私の月華のお祝い③
――――――――――
「本当に第三王女は存在するのか」
ある貴族の一言で、論争は勃発した。ある貴族の言い分はこうだった。
「陛下の寵愛を一身に受ける姫君は、第二王子が処刑された日にご誕生されたというではないか。まるで、ご子息の処刑を姫君の御生まれでかき消されたかのようですな」
その貴族の言葉に賛同する者もいれば、いや姫君は存在すると言い張る者もいる。月華の祝いのためにわざわざこの場に足を運んでいるはずが、主役の存在あるなしで今では収拾がつかないくらい議論は白熱していた。
「…なんで私、いないことになってんの?」
その議論の主題となっている張本人が、呆れた表情でそれを聞いているだなんて思ってもいないだろう。私はふわふわと浮きながら、クルッと一回転した。にしても、これが私が心待ちにしていた誕生日パーティか…ギスギスしてるなぁ…。
『やっと分かった? ヴィが今から行くのはウキウキハッピーな生誕会どころか、下手したらそれがデスパーティに変わっちゃうんだよ』
ユランの言葉に私は思わず真顔になる。お誕生日会がお葬式になるのは勘弁してほしい…。ユランは浮かれている私にそれを伝えるために夢渡りを発動させたのだろうか。そんなことを考えていたら、ユランは本当に呆れた…とため息をついた。
『そんなわけないでしょ…。あそこ見て。目の前のテーブルの端に座っている男女の二人組…いるの分かる?』
ユランの言葉通り、一番豪華なテーブルの端に座る男女に目をやる。一人は恰幅の良いおじさん、そしてもう一人は怖い程無表情の女性だった。私はその人を見た瞬間、既視感を覚えた。綺麗に結われている金色の髪と紫の瞳にはどこか見覚えがあるような…?
『はぁ!? 見覚えがあるどころじゃないでしょ!? 君を殺そうとした元第四王妃だよ!!』
ユランの信じられないといった大声が頭の中に響く。耳が痛くなり、思わず耳を押さえるが、ユランはそんな私の様子なんて知ったことではないとばかりにその音量で言葉を続けた。
『自分を殺そうとした女の顔を見覚えがあるってどういうこと!? ヴィ、君は危機感がないとよく自分で言うけど、なんで自分のことなのにそんなに無頓着なのさ!!』
ご、ごめん…冗談だって。ほんとほんと…嘘じゃないってば…。そう私は弁解するが、ユランは信じられないとさらに大きな声で私を責める。
『ヴィ! 君は本当にこの世界で生きていく気があるの!? いくら僕ちゃんが優秀で聡明でエキサイティドな導き手でも、実際に危険な目に合うのは君なんだからね!! 危険な目に合ってから僕ちゃんに泣きつくんじゃなくて、事前にそれを予防する知恵を持つべきでしょ!!』
私は彼の言葉に項垂れる。ユランが私のために怒っていることは分かっているし、耳は痛いが私が全面的に悪いので言い返すことも逆ギレもできない。だが、つい考えてしまうことは悪い事ではないはずだ。彼が言った言葉…優秀で聡明でエキサイティドな導き手という謎の言葉について。
「ユランが自画自賛してしまうほど優秀で聡明は分かる。だけど、エキサイティドな導き手って何…?」
知的だけでなく活動的とでも言いたいのだろうか…いや、私英語苦手だから、正解がエキサイティングなのかティドなのかすら分からないんだけどさ。異世界の言語も分かる便利辞書は使い方が独特的だなぁ…。そんなことを呑気に思っていると、
『ヴィ!! 聞いているの!』
と益々ヒートアップしつつあるエキサイティドな導き手に、私はいつものように胡麻をする。聞いております、知的だけではなく活動的な私の頼りになる導き手くんの言葉を噛み締めております。今後一切このようなことは…
『…やっぱり聞いてなかった。ほら、見て、聞いて、考えて。主役登場まで時間がないんだから』
ついには大雑把な導きをされる始末。私は何も考えず、はいっ!と答え、私を殺そうとしたにっくき元王妃の元へ行こうとした…そのとき…鋭い視線を感じた。
『…? どうかした?』
どうやらユランは気づいていないようで、動きを止めた私を不思議そうに聞く。あたりを見渡すと、一人の少年が私を見ているのに気づく。少年は金色の髪をして、二つの紅色の瞳で私を見ていた。
『え? …あぁ、彼は第一王子のグレン・ロンベルグ・ファイン・ドゥラ・リック。君の兄だよ。彼がどうかした?』
まるで幻想的な麦畑を想像させる金色の髪、夕日のような紅色の瞳…そうか彼が私の兄か。私はユランの言葉に納得した。父親から色は譲り受けなかったようだが、顔立ちや目つきは父親に瓜二つだったからだ。その二つの瞳はすでに私の方を見ておらず、隣の母親に向けられていた。
『え? 彼がヴィを見ていた? そんなわけないよ。彼は夢渡りの素質はないからね。この王宮の中で夢渡りの能力を持っているのは君だけだよ』
…そっか。じゃあ、彼が私を見たと思ったのは気のせいだったか…。だが、私は彼から顔を逸らしても、先程の視線がとても気になっていた。あの鋭い視線と似たようなものを以前私は感じたことがあったが、その時よりも純粋で洗練された殺意だったからだ。
『ヴィ?』
だが、気のせいなのだろう。あんなまだ7歳そこらの少年が、そんな禍々しいものを持っているはずがないのだから。まるでこの世のすべてを憎んでいるような、自分が産まれた事さえ絶望しているような、幸福など欠片も感じた事がなく、信じられるのは自分だけ。そんな偏った考えをいち少年が抱いていいはずがない。彼には父も母もおり、住む家も、時期王としての期待もある。考えれば考えるほど、あれは気のせいなのではと思った。だから、私はユランに何でもないと答えた。
『…ふーん。僕ちゃんもヴィの杞憂だと思う。でも、ヴィは考えは足りないけど、たまに鋭いときがあるから自分の直観を信じてみたら? ヴィが元第四王妃より、身内が怪しいって思うんならそっちを見てみよう』
ユランの言い方よ。私は彼の物言いに苦笑いを返したが、私の考えを尊重してくれるあたり良い上司になれると思う。私はふわふわと兄弟や義理の母親がいるところへと行く。長男グレンとその母親、そして少し離れたところにグレンと同じくらいの少女と母親、そしてさらに奥には姉のアイリアがポツンっと座っていた。居心地が悪そうに俯き、ちらちらと同じ方向へ視線を向けていた。
「第三王女はいるのかしら? 貴方はどう思うエライザ」
口を開いたのは、この席で一等品の装飾品を身につけた女性。彼女は隣の女性にそう問いかけた。
隣の女性もいい身なりをしているが、彼女には適わない。どの世界でも装飾品の質で自分の価値を表したがる女性がいるものだ。
『彼女は第一王妃、シルヴィア・ロンベルグ・ファイン・デ・ライト。第一王子のグレンの母親で、妃の中でも最上級の位と王以外で唯一決定権を持つことを許された王妃だ』
ユランの言葉にやっぱりこの人が第一王妃かと思い、次に口を開いた王妃に目を向ける。やけに気が強そうなこの王妃は、第一王妃の方にチラリと視線を送った。
「私には分かりかねますわ。王が戦事以外で興味を持たれるなんて初めてですもの。ですが、もしそのような子がいるとしたら喜ばしい事ですわね。ぜひ、グレタの良き妹になっていただきたいですわ。ねぇ、グレタ」
私は第二王妃の言葉を聞き、思わずため息をついた。建前だらけの言葉はこの王宮では日常のようだ。喜ばしいと言いながら目が笑っていない。彼女の前に座るグレタは、お行儀よく座っているもののその顔は子供には似つかわしくない鋭いものを持っていた。グレタは母の言葉に頷き、クスっと笑いを零す。その笑みはどこか父親と似ていた。
「貴方はどう思う? アイリア」
急に話を振られたアイリアはビクッと体を震わせ、恐る恐る顔を上げた。ちらっとどこかへ視線を向け、その後何か言おうと口を開けたり閉じたりを繰り返した。いつまでも話さない妹に多少苛立ちを覚えたのか、グレタは再度促した。
「私たちの妹はいたのか聞いたのよ。貴方、以前離れの塔に行って、叱られていたでしょう?」
あ、そうか。私を実際に見たことがある人は数少ない。その中でもこのテーブルに座る人たちの中で、私と対面したことがあるのはこの姉だけだった。その時はとんだ怖いものなしの高飛車だと思ったけれど…今の彼女はあの時とは大違いだった。
「あ…あの…その…分かりません…」
その言葉に姉はクスクスと笑った。第二王妃や第一王妃もだ。
「分からない? 貴方、私の言うことを聞いてなかったの? 私はいるかいないか聞いたのよ? 貴方って本当に……母親の操り人形よね」
最後の方をわざと小さく言うと、彼女はさらにくすくすと笑った。アイリアは顔を真っ赤にして、再度同じ方向を見る。
「やめなさいグレタ」
第二王妃が注意をするのかと思ったが、彼女はさらにアイリアを惨めにする言葉を吐いた。
「この子の母親に聞こえるわよ。あの人、都合が悪くなろうものならすぐ毒で殺そうとするのだから。ほら、シルヴィア様。追放された王妃がこちらを見ておいでだわ」
「あら、本当に執念深い方って嫌ね。あの方が勝手にして、そして勝手に自滅されただけなのに。あんな怖い顔でこちらを睨まれても困りますわ」
対面で座る彼女たちは顔を見合わせ、遠い席に座る元第四王妃にも聞こえるように高笑いした。だが、アイリアは母親がこちらを見ているということで、顔を上げ母親を縋るように見ていた。
「アイリア、あの人は貴方なんて見ちゃいないわよ。あんな母親に期待するのは止めなさいな」
可哀そうな子…そうグレタは囁くと傷ついた顔をするアイリアを見て、母親たちと共に高笑いした。アイリアはギュッと拳を握り、漏れそうな嗚咽をぐっとかみ殺した。
『この国は王族の死亡率が異様に高い。その理由が分かったでしょ』
ユランの言葉に私は頷く。王族同士こうもいがみ合わなければならないのだろうか。小さな姉は誰も震える体を擦ってあげることもなく、ただその姿を見て嘲笑されるだけだった。
『同情する必要はないよ。彼女も立場が違ってたら同じことをしていたからね』
ユランはきっぱりとそう言うと、
『さて、最後にヴィが気になっていた第一王子だけど…』
と、すでに別の話へと移っていた。アイリアを見ると、彼女は爪で自身の腕を傷つけていた。私は思わず彼女の腕を掴んだ。
『あっ!! もう、ヴィったら…!』
心の痛みを体の痛みで和らげようとしたのだろう。治りかけの無数の傷が袖から見て、自傷行為が日常的に行われていたことが伺えた。気づけば、私は彼女の傷を治していた。
『癒しの魔法、使わないって言ってなかった? 本当にヴィって、すぐ言うこと変えるんだから!』
仕方がない、目の前で泣いている子がいるんだもの。ほっとけないのは性分だと思って、諦めてくれ。私はポカンとする彼女の涙を手で拭った。
「あら? 呆けた顔をしてどうしたの?」
グレタがこちらへ顔を近づける。そして、アイリアの綺麗な腕を見て、つまらなさそうに呟いた。
「もう治ってしまったの? 惨めな貴方にはお似合いの姿だったのに」
そして、アイリアの腕を掴んだ。アイリアは首を振り抵抗しようとするが、彼女より体の大きいグレタはそれを許さなかった。指で彼女の皮膚を摘まむ。あの痛々しい傷は彼女の自傷行為だけではなかったようだ。
「嫌なら助けを求めたら? 以前、貴方のお母様は助けてくれなかったけれどね」
歪んだ顔で笑みを浮かべ、グレタはアイリアの反応を見て楽しんでいた。私はどうにかして止めさせるために、最終手段の体当たりを実行しようとして……
「止めろグレタ」
不意に現れた制止の声に、動きを止めた。高い声の主はグレンだった。彼は斜め前にいる第王妃の隣から、グレタたちを見ていた。
「な…なんですの? 私は何も…」
「もうすぐ父上がいらっしゃる。無駄なことをするな。母上方もそろそろお止めください。妹なら、父上と共に現れますよ」
彼の言葉で、高笑いをしていた王妃たちも口を閉ざし、グレタも渋々アイリアの腕から手を離した。
『流石、次期国王だね。女の醜いところを一瞬にして抑えるとは』
私もユランの言葉に頷いた。静まり返ったテーブルだったが、第一王妃は口を開いた。
「そうかしらね? 第三王女はどうか分からないけれど、陛下は来られないわよ。あの方は月華の祝いなんて興味がおありではないようですから」
彼女の言葉に第二王妃も頷いた。
「あの方は必ず不参加でしたもの。けれども、今度は分かりませんわよ。第三王女は陛下の寵愛を一身に受けているという話ですから」
「あの陛下が? あり得ないわ」
そう言い切る第一王妃。…父親、どれだけ自分の子に興味関心を示さなかったが分かる。とうとう彼女たちの結論は私はいないというものになるのか、と思いったときグレンが鼻で笑った。
「いますよ。父上がご所望でしたからね」
その時の彼の顔を見た時、私はあぁ…そんなところまで父親に似なくていいのになぁと思った。そして、この中で一番父親の容姿を引き継いだのは私だろうが、内面を引き継いだのは彼なのだということを知ることになる。父親の周りにいる者たちは、シシリーや中年を含め落ち着かない様子だった。今、グレンの周りにいる者たちも彼らと同じような様子だったからだ。
「…今の時期からそんなに張り詰めちゃ、生きづらいだろうに」
今の父親を見ていても思う。戦いに身を置き、安らぎを知らず、自分の欲のために生きることの何が楽しいのだろうと。まぁ、人の価値観はそれぞれだと思うんだけど…私はそんな生き方はごめんだ。
『ヴィ。姉に同情したかと思えば、今度はお兄さん? 僕ちゃん、ヴィのそのほっとけない性分とやらの方が生きづらいと思うけどね』
遂にユランから呆れたと言われてしまい、私はへへッと笑って胡麻化した。仕方がないのだ…本当にこれは兄弟が多かった家に産まれてしまった性格なのだ。下の子の面倒は上の兄弟が見るという家族ルールが今世の私を縛っている。
『お人よしのヴィは彼の性格を心配したんだろうけど、僕ちゃんはなんで彼だけヴィがいるって断言したのかが不思議なんだけどね』
あ、確かにそうだ。なんでだろ…アイリアのように私をこっそり見に来たとか、脱走した時に私を見たとかかな?まぁ、別に見られてても大丈夫でしょ、どうせ今からお披露目するんだし。
『大丈夫って断言しちゃって大丈夫なの?』
僕ちゃん心配だなぁというユランに私は再度大丈夫だと繰り返した。むしろ、何が心配なのさ、こんな少年だよ。そう問うと、少し考え込むユラン。その間に豪華なラッパの音が鳴り、大きな扉が開いて、父親が登場する。その腕の中には目を瞑った赤ん坊が抱かれていた。
「ほら、来ましたよ」
グレンがその光景を見ながら言う。周りは驚愕の表情を浮かべ、その光景を見ていた。私一人だけやっと来たよと拍手を送っていると、それに紛れてしまう声でユランが呟いた。
『ヴィの姿を見ただけで、どうして父親が君をご所望していたなんて分かるの? 彼はヴィが思っているほどただの子供じゃないようだよ』
ユランの言葉を理解する前に、グレンが何かを言っているのが耳に入った。彼を振り返って見ると、彼は先程までと違って拳を握り締め、顔を歪ませていた。
「完璧な父上が求めたもの。もし…私がそれを取り上げることができたならば、その時貴方はどのようなお顔をされるのでしょうね」
私はその言葉を聞いた瞬間、思わずその歪んだ顔に向かって人差し指を突き出した。
「こいつだ! 私を殺そうとしてるのは!!」
『気づくのが遅いっ!!』
――――――――――