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ドールマンサー伊織  作者: 直井 倖之進
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後章 『死の淵に立つ少女の名は、沙耶』③

 椅子から立ち上がった伊織は、ベッド脇のサイドテーブルの上に朱音をそっと立たせた。

「では、参りますよ。器の準備を」

「はい」

 目を閉じると、朱音は大きく息を吸い込み、ゆっくりとはき出した。

 五秒ほどで再び目が開き、それきりまったく動かなくなった。

「器の準備が整いました。沙耶さんの御霊をお招きいたします」

 そう告げ、伊織が両腕を掲げる。

 次の瞬間、ベッドに寝ている沙耶の真上の空間が、淡く青く光り始めた。

 薄青の光は、少しずつ一点に集まり、やがて小さな球状になる。それから、伊織の両手の間へと、室内を漂い、移動し始めた。

「沙耶さんの年齢が幼いことと、まだ魂の状態にある御霊だということが幸いしました。この大きさならば、器が小さな朱音でも大丈夫ですよ」

 彼女に言い聞かせるようにそう呟くと、伊織は両腕を降ろしていった。

 青い光が、朱音の頭上から体へと入っていく。じわり、じわりと、それは、まるで砂時計に落ちる砂のようだ。

 そして、十分な時間を使って全ての光が収まると、朱音の体は、一度小さく震えた。

「降霊、成功しました。沙耶さんに話しかけます」

 由紀にそう伝え、伊織が朱音の背に手を当てる。

「沙耶さん、沙耶さん。聞こえますか?」

 すると、少しの間をおいて応答があった。

「……誰? 誰かいるの?」

「さ、沙耶!」

 朱音の口から出された声に、由紀が即座に反応する。

 伊織は、さらに話し続けた。

「沙耶さん。私、伊織と申します」

「え? 伊織さんって、お手紙の?」

「はい」

「本当? 沙耶、ずっとお話ししたかったの。嬉しい!」

 姿は見えないが、飛び跳ねんばかりに喜んでいるようだ。とても死の淵に立っている少女とは思えない。

「私もお話しできて嬉しいです。ところで、現在、どちらにいらっしゃるのですか?」

「うーん、何て言うのか、夢の中みたいな変なところよ。伊織さんの声は聞こえるけど、顔は見えないし……」

「周りの様子を、もう少し詳しくお願いします」

「分かった。えーとね、ここは、河原、っていうのかな? 石が沢山あって、沙耶より小さな子たちがそれを積んでるの。でね、目の前には大きな川が流れてて、向こう岸は、お花がたくさん咲いてる。すっごく綺麗。……沙耶、向こう岸に行きたいなぁ」

「駄目!」

 由紀が叫んだ。

 それを手で制すると、伊織は沙耶に言った。

「沙耶さん。現在、貴女がいらっしゃるのは、“賽の河原”というところです。目の前に流れているのは、“三途の川”。渡し舟が出ていると思いますが、決して乗ってはいけません」

「お舟? あ、沙耶ね、それに乗せてもらおうと思って頼んだんだ。そしたら、“六文”っていうお金が要るんだって。沙耶、少しならお小遣いがあるんだけど、“六文”なんてお金は持っていないから困ってたの。でも、よかった。あのお舟、乗っちゃいけなかったのね」

「はい。もう渡し舟の主には話しかけないようにしてください」

「分かった。でも、それだったら、どうやって向こうに行けばいいの? 泳いでいる人たちもいるけど、沙耶、泳げないし……」

「金槌ですか。それは好都合です。とにかく、どんな方法であれ、向こう岸に渡るのはやめてください」

「どうして?」

「どうしても、です。いいですか、よく聞いてください。これから色いろな人たちが、沙耶さんを向こう岸へ連れて行こうと誘ってきます。ですが、絶対に話に乗ってはいけません。分かりましたか?」

 先ほどまでとは異なる強い口調に、沙耶は、少し怯えた声で答えた。

「うん、分かった。でも、いつまで?」

「私が、沙耶さんのお父さんを連れてきますから、それまでの間です」

「え? 伊織さん、お父さんと会わせてくれるの?」

 沙耶の声が明るくなった。

「はい、必ず。ですから……」

「大丈夫。沙耶、どこにも行かないで待ってる。だから、伊織さん、急いでお父さんを呼んできて」

「承知しました」

 その言葉を最後に、伊織は朱音の背から手を離した。それから、二、三文の呪を唱えると、青い光が朱音の体から抜け出し、それはベッドの上の沙耶へと戻って行った。


「どうして、三途の川の先は死後の世界だと、沙耶に説明してくださらなかったんですか?」

 降霊施術を終えるや否や咎めの言葉を浴びせる由紀に、伊織は答えた。

「もうお忘れなのですか? 沙耶さんは、既にお父さんは亡くなっている、と思っているのですよ。もしそんなことを伝えたら彼女は、お父さんのところへ行こう、と、迷わず川を渡ってしまうことでしょう」

「……すみません。私が、余計なことを言ってしまったせいで」

 由紀は顔を伏せた。

「今はそんな話をしている場合ではありません。私は、御霊である沙耶さんに、“必ずお父さんに会わせる”と約束しました。御霊との約束は、何があっても守る。これは、降霊術師としての私の責務であり、プライドです。沙耶さんのお父さんの居場所、ご存知なんでしょう? 教えていただけますね」

「はい。もう五年も前のものですので、今でもそこにいるのかは分かりませんが……」

 そう言いながら、由紀は、住所を記したメモを差し出した。

「構いません。どんな手を使っても捜し出しますから」

 メモ紙を受け取った伊織は、その手で朱音を抱き上げた。

「沙耶を、よろしくお願いします」

 深く頭を下げる由紀に、伊織の代わりに朱音が返事をした。

「伊織さんは、“比類なき降霊術師”です。安心してください。では、行って参ります」

「はい」

 再び頭を下げる由紀に背を向けると、伊織は、沙耶の父親を捜すべく病室をあとにした。

 ご訪問、ありがとうございました。急な予定変更で、申し訳ありません。

 次回更新は、通常どおり、3月26日(日)に行う予定です。

 因みに、今話の本文文字数は、2222字だそうです。何となく気分がいいです。

 それでは、今回はこれで、失礼いたします。

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