食い物には敬意を払ってるよ。
声の主が誰かを察したアーレンハイトは、目を見開いて空を見上げた。
「まさか……バタフラム様……!?」
それはアーレンハイトの王国を守護する女神であり、《光と創造の精霊》、バタフラムの声だった。
『ドラグォラを鎮めるには、依り代に値する者と光の巫女の呼び掛けが必要です。精霊に近しい力を持つ異空の勇者に、我が力を与えましょう。さぁ謡うのです、光の巫女よ』
「はい!」
アーレンハイトは、バタフラムを称える歌を謡い始めた。
清廉にして荘厳な歌によって、バタフラムの光がアーレンハイトを包み始め、宙に繭のように広がっていく。
「光の力が……」
「空間に満ち溢れてゆく……!」
カルミナと長老の感極まる呟きの後に、光がイクス・シールドに向けて集まり始めた。
「お? おぉ!? ものすげー勢いでエネルギーが流れ込んで来るぞ!?」
『そなたも、力を解放するのです。異空の勇者よ」
「おう! 行くぜ、完全機甲化!」
イクス・シールドが両手の拳を握り、右手を天に掲げる。
無意味であるにも関わらず完璧としか形容し難い姿勢と共に、オメガの体が光と化した。
光はどんどん膨れ上がり、赤いオーガに変容するよりも遥かに巨大に……ドラグォラに劣らぬ巨体となった彼の姿は、まさしく光の巨人と呼ぶに相応しい神々しさを纏っていた。
二本の角がより長く伸び、まるでくの字の刀剣のようになり。
体は赤と銀、そしてバタフラムの色である青を装甲の差し色としていた。
背中から広がった光が、蛾の翅のような紋様を宙に描いた後に、淡く弾ける。
『巨神合体! バタフラム・コネクトぉ!! ハッハァ、ドラグォラ、問われてないが名乗ってやるぜ!』
ずっと様子を見つめていたドラグォラに、ノリノリで指を突きつける巨大なゼロ・イクス。
『俺サマは《巨大救済機甲》ウルトラ・ゼロ・イクス! 人を救う使命を持つ者だ!』
巨大化しても、ゼロ・イクスはゼロ・イクスだった。
意味不明に格好いい姿勢を取った後、おもむろに刃のようになった角を外して両手に構える。
それは、山の民が使う回転式投具のようだと、アーレンハイトは思った。
対峙するドラグォラの肉体からは、先程放った〝黒い光〟のような輝きが揺らめき始めている。
『ドラグォラは、完全に目覚めてしまうと無限に闇の力を吸い込む自分自身を抑える事が出来ません。彼を安らがせる為に、貸し与えた光の力で、彼の体内にある荒ぶる闇を沈静化して下さい』
『エネルギーをぶつけりゃ良いんだな?』
『その通りです』
『任せろ、最高の一撃をぶち込んでやるぜ!』
ウルトラ・ゼロ・イクスは、ぶぉん、と重い音を立てて投具を持った腕を体に巻き付けるようにしながら、右へと体を捻り。
『必殺! 愛・周・辣・駕ァアアア!!』
ウルトラ・ゼロ・イクスは、捻った体を戻しながら光の力を注ぎ込まれて輝く二本の投具を撃ち放つ。
一本は右巻きの軌道で、もう一本は左巻きの軌道でそれぞれに宙を駆けた投具は、まるで動く様子のないドラグォラの胸元に吸い込まれ……体内で炸裂したようだった。
ドラグォラの胸元から僅かに光が漏れるのと同時に、ウルトラ・ゼロ・イクスの体を包む光が明滅し始める。
『うぉ……これめちゃくちゃエネルギー使うな!?』
『多用は出来ませんよ。で、どうですか? ドラグォラ』
バタフラムの言葉に、闇の気配を霧散させたドラグォラは一つ頷いた。
『鎮まった。バタフラム。我はまた寝る』
『ってお前喋れんのかよ!』
『礼を言う。異空の勇者。おやすみ』
『しかも会話する気なし!』
『我も帰ります。さようなら異空の勇者』
『お前ら自由だな!』
バタフラムの気配が消えてウルトラ・ゼロ・イクスがオメガの姿に戻ると、ドラグォラも、ずぅん、と再び重い足音を響かせながらホーコー山へ帰り始めた。
ドラグォラは帰る道すがら、その視線をカルミナに向けてから、ふい、と顔を逸らす。
ドラグォラに対して、頭を下げていたカルミナは気付かなかったようだが、ドラグォラが目を向けた時にカルミナの身を闇が覆い、すぐに消えた。
「……? なんだ? 力が……」
自分の体に宿った精霊力に不思議そうに首を傾げるカルミナに、アーレンハイトが笑みを向ける。
「ドラグォラ様は、ホーワの所業に怒り、バイオリアに立ち向かおうとしたカルミナの信仰心と勇気を
認めて下さったようですよ」
カルミナが、弾かれたように去りゆくドラグォラの背中を見た。
「……まさか」
「はい。おめでとうございます、カルミナ」
未だ信じられない様子のカルミナに、アーレンハイトはうなずいた。
「貴女は選ばれたのです―――今代の闇の巫女として」
光の巫女と対を成す、闇の巫女。
連綿と受け継がれていた光の巫女と違い、永く世に現れなかった闇の巫女。
「貴女が闇の巫女となった事、私は嬉しく思います」
「なんと……畏れ多い」
顔を臥せたカルミナの頬から、涙が溢れる。
「我ら一族の罪をお許しになるとは。……ドラグォラ様は、慈悲深き神であらせられる」
ダークエルフの一族には、魔王となったシャルダークや、ドラグォラを侮辱するような魔獣、バイオリアを作り出したホーワもいた。
カルミナは、そんな一族の罪を背負いながらも、高潔なその魂のみでドラグォラの祝福を賜ったのだ。
そんな感動に、水を差すのはやはりオメガだった。
「ドラグォラ……トカゲみたいに尻尾生えてきたりしねーのかなぁ……一口だけで良いから」
指をくわえてドラグォラが去っていった方を見つめるオメガに。
「貴様は本当に……」
「流石に不敬かと思いますぞ」
「はい。オメガ様は、もう少し精霊に対する敬意を持つべきです」
カルミナが青筋を立て、長老はため息を吐き、アーレンハイトは嗜めた。
しかしオメガはへこたれない。
「何言ってんだ? 俺サマは、食い物には敬意を払ってるよ。当然だろ?」
「あの、そういう意味では……」
アーレンハイトが言葉を重ねようとすると、不意に足元に目を向けるオメガ。
拾い上げたのは、拳大の、石のような大きさの何かだ。
オメガはそれを真剣な表情で眺め回した後、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「これ……バイオリアの種だな」
「「ええ!?」」
「へへ、いーもん拾ったぜ! 育ててあのツル収穫しよう!」
「潰してしまえそんな物騒なもの!」
「馬鹿言うなよ、勿体ねぇ」
言うなり、オメガはバイオリアの種をオメガ空間に放り込んでしまった。
「仕舞うな! 出せ!」
「嫌だよ。あのドラグォラとかゆーのの力を吸わなきゃ多分そこまで害はねーはずだ!」
「分かるかそんな事!」
どこか距離があった二人。
ぎゃんぎゃんと言い合うオメガとカルミナの距離は少し縮まったように見えて、アーレンハイトは少しだけ嬉しかった。