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ドールマンサー伊織  作者: 直井 倖之進
5/14

前章 『八朔に訪れし女性の名は、保純』④

「え?」

 大声への条件反射で、伊織がそちらを見る。

 保純は、少し声を落として繰り返した。

「私の名前は、伏せてください」

「は、はい」

 理由が分からないながらも、伊織は頷いた。

 その間も、渋沢の霊は、

「どうかしたのか? そちらに、誰かいるのか?」

 と、葵の口を使って問い続けている。

「いいえ、何でもありません。渋沢様、申し訳ありませんが、少々お待ちいただけますか?」

 おっとりとした彼にしては珍しく早口でそう告げると、伊織は、葵の背から手を離して保純に言った。

「私が伝えなければ、貴女がいらっしゃることを御霊に気づいていただけませんよ。御霊が現世の情報を得る術は、私の声以外にないのですから」

 これに対し、保純は意外な答えを返してきた。

「えぇ、それで構いません」

「どういう意味、ですか?」

 伊織が、僅かに声色を変える。

「貴方がそれを気にする必要はないでしょう。それより、夫に聞いてください。遺産は何処にあるの、と」

「遺産? ……なるほど、そういうことですか。分かりました」

 伊織は両の目をすうっと細めた。

 まるで深き闇を覗き見るかのようなその瞳に、保純は、彼の別の顔を見たような気がした。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

 彼女は、

「まさか、断るつもりじゃないでしょうね?」

 と、精一杯の虚勢を張って咎めた。

「いいえ、とんでもない。人形を介し、生者のために御霊と会話をする。それが、ドールマンサーである私の仕事なのですから。では、これ以上御霊をお待たせできませんので、仕事に戻ります」

 穏やかにそう告げると、伊織は再び葵の背に手を当てた。

「お待たせして申し訳ありません。渋沢様」

 そんな謝罪の弁に、渋沢の霊は笑って答えた。

「別に気にすることはない。そちらは忙しなく動いているのかも知れんが、こちらの時の流れは穏やかなんだ。永遠とも言える凪ぎを漂う小舟のような、そんな感じだ」

「ほう、それはそれは。私のような波風を嫌う人間にとって、そちらは、大変魅力的な場所のようでございますね。何だか、私もそちらに行きたくなってきました」

「他人と争うことが苦手ならば、ここはいいぞ。ただ、あまりにも何もないため、暇を持て余す」

「そうですか。私も暇なのは嫌ですから、やっぱりゆっくりと参ります」

「それがいい。……で、話の続きだが」

「あぁ、そうでした。あの、単刀直入に申し上げます。渋沢様が生前お残しになった財産ですが、現在、どちらに?」

「ん? どうして、私が財産を隠して死んだことを知っているんだ? ……あぁ、そうか、そうだった。あんたが私を呼んだのだったな。大方、遺産のことを嗅ぎつけ、私に接触してきた。そんなところだろう?」

 見当をつける渋沢の霊に、伊織は眉ひとつ動かすことなく、

「ご名答です」

 と嘘をついた。これは、彼が降霊術師になってから身につけた技能のひとつである。

 一方、そんなことなど知る由もない渋沢の霊は、

「やはり、な」

 と満足そうに呟き、今度は伊織に向けてはっきりと言った。

「私の金が欲しいのならくれてやる。死ぬ前に全て現金にしてあるから、税務が見逃しているのなら、まだそのまま残っているはずだ。どうせ表には出ない金、丸々持っていけ」

「ありがとうございます」

「ただし、ひとつだけ条件がある」

「何でしょう?」

「保純には、私の妻には、決してこの話をしないでくれ」

 「何故?」そう問いたい思いを、伊織はぐっと呑み込んだ。

 依頼者のプライバシーに興味本位で立ち入ることは、ルール違反だからである。

 そのため、彼は、

「承知しました」

 とだけ答え、すぐに続けて尋ねた。

「それで、場所は?」

「伊豆にある別荘の地下だ。きちんと数えたわけではないが、少なくとも、三十億はあるだろう。幾度かに分けて取りに行くことだな。地下への鍵は、別荘内にある額縁の裏。盗られても構わぬと考えていたため、それ以外のセキュリティーは一切ない」

「分かりました。早速、伺うことにします。ですが、本当に、私がいただいてよろしいのですか?」

「あぁ、勝手にするといい。だが、覚えておけ。どれだけ札束を抱えていても、死んでしまえばそれまで。何の意味もなさなくなるということを」

「はい、肝に銘じておきます」

「それがいい。まぁ、この言葉、本来ならば、生きている内に保純に伝えておきたかったのだが……」

「……」

 上手く返答できず、伊織は、保純へと視線をやった。

 二人の視線が、ちらりと触れ合う。

 だが、すぐに、保純のほうがそれを逸らした。

 伊織が黙っていたからか、再び渋沢の霊が口を開いた。

「保純は、私が還暦をすぎてからきた後妻だ。そのため、私の若い時分の苦労を彼女は知らないし、また、彼女に苦労をかけたこともない。しかし、それが災いしたのか、随分と身勝手な女になってしまってな、私が死ぬ半年ぐらい前からは、他所に男を作るようにまでなっていたんだ。……あ、しかし、勘違いをしないでくれよ。浮気されたから保純に金のありかを教えない、というわけではないのだ。私の了見、そんなに狭くはないからな。そうではなく、彼女が選んだ男に問題があるんだ。その男、加納というのだが、これが女を金で選ぶような人間でな、保純が大金を手にしたと分かれば、それを奪いにかかるのは目に見えている。そして、もしそうなれば悲しむのは他の誰でもない、保純だ。私は既に現世にない身だが、それでも、彼女を泣かせるというのは忍びない。たとえ、この身は死しても、私は、彼女の夫なのだから。だから、頼む。保純に気づかれぬよう、金の始末をしてくれ」

「承知、しました」

 返事をすると、伊織は葵の背からそっと手を離した。

 それから保純に、

「降霊、終了してもよろしいでしょうか?」

 と、許可を求める。

 冷ややかな声で保純は答えた。

「はい、構いません。もう聞くべきことは聞けましたから」

「そうですか。……では」

 伊織は静かに葵の背に手を当てた。

「渋沢様。本日は、ありがとうございました」

「何を言うんだ。それは私の台詞だよ。少しの間とはいえ、あんたのお陰で生者と話すことができたのだからな。しかし、今の私には感謝を形に変える力はない。伊豆の金を、その礼とさせてもらえるだろうか?」

「お気遣い、痛み入ります。ですが、それよりもお願いが……」

「どんな願いだ? 死んでいる私に叶えられることか?」

「はい。……とういうより、亡くなった方にしか叶えられないことです」

「何だ?」

「私に、渋沢様のお墓を参らせていただきたいのです」

「会ったこともない私の墓に、きてくれるというのか?」

「はい。是非、伺わせてください」

 そう伊織が請うと、渋沢の霊は大きく笑って言った。

「伊織さん、あんたは面白い人だ。生きている内に一度会っておきたかった」

「私もです」

「では、あんたがくるのを楽しみに待つとしよう。では、又な」

「はい。近い内に、必ずや(まみ)えましょう。それでは、失礼いたします」

 葵の背から手を離すと、伊織は、二、三文の呪を小さく唱えた。

 直後、葵の胸が淡く光り始める。青く輝きを増したその光は、体を抜け出ると少しずつ上昇し、やがて、空気と混じり合うようにして消えた。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、3月14日(火)、ホワイトデーを予定しています。

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