結構美味かったのにな。
ブレイド・コネクトしたオメガが、長老とアーレンハイトを抱えたままドラグォラを先回りして湖につくと、そこに居たのは蕾を開いた湖の巨大花だった。
開いた花弁の間には、ドラグォラに良く似た目のない顎が収められていて、花弁がまるで襟巻きのように見える。
湖に張ったツルは、以前と違い触手のように蠢いていた。
その水面に出たツルの上に、哄笑するダークエルフの老人がいて、カルミナが対峙していた。
「奴は……ホーワ!?」
「知り合いか?」
地面に立った長老の驚きに、アーレンハイトも下ろしながらイクス・ブレイドが訊ねる。
「昔、村を追放された科学者です。聖域であるホーコー山を再三荒らしましてな……」
長老が言うと、ホーワという名を持つらしいダークエルフの老人が、カルミナに向かって声を上げた。
「ぐわははは! ドラグォラの力を吸い上げる最強の魔獣を私は産み出した! これで私を認めなかった奴等を皆殺しにしてやる! やれ、バイオリア!」
カルミナは剣を構えるが、どう見てもカルミナに対処出来る相手ではない。
バイオリアと呼ばれたツルの化け物から感じる闇の気配が、ドラグォラ同様に尋常なものではなかったからだ。
「愚か者めが……契約もなしにドラグォラ様の御力を利用するなど……!」
カルミナは引く気がないようで、アーレンハイトはイクス・ブレイドに言った。
「いけませんカルミナ! オメガ様! カルミナを助けていただけませんか!?」
「いや、待てよ」
精悍な青年の顔をしたイクス・ブレイドは、冷静に状況を眺めていた。
「なんか、様子がおかしいぞ?」
バイオリアはグギャァォ! と雄叫びを上げてツルを蠢かせたが、するすると蔓を巻き付けた相手はホーワだった。
「な、何をするバイオリア!? 私じゃない! そ、操球の支配が効かない!?」
焦った声を上げるホーワの手からころりと青い水晶球が転がり落ちて湖の中に消える。
「ま、待てぇぇバイオリアぁ!! 私じゃない! 私じゃ……あああああ―――ッ!!」
ツルに持ち上げられたホーワは、バイオリアが大きく開いた顎の中に吸い込まれるように落ちて消えた。
ばくん! とバイオリアが口を閉じ、もごもごと動く口の中でべきんぼきんと不愉快な音が響いて、アーレンハイトは顔を逸らす。
「あいつ、何がしたかったんだ……? 何か不味そうな奴だったけど、あの花、腹減ってたのかな?」
「えらく呑気ですなぁ、オメガ様は」
首を傾げるイクス・ブレイドに、呆れと感心が入り混じった口調で言う長老。
「恐らく、魔獣を操る魔術を込めた球を使ってバイオリアとやらを操ろうとしておったのでしょうが、ホーワ如きが操るには強大過ぎたのでしょう」
「ふーん。わざわざ食わなくても絞め殺すだけで良かったのにな。ほら、やっぱり美味くなかったっぽいぜ」
アーレンハイトがバイオリアに目を戻すと、どことなく気持ち悪そうに口を蠢かして、バイオリアは、べっ、と粘液を吐き出した。
「ホーワは……助けなくても良かったんですか……?」
人を救う使命を持つというイクス・ブレイドに問いかけると、彼は無表情に言う。
「俺サマの救うべき『人類』と、エルフの連中はやっぱり何か違う気がする。どっちかってーと俺サマと同じ匂いがすんだよな。それに仮にホーワとかいうジジイが人だったところで一緒だ。他の大多数に脅威となるあの花を作り出した時点で、俺サマの救済対象からは外れてるだろう。―――『人類』の救済は全てに優先するが、種族全体が危機に晒された場合、個の犠牲は許容される」
いつもと違うイクス・ブレイドの横顔に、アーレンハイトは違和感を覚えた。
今の彼は、まるで以前に人間の王国で目にしたオートマタのように見えた。
登録された情報を口から出しているだけのような。
「オメガ様……?」
「そんな事よりカルミナだ。あの花は脅威として駆逐するが、カルミナも準救済対象だからな。まずはカルミナをこっちに連れてこよう」
イクス・ブレイドは自分たちのいる崖の上から湖のほとりにいるカルミナの横へと一息に跳ぶと、彼女の体を抱えてこちらへ戻ってきた。
戻りぎわに、ツルがカルミナのいた場所をさらうように襲ったが、ツルの一撃は虚しく空を切る。
「く、離せオメガ! ホーワは死んだが、あの化け物は……!」
「落ち着けよ。お前が手を下さなくても、もう来たぜ」
「何!?」
ズシン、と重い足音が地面を揺らした。
山と湖のあいだにある木々をバキバキと踏み砕きながら、バイオリアに劣らぬ巨体が姿を見せる。
ドラグォラだった。
大地の鳴動はしばらく続き、やがてドラグォラは湖のほとりに着くと再び咆哮を上げた。
バイオリアも、それに応えるように雄叫びを上げる。
そして、驚異の能力を持つ精霊と魔獣の死闘が始まった。
巻きつくツルを引きちぎり、地形すら変えるような風圧を伴う爪でツルを裂きながら。
あるいは、一噛みで原型すら留める事なく人を潰しそうな顎でツルを噛み砕きながら進むドラグォラ。
ドラグォラの歩みを止められないバイオリアが、次に陽光を受けて花弁を輝かせ、その口から太陽の光そのもののような眩い熱線を放つ。
しかし胸元に直撃した熱線の一撃はドラグォラを傷付ける事は出来ず、吸い込まれるようにドラグォラの中へと消えた。
どれもこれも、エルフ軍が一撃で壊滅させられそうなバイオリアの攻撃を、ドラグォラはものともしていなかった。
「信じられん……バハムートやベヒーモスすら相手にならなさそうな攻撃を……」
「長老。ドラグォラ様は根源の精霊です。この世に生を受けて、あの方を超えるような生き物が存在するはずもない」
「これが、神の御力か……」
「どうでも良いけどよ。決着ついたらどーすんの?」
戦闘開始と同時に、シールド・コネクト、と叫んで魔術結界すら超える強度の防御壁……それがシールドと言うらしい……を展開した青い鎧のイクス・シールドは、カルミナたちのやり取りに口を挟んだ。
「そろそろ終わりそうだけどよ。……あれ、殺せないってなると襲って来たらちょっと俺サマでも厳しいかもしんねーぞ?」
ドラグォラはバイオリアの本体に取り付くと、その顎を両手で掴んで大きく開き、口元に闇色の光を貯め始めた。
その間にも、しゅるしゅるとバイオリアの残った触手がドラグォラに巻きつくが、最早気にもせず、ドラグォラはバイオリアの口の中に向けて貯めた力を解き放つ。
そして、シールドの外側が暗黒に染まった。
凄まじい振動。
だが吹き荒れる音すら搔き消す程の威力のせいで、背筋が冷えるような静けさを感じる攻撃。
そんな攻撃の余波を、信じがたい事にイクス・シールドの展開した防御膜は耐えきった。
「あいつ、俺サマのフル・アジャストより解放エネルギー量が多いんじゃねーか……?」
流石にシールドを支える全身に力を込めながら言うイクス・シールドだが、その口調はまだ余裕がありそうだった。
本当に、彼は何者なのだろう、とアーレンハイトは思う。
根源の精霊にすら対抗する力を持ちながら食事以外に無頓着で。
時折見せる冷徹な顔と無邪気な面を併せ持ち。
ただ、他人の為にのみ力を振るう異空の勇者。
闇が晴れると、そこにはバイオリアどころか湖の姿もなく。
ただ、大きく抉れた円形の地面と、その周囲を走る無数の深い地面のひび割れだけが残っていた。
今ドラグォラが放ったのが、太古に湖と川を作り出したという伝説の〝黒い光〟なのだろう。
まさしく神威だった。
「あーぁ。あのツル結構美味かったのに、勿体ねぇ……」
心底残念そうなイクス・シールドの呟きを聞きつけたのかどうなのか、バイオリアを滅したドラグォラがこちらに視線を向ける。
「……逃げるか」
イクス・シールドの呟きに同意を示そうとしたアーレンハイトの耳に、天から声が降り注いだ。
『私を呼ぶのです、光の巫女よ』