも軽い方でしょ!私は床で気絶している侵入者たちが取り押さえられたのを見て、ふぅと息を吐いた。場が収まったらなんだかどっと疲れてきた…倦怠感もある。…そういえば熱があるんだっけ?
「…姫様? …いけない…はやく姫様をお部屋へ…!!」
そうシシリーの慌てる声が遠くで聞こえながら、私は大きな欠伸をした。ユランが軽口を叩くようになったということは、脅威は去ったのだろう…。それならば、今の私が必要としているのは、ただひたすら眠ることだった。