22話 とある八百屋の情報戦(3)利用価値
フッ、俺はリア充だな。早速訓練で得た知識を総動員した俺はメイドを落とした。ここまで関係が親密になれば屋敷での扱いも変わってくる。最初こそそっけない態度だったが、今では屋敷の中まで野菜を届けに行ける。そうなると屋敷の中の情報もだんだん集まって来た。
まずランバルの書斎の位置だ。屋敷内に入ることになり小耳に挟むメイド達の会話からランバルの書斎の位置を割り出すと、潜入前に見たランバル邸の設計図(この邸宅の工事を請け負った会社から入手したもの)に書かれていた内容とは違うものだった。築30年ともなれば変わるのだろうか。
さらに屋敷の中を歩いていると足に感じる違和感から、設計図には載っていない地下室があることが判明。そこに通じる隠し階段の位置も判明はしたが用途は不明だ。
重要だったのがランバルの生活リズム。何時に起きて何時にどこで寝るかなど事細かな情報をパズルのピースをつなげていくようにメイド達の会話から紐解いていく。
その作業を続ける傍、最初にあったメイド以外にも内部協力者作りを始めた。内部協力者と言っても本人は気付かない、ただ親しくなって会話をするぐらいのものだ。人間の会話は最近あった出来事などによって作られる。その他愛も無い会話の中にも重要なピースが含まれている。
「ピスカー青果店のドルゲンです。野菜をお届けに参りました。」俺はいつも通りの声で屋敷に入っていく。今日はこの屋敷の警備システムについての調査だな。
野菜の入った木箱を持って、開け放たれた扉を通る。その一瞬の間にチラッと扉を確認する。
(特殊な魔道具は無し、鍵が2つか)
廊下をメイドに付き添われて歩く間に天井と壁、床を確認していく。
(一番最初にあったシャンデリアの鎖の部分に音を感知する魔道具が一つ、あの不自然な壁の一部は・・・魔力を感知する魔道具か、床には魔道具無し)
廊下の角を曲がったところでちらりと階段を確認。
(手すりに魔力を感知する魔道具か・・・手が込んでるな)
台所に到着。
(さすがに台所にはなかったか、台所の窓にも単純な鍵が一個、警備が手薄だな)
「いつもピスカー青果店をありがとうございます。」いつも通りの無垢な営業スマイルで今日のおつかいを終える。
夕方、仕事を終え家に帰る。この時市場を通るのはいつもの日課だ。耳に入ってくる謀略とは関係の無い喧騒が心を落ち着かせる。しかし完全に気を抜かないのはプロだからだろうか。
アパートのような借家に帰る。玄関を開ける前に自分の周囲を確認して尾行がいないか確かめる。その後扉の鍵を開ける。
カチャリと小気味良い音が響いてから2秒ほど家の中の気配を探って家の中を確認。
扉を開けるとちらりと姿見を見て家の中の死角を確認、玄関近くに置いてある帽子やちょっとした置物の位置を確認し、何者かが家に侵入した痕跡がないか確認した後、家に入る。これもいつもの日課だ。
「フゥ〜。」椅子に腰を降ろした後、二重底がある衣装ダンスの中から取り出したランバル邸の見取り図に警備システムの位置を書き込んで今日の任務はこれで終了。明日は一週間に一回の定時連絡の日だ。場所は・・・、
俺はこの一週間に来たチラシや手紙の中から、協力者から来たものを見つける。
(今回は冒険者ギルドの寄付のチラシだから・・・公園か。)
俺は明日の準備を整えると軽い食事をとってベットに入った。
さすが大国と言うべきか美しい公園。公園の中心には何やら彫刻を彫った噴水とベンチ、その周りを囲うように綺麗に剪定された樹木が生い茂っている。散歩をする人や読書をする人、ゆっくりと座って考えにふけっている人の中、人きは目立たない二人の男がいた。
「時間通りだな。」事前に秘密のサインで本人確認をした彼はベンチに腰掛けながら反対側に座った男に向けて指向性の高い声を出した男はドルゲン。手には新聞が握られている。
「そうじゃなきゃ困る。で、緊急の連絡はないな。」反対側に座ってる男もドルゲンに向けて指向性の高い声をだす。周りの人たちは会話に気づいていない。
「無い。お前からはあるようだな。」ドルゲンはううっと伸びをしながら聞く。側から見ればただのくつろいでる青年だ。
「相変わらず鋭いな。ビーマイトと日本の関係が冷え込んできた。お前も動向は注意しとけ。なんかあったらまた伝える。」男はスッと立ち上がるとドルゲンの新聞を一瞬撫でるような仕草をする。
「じゃあな。」ドルゲンは聞こえないであろうが、一応別れを言った後、周辺を警戒する。この連絡を何者かが見ていないか確認するためだ。
男が視界から消えるとドルゲンも立ち上がりぶらぶらと休日を過ごした。
「日本とビーマイトか・・・。」部屋の中でつぶやいてみる。予想はできたことだがビーマイト出身となっている自分にとっては今後の行動に影響が出ないわけでも無いだろう。今後の行動を考えながら彼はベットに入った。
今日もランバル邸に野菜を届けにいく。いつものことだ。
いつものようにメイドが出てきて、野菜を家の中に運び込む。運び込んだ後台所で使用人たちとちょっと雑談・・・だったのだが。
「またビーマイトが戦争を始めたんだって?」使用人の一人が声をかけてくる。
「ああ、そうだ。全く、戦争ばっかり・・・。」一応俺は『祖国が嫌になった奴』と言う覆面なのでそう答える。
「全くだ。この国に来てよかっただろ。」この使用人はちょっと癖があるが悪い奴では無い。この国、レストニア皇国は反ビーマイトな国なので割とこんな反応だ。
「そうそう、ご主人様もこの戦争には興味があるそうだ。なんでもビーマイトの相手、ニホン国は何かすごいらしいぞ。さらにレストニア皇国としてもこの戦争の結果いかんによってはニホンとの外交交渉を始めるそうだ。」さらっと重要情報じゃ無いかなそれ。報告の対象だな。このことについてはさらに詳しく調査する必要があるな。
数日後・・・
ついに日本とビーマイトが開戦したと伝えられた。反ビーマイト感情の高いこの国では否定的に捉える新聞記事が多く、日本を哀れむ意見もあった。しかしここでこの戦争に介入すればすぐに列強対列強さらには、世界中を巻き込んだ世界大戦に発展することは目に見えていたため、レストニア皇国は中立を表明した。
「ついに始まったか・・・。」新聞を手にして俺は言う。インターネットや多くのマスコミがあるわけではないこの世界(日本を除く)では社会的な動向を予測するのは難しい。そのため情報の多くは『既に起こったこと』として伝わってくる。
この開戦の影響でDSIAは緊急で連絡をよこし、この戦争後のレストニア皇国の対日政策予想のため、ランドル邸の重要情報を重大な不法行為を行ってでも定期的に日本に送れ、と言う命令を出した。
「ふむ、ついに来たか・・・。」俺は今夜ランドル邸に侵入することを決めた。時期尚早だと言われるかもしれないが、ビーマイトと日本が開戦を行ってからのレストニア皇国外交筋の初動対応は重要な情報だろう。さらに数日前の使用人の話の件も含め、いつかはしなければならないことだ。
夜
開戦してすぐに俺はある使用人の一人を特別な内部協力者に仕立て上げた。俺はランドル邸に野菜を届け始めた当初からこの男に注目していた。それほど彼は異様だったわけだ。
彼のランドルに対するつかえかたは異常、まるで素人のスパイのようだった。
探ってみると彼は確かにスパイ。それもビーマイトの。このレストニア皇国でこれほどの弱みはないだろう。正体のバレたスパイは役に立たない。しかしそれは敵側にとってはこれほど利用価値のあるヤツはいない。
これだけの弱みがあればプロのスパイにとっては協力者にするのは簡単だ。
彼は今俺の侵入作業の手伝いをさせている。具体的に言えば台所の鍵を開けてもらって、人を近づけないで貰っている。そして俺はポケットの中からある日本製の魔道具を取り出す。日本を発つときに選別としてもらったものだ。サーミト王国と共同で開発したこの魔道具は周囲60センチほどの魔道具を無効化する。これで監視用の魔道具を一時的に殺しながらランドルの書斎まで進む・・・