34話 北の国では・・・(1)介入の考え
パン、パンパパパン
乾いた銃声が響く。銃が向けられていたのは葉を真っ赤に紅葉させた大きな木。ただし人が縄で縛り付けられていた。
「ったく。妙な愛国心を起こしやがって。」
ぺっと唾を吐き出した隊長格の男は死体を一瞥するとそう言い放った。
北部諸国連合軍が加盟国を攻撃するにあたって問題となったのは連合軍内部の人間。自分の生まれ育った故郷を攻撃することもあるのだから当然である。
クルキトン国
「ヘーゲル旅団長殿、ロンメル伯爵軍と連絡が取れました。」
兵士が旅団本部の建物に入ってきて報告する。
「そうか。貴族領の方の制圧も終わったのだな。意外に早かったな。」
「やはり保守派の貴族がそこまで多くなかったからでしょうか。」
「だろうな。ロンメル伯爵と今後について話し合いを行いたい。他の貴族達ともな。」
クルキトン国やその他の加盟国の全土をほぼ掌握した連合軍は、他国からの介入を警戒し周辺の哨戒を強化。通常時の3倍の騎竜騎士を投入したその哨戒活動は、時に日本などの周辺国の領空を侵犯することになる。
その間、加盟国のほとんどでは国軍残党との間に武力衝突が起こることはほとんどなく、のちに『連合軍の三日天下』とも言われるこの期間は、各地の復興の兆しさえ見えるほど平和を取り戻していた。
だったのだが・・・その後行われた貴族達の会議はそう平和なものではなかった。
「ふざけるな!!話が違うぞ。」
顔を真っ赤にした男が手に持っていたグラスを床に叩きつけながら言う。グラスが砕け散り、床に深い紫色の染みが作られていく。
「貴様、たったあれぐらいの協力でそんなことがよく言えるなぁ。」自分の足元に砕けたグラスに一切目を向けず睨み返す。
「お前こそ金しか出しとらんじゃないか。」
ドンッ と別の男が机を叩く。ボトルに入ったワインが震える。
「わ、私の領地はどうなるのだ?」
「お前は論外だッ!!」
話し合いは今後の方針の話し合いではなく今後の自分の利益のために紛糾した。
「しかし本当にいいのですか?相手はあのロンメル伯爵軍ですよ。」
二人の貴族が廊下を歩きながら話し合う。廊下には二人以外の人影は見当たらない。
「大丈夫だ。他にいくつかの貴族達にも話をつけてある。」
「なら少しは安心ですが・・・。連合軍はこれに反応しませんかね?」
それを聞くと前を歩いていた貴族が振り返ると後ろの貴族に言う。
「いいな、これは掃討戦だ。俺たちの崇高な目的を達するための過程だ。だから俺は今のうちに直ちに行動を起こす。」
貴族達による裏切り裏切られる仲間割れが始まった。奇しくも他の加盟国でもほぼ同じぐらいの時に全く同じことが起こっていた。連合軍はこの貴族達の行動を認知することが遅れ、再び大規模な戦闘が起こることになる。
日本政府
「この北部諸国連合での武力衝突・・・、『北部諸国内戦』でしたね。の背景がつかめてきました。先ほど配布した資料を見て欲しい。」
外務大臣の岸根がそう言うと会議室の中に紙をめくる音が響く。
「国軍と連合軍、おまけに貴族の私設軍隊。これは長引きそうだ。」伊佐元がそう言うと周りの閣僚もウンウンと頷く。
「それが大使館からの情報によると昨日まで三日間は戦闘が起こっている感じはしなかったみたいだったが。街中に多数の兵士が立ち、あまり外に出られるような状況ではなかったようで。」
「昨日まで、ってことは今日は起きているのか。戦闘が。」
「ああ。今までは国軍VS連合軍+貴族だったのが、連合軍VS国軍の残党VS貴族VS貴族という最悪の状況になっていて、首都でも激しい市街戦が起こっているみたいで・・・早めに帰国命令を出せなかったのが残念だ。」
「帰国命令は難しかっただろう。唐突に始まったからな。しっかし思いっきり仲間割れしたな・・・。貴族VS貴族か。酷いな。」
国家公安委員長の高野が顔をしかめる。
「そういえば、各国の王族達はどうなったんだ。まさかもう処刑されたのか?」
法務大臣の吉家が資料を捲りながら言う。
「いや、軟禁されているものもいれば、他国の大使館に逃げ込んだ者も多いそうだ。」
「うーん。それはそうとして人道支援とか大丈夫なのか?」
「それがな・・・結構やばいかもしれないんだ。他国・・・主に他の列強国からも何らかのアクションを求められている状況で・・・。」
領土拡大を続けていたビーマイト帝国がなくなった今、徐々に列強国は領土の拡大ではなく周辺、つまり自分の庭の安定を求める傾向にある。ただ新入りの列強である日本がこのようなチャンスを見てどのように動くかを見てみたいと言う思惑もあると考えることができる。
「それはそれは・・・大変だな。」
「実は明日の世界情報社の『情報新聞』にこの内戦のことが掲載されるようです。」
総務省職員が追加で報告をする。
「結構まずくないか。国内世論はどうなるんだ?」
「結構前にPKOの問題もあったこともあったからどうなるか・・・。国内世論と他国からの圧力の板挟み・・・。どこかで聞いたことがあるような・・・。」
閣僚達が一斉にうなだれる。今回は資金提供だけでは済まないだろう。
「それはそうと『情報新聞』より先に公表しないとまずいでしょう。」
官房長官の今田が言う。
「よし、記者会見の準備だ。早めに公表しとくぞ。人道支援もそれからだ。」
伊佐元がそう言うと閣僚達は解散し、その後記者会見が行われることになった。
約2時間後 記者会見
「・・・つまりそれは北部諸国連合で内戦が起こっていると言うことですか?」
記者の一人が質問する。
「政府としてもそう認識しております。」
今田官房長官がそう返答する。久しぶりの国際情勢が絡む記者会見に、会場は大勢の報道関係者などが詰めかけている。
「読切新聞です。この内戦に対し日本としてはどのように対応するのですか?またその対応の中には自衛隊の派遣も入っていますか?」
やはり来たか、と今田は思いながら、予想質問に対する答え方を書いたカンニングシートをちらりと見て口を開く。
「日本政府としましては、大使館を通じた各国からのアクションを求める声も受けまして何らかの対応を行う考えです。現時点では人道支援以外での自衛隊の派遣は考えておりません。自衛隊の派遣の際は、受け入れ国の代表者と意思疎通を行なった上で派遣を行う考えです。」
その後いくつかの質問の後記者会見は終了した。
防衛省
「課長、北部諸国連合への自衛隊派遣の件ですが・・・。」一枚のペーパーを持った職員がやってくる。
「ああ、一応立てておけって上からやって来たヤツか。」
手に持っていたタンブラーを机に置いてペーパーを持って来た職員の方を見る。
「それに問題発生です。受け入れができる港がありません。唯一の受け入れができる港はハーゲン皇国にあるので到底受け入れてくれるとは・・・。」
「それはまずいな。海自の揚陸艦が必要じゃないのか?よし、そこの君。よく気がついてくれた。今すぐこれは上にあげる。気づいているかもしれんが・・・。肝心な時に揚陸艦が出られなかったらまずいぞ・・・。」
アメリカが世界の警察を辞めたのはそのシステムが崩れ始めたからだとも言われる。
介入しては新しい紛争が生まれ・・・
かつての警察官が少なくはない犠牲を払いながら得たものは何だったのか。