35話 北の国では・・・(2)派遣に向けて
『こちら護衛艦ゆうだち。演習海域にて国籍不明船を発見。乗員は亡命を求めている。』
夕方の海、夕日がキラキラと反射している海面に、この世界では大きな部類に入るであろう木造船と、大きな護衛艦が並んでいた。
「縄ばしごを準備。保安要員は小銃の安全装置の解除を許可。ただし銃口は向けるな。」
その場を取り仕切っている幹部自衛官が指示を飛ばす。彼らは青系の戦闘服装を着用して、万一に備える。
「乗船を許可する。」
幹部自衛官の一人が木造船の方に向かって声をかける。その瞬間、護衛艦の甲板が緊張に包まれる・・・
カタ、カチャ、カチャ
縄ばしごを最初に登ってきたのは歴戦の戦士、と言う感じの男。よく締まった体に、日焼けした肌、腕についた痛々しい古傷が彼の職を物語る。
「・・すまない。」
ボソッと彼が言う。その後、彼は縄ばしごの方に手を差し伸べる。次に登ってきたのは若い女性だった。
長い船旅だったのか、くたびれた服装をしていて、髪もボサボサだがそれでも気品を感じる彼女は小さな声で言う。
「・・・ありがとうございました。」
その後も木造船に乗っていた20人ほどを収容した。甲板に20人以上がいるにも関わらず、彼らは一切会話をしようとしない。皆、黙ったまま俯いている。
護衛艦はその日のうちに演習を切り上げ、日本に帰港することになった。
日本政府
「で、その亡命してきた人たちは北部諸国連合の、それもスパルニスト帝国の王族なんだな。」
伊佐元が聞く。
「ええ、そのように確認しています。」
補佐官の男が答える。
「ん〜、ちょっと気になるんだが、クルキトン国とかの被害を受けている国からの亡命ならわかるんだが、スパルニスト帝国って、あの内戦の実行犯みたいなもんだろ。なんでその国から亡命してくるんだ?」
財務大臣の石井が疑問を呈する。周りの閣僚たちも頷く。
「多分、内部でも割れてるんでしょう。で、現在実権を握っているものと対立、粛清の危険があるからってことじゃないでしょうか。」
外務大臣の岸根が持論を述べる。
「それだと結構まずいんじゃないか?他国の王族が亡命しようが知ったことじゃないが、自分の国の王族だと、後々自分の国の実権を奪われる可能性もある。なら取り返したいと思うんじゃ・・・。」
ため息をつきながら、経済産業大臣の田中が眉をひそめる。
「対ビーマイトの戦争もあったから、実力で取り返すということはしないだろうが、めんどくさくなることは確かだな。すでに亡命しにきたことを発表してしまったから、今更強制送還なんてしてしまったら世論は大変なことになるなぁ。」
伊佐元が言うと周りも頷く。しかし彼らの心配はすぐに現実となる。
「・・・つまり、亡命した者たちを返還しろと?」
スーツ姿の外交官がテーブルを挟んで目の前にいる、スパルニスト帝国の外交官に聞き返す。その口調には『威圧』が入っていた。
「ええ。もちろんその通りです。我が国の王族なので当然かと思いますが。」
「日本国は彼らの亡命を認めましたので保護しています。引き渡すことはできません。」
「そう・・ですか・・・。貴国がこれからどのような扱いを国際社会から受けるとお思いで?『王族を拉致した国』になるのではないのですか?」」
苦し紛れのブラフだろうと思いながらも日本側は聞く。
「そうですか。記録映像も残っていますがね。」
日本とスパルニスト帝国の非公式の会談は平行線に終わった。
次の日
世界情報社の『情報新聞』に掲載された記事が日本の世論を大きく動かすことになる。
『北部諸国連合、各国首都でも戦闘激化。近年稀にみる市街戦』
この記事自体は写真(たまに、日本支社で発行したものだけ、写真が載る。)もついていないたった数行のもので(この世界では民間人の人命尊重なんてものは無いに等しい)大して大きな記事でもなかったが、国内世論は大きく動くことになる。
もともと日本国内では『情報新聞』をとっている家庭は少なかったものの、ゼロでは無い。その記事を見た、ある男性がそれを自身のブログに載せたところ、たちまち拡散。さらに画像が載せられた上で拡散し、マスコミも大きく取り上げることになった。
「で、自衛隊派遣を求める声が挙がっていると・・・」
伊佐元が言う。
「その通りです。無視できないほどになりつつあります。」
官房長官の今田が返す。
「なら早めに派遣した方がいいんじゃ無いか?」
財務大臣の石田が言う。
「バカ言え。まだ受け入れ国の許可はおろか、選定すら終わっていない。それにまだ戦闘中だ。」
防衛大臣の塚本が普段では考えられないような声で反論する。
「受け入れ国の許可については自分たちがなんとか話を取り付けている最中です。一週間あればなんとかなるかと・・・。」
外務大臣の岸根が言う。ここ数週間外務省は、一番働いていると言っても過言では無い。
「では、急いで頼む。輸送艦の確保は完了したな。残念だが・・・今回、戦闘中だからと言って派遣が中止になる、と言うことはないかもしれない。」
伊佐元の言葉に閣僚らの表情が暗くなる。官邸の一室にも聞こえてくるとあるデモの音は彼らを憂鬱にさせる。