73話 アルトニアの守り人たち(3)
ザザン....ザザン....
浜辺に打ち付ける波がなぜか耳に残る朝だった。
昨日の夕日が嘘のように雲が出ている薄暗い空と鼻につく溜まった壕内の色々なものが混ざった不快な臭い。
いつ来るかわからぬ自衛隊に兵士達がピリピリ緊張しながらも穴掘りばかりのルーチンワークな現状にうんざりしていた時、師団司令部に急報が飛び込んできた。
「それで海軍からの報告は?」
「哨戒艦隊が次々と連絡を絶ったそうです。ニホン艦隊がやってきたのかと。」
帝国陸軍の師団長として自国の力を信じていた彼だったが連絡する隙も与えないほど一瞬で哨戒艦隊を海の藻屑としたという日本の力に恐怖する。
「すぐに来るぞ。各部隊に警報発令。騎竜部隊は発進準備だ。」
「了解しました。」
師団長の彼の言葉によって途端に慌ただしくなる臨時司令部。
魔石通信で伝達されていく警報は各部隊の末端の兵士まで行き渡る。
師団司令部から各大隊に、そして大隊から各中隊まで通信兵が魔石通信で即座に情報を伝達していく。中隊からは伝令が小隊 分隊に情報を伝えるために走り回る。
一方多くの兵士達は自分達の武器の準備をする。
「おらっ、すぐに運び出せっ。」「その弾は次うちの中隊に運んでくれ。」「着火薬が足りん。早くしろ。」
海岸ということもあり錆び付き防止や、何か間違いがあってはいけないからと一括で管理されていた小銃の実包が半地下の倉庫からえっちらおっちら引きずり出される。
「せーのっ」
ガンっ ガンっ
部隊の元に届けられた実包を入れた木箱は手斧を持った兵士らによって慎重かつ大胆に開封されて油紙ごとそれぞれの兵士の雑嚢に放り込まれていく。
兵士全員の背嚢にその確かな殺意がやどるころには皆が水平線を睨んでいた。
兵士らの手によって無残にもバラバラにされた木箱は炊いてあった焚き火に投げ込まれ、その火をつなぐ。
焚き火の火が ボッ と大きくなった時だった。ある兵士が叫ぶ。
「みろ、あそこだっ、あの船はニホン軍だ。」
一瞬みなの動きが止まり皆一斉に水平線の指さされた先をみる。
そこにはポツポツと黒い点がかろうじて浮かんでいるのが見える程度だったが木箱がすっかり燃えカスになる頃にはその点は大きな船になり、マストにはためく日の丸と掲げられた海上自衛隊旗が見えるようになっていた。
「LCAC出ます。」「注水開始っ」
海上自衛隊の最新鋭輸送艦である のと型輸送艦2隻では後部ランプドアがゆっくりと開き、格納庫に注水が行われる。
水陸機動団の隊員らはLCAC、もしくはそれに載った車両内で待機している。
格納庫に十分注水され人工のビーチのようになるとLCACは1万6000馬力のエンジンを唸らせながら滑り出すようにして輸送艦から出て行く。
それに続くようにAAV7が巨大な艦から発進する。
「対戦車ヘリコプター隊発進、対戦車ヘリコプター隊発進。」
輸送艦艦内では発着艦員らが陸自の対戦車ヘリコプター隊の管制を行うため慌ただしく甲板を駆け回っている。
甲板に並んだ4機の離陸直前の対戦車ヘリコプターには武器整備員が駆け寄り赤いリボンのようなものを引き抜いて行く。
これでただの『機械』でしかなかった物体が凶悪な殺傷力を持つ『兵器』にその姿を豹変させる。
防火服を着込んで万が一に備えて待機する隊員、機体拘束用の鎖を体に纏わらせて甲板を空ける隊員、陸上機が慣れない海上で塩害を受けないように気を配っていた隊員、全員の思いを乗せて一つの作戦が今動き出した。
アルトニア帝国軍第38師団の陣地後方 2kmほど
ギリースーツに身を包んだ5名ほどの人影が茂みに文字通り溶け込んでいる。専門の訓練を受けたものでないならまず見つけられないだろう。
「陣地はそこそこの規模。悪くない質だな。」「おもちゃの兵隊見たいな装備しときながらやってることは旧軍の水際陣地構築もどきだな。」
反射防止のためにつや消し塗料を塗りたくられ、レンズにはネットを貼られた単眼鏡を片手に、ここ二日間の主食であるエネルギーバーをモソモソかじりながらつぶやく。
「いい加減飽きてきたし何より疲れた。さっさと回収して欲しいもんだな。」
囁き声で恨み言を言うと皆小さくため息をつく。もちろんそのため息も敵地潜入仕様。周りに聞き取られることはない。
「爆弾の誘導程度で済んでよかったですよ。砲兵のMOS(軍隊における特技資格)持ちの中にはいつまでも前進観測させられるとこあるんすから。」
「まったくだ。やっぱり実戦は違うな。緊張のせいか、ちと・・・」
そういって皆背後に申し訳なさそうに置いてある緑色の袋をみる。絶対に間違えないように黒いマジックでしっかり名前が書かれた(といっても緑地に黒では間違えそうである)敵地侵入任務ではその場に居たと言う痕跡を残してはならない。そのためゴミどころか全てのものを持って帰ることになる。
そう・・・全てのものだ。
「衛星で砲兵陣地見つけたからって戦闘機の爆撃で潰すか?砲撃で潰せばいいものを。」
「今後予想される戦線の位置的に海自の艦砲射撃は届かんだろうし、余裕のあるうちに試しておくんだろうな。」
そう言いながら大きなレーザー誘導装置をケースから引っ張りだしておく。
手元の端末の戦術情報システムには戦闘機が上陸部隊よりもっと沖合にいる主力護衛艦隊の空母から飛び立ったことを示していた。