38話 北の国では・・・(5)戦車
あけましておめでとうございます。今年初めての投稿です。
ドンッ、ドンッ、パラパラパラ
迫撃砲が敵部隊に着弾する。敵の攻撃は一瞬沈黙するがまた攻撃が始まる。
「クソッ。効果が薄い。敵は分散してやがるな。」
小銃を射撃していた隊員が言う。
「この世界の軍隊は密集が基本じゃなかったのか?何かおかしいぞ。」
近くの隊員が答える。彼はビーマイト戦役でも戦った自衛隊員。通称『経験者』の一人だ。
「ちょ、弾が切れた。マガジンを投げてくれ。」
近くの若い隊員が声を上げる。
「やけになってフルオートで撃ちすぎんな。っとほらよ。」
会話を中断してマガジンを投げようと上半身を一瞬トラックの陰から出した瞬間、腹部に衝撃が走った。
「おい、大丈夫か?そこのお前、さっさと引っ張って退避させろ。俺は援護する。」
マガジンを求めていた若い隊員は放心状態だったが、彼の声でハッとすると、倒れた隊員を引っ張り退避させようとするが・・・
バシッ
若い隊員が弾き飛ばされる。彼の上半身を覆っていたボディアーマーと戦闘服がえぐれるように裂ける。
「おい、何が・・・」
小銃を撃って援護していた隊員が振り返る。そして倒れている彼らの状況を見て表情が消えた。最後に残った理性で彼は叫ぶ。
「狙撃手だ。狙撃手がいるぞ。」
その声を聞いた隊員は恐怖し反射的に遮蔽物の陰に隠れる。スナイパーの役目は敵の重要目標の撃破並びに指揮系統の混乱。その目標を達成した、または遂行のためには、確実に敵を仕留める能力をもつ。
おまけに魔法攻撃は射点を特定しにくい。マズルフラッシュが小さい為、飛んで来る攻撃の弾道を見て判断しなければならない。
どこにいるかわからないスナイパー。それは部隊を恐怖に陥れる。
「混乱して来たな日本人。お前らを殺すのを何年待ったことか。」
日本政府
「派遣部隊が戦闘状態に入ったと言うのは本当か?」
伊佐元が八海審議官に問う。
「はい。現地のベースから連絡がありました。部隊がベースへの帰投中に攻撃を受けて戦闘状態になったそうです。敵が所属する組織は不明です。」
「戦闘はこっちに有利に進んでいるんだろう。」
田中財務大臣があくびをしながら言う。
「それが、あまり芳しくないようで。ベースからの砲撃支援を要請してきたと。」
「なっ・・・」
「部隊は身動きが取れないようでして、負傷者も多数発生している模様です。」
ここまで審議官が話したところで職員が彼に耳打ちする。
「現地のベースが積極的な積極的な戦闘加入を決定したそうです。そのため全装備を投入することになりました。」
『全装備』と言う言葉にその場の空気が冷たくなる。その装備の中には・・・
「中隊長ぉ。ベースからの連絡です。戦車をよこしてくれるそうですッ」
軽装甲車の中で通信士が佐久間に伝える。
「そりゃよかった。それで今、部隊はどうなっている?」
「小暮小隊が弾薬の不足を訴えています。しかし元々持ち合わせが少ないため各小隊に再配分でなんとかするように命令を出しています。三河小隊は敵の包囲を突破すべく最前線で戦闘を行い、片翼包囲の実施を目標に行動中です。しかし損耗が激しいため前進速度はかなり遅くなっています。需品科の連中を再編成した栄小隊と乾小隊は車両周辺で小暮小隊とともに防衛中であります。」
バシッ
敵の攻撃が軽装甲車の装甲に命中する。車体が一瞬ぐらりと揺れた。
「戦車部隊はまだ来ないのか?」
「多分もうすぐだと思いますが・・・。」
ガコガコガコガコガコ
履帯が独特の音を立てながら74式戦車が疾走する。日本本土ではあまり見なくなったが、外地と呼ばれる東見道などではまだまだ現役だ。
「小隊長。名倉車長の戦車から連絡です。どうもバッテリーがヘタってきたそうです。」
「くそッ。本部の連中が燃料ケチって暖気運転をさせなかったせいだな。いよいよやばくなったら後退していいと伝えておけ。」
「了解。」
「前方!!敵のトーチカらしきもの3つ!!」
外を覗いていた砲手が報告する。
「これで敵じゃなかったらまずいぞ。敵か?」
「攻撃してきました。敵です。」
ガッッ
前方の装甲に何かがぶつかり弾かれる音がする。
「この野郎。俺の愛車に何してくれる。弾種多目的対戦車榴弾!!俺らの1号車が左2つを撃破する。2号車は一番右を頼む。」
「「了解」」
「多目的戦車榴弾装填完了。鎖栓閉鎖!!」
「ヨオォイ。撃てッ!!」
射撃のために急停止した車両が、砲の反動で再びガクンと揺れる。そのすぐ後に砲塔が回転するモーターの音が車内に響き・・・
ドンッ
「目標撃破。2号車も敵を撃破しました。」
「よしよくやった。このまま敵を撃破していく。機銃弾の準備はいいな?」
「OKです。」
戦車小隊の4両は敵の部隊が存在すると思われる茂みに接近する。
「周りに味方の歩兵がいないから怖いな。」
戦車の中で名倉車長が呟く。戦車にもカメラなども付いているが周囲の様子の確認には不十分と言える。
「タコツボでもあったらやばいっすね。」
『各車、射撃位置についたら自由射撃を行う。機銃員は敵からの攻撃に注意しろ。』
『『了解』』
ドダダダダダッッ
茂みに向かって曳光弾の光の筋が翔ける。木の幹をえぐりバシバシと音がする。その頃敵の部隊は・・・
「ガハッッ」
機銃弾に当たり男の部下の一人が倒れる。彼の胴体からはおびただしい量の鮮血が噴き出す。
「おいエルクス!!ジャップはどんな武器を投入してきた?」
「はっ。あれは・・・でかいカブトムシのようなものです。」
「でかいカブトムシ・・・戦車だな。まずいぞ今すぐここから移動しろ。戦車砲なんか食らったらひとたまりもないなぞ。」
「了解しました。」
「あっ、そうだ。戦車はな後部と上部が弱い。攻撃するならそこにしろ。まあ何十年も経っていたらわからんがな。」
そう伝えると男は足早に去っていく。
戦車小隊、4号車
「おい、次の弾倉もってこい。あ、あと耐熱手袋と替え銃身も。」
「了解。」
そんな会話が戦車内に響いたとき・・・
ドンッ、ギギ
「車体後部に衝撃を感知。燃料ポンプに異常があります。」
「さっさと消火剤をまけ、引火するぞ。後方に機銃斉射だ!!」
「りょ、了解!!」
ウィイイイイイン
砲塔が素早く旋回する。その時車内に何かの音がした。
ドドドド、ピギィ
「・・・これは機銃の音じゃないな、」「ですね。」
「機銃斉射しましたが、手応えがありません。すでに退避したようです。」
「クソッ。とりあえず小隊長に連絡を取る。なっ・・・」
「どうしました?」
「無線がやられた。とりあえず他の車両に合流するぞ。」
「よし。一両仕留めたぞ。エンジン部分を狙ったから速度は落ちただろうな。履帯を狙って動きを止めておくか。」
男が履帯に向かって傷だらけの腕を伸ばす。
ピィィィィィン
細く絞られた青い光の筋がたった今動き出そうとした履帯に直撃する。
ジジジ、ビィッン
ボルトが弾け飛んだ。
「発車させます。」
操縦手がそう言ってエンジンの回転数が上がりギア鳴りがする。そうして戦車が前進し始めた瞬間右側の履帯が滑り始める。
「履帯が損傷した。まずいぞ動けない。クソッ。」
車内が沈黙する。
「これは・・・覚悟を決めた方がいいかもしれない。ハッチを確認しろ!!しっかり閉じとけよ。信号弾で救助を頼む。」
「おい!!戦車が来たぞ。助かった。」
74式戦車1両が戦闘中の部隊の近くで敵を掃討し始める。敵の兵士たちも負けじと突如として現れた戦車に攻撃を仕掛けるが・・・
カンッ、カンッ、カンッ
いくら旧式とはいえ、戦車は戦車。敵の攻撃を諸共せずに車載の機銃で容赦無く敵を追い詰めていく。
ドドドドドドッッ、バババババッ
74式戦車から放たれた最後の機銃掃射は敵を沈黙させる。今までの激しい発砲音、爆発音が嘘のように静かになり皆一瞬黙り込む。
「おい。ベースに戻るぞ。車両に乗り込め。」
ハッとすると部隊は動き始める。ぞろぞろ、トボトボとそれぞれがトラックや軽装甲車に乗り込む。トラックの中には負傷した隊員が薄い毛布の上に寝かせられている。
「大丈夫か?」「・・・あぁ。終わったのか。」「もうすぐだ。もうすぐ帰れるぞ。」「出血がひどいな包帯余っていないか?」
『戦車小隊へ、そちらに被害はないか?送れ』
指揮車となっている軽装甲車の中から
『・・・戦車一台と連絡がつかない。車両ナンバーは95-0283。最後の連絡地点はここから北東に2キロの地点。送れ。』
『了解した。斥候の編成を行う。ベースにも連絡したか?送れ』
『すでに報告済みだ。ベースからの捜索要員が出る予定。送れ。』
『了解した。斥候の編成が終わった・・・ちょっと待て、うちの部隊の隊員が信号弾のようなものを見たと言っている信号弾が見えたのは・・・最後の連絡地点とほぼ同一地点。送れ』
日本政府
「例の国と連絡がついたのは本当か?」
伊佐元が身を乗り出して聞く。ここ数日事態が急転し寝不足だ。
「はい。3勢力による交渉を行う準備があるそうです。そして現地に派遣した自衛隊についてですが、第二陣が今日の夕方に到着予定だそうです。」
審議官の言葉にその場の閣僚らの反応はまちまちだ。安堵するもの、今後の交渉の心配をするもの。
「おいおい、それで今、戦闘はどうなっているのだ?」
田中財務大臣が尋ねる。
「戦車の投入によって自衛隊優勢に進んだと。報告を受けています。」
「しかしまあ、これは公表できんな。特に戦車の部分は。」
「まあそうだな。」
場の空気が少し軽くなる。皆の顔に安堵感が浮かんでいた。
「審議官!!ちょっと・・・」
職員の一人が会場に飛び込んでくる。会議場に職員らは飛び込んで来た職員を冷たい目線を彼に向ける。
「総理。戦車一両が行方不明になったと。直ちに救出部隊が向かっています。」
ザワッ
「総理。今回の件については今日到着した第二陣とともに今回の敵勢力の掃討を行うべきです。それが国家にしろ過激派勢力にしろ危険な存在であることには変わりません。直ちに東見道に編成中の『東見道方面隊』の第16旅団を派遣するべきです。」
防衛大臣の塚本が語気を強めてそう述べる。グッと握り締められた彼の拳が机の上でプルプルと震えていた。
「それは・・・できない。今回の活動はそもそも戦闘を目的としたものではないんだ。今できることは・・・撤退することなんだ。」
「この戦闘で何人自衛官が戦死したと思っているんですか?仇を討つためにも・・・」
「人を殺し、殺されるために人道支援をしているんじゃないッ!!それができないなら撤退・・・する。」
伊佐元は歯を食いしばる。この中で一番悔しいのは彼だろう。
「お二人さんとりあえず落ち着いて。外務省としてもう一つ報告があります。」
外務大臣の岸根が手をあげる。一旦クールダウンさせようとしたものだろう。
「この間保護した・・・スパルニスト帝国の王族か。その人たちの境遇がなんとなくわかって来た。」
「「ほう」」
「この間までは粛清を恐れて逃げてきたと思っていたんだが・・・勘当だそうだ。」
「「へ?」」
「なんだか色々やらかして来たらしい。それで勘当されて家を飛び出したというか・・・」
「つまりこの内戦には関係なかったのか。」
「ああ。だからなぁこっちも思い込みで亡命を認めたんだが・・・今更返すというのもな。」
「使者の人突きかえしちゃったし。」
皆ため息をつく。またメンドくさいことに首を突っ込んでしまったと。
「今は内戦中だから問題にはされないだろうが・・・ほとぼりが冷めたら外交上の問題になるな。」
「本当にここか?」
顔に緑色のドーランを塗った自衛隊員がチラリと部下の方を振り向いて聞く。薄暗い中だとほとんど表情は読み取れない。
「ええ。ここから半径50メートル以内に居るはずです。」
部下は手にGPS受信機を持ち、アンテナを左右に振る。
「アッ・・・」
隊員の一人が小さな悲鳴を漏らす。
彼が指をさしたその方向にはテルミットを燃やしたような大きな炎が上がっていた。
ブービートラップなどを警戒しながら隊員たちはそろりそろりと近づく。塗料が溶ける臭いがキツくなってくる。
茂みを抜けた先にあったのは、ぐちゃぐちゃになった戦車と佇む男。
黒いその男、その存在自体から黒いオーラが流れ出て居る。がゆっくりとこちらを覗き込む。
「早いな日本人・・・いやジャップと呼ぼうか。」
「お前は誰だッ。国籍と姓名を述べろ。」
隊員らは小銃をその男に向ける。
「おっと、そこは氏名、階級、生年月日及び識別番号だろう。それ以外は答える必要はないな。」
男が可笑しそうにクックックッと笑う。嘲笑を含んだその笑いは見るものを不快にさせる。
「なっ・・・。貴様何者だ!!」
「それは答える必要がないな。ではさらばだ。」
そういうと男はクルリと身を翻すと茂みの方に猛烈な勢いで走って行った。数名追跡しようとする隊員がいたが、小隊長はそれを引き止めて呟いた。
「深追いするな。我々の戦力では・・・・勝負にならない。」
後日、部隊から提出された報告書は極秘扱いとなり、世に知られることはなかった。
1ヶ月後に行われた日本を仲介者とする3勢力会談でこの内戦は停戦が決定。日本を中心とする東世界各国の監視のもと復興が始まる。