72話 アルトニアの守り人たち(2)
アルトニア本土で訓練を積み、一部レストニア皇国との戦いに引き抜かれた部隊があるものの概ね充足率が高く装備の行き渡った南部軍は来るべき自衛隊に備えていた。
ザクッ ザクッ ザクッ
役場の倉庫から引っ張り出された薄汚れた麻袋に土が詰められる。この終わりの見えない土嚢作りは町の青年組合や女性や子供、お年寄りが協力して行う共同作業だ。
町中の人手をかき集めたこの作業は海岸を見下ろす丘で行われている。
この港町には北からやってきた南部軍 第38師団が司令部をおいていた。
任務は自衛隊の上陸阻止。南部軍総司令部の命を受けた伝統あるこの師団はその部隊旗を町役場に掲げている。
街中にはマスケット銃を持ったまだ小綺麗な制服を着た兵士が闊歩し、あちこちで兵士や作業にあたる町民向けの炊き出しが行われていた。明日には増援の魔導兵中隊が馬車鉄道で到着することになっている。
「もう、何袋目だっけ....?」
納屋に眠っていた年代物のスコップを動かす手を止めると額の汗を拭い取りながら青年は呟く。これから冬本番だが土嚢を作るこの重労働では汗が止まらない。
女性や子供の中には熱中症で倒れるものも少なくない。
「何袋とか関係ないな...みろよあれ。」
友人に促され潮風が吹いてくる海岸を望むと
バケツリレーとロバ、地竜など全てを動員して運ばれて行った土嚢が浜辺に長い線を引いている。浜辺では陸軍の兵士達が行軍時に来ていたコートを放っぽり出して土嚢を隙間なく並べる作業に従事していた。
「ありゃ終わんねえな。」
そう言って青年は何度目かスコップを土に突き刺した。
「大隊長、作業は順調かね?」
「こ、これは師団長。現在全擲弾兵大隊を投入し全力で『水際防御陣地』の設営にあたっており、進捗は2/3というところです。明日の午前中には陣地は完成するかと。」
手にした指揮棒を右左に降って師団長に作業を説明する擲弾兵大隊長。他の大隊長も陣地設営の指揮に当たるか役場に設けられた臨時師団司令部にこもっている。
「砲兵大隊はすでに陣地を設営し終わったそうだ。ここも早急に頼むぞ。」
そう言って師団長は海岸と反対方向遥か後方を指差す。目を凝らしてみると球形の砲弾を陣地に運び込む兵士らの姿が見える。
「はっ、了解しました。」
レストニア皇国との決定打に欠けたズルズルと続く戦いは双方が双方の勢力圏に上陸し上陸され追い返し追い返される繰り返しと化していた。
そのため一定の対着上陸のノウハウが双方に等しく身についていたのである。
もちろんこの世界基準であるが。
さてアルトニア帝国の対日本戦略はベレー半島に上陸されることは『参謀本部の考えでは』そこからが本当の戦いである。
ここで一歩引いて上手いこと持久戦に持ち込むことで長期の戦争は苦しいであろう日本を諦めさせる。これが基本方針だ。
しかし『南部軍は』ベレー半島に上陸されることは最悪構わないが、できる限り阻止せよ。というふうに曲解して伝わっていた。
そのために海岸線に渡って...日本の海上戦力に照らして海から無防備な形で南部軍の主力がズラリと並べられていたのである。
これらの事実は参謀本部、南部軍双方気がついていない。指揮系統からして参謀本部から指揮を受けるはずの南部軍は...南部軍に限らずこの規模となるとなまじその規模が大きいだけに自分たちを完全に独立した組織と錯覚してしまうことがある。
そのせいか参謀本部からの指示が通らない、通っても肝心なところが誤解されていた。
そんな中、南部軍総司令部が立てた作戦はこうだ。
まず日本の艦隊および上陸部隊の船を海岸近くの砲兵陣地から全力で砲撃を浴びせる...もちろん高度な観測機器などなく直接照準でだ。
そしてそれを掻い潜って上陸して来た日本の地上部隊に対しては擲弾兵によるマスケット銃の一斉射撃、砲兵による支援射撃、魔導中隊による火力増強、そして騎竜部隊による航空支援という...
まあこの世界では先進的な陸と空が連携しこれをを撃破する。という作戦を立案、実施に向けて着々と各上陸予想地点で準備を進めていたのだ。
ここ第38師団も例に漏れず南部軍総司令部の意向にとくと従いこのように水際陣地を形成している。
魔石通信が各陣地にある迎撃の主力となる擲弾兵大隊司令部と師団司令部を結ぶ。
大隊司令部から隷下の中隊への通信は伝令が壕内を駆け回るか、フエガイと呼ばれる貝殻を吹き鳴らして命令を伝達する。
新兵器として投入されたのが炎魔法石の粉末をパイナップルほどの小さな木樽に詰め、信管と火薬を取り付けた火炎手榴弾だ。
そのまま投げても、小型カタパルトで飛ばしても着弾先で炎を撒き散らすこの兵器は各擲弾兵中隊に配備され中隊火力の底上げを狙う。
陣地の設営が終わり兵士らが天幕から自分たちと町民が汗を流して作った壕内に生活の場を変えてから2日後。
自衛隊によるベレー半島上陸作戦が決行される。