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半月も我慢出来るか!


 魔王討伐の帰り道でも、オメガはオメガだった。

 アーレンハイトと共に馬車の中に腰掛け、頭の後ろで手を組んでつまらなそうに呟く。


「腹減ったなー」

「先程昼食を摂ったばかりですよ、オメガ様」


 口を尖らせたそんな表情をしていると、彼は外見も相まって本当に少年のように見える。


 既に帰還のための行軍は一ヶ月が過ぎていた。

 魔の森に生息していたヌシの肉もあらかた食べ終え、残りは途中で兵が狩った獲物とオメガの狩ったヌシよりはグレードの落ちる魔物の肉、後は保存食だけになっている。


「変わったもんが喰いてーよ。肉だけもそろそろ飽きたし」

「後半月もすればエルフ領です。帰還すれば豪勢な食卓をご用意いたしますよ。……お肉に関しては、多分、ヌシ肉には及びませんが他の食材は新鮮なものを食せます」


 この一ヶ月、オメガが遺憾無く腕を振るって臭み抜きをした肉を食していた為に、肉に関してはすっかり舌の肥えてしまったアーレンハイトである。


「後半月もだと!? 我慢出来ねー!!」

「あ、オメガ様!?」


 オメガは馬車を飛び出していってしまった。

 アーレンハイトが顔を馬車の外に覗かせると、彼はカルミナが乗る馬の横で声を上げていた。


「おいカルミナ! この辺で美味いもんは獲れねーのか?」

「何だ、いきなり」


 オメガの事が少し苦手なダークエルフのカルミナが、その滑らかな陶器のように美麗な黒肌の顔をしかめた。


「まだ先も長いらしいからな。俺サマは美味いもんが食いたい。狩りに行くぞ!」

「まぁ、行程には余裕があるが……」


 馬の歩も緩めないまま、カルミナが答える。


「なるべく早くアーレンハイト様を城にご帰還させて差し上げたい。我慢しろ」

「イヤだ」

「貴様な……」


 即答したオメガに、カルミナが口の端をピクピクと震わせた。


 魔の森のヌシたちすら相手にならず、魔王をも瞬殺するオメガである。

 道中たまに現れるこの辺りの魔物も普通は充分強敵なのだが、彼がいる事で迂回や足止めも食らうことのないエルフ軍は、行きの倍近い速度で動けていた。


「良いではないですか、カルミナ」

「アーレンハイト様……」

「この辺りには、貴女の故郷であるダークエルフの里があるでしょう? こんなに早いのですから、少しくらい寄り道しても大丈夫ですよ。たまには里帰りして、羽を伸ばしても良いのですよ」

「ですが、あの里は……」

「よぉし、決まりだ! その里とか言うのはどっちだ? ついでに飯を狩るぞ!」


 困ったようなカルミナと対照的に、オメガは張り切りだした。

 アーレンハイトは、街道沿いの山の方を指差す。


「ダークエルフの里はあちらの方角です。安全な街道に沿って迂回する道と、群れを成す魔物が多く生息している山を越える早く危険な道がありますが……」

「飯の種が多い山越えだ!」

「だと思いました」


 カルミナは、アーレンハイトも乗り気である事を知り、浮かない顔で溜め息を吐いた。


「アーレンハイト様は、少しオメガに甘いのでは?」

「まぁ、良いではないですか」


 喜び勇んで行軍の先頭に向かうオメガの背中を見ながら、アーレンハイトは微笑んだ。


 今日もいい天気ですね、と抜けるような青空を見上げてから、アーレンハイトは馬車の中に首を引っ込めた。


※※※


 山道は、馬はともかく馬車が通れない道なので、オメガ空間に馬車を仕舞って。

 過保護なまでにアーレンハイトを気遣うカルミナに丁寧に応対しつつ、進む山道は案の定、わらわらと大量の魔物が現れた。


 最初は、茶色の甲冑に似た強固な外殻を持つ、巨大な蟻のような魔物だった。

 人間の子どもくらいの大きさで、背後に小山のような蟻塚が見える。


「グランドアント!」


 どうもあまりにも人が通らないので、山道に巣を作ったらしい。 


「アリミツは旨い。奴等は尻尾だけ回収しよう……半機甲化(ハーフ・アジャスト)! バスター・コネクト!」


 変身し、銃、という名前であるらしい筒型の武器を両手に、光の遠隔魔法に似た珠を驚異の速度で連射するオメガは。

 魔導強化された剣でも苦労するグランドアントの外殻を撃ち抜き、上半身だけを正確に吹き飛ばしていく。


「中に幼虫がいるだろ。ハチノコみたいな食い方が出来る。女王を潰しときゃ残りは勝手に減るしな」


 そう言って、グランドアントの尾を拾い集めながら蟻塚の入り口を崩して中に入ったオメガは、数分で蟻塚の天井を崩壊させて戻ってきた。


 次の強敵は、川の側にある裾野に近い湿地帯。

 出遭ったのは青く燃え盛る鱗を持つ蛇だった。


 周囲の泥が蛇に触れるだけで煙を上げて靄を作り出している。

 その全容は、人間一抱えはある短く太い胴体から、無数の細い蛇の体が生えてのたうつ奇怪な魔物である。


「ファイヤーヒュドラ!」

「蒲焼きにするぞ! ついでに酒に漬ける! ブレイド・コネクト!」


 オメガは、神速の動きで光の双剣を操り、ファイヤーヒュドラの首を全て跳ねる。

 蛇の開きになった状態で宙を舞う首が、落ちる途中でオメガ空間に収納されて消えていった。


「しかしこの山、ゲテモノばっかりだな」

「元々魔物自体がゲテモノですよ。比率は高いですが、そうした魔物ばかりでもなかったかと」

「そーかな?」


 強弱無数の魔物を狩りあげたオメガが満足そうながらも首を傾げるのに、アーレンハイトは言う。

 頂上近くの崖道に出たウィンドガルーダという鳥に似た魔物や、岩場に棲むアクアシェルという貝の群れなど、それなりに食物に似た魔物も狩っている。


「一度、川で水を補充しましょう」

「何で? 魔法で作れるんじゃねーのか?」


 魔の森で、そうした光景を見ていたオメガが、道を塞ぐ下生えを払いながら言うカルミナに質問を返した。


「作れるが、精霊を酷使する。非常時以外はあまり使ってはならん力だ。精霊は生命の源であり、疲弊させてしまっては世界のバランスが崩れる。大規模な水術の行使によって砂漠化してしまった土地もあるくらいなんだ」

「ふーん。栄養みたいなもんか。確かに、空中や地中の水分を取ったら乾くしな」

「あまり、そうした事はお知りではないのですか?」

「多分、元は同じなんだろうけど理論が違うんだよな。世界の法則とか成り立ちとか、そういうの。俺サマの世界では、そうした源泉となる力を霊子力と呼んでいた」

「レイシ力。精霊力のようなものですか?」

「よく分かんねー。ただ、この世界では四大精霊とかいうのが世界を作ったって言われてんだろ? 俺サマの世界で言う神みたいなもんだろうが、俺サマの知る限り世界を作ったってーソイツらが現れた例はない」

「精霊がいないのに、世界が在るのですか?」


 アーレンハイトは戸惑った。

 前を歩くカルミナも、興味深そうにちらちらとこちらに目を向けている。


「俺サマの世界は法則で出来ていると言われていた。こうすればこうなる、という約束事が無数に連なって世界が出来ているという話だ。その法則に従って霊子が動き、中に秘めたエネルギー……精霊力みたいなもんを放出して世界を動かす。だからそのエネルギーが枯渇すると、カルミナが言ったみたいな事が起こってたこともあるんだろうな」


 元いた世界のことを語るオメガは、どこか悲しげだった。


「もしかしたら、俺サマの世界の人間たちは、種として霊子力の恩恵を受けれない段階にいたのかも知れん……」

「精霊の助けがなくなった、という事ですか?」


 この世界でも、似たような説を唱える者はいた。

 生命の源である精霊は、実はエルフや人間、他の生物と異なるものではなく同じ起源を有するものであり、エルフや人間、他の亜人も実は精霊の一種なのではないかとする説だ。


 あまり受け入れられてはいないが。


「どうだろな。結局のところはよく分からねーけどな!」


 オメガは笑い、それ以上話す気はないようで話が終わった。

 そこで、カルミナが口を開く。

 

「もうそろそろ川です、アーレンハイト様」


 しかし、開けた場所に出たアーレンハイトたちは、水を目にする事はなかった。


「川が……ない?」


 流れていたと思われる場所に、長い、水草の枯れた列は残っている。

 しかし水が一滴もなかった。


「どういう事だ?」

「分からん。何が起こっている……?」


 上流に目を向けて戸惑うカルミナに、オメガも同じように視線を向けた。


「ま、考えてても仕方ねー。少し上流に行くぞ。もしかしたら水があるかも知んねーしな!」


 すぐに意識を切り替えたらしいオメガの言葉に、アーレンハイトとカルミナは頷いた。

 

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