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ドールマンサー伊織  作者: 直井 倖之進
2/14

前章 『八朔に訪れし女性の名は、保純』①


      前章 『八朔に訪れし女性の名は、()(ずみ)


 午後一時を少しすぎたころのことだ。ひとりの女性が、伊織の屋敷を訪ねた。

 年の程は、三十路後半。中年と言って差し支えのない年齢の女性である。

 玄関で応対する伊織が用件を問うまでもなく、彼女は口を開いた。

「占い師がいらっしゃるというのは、こちらですか?」

 伊織、確かに占いもやらぬことはない。

 だが、あくまでもそれは自分のためであり、本業は降霊術師。ドールマンサーである。

 とはいえ、このような間違いはよくあること。

 そこで彼は、

「左様ですが……」

 と、何の躊躇(ためら)いもなく答えた。

「そうですか。では、占ってください」

「降霊施術を? 今すぐにですか?」

 伊織が戸惑う。

 ところが、それでも女性は大きく身を乗り出し、

「はい」

 と、頷いて見せた。

 このように、前に出てくるタイプの女性を大の苦手とする伊織は、思わず半歩後退りした。

「あの、どなたの降霊をお望みなのかは存じませんが、本日は先約がありまして、できれば、日を改めてお越しいただけますでしょうか?」

 幸運なことに、伊織に先約があるのは本当だった。

 しかし、彼のこの返答は、裏目に出てしまったようだ。

 少し語気を荒げて女性は言った。

「日を改めて、って、貴方、あの石段をもう一度上がってこいとおっしゃるのですか?」

「え? 石段が何か? 私は毎日使っておりますが……」

「石段自体ではなくて、段数の問題です。貴方は男性だから平気でしょうが、私は女なんですよ。あんなに長い階段を、そう何度も上がる気にはなれません」

「そうですか。それは、困りましたね」

 伊織が言葉どおりの困り顔を見せたまさにその時、女性の背後から、ひとりの人物がひょっこりと姿を現した。

 それは、女性よりひと回り以上も歳の差がありそうな、それでいて妙に落ち着いた雰囲気漂う若い男性だった。

 男性は、伊織に向かって軽く会釈をすると、

「私、保純の、……あ、いえ、(しぶ)(さわ)の付き添いで参りました()(のう)と申します」

 と、挨拶をした。

「は、はぁ。どうも」

 困り顔のままで伊織も会釈を返す。

 加納は、保純の肩にそっと手を置くと言った。

「実は、彼女には、十年間連れ添った旦那がいたんですが、三か月ほど前に他界しまして……」

「なるほど。その方の御霊を降ろしたいと?」

「そのとおりです。どうでしょうか? 何とぞ、お引き受け願えないでしょうか?」

 加納は、保純の後ろからその頭を深く下げた。

「そうですねぇ……」

 少し、考える素振りを見せる伊織。

 しかし、その腹は、降霊施術を行うことで既に決まっていた。別に夫を想う女性の情に(ほだ)されたわけではない。彼女の名前と今日が八月一日であることに理由があったのだ。

 八月一日は、一日が(さく)(じつ)とも表現されることから、八月朔日。略して、(はっ)(さく)と呼ばれる。

 それとともに、八月一日だけの特別な呼び名として、“ほずみ”がある。

 そして、今日、屋敷を訪れた女性の名も、保純。

 つまり、八月一日ほずみの日に保純ほずみがやってきた、というわけだ。

 一般の者たちは決してそんなことはないだろうが、降霊術師である伊織はこういった縁というものを気にかけ、また、大事にもしている。それだけに、放っておくことができなかったのである。

「お願いします。伊織さん」

 再び頭を下げる加納に、伊織は告げた。

「承知しました。引き受けましょう。……ですが、ひとつだけ条件があります」

「何でしょうか?」

「実は、今朝の占術で、“本日、降霊施術を行う場合、同席者があるのは凶”との結果が出ております。そのため、加納様は、この場でお待ちいただくということになりますが、それでもよろしいでしょうか?」

「はい。構いません」

 加納が即答する。

 だが、ほぼ同時に、保純からも声が上がった。

「いいえ。それは、困ります」

「我儘を言うんじゃない」

 やっとまとまった話なのに、と、慌てた様子で加納が割って入る。

 しかし、それでも彼女は、自分の意見を曲げようとはしなかった。

「伊織さん、貴方、占い師なんでしょう? 加納さんの同席が凶だとおっしゃるのでしたら、そうならないようにしてくださればよいのではないですか?」

 と、伊織に詰め寄った。

 これに対し、伊織は冷静に返した。

「私個人のことでしたらどのようにでもいたします。しかしながら、()(たび)の凶相は、私にではなく、ご依頼主に出ているのです」

「え? 私に? それは、加納さんが私に災いをもたらす、という意味ですか?」

「まぁ、そういうことです。もちろん、降霊施術に加納様がご同席なさった場合に限りますが」

「それなら、心配無用です。加納さんが私の災いになるなんて、考えられないことですから」

 伊織の言葉を、保純は鼻で笑った。

「そうですか」

 呟くように返事をして伊織がちらりと加納に視線をやると、彼は表情を変えることなく静かな眼差しで見つめ返してきた。

 小さくひとつ溜め息をつき、伊織は加納から視線を外した。

 それから、今度は、それを保純へと向けて告げる。

「まぁ、いいでしょう。ですが、覚えておいてください。私は、忠告しましたからね」

「平気です」

 強気で答える保純に、微かに哀れむような表情を見せると、伊織は二人を屋敷の中へと招き入れた。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、3月5日(日)、啓蟄の日の予定です。

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