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ドールマンサー伊織  作者: 直井 倖之進
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後章 『死の淵に立つ少女の名は、沙耶』①


      後章 『死の淵に立つ少女の名は、()()


 八月一日、午後五時。伊織は、町にある総合病院に着いた。総合、とひと言で言っても、内科や外科はもちろん、癌患者のためのホスピスまでも兼ね備えた日本有数の病院である。

 既に夕刻ではあるものの、夏の日差しはしぶといまでに西の高いところから降り注いでいる。

 眩しい光に目を細めながら、伊織は病院へと入って行った。


「ご依頼主は、小児病棟の三〇六号室に入院している(ひき)(むら)()()さん。十歳の女の子です」

 上昇するエレベーターの中で、伊織は、腕に抱く朱音にそう告げた。

「私と同じ、子供ですね。私、沙耶ちゃんとお友達になれるでしょうか?」

「朱音は優しい娘ですから、きっと大丈夫ですよ」

 伊織が朱音に微笑みかけたその時、エレベーターは三階に到着した。

「勝手に話すと周囲が驚きますから、少しの間、人形でいてくださいね」

 朱音に動かぬよう指示をすると、伊織は三〇六号室へと続く廊下を歩き始めた。


 病室の前へとやってきた伊織。

 ドアにかけてあるネームプレートには、“ひきむらさや”と、平仮名で記されている。ひとりの名しかないところを見ると、どうやらこの病室は個室らしい。

 伊織は、閉じているドアをそっとノックした。

「……はい、どうぞ」

 すぐに大人の女性の声が返ってきた。

 だが、それは、「心痛ここに極まれり」と感じ取れるほどに、酷く沈んだ声だった。

「失礼いたします」

 言い知れぬ悪い予感を胸に、伊織は、ドアを開いた。


 病室は、予想どおりの個室だった。部屋の奥の方、南向きの窓の近くにはベッドが置いてあり、その傍らでパイプ椅子に腰をかけるひとりの女性の姿があった。彼女が、伊織に入室を許可した沈んだ声の主に違いない。

 その場で立ち止まっている伊織を、というより、成人男性が少女の人形を抱えているというシチュエーションを目に留め、女性が訝るような目を向けて尋ねた。

「あの、失礼ですが、どちら様でしょうか?」

 伊織は答えた。

「突然の無礼、何とぞご容赦ください。私、そちらの沙耶さんと手紙のやり取りをしております伊織と申します」

「伊織さん、ですか? 私、沙耶の母親で(ひき)(むら)()()と申します。それで、娘が伊織さんにお手紙を?」

「はい。……あ、よろしいでしょうか?」

 ベッドのほうへと歩を進める伊織に、

「えぇ。どうぞ」

 と、由紀が椅子を準備する。

「失礼いたします」

 伊織は、促されるままにそこに座った。

「今、お茶をいれますので……」

「お構いなく」

 そう返事をしながら伊織は、ベッドで横になっている沙耶の様子をそっと窺った。

 沙耶は、ただ静かに眠っていた。鼻から口までを覆う酸素吸入器が、彼女の病状は決して芳しくないと語っていた。

 だが、呼吸をする度に、胸の辺りで微かに上下する薄手の掛け布団は、間違いなく彼女の生を証明していた。

「どうぞ」

 由紀が緑茶を差し出す。

「どうも」

 受け取り、ひと口それを飲むと、伊織は、懐から一通の封筒を取り出し、由紀に手渡した。

「そちらは、二十日ほど前に沙耶さんからいただいた手紙です」

 由紀は、封筒に記された宛名の文字を確認した。

「確かに、これは娘の字です。ですが、沙耶がお手紙を出していたなんて……」

「ご存知なかった」

「はい」

 由紀は頷いた。

「恐らく、こちらの病院の方が、手紙のやり取りの仲介を買って出てくださっていたのでしょう。貴女には内緒で」

「え? 何故、沙耶は私に内緒で?」

 由紀は大きな戸惑いを見せた。

「もし、その理由に心当たりがないのでしたら、手紙の内容を読んでいただくのが最良かと存じます」

 由紀が持つ封筒を伊織は指で示した。

「読んでも、いいんでしょうか?」

「えぇ、もちろん」

 そう言われ、由紀は封筒から手紙を取り出した。

 ご訪問、ありがとうございました。

 本日、多くの小学校では卒業式ですね。卒業生の皆さん、その保護者の皆さん、ご卒業、おめでとうございます。晴れの門出を、心よりお祝い申し上げます。

 今話より、後章となりました。次回更新は、3月20日(月)。時候、春分の日を予定しています。

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