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私の最初の異世界ライフ終結


 『一般的に魔法は下級から上級までに段階分けされている。初心者は下級の魔法を学ぶ前に、まず初級を勉強して自分の適性を知るんだ。だからね、いきなり上級魔法を使ったヴィは、この国では普通じゃないんだよ。僕ちゃん、ちゃんと言ったよね? ヴィは常軌を逸しているって!』


…はい言いました…


『僕ちゃん、どうなっても知らないとも言ったよね! なんで早速僕ちゃんを頼るの!』


私は何も言い返せず、目の前の現実から逃れるためにそっと目を閉じた。だが、視界は閉じても聴覚が現実を拾ってしまう。


「この子は悪魔の子じゃ!! この国に災いをもたらす異端児…一刻も我らが修道院で徳を積んで神に許しを請わねばならん!!」


アドラーと一緒に部屋に戻ってきて、しばらく経ってのことだった。シシリーはいつ戻ってくるのかなぁとアドラーと遊びながら思っていた時、突如扉が開かれこのおっちゃんが突入してきたのだ。おっちゃんは黒いマントのような服にフードを被るという不審者極まりない装いで、私に向かって叫んだ。


「この赤子は普通ではない」


と。それから、アドラーとおっちゃんの攻防戦。おっちゃんのうしろには三人くらい付添いるようで、アドラーは一人でおっちゃんたちを締め出そうと奮闘していた。


「ここは姫様のお住まいだ。修道院が気安く入って良い場所ではないぞ!! 速攻に立ち去れ!!」


「ことの重大さが分からん奴は引っ込んでおけ! その子は我ら修道院が預かると言っておろうが!!」


「断るっ!! 何故俺らの姫様を預けんといかんのだ! 立場を弁えろ!!」


かれこれ、このようなやり取りが何度も続いており、私は渋い顔が隠し切れない。私が衝動的に行ったことが、このような事態を招くとは…!そもそも修道院ってシシリーがいたところでしょ…私を預かるとか何なのよ。またどこかに連れていかれるの嫌だし、何よりあのおっちゃん、生理的に無理なんだけどぉ…どうしよユラン!!


『ふんっだ! 僕ちゃん知らないもんね!! ヴィの考えなし!』


私が悪かったよぉ…と半泣きになるがユランは返事を返してくれなかった。…じゃあ、せめて修道院ってどういうところなのかだけでも教えてよ、ユランは便利辞書の進化系でしょぉ…そう頼むと渋々ながらもユランは教えてくれる。


『修道院はいわゆる神々に仕える使徒のこと。権力とは分断されていて、主に死者の供養だったり怪我人の治療を施す機関だ。修道院の大元は神の国…ゴディア共和国で、そこから各地の国に配属される仕組みになっている。だからたまに修道院が国と国の仲介役も担ったりするんだ』


なるほど!さすがユラン分かりやすいなぁ!!


『…そんなことに褒めても助言なんてしないからね。まったくもぉ!』


少し語尾の上がった声に、ユランの機嫌が直るのももうすぐだと知る。私はさらに胡麻をすった。よければあの男の目的について詳しく教えてほしいなぁ…と回りくどく伝える。


『…仕方がないなぁ。ヴィはもっと自分の興味があること以外にも知ろうとするべきだって分かったでしょ。結論から言うとね、ヴィを次世代の聖女の使いにしたいっていう魂胆だよ。アメジスト王国支部長を務めるヤコレフ・チャーチがあの男に連れてくるようにと命じたんだ』


私への不満を零すユランに謝りながら、質問を返した。聖女の使いってシシリーが前持っていた最高級の称号だよね?癒者ゆじゃとは違って単数で癒しの魔法を使えるってやつ。でも、私を次世代の聖女の使いにしてどうするの?


『もちろん自分の出世のためだよ。聖女の使いは支部で選出された者の中から決められる。自分が選出した癒者が聖女の使いになったら、かなりの出世の道だよ』


ユランの言葉に私は眉間にしわを寄せた。つまりヤコレフという支部長は私を出世の道具にしたいってことか!?そんなの絶対にごめんだ!!


『うん、僕ちゃんもヴィに向いてないと思う。ヴィ、気に入らないことがあったらすぐに相手をけちょんけちょんにしそうだし。聖女の使いは精神面も考慮されるからね』


うるさいやい、どうせ私は血の気の多い赤ん坊ですよ!でも、それを考えると…確かにシシリー以上に聖女の使いと呼ばれるにふさわしい人物はいないだろう。だって聖母だし。私にシシリーの後釜は荷が重すぎるよ。


『まぁ、次世代の聖女の使いが選出されたから彼女も引退できたんだけどね。でも、僕ちゃんもヴィに修道院に入ってほしくないよ。だって、今以上に自由を拘束されるからね。並大抵の精神力がないとできないよ』


え、それ聞いて絶対に入りたくなくなったんだけど。でも…えー…シシリー自由なかったの?それなのに私の乳母になっちゃって大丈夫?ちゃんと自由な時間過ごしているのかなぁ…。と、シシリーの昔の話を聞いて途端に不安になる。私は毎日シシリーに会えて嬉しいけど、あの聖母の笑顔が陰るのは嫌だなぁ。


『まぁ、今のところは大丈夫なんじゃない? ほら、兵士の顔見て』


ユランがそう私を促すのでアドラーに視線を移す。すると、かなり引きつっている顔をしており、私はアドラーが見ている先に首を動かした。え、私が現実逃避をしていた時に何が起こったのよ…?


「…い、いえ…ですからね…聖なる君よ…」


先程まで饒舌だったおっさんも言葉を濁すような言い方をしている。ドアは開かれているというのに、後ろの信者たちも誰も中に入ろうとはせずに居心地が悪そうに一点を見ている。アドラーやおっさん、信者たちが恐ろし気な表情で見ていたのは…


「いー!!」


私は嬉しくて手を叩いて…そしてそれをすぐに下ろした。シシリーがかなり怖い顔をして、睨んでいたからだ。


「私はすでに引退した身でございます。今はただのシシリーとお呼びくださいませ。それよりも、先程の私の問いにお答えを」


気づけばアドラーが私のそばに腰を下ろしていた。一瞬怖がっている私を抱きしめに来てくれたのかと思ったが、アドラーの顔を見て気づく。…違う…こいつも怖くて精神を安定させたくて私の所へと来たのだ、と。私たちは互いに手を握り、信者とおっさんにお気の毒と思いながらさっさと帰ることを祈った。早く優しい聖母なシシリーを返してくれ…。


「で…ではシシリー殿。チャーチ支部長がおっしゃるのです。この赤子がお告げにあるあの“(いにしえ)の子”なのではないかと。…ですから…この子はこのまま修道院で神のお告げに従って、聖女の使い選出まで……」


おっさんが言葉を失うのと同時に、私とアドラーは思わず抱き合う体勢となる。シシリーからさらに表情が無くなったからだ。おっさんと信者はとうとう地に尻をついてしまう。シシリーの桃色の唇が動き、私はさらに泣きそうになってしまう。


「話になりませんわ。一国の姫君を王の許可なく修道院へ連れ去ると? いい加減、礼節というものを身につけられてはいかがでしょうか」


いつもは柔和なシシリーのこのような辛辣な言葉に、私の体はビクッと跳ね上がった。おっさん、お願いだから早く帰って…そう願ったが、おっさんはまだ説得できると思っているらしく口を開いた。


「そ、それは心外ですなシシリー殿。我々は常に人々の平和を願う神の使徒。それに、この話は貴殿にとっても悪い話ではないのです。前任の聖女の使いとして本部へ行けるかもしれない…」


そして再度声が消え去ったおっさんに、私は首を振った。もう諦めて大人しく帰ったが身の為だ…おっさんたちに勝機はないぞ。もう語尾はほとんど聞こえない言葉は、彼の敗北を示していた。シシリーがとうとう部屋のドアノブを掴む。


「相変わらず、聖女の使いを盾に好き勝手やられているようですが、愛しい姫様は貴方方には渡しませんわ」


い、愛しい!? 愛しいって言ったよね今!! 私は怖かったのも忘れて、目を輝かせた。シシリーも私の事そう思ってくれてたの?? 今までで1番嬉しい言葉だ。


『………ヴィってば単純~』


ユランの言葉も今の私には響かない。うへへと我ながら気持ち悪い笑いを零しながら顔を上げると、アドラーが真っ青な顔で私を見ていた。あまりにも怖い空間に気が狂ったのかとでも言いたい顔だ。


「シ…シシリー殿。姫様が…その……」


アドラーの言葉に、シシリーはニコッと笑みを浮かべた。だが、その目は笑っておらず、ドアノブを掴む手に力が入るのが見てわかった。


「貴方の上の者であるヤコレフ・チャーチに、そうお伝え下さい。では、お帰りはあちらからどうぞ。失礼いたします」


静かに閉められたドアに静まり返る場。私はドアとシシリーを交互に見て、そしてこの空気をどうにかしてほしいとアドラーを見た。


「………」


駄目だ…アドラーは無言で固まっていた。彼もシシリーの変貌に驚いているのだろう。そして、私をチラリと見る。お前は赤ん坊に空気をどうにかしてくれと頼むのか!?


「………いー…」


不甲斐ないアドラーの代わりに、私がシシリーに声をかける。ピクッとシシリーの肩が動き、こちらを振り返る。


「怖い思いをさせましたね…申し訳ございません姫様。アドラー様もしつこいあの方々の相手をされるのは大変だったでしょう」


こちらに来るシシリーは普段通りの優しいシシリーだった。私は安堵してシシリーに腕を伸ばすと、シシリーの優しい顔が近づきいい匂いが鼻を擽る。どちらかというと、あのおっさんたちよりもシシリー登場後の方が怖かったんだけどね…とはたとえ話が通じたとしても絶対に言わない。


「い…いえ! 俺の方こそ申し訳ない。扉を閉めることくらいしかできず…」


「アドラー様の判断は正しいですわ。手を出されていては、あの方々はどんな過激な行動をとるか分かりませんもの」


シシリーの言葉に私は顔をしかめた。修道院って名前ばかりの暴力団みたいな連中だ。


『乳母も辛辣なことを言うもんだね。でも、ああ言いたくなる理由も分かるなぁ。権力と分離しているからって、奴ら好き放題やっているもん。彼らは金を積める富裕層だけを相手して、庶民には一切何もしない。儀礼参りも、庶民の生活を改善するために行わなければならないから、本当は年に一回じゃなくて回数を増やさないといけないのにさ』


癒しの魔法のために生活を犠牲にする庶民も少なくないんだよ…と言うユラン。けれど、皆修道院の前では何も言えない…どんな仕打ちが待っているか分からないからだ。まさに神の名を語った暴力集団というわけだ。私はそんな集団にシシリーがいたことに、心底胸が痛みながらも、シシリーが優しく背を撫でてくれる振動に身を任せた。…あー…やっぱり赤ん坊の扱いが上手だなぁ…と、目を閉じそうになったところでアドラーの言いづらそうに口を開いた言葉が耳に入る。


「…いえ…それだけではないのです。あの…シシリー殿…実は……」


げっ!?アドラー…まさか私が脱走した件を今言うのか?シシリーの激怒を見た後で?や、止めようよ…2人で黙っていればバレないって…!あとでラーミアたちには口止めをしてさ…ねぇ!?


「………姫様…この部屋から黙って出られたのですか?」


だが、もう遅い。いや、アドラーと意思疎通の取れない私に、最初から尽くせる手など持っていなかったのだ。


「ふぇ…!」


このままだと号泣することを察知した私は、アドラーに助けを求める。ア、アドラー…助けてぇ…!!


「シ…シシリー殿、姫様も反省しておられますし…そのくらいで……」


私からの助けを受信したアドラーが私を抱こうとしたが、その手をシシリーに制されてしまう。それは先程の激怒の顔だった。


「アドラー様。貴方様にもお話したいことが…」


私のせいでとばっちりを受けたアドラーが、身体を硬直させて目を泳がせる。だが、その前に…とこちらに視線を戻すシシリーに私は首を振った。ごめんなさぁい!もうしないってシシリー!!!


「うぇぇぇぇぇん!!」


散々シシリーに怒られた私は、一生のトラウマを心に抱えるのだった。絶対にシシリーを怒らせるようなことはするまい…。私はそう決意し、吐きすぎた空気を再度取り込むために大きく息を吸った。涙と鼻水で息がし辛いが、もう自分では制御できないのは分かっていた。もう色々な感情が混迷し、泣きすぎてよく分からなくなる直前…


『うっわ…怖……これは魔力耐性がついたヴィでも我慢が出来ないよ…。あー…僕ちゃん実体がなくて良かったぁ』


と発案者のくせに一人だけ怒りを免れたユランが、そう胸を撫で下ろすのが感じ取れた。


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