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私の月華のお祝い ②

――――――――――



 これを夢だと気づいたのは、飲まず食わずの2徹男が急にあどけない顔の少年へと変貌した時だった。そして、その少年は私を振り返り、年相応の笑みを浮かべた。


「母上! 私に会いに来てくださったのですか!」


少年は私を通り抜け、金色の髪を持つ女性の元へ駆け寄った。その人が顔を上げると、私は美人な女の人だと思うと同時に、何故自分の子供にそんな儚い表情を向けるのかと思ってしまった。まるで少年がこの世に生を受けたのが憐れむことのように、彼女は無理に笑っていた。


「本日は体調がよろしいのですか? それならば、私の稽古を見ていただきたいです! 私は今上級魔法を学んでおり、同年代で上級魔法まで達する人間は中々いないと……」


そんな母親にすり寄り、饒舌になる少年。だが、それでも女性は表情を変えることはなく、また一言も声を発することはなかった。ふとその二人を見ていたおっさんに目が止まった。肥えた腹を自慢げに突き出す髭面に、なんだが良くないことを企んでそうな顔だなという印象を抱く。私のこの予感はすぐに当たることになる。彼らがいた場所から少し離れたところで爆発が起きたのだ。


「は、母上っ!?」


その衝撃から突風が起き、武器置き場の武器が宙へと舞った…そして、それらが一斉に女性と少年に襲い掛かってきたのだ。私は咄嗟に彼らを突き飛ばそうとしたが、


「なんで…!?」


私の身体は彼らも…そして襲い掛かってきた武器も通り抜けてしまった。困惑する私の視界で、ちらつく黒い影が私に告げる。


『だって、これ夢だもん』


辛うじて声でユランだと分かり、私は彼にどうにかできないかと尋ねる。こうしている間にも、武器は次々と彼らを襲っており、母親は数人ものの従者が庇っているが、少年を庇うのは彼よりも少し小さい体の従者だけ。少年やその従者は体中傷だらけだった。


『ヴィには何もできないよ。だって、これ夢だもん。…まぁ、正しくは過去に起こった事実の再現なんだけどね』


私は泣きながら母親に手を伸ばす少年を見た。私はこんなこと体験していないので、つまりはこの少年…ラーミアが幼少期の実体験を追体験している…ということか。


「ジファ!」


再度爆発音がし、強い突風が舞起こった。小さな悲鳴からその方を見ると、大きな槍が真っ直ぐ少年と小さな従者へと向かってくるではないか。…そして…


「母上!」


鋭い槍が、少年の代わりに女性の腹部へと突き刺さっていた。女性に突き飛ばされた少年はしりもちをついて、茫然とその光景を眺めている。突風は止み、それと同時に視界の端で誰かの背が消え去るのが見えた。


「お…お妃さま!!!」


従者の悲鳴と共に、女性に寄ろうとした少年は突飛ばされ、女性の姿は闇へと消えて行った。残された少年は瞳に涙を溜め、手を差し伸べる従者の手を振り払った。そして、その従者も闇へと消え、ひとり残された少年は震える口を動かした。そして、その涙は零されることなく彼はそのまま蹲った。


「…なんで僕を庇ったのですか…か…」


私は彼がどうしてそのようなことを言ったのか分からない。彼の過去なんて知らないし、彼がどんな思いでそれを口にしたのかも分からない。だが、彼がこの城でどのような待遇を受けていたのかは、あの一部を見て察することはできた。


『彼の王位継承権はほぼないに等しかったからね。幼少期の彼を守ってくれる従者なんて、未熟な従者くらい。そして、彼の唯一の支えだった母親も、この時の怪我が原因で死んじゃうんだよね』


私は彼の前に立った。これはラーミアが見ていた夢…すでに起こった事実で、私は彼に何もしてあげられない。私は頭を抱えるように蹲る彼の頭をそっと撫でた。先程は通り抜けたはずだが、今度は柔らかな髪の感触があった。


『…ほんと、ヴィはしょうがないんだから。夢だから干渉しない方がいいのにさ』


ユランが不服そうに呟くので、彼が何かしら干渉できるようにしてくれたのだろう。驚いたように顔を上げる少年は、私をジッと見る。


「………レイ…?」


私を見て父親だと勘違いする少年に、私は失礼なと返した。私が知る限り、あの父親に人に手を差し伸べるような良心はないぞ多分。肩を震わせる少年の頬には大きな傷…私はそれに手をかざした。兄弟揃って頬に傷ができるのが好きだなぁ…と、ガラルティア兄弟は偶然が重なることに苦笑いを零す。


「君は……?」


「エルヴィーナ・ロンベルグ・ファイン・デ・ウルエ。貴方の姪っ子だよ、叔父さん」


どうせ私の言葉など分からないのだと、私はうろ覚えの名前を伝える。そして、私の長い名前を言い終わるころには彼の傷は治っていた。


「……エルヴィーナ…? 僕の姪っ子…?」


だが、ここは夢の中。どうやら私の言うことはこの少年には伝わっていたようだ。…ゲッ…そこは現実と同じようにしてよ…。私は怪我が治ったことに驚く少年に、どう取り繕うか焦っていると、少年が私の手をそっと握った。


「君は…僕に幸せを運びに来てくれた天使様なの…?」


…もうそれでいいか…!私は彼の言葉にニコリと笑う。そして、不安そうに瞳を揺らす彼をぎゅっと抱きしめる。こんな超絶可愛い赤ちゃんを前にして、そんな顔をするもんじゃないぞ。


「……あったかい…僕にも天使様が来てくれたんだ…」


瞳から一粒の涙が零れ、ふっと抱きしめていた腕から少年が消える。夢を見ていた彼がいなくなったのだから、時期に私も覚めるだろう。しかし、現実はあれだけ激務なのだから、夢の中くらい楽しい思いをしたって罰は当たらないのになぁ。


『…それは少しお人よしすぎだと思うよ。忘れてると思うけど、彼は君を殺そうとした男だよ、ヴィ…』


私も闇に引き込まれていく中、小さな声で呟くユランの黒い…靄のような姿が憐れんでいるように見えた。



――――――――――


 目を覚ますと、外はすでに日が沈んでいた。そして、私はピンク色の服に着替えさせられていた。その服は奇妙なもので、首元には綿のようなものがマフラーのようにぐるりと一周され、また両腕と足にはバツ印のようなものが施されていた。なんじゃこりゃ…私の趣味ではないぞ…。私が体を起こそうとすると、その服の奇妙さに思わず声が漏れる。


「…う!?」


赤子に着せるにしてはかなり重い素材が使われており、身じろぎするのにも力がいる。こんな赤子から鍛えさせようというのか…!?


「あら、姫様。起きられたのですね」


あまりの窮屈さに泣き出しそうになったが、シシリーの声を聞き私の涙は引っ込む。シシリー…この服はなにぃ…?私はあまりの息苦しさから首元の綿を引きちぎろうともがく。


「あぁ!? 姫様、いけません!! それは正装なのですから!」


こんな正装があってたまるか!息苦しさで死ぬわ!!全く取れる気配のない強情な綿に、とうとう生えかけの歯も用いながら格闘する。しかし、それでもなお首の綿はおろか、服も脱ぐことは困難だった。…なんで…何故だ!?


『そりゃぁ、それらには魔法がかかってるからだよ。しかも、上級魔法で10人がかりでかけたものだし…今のヴィには脱ぐことも外すことも無理だね』


ユランがそう私に告げ、私はがなり声を上げた。私の誕生日パーティなのに、これでは拷問ではないか…!!私は再度、服に歯を立てる。こんなにも不快な服は初めてだし、脱げないしで…キィッ!!!


「ひ、姫様が今までにないお顔をされている…!! 姫様~いつもの可愛いお顔はどこに行かれたのですか~」


私の可愛い顔はこの服を脱いだら現れるっ!!なだめるシシリーに、私がそう言い放った時、あまりの騒ぎにドアからアドラーが顔を覗かせた。


「まるで竜の遠吠えのような声を出されて…姫様はその服がお気に召さないようですな」


そうっ!そうなの!!だから、早く脱がせてぇ!!!足をばたつかせ、私はそう頼むが2人は困ったように顔を見合わせるだけ。何なんだよもう!!


『だから、無理だって。その服は王家の伝統的な服で、初めて月華を迎えた幼児の長寿を祈るためにわざと重くしているんだよ。動き回れるようになった幼児が怪我をしないように、拘束具の役割をなしているんだ。あと、その手足の印は魔よけの意味で……』


「んぎゃぁー!!!」


ユランの言葉も途中に、我慢できなくなった私が癇癪を起す。拘束なんてしなくても、私勝手に動かないってば!早くこれ外してよぉ


「これは可愛らしい姫様が暴れ小竜となりましたな…」

「あぁ…普段から慣れさせていたつもりでしたのに…まさか姫様がここまで嫌がられるとは計算外でしたわ。姫様ぁ…泣き止まれてくださいませ」


必死であやしてくれる2人だったが、私は目に涙を浮かべ大きく息を吸った。あ、もうこれ止まらないぞ…そう確信しかけた時…


「んむ…?」


不意に体が軽くなった気がし、私は思わず自分の身体を見る。あの忌々しい綿やばつ印が体から離れて、力なくベッドの上に転がっていた。私は構わずそれらを脱ぎ捨て、フンっと鼻を鳴らした。


「なんだその勝ち誇った顔は…」


身体が浮き、笑いながら私の涙を指の先で取る男。その男を見て、アドラーが声を上げた。


「へ、陛下っ!」


涙で歪んでいた視界が徐々に鮮明となる。そこには金や赤色の服に身を包んだ父親がいた。普段よりの綺麗な格好をしているので、一瞬誰だか分からなかったぞ。


「おい、こいつが普段着ている服はどれだ」


父親はシシリーにそう尋ね、それを着させるように言う。シシリーが私のお気に入りの肌触りのいい白色の服を取り出すと、私は目を輝かせた。え、いいの!?


『よくないよ。王族の伝統だし、それを大事にする大臣や貴族たちからよく思われないこと間違いなし』


まぁ、良くない事だってことは戸惑うシシリーやアドラーを見て分かっていた。だが、あの服はもう金輪際着たくないので、大人しくされるがまま。


「陛下、お時間で…」


「今行く」


しびれを切らして呼びに来た中年が私を見て固まる。その横を、私を抱いた父親が通り過ぎていく。


「へ、陛下! 今回我々が用意したエルヴィ―ナ姫様の装いは…!?」

「ヴィが嫌がった。これで行く」


2人のやり取りを見て、この父親は中々強引だなと呑気に思いながら、初めての場にワクワクと胸を躍らせていた。さてさて、どんな料理と催しが私を待っているのやら…!!


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