62話 侵入者あり
航空自衛隊が米海軍航空隊と死闘を繰り広げたものの政治的な面から決定打を与えることができないこの事態において、海上自衛隊は睨み合いを続けていた。
房総半島沖で両者睨み合う中、東京湾に入ってくる日本船籍の船があった。
いや、平時ならなんらかの組織、海保か海自が護送したかもしれない。だが、この事態においてその人手を割く余裕はどの組織にもなかったのである。
拿捕された自動車運搬船。
それが人知れず入港してきたのである。
東京港に入港しているその自動車運搬船。その存在を気に止めるものはこの時点で誰もいなかった。
海上保安庁 巡視艇
「あの接岸してる自動車運搬船、拿捕されたやつじゃね?」
夜の暗闇の中、隊員の一人がその船に気がつく。
「たしかに...ちょっと待て。」
そう言って別の隊員が端末を取り出し船舶の照会を行う。
「ああ、AIS(自動船舶識別装置)が停波してるな。港湾局の方は何か言ってきてるか?」
「いや、特に聞いてないぞ...。検疫とかないのかな?」
この巡視艇からの情報は第三管区海上保安本部までは届いたものの、数日前から続く政府からの航路変更の要請に伴う作業に忙殺されてしまうのであった。
もしこの時この船の接岸があまりに不自然...地上からの誘導など無しに行われていたため岸壁と半ば衝突しているということに気がついていれば、日本最悪の日と呼ばれる惨劇は防げたかもしれない。
それから約30分後 東京港近くの青海駅付近
10人ほどの黒い服、いやマントのようなものに身を包んだ一団を先頭に後ろに100人はいるだろうか?同じような格好をした集団が駆け足で移動していた。
まばらに人はいるもののその中に黒いマントの集団に声をかけようとする者はいなかった。
しかしパトカーに乗って警ら中の警官は違う。パトカーを止めると明らかに組織的で怪しいこの集団の先頭の人物を呼び止める。
「君たち何やってるの?なにかのイベント?時間も時間だしちょっと話を聞かせてもらうよ。」
そう言って職質をした警官2人。彼らも初めて見るこの光景に内心驚きながらも職務を続ける。
黒マントの先頭の人物がハンドサインのようなものを
出すと集団は駆け足をやめて停止する。
「ん?君たち外国の方?一体どうし、ぐぁっ」
職質をしていた警官の1人が倒れる。
「おいっ何をした!?」
もう1人の警官が咄嗟に振り向いた瞬間黒マントの男から金属の棒、サーベルのようなものが伸びる。
「うおっ、はぁはぁ。何をしたっ」
反射的に彼らと距離を取りサーベルを躱すと拳銃のホルスターに手を伸ばそうとした。だが
黒マントの男がパッと手を伸ばす。その手に握られていたのは長さ60センチほどの杖。
そこから赤い光が伸びる。
「ぐっあっ」
赤い光に胸を貫かれた警官はその場に倒れこむのだった。
「...中隊。我々は遂に敵と接触した。これより各人、戦闘を許可。魔導使用も許可する。通信兵っ、直ちに全中隊に通達『戦闘を開始せよ』と」
「了解。」
そう先頭の男が言うと集団は流れるように駅に駆け込もうとする。
この時間まだまだ駅に人はいる。この集団を駅から眺めていた人達もいたようで、集団がこちらを向くと気まずそうに目をそらした。
その瞬間
南口前は赤い光に包まれた。
黒マントの集団の先頭にいた30名ほどが素早く横に展開し、南口前にいた人達、歩道の反対側にいた人達に向けて赤い光が打ち出した。
悲鳴が上がる間もなく人々は倒れる。ズタズタになった衣服、体からその赤い光が持つ力が見て取れる。
その後先ほどの30名は周辺を警戒し、その間に残り70名ほどが歩道橋を駆け上がり、駅に突入していく。
駅構内にいる人を次々となぎ倒すように集団は駅のホームに向けて走る。
突破の支障となる改札機はあっという間に破壊された。
その後走って合流した30名を含めた約100名の黒マントの集団はホームに突入し、停車していた列車に乗り込む。
黒マントの数名が二手に分かれて運転席と車掌室の制圧にかかった。
「いいか?いつも通り列車を動かせ。妙なことはするな。」
運転席に座っていた運転手はガクガクと頷く。
そうして黒マント100名を乗せた列車は青海駅を出発したのであった。
「6号車、あれどうなってるんだ?駅前から動かないし連絡もないぞ。」
別のパトカーに乗っていた警官が青海駅前からいつまでたっても動かないのパトカーの表示を見て不審に思う。
「何かに絡まれたんですかね?」
運転席に座っている警官がそう返す。
その時車両無線が鳴った。
『青海駅前で集団による殺傷事件が発生。集団は列車に乗って逃走した模様。なお集団は銃火器のようなものを携帯している。全車急行し生存者の救助活動を行え。拳銃の使用は各自の判断で行え。』
「えっ...。何が...」
運転席の若い警官は無線から飛び込んできた指令に体が動かない。
「おいっ、何をボサッとしてる。さっさと駅前に迎えっ」
助手席の先輩警官から促されて我に帰るとアクセルを踏んでパトカーを発進させた。
その後次々と到着した警察 消防による駅前の惨状が警視庁に伝えるられると庁内は大混乱に陥った。
それも立て続けに別の管轄の警察署からも同じような報告が飛び込んで来たのであった。
ガンっ
「何が起こっている...。」
庁内に設置された緊急対策室の机のを叩く。
対策室室長になった田島はいつになっても居場所掴めない集団に頭を悩ませていた。
ここでやられたと思ったらもう別の場所が襲撃されている。どんな移動速度なんだ、と。
「まさか、複数の集団が...?おい、だれか街頭防犯カメラシステム、あれの映像出せるか?」
慌ただしく職員が動いてモニターに次々と街頭に設置されたカメラの映像が出される。次々と集団が写っているカメラがないか切り替えながら探す。
「ありました。これです。」
「そのカメラの設置場所は...おい続けろ。」
そう言って設置場所を手近な紙にメモしながらカメラの映像を見ていくと田島が予想していた事実が導かれた。
「こいつら...100人近くの集団で動いてるのか...それもその集団が複数だ。300人?いやもっといるかもしれん。ただの活動家なんかじゃないぞ。」
予想していた事だがその事実に恐れ慄く。
「い、今すぐ脇田警備部長を呼び出して、1から9機動隊まで全部出すんだ。すぐに国家公安委員会経由で官邸に連絡。コトによっちゃ自衛隊が必要だぞ。」
そう言うと田島はヘタリ込むようにして椅子に腰を下ろした。
「一体どうやって東京に入って来やがった。そしてヤツら何者だ...」
総理官邸
警視庁からの一報で官邸対策室が設置され、次々と関係省庁の職員が登庁してくる。
官邸対策室に入る前に閣僚らは会議室に集まっていた。
「警視庁から連絡のあった黒マントの集団だが...あの自動車運搬船からやって来たのは間違いないな。」
伊佐元総理大臣がそう言う。
「はい間違いありません。船内には船員らが拘束されている可能性もありますのでSATの突入を検討していますが...」
今田官房長官が伊佐元の方に向き直り提言する。
「....だめだ。都民の安全が第一だ。可能性でしかない船員らの命を捨ててでも都民の安全を守らねばならん。そのためには貴重なSATをそこで使うわけにはいかん。」
「しかし...」
「1300万の命を守らなければならないんだッ。この、敵の居場所すらつかめていない事態に生きているかもしれない十数名の命を救うのにSATは使えん。」
そう言うと伊佐元は一度ガックリとうなだれるが顔を上げる。
「まあいい、それで敵の正体についてだが。やはり北部諸国連合に自衛隊を派遣した際に接触した魔導士の部隊か?」
「防衛省としてはその可能性が高いかと。さらに不確定ながら魔道士の中には日本の転移以外でこの世界にやってきたと思われる地球人の存在もあります。」
そう防衛大臣が返す。
北部諸国連合に人道支援として派遣した自衛官らが接触した自分たちとは別の地球人。
日本は転移直後からこの世界と地球との繋がりを調査していたがその過程でいくつかの地球産、もしくは地球出身の人物である可能性を持つモノ、人物を見つけていた。
それらは第1種転移物から第3種転移物までに分類されている。
地球産のものについては各国の遺跡内から発見された電子機器、地球の文字が書かれた書物など。
また中には外国(この世界の外国である)の歴史書内に登場する人物の記録から地球出身の可能性が高いと判断される人物も存在した。
しかしいずれも数百年から千年近く前になるものであったが、自衛隊派遣の際に接触した魔導士については唯一生存が確認されている地球出身の可能性が高い人物であった。
「だとしたらなんとしてでも確保したいな...」
そう伊佐元が言った。
「お時間です。対策室へどうぞ。」
そう言われて閣僚らは部屋を移すのであった。
官邸対策室
「えー今回の事案につきましては現在警視庁の方で対応に当たっているようですが現状を教えていただきたい。」
今田官房長官が問う。
「はい、警視庁の田島です。現状としましては湾岸エリア内の複数地点が襲撃されています。
また管轄の警察署に問い合わせたところ警ら中の警官の中にも連絡が取れなくなっているものが多数いることから集団....黒マントとしましょう。黒マントらはなんらかの武装をしていると思われます。」
「それで黒マント共のの規模はどれぐらいなんだ?」
財務大臣の田中が急かすように聞く。
「規模につきましては最初の襲撃の時点では100名前後の集団が複数、数百名、最悪1000名近くが組織的に移動 襲撃をしているようです。
しかし現在ではさらに小規模な集団に分散しているとの報告もあります。」
田島は続ける。
「警視庁としましては1から9機動隊を出動させ集団警備力によって鎮圧を図っておりますが...なにぶん敵の数が多く武装が強力な為効果を上げることができるかどうか。
重要防護施設等の警備もありますし。この人数と対峙しろと言われてできるものではありません。早急な自衛隊の出動を求めます。」
早く自衛隊の出動を、と言う田島の思いが滲み出ていた。
「防衛大臣、自衛隊の出動についてはどうですか?」
今田官房長官が塚本防衛大臣に尋ねる。
「えー、会議前に西本都知事の国民保護出動の要請がありました。管轄する第一師団はすでに待機させています。伊佐元総理、出動の許可を。」
「出動を許可する。しかし今すぐ防衛出動は出せないのか?」
「省内で検討しましたが、先ほどJアラートで武力攻撃事態を宣言してすぐです。民間人が多数取り残されている中戦闘状態に入るのは難しいとのことですので防衛出動からの戦闘は避けるべきだと。そこで早急な民間人の避難の為国民保護出動をすることとしました。」
塚本が副大臣からのメモを受け取りながら答える。
「そもそも避難は行えているのか?」
「いえ、都 警察 自衛隊も都内でここまで大規模な部隊との戦闘は想定していません。
陸幕が立案した計画では湾岸エリアの民間人を全て避難させた上での敵部隊掃討となっています。
避難誘導については警視庁と東京都の方にもお願いしたいと...」
塚本が頭を書きながらそう言う。いわば東京都内での民族大移動。それも戦闘下での避難誘導になる。果たしてできるのか?それは駆け出しの議員時代に震災を経験した塚本自身一番わかっていた。