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私の月華のお祝い

 朝を招くように開かれるカーテン…そこから差し込む陽ざしは瞼の裏にも伝わるほど眩しい。そのあまりの眩しさに私は寝返りを打った。


「おはようございます、姫様」


柔らかな声で私を呼ぶ聖女に、普段なら何かしらの反応を返すのだが…残念ながら、私は目を開けるのを渋ってしまう。一体どうしたというのだろう…一気に疲れが濃縮されたように体が重かった。このような状態は、ここ最近の話で大体寝起きに感じれた。


「お疲れなのでしょうか…? しかし、昨夜もよくお休みになられていらっしゃいましたし…」


シシリーが優しく私の背を擦るが、私の目は開くことができなかった。頭ははっきりしているというのに、身体だけ別の物となってしまったかのようにコントールできない。なんだ…風邪でも引いてしまったのだろうか…。


『癒しの魔法の反動だよ! ヴィがあまりにもケロッとしているから、僕ちゃんも気づくのが遅れちゃったよ』


ユランが何かに気づいたように私にそう言うと、私は愕然とした。癒しの魔法使用にデメリットがあるなんて初耳だったからだ。だが、癒しの魔法は脱走したあの時以来使っていないし、しかもそれは何日も前のはず。今頃になって来るものなのか…それに、赤ちゃんが魔法の反動なんて受けて大丈夫なのか!?焦る私にユランはきっぱりと言った。


『うん、全然大丈夫じゃないよ』


大丈夫じゃない…その言葉はまさに死亡宣告されたようなもの。享年0歳にならないように頑張ってきたというのに、興奮して使用した魔法で私は死ぬのか…。しかし、絶望しかかっていた私のことをユランは笑い飛ばした。


『ヴィは大げさなんだから。死ぬような反動なら使用した瞬間に死んでいるよ』


ユランの笑い声でホッと胸を撫で下ろす。だが、けど…そうユランは言葉を続けた。


『けど、赤ん坊の身体には大きな負担だったんだね。未熟な身体には、負荷を何日にも分けて与えないと壊れちゃうんだもん。いやぁ、ヴィの身体が丈夫でよかったよかった』


つまり、丈夫に産んでくれた母親に感謝しなさいってことか。私を健康に…さらには丈夫に産んでくれてありがとう…そう思いながら、少し復活した私は目を開けた。目の前には心配そうなシシリーの顔があった。


『僕ちゃんはそういうことを言いたかったわけじゃないんだけど……。ま、いっか、どうせ今のヴィに言っても分かんないだろうし』


ユランの言葉に、分からないなりに教えてよ…と言い返し、私は笑みを浮かべた。未熟なこの身体が少し大きくなってから、癒しの魔法を使おうと決めてから。


「姫様…おはようございます。お身体の調子はいかがでしょう…?」


シシリーの言葉に私は笑顔で返し、そして彼女に抱きかかえられた。そして、部屋の状況が昨晩と違うことに気づく。あっ、そうか今日は…!


「本日は姫様の月華のお祝い…体調が悪くなりでもしましたらどうしようかと…」


私が生誕して1年が経った日だ!すっかり、元気を取り戻した私は勢いよく手足を動かした。私の誕生日パーティーだ!!


『正確には、ヴィの月華を刻んだお祝いで、誕生日パーティではなくお披露目会なんだけどね』


私の言葉を言い直すユランを余所に、私は部屋の一角にある物を見て、さらに気持ちが高ぶっていた。今日が私の誕生日ということは…まさかあれは…あれはまさか…!


『ただの贈り物でしょ。今更貴族たちの媚なんかに驚いてちゃ、今日のお祝いはひっくり返っちゃうよ』


まるで海外ドラマのクリスマスの風景のように山積みのプレゼントたち。私のベッドの周りには、小さい子が喜びそうな物からそうでない物までが山積みして置いてあった。…月華のお祝いって、普通に皆で囲んで食事とかするだけかと思っていたけど、思っていたよりも豪華だ!


『なに当たり前なこと言ってるの。ヴィは王族なんだよ。城中がこの日のためにずっと準備してきたんだから、ヴィが思っているよりかは豪勢に決まっているでしょ』


前世ではごく一般的な庶民だった私には、何日も準備が必要なお誕生日会なんて想像ができない。シシリーがポカンとしている私を抱き上げ微笑む。


「これら全て姫様に贈られて品々ですわ。皆様、本日は姫様がお生まれになったことを祝うために参られるのです。姫様も機嫌よく歓迎なさらなくてはなりませんよ」


わざわざ来てくれるのか…なんだか悪いなぁという少し照れ臭い思いを隠しもせず、私は鼻を擦った。わかったよ、シシリー!盛大なお出迎えとかはできないけど、精一杯の愛嬌で迎え入れるよ。私が彼女にそう返事をすると、シシリーはあっと何かを思い出したような素振りを見せる。


「私ったら、姫様にまだ申し上げておりませんでしたわ」


そう呟くシシリーに私は首を傾げた。おはようの挨拶かな…?今日の月華のお祝いにわざわざ貴族たちが来ることは聞いたからね。不思議そうにシシリーを見つめる私に、彼女は満面の笑みを浮かべてその口を開いた。


「月華のお祝い、おめでとうございます。貴方様がこの世にお生まれになった奇跡を私は嬉しく思いますわ。エルヴィ姫様の乳母になれたこと、私シシリーは神に心より感謝いたします」


ひゃあ…私は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。この場にあるどんなプレゼントよりシシリーのその言葉が嬉しかった。こちらこそ、神様に感謝しているんだよ、シシリーに会えた異世界転生に感謝感激!!シシリーも私の乳母になってくれてありがとね、大好きだよぉ!!!収まらない興奮から、口からたくさんの声が零れる。シシリーが嬉しそうに私に頬ずりした。


「私も今夜のお祝いが楽しみですわ。本日は姫様のはじめましてが多いですもの。一緒にはじめましてを楽しみましょうね」


言いたいこと違うけど全然いい!シシリーの肌赤ちゃん並みにすべすべじゃない!?私も負けずと彼女に頬ずりを返していると、呆れた声が頭に響いた。


『あー…また始まったよ。ヴィが乳母のことを好きなことはもう十分分かったってば。はぁ…それらが伝わったら絶対ドン引きされるな。僕ちゃんはいつまでこれを聞かされるんだろう…』


私がシシリーに愛を伝えている中、ユランは呆れて何度もため息をつき、シシリーはご機嫌な私にふふっと笑っていた。そんな中、私は彼女の次の言葉にある男の存在に気づいたのだ。


「貴方様からも姫様に何かお言葉をかけていただけませんか、ラーミア様」


シシリーが向いた方を私も向くと、その姿に思わずビクッと体を震わせた。びっくりした…そんな隅っこで何してんの?気配が全くなかったから驚いたわ…。いるなら言ってよ…私他人に視線がないと思ってたから、思いっきりシシリーといちゃいちゃしちゃってたじゃん。


「…いえ、私は結構…」


ラーミアはまるで幽霊のように真っ青な顔で、陽射しが当たらない部屋の隅に立っていた。こちらを見る視線には生気が宿っておらず、こちらを拒絶しているようにも感じられた。


「そうおっしゃらずに」


だが、シシリーはそんなのお構いなしに、覇気のない彼に私を半ば強引に手渡した。ラーミアの細い腕の中に納まり、私は思わず顔を引きつらせそうになる。間近で見たラーミアは記憶していたよりもやつれており、その瞳に濃い隈があったからだ。その顔から思い浮かぶのは、会社で3徹した後、過労で倒れた前世の父親だった。あの時から会社を辞めろと言い続けたんだっけ…。まぁ、それでも辞めなかった父親に私たちの中で社畜と認定されたんだったよなぁ…と私が思い出に浸っていると、ユランが正解と返した。


『その人も中々だけど、この男も負けてないよ。なんとこの男、仕事を詰めて詰めて…さらにまた詰め込んで…本日飲まず食わずの2日目となっておりまーす』


なんとラーミアの真実は、前世の父親以上の社畜野郎だった。ラーミアは力の入っていない自身の身体に私を落とすと判断したようで、私を抱いたまま椅子へと腰を下ろした。


「どうですか?」


シシリーがラーミアに問うと、彼は虚ろな目で答えた。


「…赤ん坊とは思わず殺してしまいそうなほど…か弱いな」


止めろ、本当に殺そうとしていたお前が言うとシャレにならんぞおい…そう焦る私とは逆に、可愛らしく笑うシシリー。どうやら冗談だと思っているようだ。


「ですから、しっかりとお守りして差し上げなければならないのですわ。ラーミア様も姫様をお守りしてくださる御一人なのですから、しっかりとお休みにならなくては。少し仮眠を取られてはどうでしょう?」


シシリーの言葉に私は彼女の真意が分かり、つくづく優しい聖女だと思った。シシリーは私を通して、ラーミアに寝てほしいということを伝えているのだ。だが、ラーミアはそんなシシリーの優しさを拒絶するように私をシシリーに返そうとする。


「気遣いは無用…私はこの小さな姫君の警護を言いつけられた身。責務を全うしなければ…」


乾いた唇でそう言うラーミア。その言葉の最中でも、頭部はフラフラと揺れ、目は渇きで瞬きを繰り返している。その姿ですでに限界だということは誰の目からでも明らか。シシリーをチラリとみると、眉を下げ困ったような顔をしている。…頑固な社畜野郎め…。私は仕方がないと腕に力を込めた。言っておくけど、私が動くのは全てシシリーのためなんだからね。聖母なシシリーに感謝するんだね。そして、私はラーミアに寝てもらおう作戦を実行するために、まずは口を大きく開いた。



――――――――――



 「うー」


正直、鬱陶しい女だと思った。自分の乳母の仕事だけ気にしておけば良いものの、こちらの仕事まで干渉してくるお節介な女、さらには私が赤子を渡しても、それを受取ろうともしない頑固な女だ…とも。私は椅子から立ち上がり、女に無理やり赤子を渡そうとした。大体、この赤子を見張れと言われた以前から、仕事は休む暇などないほど忙しかったのだ。私がこの赤子に付きっ切りではその仕事量は倍になるのは明らかであり、私はその引継ぎをするために、ここ最近ものも食べずに執務室に籠りっぱなしだった。赤子が祝いのために眠りについたら、部下と交代で再度執務室に向かい仕事をして、その後祝いのために警護を固めて…そして……


「あー!!」


ぺちん…頬に軽い痛みが走り、私は驚いて視線を下へと向けた。そこには眉を寄せた赤子の姿が…女が面白そうにクスクス笑う。


「姫様は先程からラーミア様を呼ばれておりましたわ。ねぇ、姫様?」

「うっ!」


まるで会話しているかのように返事をする赤子。その赤子は私に向かって手を広げ、私に微笑んだ。


「それは…。…姫様は本当にお優しいですわね」


もう女のことなど気に留めてもいなかった。私の意識はその小さな腕へと向けられており、その腕はまるでこちらに来いと言っているかのように動いた。私は無意識にそれに引かれるように小さな手の間に顔を持っていくと、赤子特有の柔らかな手が私の頬を包んだ。甘い匂いが鼻を擽り、なんだか懐かしいような気分になる。これは…なんという匂いだったか…?


「あーいあ」


あり得ない話だが、この時の私は確かに赤子に名を呼ばれた…そう思った。無垢な顔で微笑む赤子に、私は彼女を抱く腕に力を込める。私との距離が縮まった赤子が嬉しそうに私の頬にすり寄ってくるが、不思議とそれを不快だと思わなかった。自分でも気づかぬうちに口元に笑みが零れる。


「…あたたかい…」


外は寒さで冷え切っているというのに、この赤子の体はまるで陽光を詰め込んだように温かかった。その温かさは私の眠気を誘い、段々と瞼が下りてくるのが分かった。


「あー」


赤子の満足げな顔が、ふともう顔も思い出せぬ母親の顔と重なった。金色の髪に悲し気な表情がよく似合う母親は、死ぬ直前だけ満足そうに微笑んだのだ。


「ジファ。こんな母を看取ってくれてありがとう…。私の優しい子…生きて幸せになって…」


そして、私は思い出した。この甘い匂いは…そうだ…もう二度とないと思っていたものだ。


「………生きて…幸せに…か…」


私には高望みしすぎなものだ…。私は最後に椅子に体を預けると、赤子が首に抱き着いてくるのが分かった。もう抵抗する力のない私は意識を手放す。甘い香りと温かい体温…それはたとえようのない幸福感そのものだった。



――――――――――



 『…生きて幸せに…だってさ。よっぽど疲労が溜まっていたんだね。さすがの僕ちゃんでも同情するよ…』


私を抱きかかえたまま気絶するように眠りについたラーミアに、ユランはそう言葉をかけた。私も彼の言葉に同調しながら、そっと彼に毛布をかけるシシリーに手を伸ばした。シシリー、無事寝かせたよ。褒めて褒めてー!


「姫様は寝かしつけの天才ですわね。正直、姫様の才能が恐ろしいですわ…まさか、この方がこのように人の前で無防備に眠られるだなんて」


シシリーに頭を撫でられ、私はふふんっと鼻を鳴らした。そうだろうそうだろう、人類は赤ん坊の可愛さに弱いものなのだ。だが正常に機能していない脳みそに、この超絶可愛い赤ん坊は刺激が強かったようで、意味不明なことを呟いていたけどね。まっ、結果オーライということで、良しとしてよ!


「ラーミア様はお疲れのようなので、このまま寝かせてあげましょうね」


シシリーに抱きかかえられながら、ちらりとラーミアを見ると彼は静かに目を閉じていた。…死んでいないよねこれ…そう疑うほどに静かだ。下手すれば、彼は今日中に目を覚ますかも怪しそうだ。


「さて、アドラー様に伝えておきましょうか。本当は自室で横になられるのがいいのですが、この方は多忙な方ですから素直に聞き入れては下さりませんものね」


シシリーとのやり取りを思い出し、確かに素直に人の言うことを聞く性格ではないなと苦笑いする。しかし、何故急に私の警護なんてするようになったのだろうか…そんな考えが頭を過ったところで、ある考えが浮かんだ。ま、まさか今日命を狙われるとかじゃないよね…。ねぇ、ないよねユラン…?


『僕ちゃん…ヴィの危機感のなさに、今呆れかえっているところだよ。むしろなんでないって思ったの? 今日は君のお披露目会…つまり不特定多数の前に出す日だ。誰が何かを起こしても不思議じゃない。そうは考えなかったの? ただヴィを祝うためだけの会だって思ってたわけ? 僕ちゃん、ヴィのその能天気な思考回路が不思議でたまらないよ』


辛辣な言葉を吐くユランに、私は何も言い返せず項垂れた。益々私に対する態度が横柄になってくるなぁと思いながらも、その反面…早く実体が欲しいのだろうという彼の思いも感じ取れたような気がした。脱走を提案した時も、本当は外の世界を見たいだけならば夢渡りをすればよかったのだと…そのことに気づいたのは本当に最近のことだ。ユランの言う通り、私はあまり(はかりごと)を練ることに向いていないらしい。すぐに良いように捉えてしまう。


『それに気づいただけでも前進だね。本当にヴィは僕ちゃんがいないと駄目なんだから』


仕方がないから危険が近づいたら僕ちゃんが教えてあげるよ…そんな頼もしい声を聞きながら、私はありがたや~と手を擦ったのだった。


「さて、姫様。本日はお昼寝時間は長いですからね。沢山遊びましょうね」


シシリーの声に私は手を擦るのを止めて、ニコッと微笑んだ。月華のお祝いは日が暮れた夜に行われる。それまで私は、お昼寝をたくさんしてその時の準備に時間を費やすのだった。


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