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ドールマンサー伊織  作者: 直井 倖之進
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後章 『死の淵に立つ少女の名は、沙耶』⑤

「失礼いたします」

 挨拶とともに伊織が室内へと足を踏み入れると、そこは応接室になっていた。

 先の待合室と同じく、こちらも薄暗いが、キャンドル頼りというわけではなく、黄赤色の小さな明かりが点いている。

 ただ、それ以上の相違点として“匂い”があり、こちらの部屋は、空気が重く感じるほどの甘い香りで満たされていた。

 それは、主に熱帯で育つバンレイシ科の植物、イランイランの香り。インドネシアではこの花を初夜にベッドの周りに撒くなど催淫作用があることで有名だが、同時に、相手に首肯を促す効果があるとも言われている。

 つまりは、こういった場に打ってつけの香りというわけだ。

 部屋の奥には男性が、沙耶の父親と(おぼ)しき人物が椅子に座っており、机を挟んで手前の椅子にリングを手に持つ女性がいた。

 突然の来客に、二人は驚いた様子で伊織を見ていたが、すぐに男性が口を開いた。

「あの、初めての方ですか? 私、当研究所の真島と申しますが、只今、相談の最中でして、前の部屋で、暫くお待ち願えますでしょうか?」

 それに、平然とした顔で伊織が答える。

「相談ではなく、商談の間違いでしょう」

 真島の声色が変わった。

「何が、言いたいんだ?」

「あれこれと長話をしている時間はございません。沙耶さんの件で伺った、とだけ申し上げておきます」

「沙耶? ……あんた、何者だ?」

「申し遅れました。私、伊織と申します」

「伊織って、もしかして、ドールマンサーの伊織か?」

「はい」

 伊織が頷くと、真島は、女性へと視線を移して告げた。

「申し訳ありませんが、勝手ながら本日はこれで店仕舞いです。お詫びに、そのリングは差し上げますので、お引き取り願えますでしょうか?」

「え? 戴いていいんですか? ありがとうございます」

 女性は、大事そうにリングを握り締めた。

「どういたしまして。彼と仲よくしてください」

「はい。また報告に伺います」

 真島に深く頭を下げると、女性は部屋を出て行った。

 女性が応接室から待合室を抜け、外に出るのを待つと、真島は玄関に鍵をかけ、再び応接室へと帰ってきた。

「ん? まだ立っていたのか。座ってくれ」

 彼は、今し方まで女性が座っていた席に伊織を促した。

「失礼します」

 伊織がそこに腰を下ろすと、真島は元の椅子へと戻り、懐から煙草を取り出して火を点けた。

「よかったんですか? 指輪、あげてしまって。十万円だったのでしょう?」

 そう尋ねる伊織に、上る紫煙を目で追いながら真島は答えた。

「伊織さん、あんたも人が悪い。あのリングに霊力なんてないってことは、あんたにも分かっているんだろう?」

「えぇ。ですが、何もあげてしまわなくても。もったいない」

「同業者のあんたに、ちゃちな商売をしている姿を見せたくなかった。それだけのことだ。だいたい、色恋なんてものは上手く行く時は行くし、そうでない時は……。あ、それより、沙耶のことできたと言っていたな? どんな用件だ?」

「はい。それなのですが、落ち着いて聞いてください」

 その目を鋭いものにし、伊織は続けた。

「沙耶さんですが、このままでは一両日中に亡くなってしまいます」

「何? どういうことだ?」

 真島は手にした煙草を灰皿で揉み消した。

「沙耶さんが入院されていることは、ご存知ですか?」

「あ、あぁ」

 真島は顔を伏せた。

「既に手術は行われ、そちらは無事に成功したのですが、彼女、まだ意識が戻っていないのです。日に日に衰弱していて、このままでは……。そこで提案なのですが、死の淵に立つ沙耶さんを、貴方のお力で呼び戻していただきたいのです」

「呼び戻す? どうやって」

「貴方が本物の霊術師ならば、そう難しいことではありません。現在、賽の河原にいる沙耶さんに、お声をかけてくださればよいのです」

「魂への声かけだと? そんな術、俺には……」

「できない、と? できなければ、沙耶さんは亡くなってしまいますよ。彼女、父親である貴方と会えることを心の支えとして生きていたのに、可哀相に」

「俺に会いたい? 沙耶が、沙耶がそう言ったのか?」

 真島は顔を上げ、身を乗り出した。

「はい。実は、私、二時間ほど前に彼女と約束したのです。必ずお父さんを連れてきます、と。だから、今も、貴方の声が聞こえてくるのを、賽の河原で待っているはずです」

「……沙耶」

 そっと娘の名前を呟くと、真島は言った。

「分かった、やってみよう。いや、やらせてくれ。娘の命は、必ず俺が救う」

「やっと父親の顔になりましたね。大丈夫です。きっと上手く行きますよ」

 伊織は、真島に微笑みかけた。

「それで、どうすればいいんだ?」

 そう問う真島に、伊織は、腕に抱く日本人形を目の前の机に立たせて答えた。

「これから、こちらの朱音に、沙耶さんの魂を御霊として降ろします。降霊完了後の交霊は、朱音の背に手を当てて話すことで可能となります。もちろん、術師としてのそれなりの力を必要としますが……」

「承知した」

 真剣な眼差しで返事をする真島。

 そこに、突然、朱音が口を開いた。

「一緒に頑張りましょうね。沙耶ちゃんのお父さん」

「あ、あぁ。ありがとうな、お嬢ちゃん」

 一応、霊術を(なり)(わい)とする者だからか、戸惑いながらも真島はそう返した。

 だが、やはり気になるらしく、彼は伊織に尋ねた。

「おい、この人形、生きているのか?」

「はい。私が生命を与えました」

「そんな施術を為せる者が、本当にいたとは……」

 ただ驚くばかりの真島に、伊織は、

「お褒めに(あずか)り、光栄です」

 と、にこりと笑った。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、4月1日(土)を予定しています。

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