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ドールマンサー伊織  作者: 直井 倖之進
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後章 『死の淵に立つ少女の名は、沙耶』②

 伊織から渡された手紙。それは、子どもらしい文字で、次のように綴られていた。


 伊織さんへ

 とうとう明日は手術の日です。だから、伊織さんがこの手紙を読んでいるころには、沙耶は死んでしまっているかも知れません。

 これまで、伊織さんは、「手術は絶対に成功します」とか、「外で元気に遊べる日がきますよ」とか、色いろと励ましてくれました。中でも沙耶が一番嬉しかったのは、「病気が治ったら、一緒にお父さんを捜しましょう」という言葉です。

 手術が成功したら、お父さんに会える。この気持ちは、沙耶の大きな勇気になっていました。

 でも、駄目でした。

 この前、お母さんに思い切ってお父さんのことを聞いてみたんです。「今、お父さんはどこにいるの?」、って。

 すると、お母さんは、「お父さんは遠くに行ってしまって、二度と会うことはできないの」と答えました。

 二度と会えない遠いところ。沙耶は、もう十歳なので、お母さんのこの言葉の意味が分かります。お父さんは、もう死んでいるんです。

 伊織さん。沙耶、お父さんに会えなくなってしまいました。

 前回のお手紙で、お医者さんとお母さんのお話をこっそりと聞いたって書きましたよね? 「手術の成功と失敗は、半分ずつぐらいだ」と話してた、って。

 沙耶、その時は、「成功して欲しいな」と思っていました。

 でも、今は、「どっちでもいい」って気持ちです。

 いいえ、どちらかと言えば、失敗して死んじゃうことになっても、天国でお父さんに会えるので、そのほうがいいのかも知れません。

 伊織さんとお手紙の交換ができなくなってしまうのは残念ですが、日本人形師のお仕事、これからもがんばってください。そして、もしよければ、沙耶の人形を作ってお母さんに届けてあげてください。そうすれば、お母さんも悲しまなくてすむと思います。お金は、お年玉を銀行に預けてあるので、お母さんに言って貰ってください。

 それでは、沙耶はいなくなっちゃうけど、伊織さんはずっとお元気で。


「沙耶。どうして? どうして、あんな人のことを……」

 読み終えた手紙に、由紀は涙の滴をぽたりと落とした。

 重い空気の中で、そっと伊織が尋ねる。

「お父さんが亡くなったという話、本当なのですか?」

 由紀は、徐に顔を上げて答えた。

「はい」

「それ、嘘ですよね」

「え?」

 あまりにもきっぱりと否定され、由紀は思わず目を見開いた。

「沙耶さんのお父さんは、生きていらっしゃいます。だから、貴女は沙耶さんに、“お父さんは死んでしまった”ではなく、“お父さんは遠くに行ってしまって、二度と会うことはできない”とおっしゃった。違いますか?」

「何を根拠に?」

「私、沙耶さんには日本人形師だと伝えていましたが、本当は、降霊術師なのです。それゆえ、その手紙を受け取ってすぐ、私は、沙耶さんのお父さんの降霊を試みました。しかし、御霊は降りてきてはくださいませんでした。ですから……」

「生きている、と?」

 伊織の言葉を遮り、由紀が言った。その瞳には、何故か、蔑みと同時に、憎しみの念も込められているように見えた。

 だが、それでも伊織は、真っ直ぐに彼女の視線を受け止めて答えた。

「はい。生きていらっしゃいます。絶対に」

 その瞬間、ほんの僅かだが、由紀の表情が緩んだ。

「伊織さん。どうやら、貴方“は”本物のようですね」

「私“は”?」

「はい。実は、私の夫も、……いえ、元夫も降霊術師なんです。でも、彼が、霊を降ろす力など持っていないことは、私が一番よく分かっています。恐らくは、今も罪もない依頼者を騙しながら、違法紛いの霊感商法をやっていることでしょう」

「今も、ということは……」

「えぇ。沙耶の父親、()(じま)(だい)(すけ)は、生きています」

 漸く認める由紀に、伊織はその顔を綻ばせた。

「よかった。そうと分かれば、急がなければなりません。もう時間がないのです」

「時間? それって、もしかして……」

 由紀は、ベッドの沙耶に目をやった。

「お察しのとおりです。このまま放っておけば、沙耶さんは、一両日中に帰らぬ旅に立ってしまいます」

「確かに、先生からは危険な状態だと言われています。手術は成功したはずなのに意識が戻らず、日に日に衰弱している。このままの状態が続けば覚悟してください、と。でも、だからって、そんな、急に」

「どうやら、貴女には、話をするより実際に見ていただいたほうがよろしいようです。……朱音」

 伊織は、腕に抱く人形に呼びかけた。

 すると、それを待っていたかのように、

「はい。伊織さん」

 と、朱音が返事をする。

「ひっ!」

 突然動き出した人形を目の当たりにし、由紀は短い声を上げた。

「朱音は、私が生命を与えた生きる人形です。私は、彼女の体を器として、そこに御霊を降ろすことができるのです」

 それを聞き、由紀がはっとしたように口を開いた。

「まさか、貴方が、あのドールマンサー?」

「私のことをご存知で?」

「はい。五年前に夫と別れるまでは、私も彼の力になろうと降霊術の勉強をしていましたから、その時に」

「そうですか。それならば、話が早くて助かります。これより、降霊施術を行い、朱音に沙耶さんの御霊を降ろします」

「霊? 沙耶は生きているんですよ」

 思わず声を荒げる由紀を、伊織は冷静に諭した。

「分かっております。私は、既に亡くなった方だけでなく、一両日中に死が決定づけられている方の魂も、御霊として降ろすことができるのです。」

「それって、もし、降霊できたならば、沙耶は本当に死んでしまうということなのでしょうか?」

「そのようなことにならないように、御霊を降ろすのです。協力していただけますね?」

 優しげな風貌に似合わず、きつい口調になる伊織。

 由紀は、

「は、はい」

 と、緊張した面持ちで返事をした。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、23日(木)の予定だったのですが、当日の所用により、3月22日(水)に変更させていただきます。

 それでは、失礼いたします。

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