9話 人質
《注意》残酷な描写を含みます。苦手な人は読まないでください。飛ばしてもらっても構いません。
石油、それは現代の工業に欠かせない資源である。日本は異世界に転移後、国内の備蓄が底をつくより早期に確保ができた為、工業への大きなダメージは回避できた。現在日本が輸入、採掘する石油の油田は多くがサーミト王国にある・・・
タンクが並び、金属製の櫓のようなものが立ち並ぶ。サーミト王国南部の島にある油田。日本が異世界転移後初めて確保した油田だ。今の日本の石油消費量の10パーセント程をまかなっている。この島から北に進んだ所にはビーマイト帝国がある。
たとえ戦時下であっても石油採掘は止まらない。日本の工業、経済を支える為、日本から派遣された職員は今日も汗をかいていた。
「おーい、船が見えたぞぉ。」
よく日焼けした日本人技術者が叫ぶ。綺麗な青をした海の上には大きな帆を貼った船が見える。2日に一度サーミト王国からやってくる補給船だ。食べ物や果物、家族からの手紙を運ぶ帆船。彼らはそれを心待ちにしていた。
「ちょっと待て、なんか数が多く無いか?」「50隻超えてる・・・。」「まさか・・・。」
今日の補給船は何かが違った・・・
補給船の甲板上
「あそこの島がニホンに資源を輸出している島か。」
オラーノ提督は言う。
「はい、随分前から国内の商人達にその噂が流れてきたので調べてみると、確かにあの島から何か資源を輸出しているようですね。」
補佐官もその島を眺めながら言う。
「我が帝国海軍が7割の戦力を失ったとは・・・。本当はサーミト王国を占領し、その足で日本を占領する手はずだったのだが・・・。」
ギリリと歯ぎしりをするオラーノ提督。その癖と見た目のせいで『野犬』というあだ名が付けられてるが、彼は知らない。
彼らは日本に資源(石油)を輸出している島を占領し、戦略的に少しでも有利になろうと言う目論見である。60隻の艦隊は残された今のビーマイト海軍戦力からしてみれば出しうる最大規模の艦隊であった。
今から1時間前、たまたま補給船を拿捕し、制圧した。興味本意で提督らはその船に乗り込んだのだが、その船の積荷を見て驚いた。金属製の箱に入った食べ物(缶詰)、よくわからない物質で作られた袋に密閉されてる食べ物(レトルト食品)、光る薄い折りたためる板、上質な紙に書かれた謎の文字(手紙)。彼らはそれで確信した。あの島を手に入れることができたら未知の技術も手に入ると。
油田
「衛星電話で確認してみると50隻も補給船は出してないそうだ。まさかこんなところまでビーマイト帝国が攻めてくるとは・・・。」
油田で一番年上の責任者、橋田がいう。それを聞いた技術者たちは表情を失った。
日本人は誰しも何かを誤解していた。戦争は我々には関係ないと。
外国のもの、映像で見るもの、文字で読むもの。
尖閣事変で日本が苦境に立たされたとしても自分の住む地域から離れた出来事でしかない。
大多数のものにとっては恐怖を覚えてもいまいち実体験しているという感覚はなかった。
そこに一つ先入観が生まれていたのだ。
「全てのパソコンにロックをかけろ。この世界の技術ならまず解析はできん。衛星電話は死守だ。その他の書類は海に投棄、タンクの中の石油は守れよ、この島が燃えるぞ。」
橋田は大声で指示を出す。もしかしたらこれが最後の指示になるかもしれないのだ。
「橋田さん、救援はくるんですか?」
若い技術者が聞く、彼の顔は恐怖で歪んでいた。
「できる限り迅速に・・・とは言っていたが。わからん。」
表情には出さないが橋田も恐怖に震えていた。
ここでは日本人技術者500名、サーミト王国の労働者500名が働いている。彼らは軍艦が進む海面を眺めていた。
「上陸ー」
ビーマイト帝国軍が島に上陸してくる。1隻あたり50人が上陸して来て約3000名の兵士らが島をあっという間に掌握し占領していく。技術者、労働者は広場に集められた。
「これで全員だな。ニホン人とサーミト人に別れろ。」
オラーノ提督の指示で群衆は2つのグループに分かれる。
「では、サーミト人は処刑だ。」
オラーノがそう言うとその場にいた技術者、労働者たちは恐怖に怯える。すると
「なんでサーミト人だけ殺されなきゃいけないんだぁ」
サーミト人の青年がそう叫んだ瞬間、オラーノ提督が持っていたクロスボウのボルトが飛んだ。ボルトは彼の胴体を打ち抜き、辺りに鮮血を撒き散らした。
「さっさとサーミト人は海岸に移動して並べ。」
オラーノがそう言う。その時は皆、一言も喋らなかった。
1時間後、返り血を浴びた兵士たちが海岸から戻ってくる。するとオラーノは椅子から立ち上がり指示を出す。
「建物内を完全に制圧しろ。戦利品は本国に送るぞ。」
完全武装の兵士たちは建物内にズカズカと入っていく。
「なんだ。この照明は・・・。火を使って無いぞ。」「この椅子座りやすいな。」「この部屋、涼しいぞ」
彼らに部屋は荒らされていく。机の上はメチャクチャにされ、パソコンは奪われる。日本人技術者たちはスマホも奪われた。
しばらくすると戦利品持った兵士たちが建物から出てくる。広場にはパソコン、照明、文房具、技術者たちのスマホなどが積み上げられる。
オラーノはスマホを一つ手にとると電源をつける。
「ん?なんだこれは、画面を触ると動くがさっぱりわからん。」
スマホを放り投げる。地面に落ちると家族との写真であろうか?それをロック画面に表示したまま画面がバキバキに割れた。
その後もパソコンをいじるがロックがかかっているので操作はできない。
「ニホンとつながる魔導通信機を出せ。」
オラーノがそう言うと橋田が貴重な衛星電話の一つを出す。
「なんだこれは。」
衛星電話を手に取ると珍しそうに眺める。小声で橋田が使い方を説明する。
「なるほど、ニホン、変わった国だな。では使ってみるか。」
おずおずと頷くと言われた通り日本の本社と繋ぐ。
『おい、ニホン聞こえるか』
荒っぽく電話をし始めた。
日本ではすでに交渉官が備えていた。
『はい。聞こえます。』
『ビーマイトの要求だ。よく聞いとけ。1、ニホン海軍の艦隊を撤退させること。2、サーミトと我が帝国の戦争に干渉しないこと。これが要求だ。もし守れないなら・・・わかるな。こっちには500人の日本人の人質がいる。見せしめに50人殺すぞ。』
適当に選ばれた50人が衛星電話の前に連れてこられる。名前を一人づつ言わされると剣で腹を刺される。衛星電話で彼らの断末魔が日本まで届けられた。