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私の最初の異世界ライフ②



――――――――――


 

 真っ白な銀世界…今朝から続くこの景色に私は大きくため息をついた。最近和解した部族の要望でこの天候にするのはいいが、魔力耐性のない奴らが次々に体調を崩すのはいかがなものかと思う。その分の仕事がこちらに回ってくるのは不平等であり、不満で仕方がない。


「仕方がないだろう。あいつらも好きで体調を崩しているわけじゃないんだからな」


今朝そう言葉を交わした兄アドラー。その彼も目に隈があり、顔色も蒼白だった。第三王女を昼夜警護した上に、通常の業務、さらに加えて体調を崩した奴らの尻ぬぐいをしていては…さすがに体が丈夫な兄上も堪えられないだろう。兄上が第一王子陣営から何の立場もないあの赤ん坊側についた理由…それはあの赤ん坊の乳母が俺の命を救ったからだ。光に照らされたあの乳母の顔が頭を過る。…何故俺如きに聖なる魔法を使った…貴様のせいで兄上は…!


「ラーミア様。こちらの書類にサインを……」


顔を上げると、そこにいたのは私と同様魔力耐性があり今朝から働きづめの部下のラッシュだった。私はその手から書類を受け取り、大体読んでから印を押した。


「ご苦労…その資料を置いたら今度は………なんだ?」


その書類を受け取っても、私の顔を見るラッシュにそう尋ねる。すると、ラッシュが口元を指していたので、不思議に思い自分の唇に触れると指先に赤いものがついていた。いつの間にか唇を噛み切っていたらしい。ラッシュが綺麗な布を私に渡した。


「アドラー様ですか?」


ラッシュは大きくため息をついていた。そして、別の書類を机に置くと口を開いた。


「アドラー様が例の赤ん坊側にいるのが気に食わないのであれば、そのようにおっしゃればよろしいのでは? あの方は貴方様を邪険にされるような方ではないでしょうに」


「私は一言も兄上のことだと言っていない」


だが、この聡い部下は私の反応を見てさらに呆れた顔をする。とてもじゃないが上の者に対してする顔ではない。


「貴方様がそのように動揺されている時は、決まってアドラー様のことでしょう。大臣たちから小言でも聞かされたのですか? それとも…怪我の件でご自分を責めていらっしゃるのでしょうか?」


勘が良いところは変わらずなラッシュの言葉に思わず顔が歪む。私の反応を見て言わずもがな理解したらしいラッシュは、私の前にとある球体を置く。


「この時間であればあの赤ん坊の警護でしょう。コルでお話されてみては? 私の命を救った乳母に恩を感じ、ご自分を犠牲にされているのではないか…と」


これと同じコルを兄上も身につけている。兄弟間でいつでも連絡が取れるようにと持っているものだ。だが、私はこれを自分から兄上に連絡をとったことがない。私如きが兄上の時間を取ることは許されないからだ。しばらく迷った上で私は首を振った。


「…余計なお世話だ。それよりも早く手を動かして執務を……」

「あ、手が滑りました」


棒読みでコルを触ったラッシュに、私は慌ててそれを取り上げた。だが、遅かったようでコルは光りだし、そしてその色が青に染まった時、私は飄々とした様子のラッシュを睨んだ。


「間違えは誰にでもありますよ」


白々しくそのようなことを言うラッシュ。私は意を決してコルに話しかけた。


「あ…兄上…お忙しいところ申し訳ありませ……」


だが、私はここで言葉を切る。何やら兄上の様子が普段と違うことに気づいたからだ。兄上が慌てた声で叫ぶ。


「大変だラーミア! 姫様がどこにもおられないのだ!!」



――――――――――



 「うわぁ!! この城、こんなにも人がいたんだ!!」


渡り廊下を歩いて本邸へと行くと、その人の多さに驚いた。早速料理を運ぶ人に出くわしそうになり、私は慌てて天井へと浮かび柱の陰へと身を隠した。そして、柱の陰伝いに私は移動をし、とうとう兵士たちが訓練をしている場所まで辿り着いたのだ。


『そりゃあ、戦を頻繁にしている国だからね。人が多くいないとできないでしょ』


私の言葉にやれやれと言いながら、ユランはそう言った。だが、そんな憎まれ口をたたきながらも、持ち得る知識で色々教えてくれる。


『ちなみに、彼らはセカルと呼ばれる2軍階級の兵士たちだね。ファースである1軍の兵士たちはもちろん王と共に戦に駆り出されている。もしファースに何かあって兵力が足りなくなったら彼らの番ってわけ。その次はサー、次はフォージア…と実力がない兵士になっていく。階級は戦での戦果で変動していくんだ』


ユランの説明になるほどと思いながら、兵士たちの様子を窺うと、かなり屈強な体格をしており、訓練も中々ハードそう。…これでも2番手なのか…兵士の世界は大変だな。


『兵士の分類は大きく分けて2つ。1つは魔法適合者…マジーナと呼ばれる戦闘で魔法を操る隊。そしてもう一つは魔法不適合者…ノンマジと呼ばれる肉弾戦の隊。主力ファースにしても2番手セカルにしてもそれぞれ2つの隊で編成されているから覚えておいて損はないね』


ほうほう…肉弾戦と魔法の部隊ね…。今回訓練している兵士たちは主に筋肉を重視した訓練をしているから、ノンマジの部隊…ということでいいの?魔法見たかったなぁ…


『いや。訓練時間は階級ごとで分けられているから、マジーナも来るはず…あ、ほら来た来た』


ユランの言葉で目を凝らしてあたりを見ると、奥の方からスラッとした体型の兵士たちが現れた。短髪のノンマジの兵士に比べて明らかに長髪が多く、なんだか本当に戦えるのかなって感じの兵士たち。戦場よりもおしゃれなカフェでコーヒーを飲んでいるのが似合いそうな人たちだ。その人たちが現れると、訓練に没頭していたノンマジの空気が変わった。


「…なんか揉めてない?」


リーダー格のノンマジと、マジーナの人が対面で争っているのが見える。その空気はただならぬ感じ…。ユランがこれだから人間は…と気取った言い方をする。


『よくある話、この二つの部隊は仲が悪いんだよ。魔法主義のマジーナはノンマジを見下していて、肉体こそすべてなノンマジはそんなマジーナが気に食わないってところかな』


戦をするのに身内で争ってどうするのさ。私はいい歳した大人たちが、ついには互いに暴力で解決しようとする姿に呆れてしまう。マジーナの人が歪んだ表情をノンマジに向ける。あれは自分よりも下の人間だと確信している者に向ける顔だ。


「これだから庶民は…野蛮で粗野で適わない。君たちのおかげで、僕たちはセカルのままなんだ。足を引っ張らないでほしいね」


長髪を手でさらっと掻き揚げるマジーナの人。同じ仲間だと思えないほど言い方も態度も悪いな。それにかちんときたノンマジの人はマジーナの人の胸倉をつかんだ。


「お前らが実力不足ってだけだろ! 大体、訓練時間に遅れてやってきてその態度はなんだ! お前たちこそファースに上がる気はあるのかよ!」


おお…なんかマジーナの人よりかは正論を言っている気がする。だが手は出しちゃ駄目だぞ。マジーナの人はうっと言葉に詰まったが、掌をノンマジの人に向ける。


「汚い手で僕に触るな!!」


すると、手から赤い光が飛び出したではないか。その光はまっすぐノンマジへと向かうが、早さがなくひょいっと避けられ近くの木に当たる。すると、その木が勢いよく燃え出したではないか。


『あれは火の魔法だね。火の魔法は下級魔法で、筋のいい初心者なら3日で習得できるお手軽魔法。だけど、あれは燃え上がるのが早いから威力は中級レベルくらいかな』


言われてみれば、木はすでに黒焦げて炭になっている。これが本場の魔法かぁ…!!私は胸がドキドキするのを感じた。


『でも僕ちゃんに言わせたらまだまだ修行不足だね。発動してから対象に当たるまで遅いし、あのマジーナのレベルは中級の下の下って感じ』


ユランがそうあのマジーナを評価しているのを聞いていると、いつの間にか下は乱闘騒ぎに発展していた。陣形を組んで攻撃するマジーナたちと対照的に、ノンマジはバラバラで統率の取れていない戦い方だ。マジーナに単数で挑み、魔法で薙ぎ払われている。


『あの切り刻んでいるのは風の魔法。あっちの不意打ちは水の魔法だね。風…水…時々火……なんだ最初の奴以外風と水しか使ってないじゃん。風も水も初級の初級なのにさ』


兵士の質が悪いなぁなんて零すユラン。彼はマジーナ目線のようだが、私は違った。つい目で追ってしまうのは体の大きなノンマジの人たちだった。その人たちの戦い方を見た私の感想。…なんか勿体ないよなぁ…だった。いくら魔法が強くても、発動までに少しのタイムラグがあることは見ていて分かった。それならば、複数人で連携を取りながら殴れば致命傷まではいかないものの、魔法発動させないところなんてすぐできそうなのに。人数もノンマジの方が多いんだから、数で圧倒させてしまえばいいのに。


『まぁ、ノンマジは学がない平民出身が多いし、そもそも作戦を立てるなんて考えに至らないんじゃないかな。それに比べてマジーナは貴族出身が多くて、学校で魔法を学んできているからね。その差も彼らにとっては溝なんだよ』


なるほど…マジーナのあの態度も自分たちは教養を受けているという自負からなのか。これはまた溝が深いなぁ。


『ちなみに、癒しの魔法と同様に複数でないと発動しない魔法もある。それが上級魔法といわれるものだね。それが奥の方のあれ』


奥の方のあれ…?私は戦闘の中心から目線を移動させ、少し離れたところにいる5人ほどのマジーナを見る。彼らは目を瞑り、肩で息をしていた。そして、大きく息を吸い…


「おおっ!!」


彼らが吐き出したのは息ではなかった。彼らは口から炎を吐き出し、マジーナごとノンマジを攻撃したのだ。その炎の勢いはつい声が出てしまうほど広範囲で、私はぎょっとした。ノンマジより近距離で攻撃された仲間は大丈夫なのか…!?


『ここで再度活躍するのは、魔力耐性だよ。魔力って近しい者と似るんだよね。だから、血縁者はもちろんこの国の人たちは、その魔力性質の耐性を持ってるってわけ』


つまり、自国同士では魔法が効かないってこと…?私の解釈にユランは肯定した。煙が晴れ、マジーナたちは変わらず立っている。だが、ノンマジの兵士たちは…


『でも、それはあくまでも魔法スキルを得た者たちだけの話ね。魔法不適合者なノンマジには自国の魔法でも普通に効いちゃうんだよ』


ユランの言葉通り…そこには火傷を負った兵士たちの姿があった。中には意識がない人もいる。私は思わず身を乗り出した。いくら気に食わない相手だとしても仲間だぞ…ここまでするか!?


『彼らに仲間意識なんて大層ものはないよ。彼らは手柄を取ってただ上の階級になりたいだけ。上の階級になれば富もある程度の自由も許されるからね』


そのためなら何でもできちゃうのが人間なんだよ、僕ちゃん怖~い…なんて軽口を叩くユラン。その間に再度上級魔法を発動しようとするマジーナ。その矛先は言わずもがな、瀕死の兵士たちだ。私は思わず彼らの元へと行こうとする。


『ちょっと! 今ヴィが出て行っても何もできないでしょ。何も獲得してないんだから』


「で、でもこのままじゃ死んじゃうよ。何とかできないの?」


『今のヴィにできることなんてないよ!』


私の言葉にそうきっぱりと言うユラン。それでもどうにかできないかとあたりを見渡すと、ユランがやれやれと言葉を続ける。


『どうせファースが収めに来るんだから、心配しなくていいの』


ユランの言葉に私の動きは止まる。え…でもファースは父親と戦場にいるはずじゃ…


『ファースに選出されるのは、国にとって有益な人物。その中でも…ほらあの人』


ユランの言葉に意識を下に向けると、ノンマジの前に立っていたのは見覚えのある男の兵士。その兵士は発動した上級魔法をなんと剣一振りで消し去ってしまった。


『アドラー・ガラルティア。由緒ある貴族の次男坊で、今回の彼の役目は王不在の間留守を預かること。ファースの中でも名誉ある務めだよ。前回、侵入してきた敵をひとりで殲滅した功績から出世したのかな』


のんびりとアドラーについて説明するユランだったが、私は大慌てだった。アドラー起きるの早くない!?あの隈の色からお昼くらいまで寝ていると思ったのに…


「いい加減にしろ!」


思わず近くに腰を下ろすと、アドラーの怒鳴る声に体が震える。脱走した私もこのように大声で怒鳴られるのか…と思ったが、私が次に視線を戻した時にはノンマジともマジーナとも肩を組み、仲良く医務室にいくように促していた。2つの部隊とも睨みあってはいるものの、素直にアドラーの言うことに従っている。さっきまでの騒動はなんだったんだ…?


『上の階級の言うことは絶対だからね。彼はノンマジだけど由緒ある貴族だから、一般貴族出身が多いマジーナは逆らえないのさ』


ふーん、アドラー魔法使えないのか…。それなら寒いだろうに、私を探すためにわざわざごめんよ。


『あーあ。疲労が溜まっていたみたいだから、まだいけると思ったのに…』


ユランが残念そうな声を出すので、やはり私の最初の異世界ライフはここで終わりみたいだ。アドラーが近くの草陰をかき分け始めたので、私はアドラーの元に行こうと浮遊しようとした。


「ここにいたのか」


だがその前に持ち上がる体に思わず声を上げる。この抑揚のない声には聞き覚えがあり、かつその声の主には以前攻撃されかけた経験もあったからだ。



『ラーミア・ガラルティア。由緒正しき貴族の三男坊で、アドラーの弟にあたる。階級はファースで、彼はマジーナ。王の直属の部下で主に暗殺などを承り、たまに王妃からも暗殺を依頼される…ってこれはヴィ知ってたか』


僕ちゃんついうっかり…なんて言っている場合ではないぞユラン!私は今命の危機に瀕している!早く打開策を教えてよ!?


「………」


力いっぱいに暴れようにもがっちりと手足を押さえられている。その間にもジッとこちらを見るラーミア。あの趣味の悪い仮面は今日はしていないようだが、その能面からは何を考えているのか読み取れない。兄の分かりやすさを少しは見習え!!兄は顔を緩ませて私を愛でるぞ!!そんな兄の癒しのマスコットキャラクターである私を殺すのか!!恨んでやる…祟ってやるぞ!!


「………」


なんとか言えこら、と怒りでキーっとなっているとユランの笑い声が聞こえた。


『ヴィってば、そんなこと言っても相手には通じないって分かってるでしょ。それに、心配しなくても彼はただ君を探しに来ただけみたいだよ』


私はユランの言葉にピタッと暴れるのを止める。…え、そうなの?弟の顔を見るが、相変わらずの無表情で私は困ってしまった。…それならば早くアドラーの所に連れて行ってよ。ねぇ!!


「ラーミア様、探し物は見つかりましたか?」


無言の見つめ合いが続いていたところで、後ろから弟の部下が現れた。部下は弟の腕の中に私がいるのを見て何やら謎のボールを取り出した。


『あれはコルといって、連絡を取り合う道具だよ。貴族様専用の貴重なアイテムだね』


へー!コンパクトで持ち運びも便利だ。あれ、メールとかゲームとかもできるのかな。球体に手を伸ばそうとするが、弟に押さえられていることを思い出す。離せとじたばたと動き回る。


「ラーミア様。無理に押さえつけられては幼子の手足に支障がでます」


私の状態に気づいた部下がそう諭すと、途端に拘束が緩んだ。そこで私は彼の顎に思いっきり拳を突き出した。ゴンっと中々いい音がし、痛みで初めて表情を崩す弟。部下は引きつった顔をしていた。


「………中々お転婆な姫君でございますね…」


奇しくもアドラーにも同じことをしてしまったことを思い出したが、二人の反応を見て私は満足げに笑い声を上げた。すると、


「い、今の声は……!?」


アドラーの大声が聞こえたかと思うと、部下が青ざめながら身を乗り出し、アドラーに向かって声を張り上げた。


「アドラー様!! 正規のルートでこちらまでいらっしゃってください!? そこは人が上るようには作られておりません!」


どうやらアドラーはここまでよじ登ってきているらしい。嘘だろ…ここ何階分の高さがあると思って…


「…兄上は見た通りのお方だ。お前のことを気に入っているようだから…あまり困らせてやるなよ」


真上を見るとばっちりと合う視線。弟はすぐに視線を戻し、独り言のようにぼそぼそと言葉を続けた。


「…お前が魔法適合者でよかった。でなければ、あの時殺していただろうからな」


私は驚愕し、声を上げた。こいつ、暗殺しようとしたことを悪びれずに…!少しは罪悪感が芽生えたような顔をしろ!!


「しかし、どのような魔法を使ったんだ? 実体がない魔法なんて文献にも載っていなかった。まさか固有の能力…?」


軽く首を捻る弟に私はそういえば…と疑問が浮かぶ。夢渡りのとき、弟は私が見えていた。ユランが夢渡りは似た魔力の持ち主には見えてしまうこともあると言っていたから、私の姿はこの国の人には見えているのだろうか…。私の疑問にユランは違うと否定した。


『まず魔力耐性の説明からするね。魔力性質が似てしまうと魔法が宿主に攻撃していると勘違いして、その効果を与えなくなるんだ。血筋で受け継がれていく魔力は、大体親族を調べたら、子孫がどのような魔法を使えるか予想ができる。国を築く間に長い時間をかけて人と人が混じり合うから、その結果子孫たちの中で魔力性質が似通ってしまっても仕方ないことなんだ。これが魔力耐性…分かった?』


ユランの説明に私は頭が混乱しつつも頷いた。私の反応を確認して、ユランが言葉を続ける。


『夢渡りは君の能力だ。能力は魔法とは違い、全ての人間に最低1つは与えられる。それは大体血筋で受け継がれるものけど、突然発現することもある。魔法と違うのは、この夢渡りという能力を獲得できる素質がある…つまり魔力性質がきちんと合っている者にしか確認できないんだ』


私はユランの言葉を反芻する。え…と、つまり私の使える魔法や能力は血筋で、能力は私の血筋者しか確認できないってこと…かな。私の大雑把な理解にユランはそうそうと肯定する。


『そうだね。あと、君にはこの国の王族以外からの血も受け継がれているから、この国では常軌を逸していることもあるかもしれない。君の発達が早いのも血が混ざっているからだと思うよ』


ユランの説明に納得しかけた私だったが、新たな疑問が過る。…血縁者しか夢渡りを確認できないということは…。私の脳裏にある可能性が浮かぶ。…まさか、この能面面の男は…!


『ピンポーン。彼の本名はジファ・ロンベルグ・ファイン・ドゥラ・リック。行方不明扱いになっている前後継者の一人で、現王の腹違いの弟。正真正銘、君の叔父さんだ』


私はあまりの衝撃に口を開けたまま、先程から不思議そうにこちらを見る弟…改め叔父を見る。私に何も恨みはないと思っていたが、まさか父親に殺されかけた復讐で私の暗殺を!?父親に恨みがあるなら父親を暗殺すればいいだろ!!


「姫様!! ご無事で何よりでございました……姫様?」


あまりの衝撃に、この高さを登り切ったアドラーを思いっきり無視してしまった。暑そうに脱いだ上着を肩にかけたアドラーは、微動だにせず互いに視線を外さない私たちに首を傾げた。


「姫様とラーミアはいつの間に仲良くなったのか?」


「…私にもわかりかねます」


そのような談話を2人が隣でしていても、私の耳には入ってこなかった。いやもう、驚きだよ…。しかし、13人は処刑されているのに何故この叔父だけ殺されなかったのだろうか?


『現王は同じリックという貴名を持つジファを面白がって処刑しなかったみたいだよ。まぁ、前後継者の中で彼だけが暗殺を企てなかったのが理由だと思うけど』


そんな男が今では現王の命で暗殺を行っているのか…。なんだか、王族ってややこしいな…。


『それ、ヴィが言う?』


はいはい、どうせ私はなんちゃって赤ちゃんですよ。だが、ユランのこのやり取りで気を取り直した私は、ラーミアから目を逸らしてアドラーに腕を伸ばした。アドラーはぱぁっと目を輝かせ、私を抱きしめた。


「ようやく私に気づいて下さいましたか。姫様、お部屋を抜け出されては、このアドラー焦りましたぞ。よくぞご無事で」


アドラーの口から白い息が漏れるのを見て、罪悪感が芽生える。アドラー、寒い中ごめんよ。ふと、頬に新しい傷があるのが見えた。さっきの騒動を止めるときにできたのか…。シシリーだったら治せそうなんだけどなぁ


『クエスト、外の世界を達成。よって、新たに癒しの魔法(小)を開放』


私は久々に聞く声に思わず声を上げた。ユランの言う通り、出来事が能力開放のきっかけらしい。しかも、シシリーが使っていたような治療魔法でないか!


「お部屋に戻り、シシリー殿が帰ってこられるまで何かいたしましょう。ここは冷えますので、体調を崩されては大変ですぞ」


元気そうに声を上げる私にホッとしたのか、アドラーが私にそう微笑んだ。そんなアドラーに私はそっと手を伸ばした。しかし、魔法なんてどうやって使えばいいのだろうか…?


『まだ小規模だし、特に呪文とかいらないよ。ただ手をかざすだけでいいんだけど…ヴィ、本当にここで魔法使っちゃうの…って…あーあ…』


ユランの言葉を最後まで聞かず、私はアドラーの頬の切り傷に掌をかざした。すると、


「どうやら一人でのお散歩は楽しかったようですな。ご機嫌であられる……ん? これは…!?」


小さな白い光がアドラーの切り傷をみるみると塞いでいくではないか。アドラーは驚いた顔で自身の頬を触る。先程まであった傷は今では跡形もなく消えている。その職人芸とも呼べる魔法に、私は満足げに笑う。


『あーあ、僕ちゃんの警告も聞かなかったヴィが悪いんだからね』


ユランの不穏な物言いに私は何故かと問いかけようとした。しかし、それは興奮したアドラーの抱擁によって遮られることとなる。


「姫様! 私なんぞに癒しの魔法をお使いになって下さったのですか…!? このアドラー、一生姫様をお守りいたしますぞぉ!!」


く…苦しいよアドラー…!!さらにアドラーは、感動のあまり涙を流す始末。私は熱い抱擁を受けながら、笑みを零した。今の私は達成感で満たされていた。自分の能力を駆使しての脱走、城の内部を少しでも知れたこと、さらには待ち望んでいた魔法の解放と使用…どれも満足できるものだった。


「……馬鹿な…癒しの魔法は修道院の者しか…」


だから、私は気づかなかった。興奮した様子のアドラーの周りでは、様々な感情を私に向けていた人たちがいたことを。


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