この肉旨ぇ！
「うぉぉ……旨ェ！ なんだこれ！」
ベヒーモスの肉を口にして、オメガが感嘆の声を上げた。
その様子を見て、エルフ軍で肉を振る舞われた者たちは顔を見合わせ、誰ともなく肉を口にする。
アーレンハイトも、程よく差しの入った見た目は美味しそうなステーキ肉を少しだけ食んでみた。
肉は、魔獣のものだというのに唇で切れそうな程に柔らかく、舌に乗せれば溶けるように姿を消して、甘い旨味が口の中一杯に広がる。
「あぁ……！」
まるで脳髄に塗りつけられたような美味の快楽に、アーレンハイトは思わず吐息を漏らした。
その色っぽい所作に別の意味で脳をやられるエルフの男たちには気付かず、アーレンハイトは思わずもう一口を口元に運ぶ。
気付けば肉は、あっという間になくなっていた。
「アーレンハイト！ この肉も良いが、トカゲ肉もヤベーぞ！」
タイミングよく言われて、鉄串に刺した新しい肉を差し出される。
分厚いバハムート肉は、今度は弾力があり、しかし噛み切ればしっかりとした肉汁と歯ごたえだけを残して薄切りベヒーモス肉と同じように消える。
アブラがさっぱりしている為、口の中がベトつく事もない。
絶望的な脅威の襲来から一転、一ヶ月振りの美味しい食料を口にしたエルフ軍は明るい雰囲気に包まれていた。
「いやでも、何かまだ獣臭いな……一応、即食えるように熟成状態に調整したけど、やっぱ手抜きは良くねーな。料理酒につけてフライパンで焼くか？ あ、塩と胡椒もか。そーゆーのはねーの？」
「胡椒は高級品ですから……お酒と塩はありますが、あまり量は……使ってしまうと、今後の行軍に関わります。調理器具はお鍋しかありません」
「そっかー。一応俺サマの胃袋は満たされたが、満足には足りねーんだよな……仕方ねー、自前の分を出すか！」
言うと、オメガはどこからともなく大きなタライを取り出して、まだ焼いていない塊肉を放りこんだ。
その上に、見た事もない透明な容器に入った純度の高そうな酒を、惜しげもなくボタボタと注ぎ込む。
ついでに香りの強い黒い液体と、別の透明な液体、小さな柔らかい筒に入った黄色いすりおろした何かを入れて謎の箱に仕舞った。
「一晩つけとこう。ついでに燻製も作るかなー」
「あの、オメガ様？」
「何？」
「それ、は？」
「これ？ 冷蔵庫だけど。出してないけど燻製機もあるぜ？」
「冷蔵庫、とは？」
「物を冷やす箱の事だよ」
言いながらオメガは鉄串で手際よく、酒に漬けたのとは別の肉を凄まじい早さで均等に刺して行く。
塩を塗り込んでこれまた透明な袋に入れて密閉し、冷蔵庫にぽいっと放りこんだ。
「これでよし」
「……あの、冷蔵庫はどこに？」
「仕舞った」
まばたきする間に消えた冷蔵庫。
だから、どこに？ という疑問は解消されないまま、アーレンハイトはオメガに問いかけた。
「これから、どうなさるんですか？」
今から魔王を倒しに行く、と言われてももう止めないつもりのアーレンハイトだったが、オメガは予想もしていなかった事を口にした。
「お前らって、何で魔王倒そうとしてんの？」
「それは、一番に聞くような事ですよね……？」
「ああ、なんか話そうとしてたな。良いから俺サマが求めてんだから今説明しろい。ほれほれ」
アーレンハイトは、うなずいて話し始めた。
エルフの森の近くに魔王が現れてから、日が出ている事が少なくなり周囲の人の国で作物が不作になった。
さらに森にも魔物が現れて、エルフの狩る獲物も極端に少なくなり、完全に魔物に支配された森は、方向を狂わせる魔の森と化した。
魔の森には『主』がおり、それを倒すと瘴気が晴れ、再び生き物の住める場所になる。
「ヌシねぇ」
「言わば、魔族全体のヌシが魔王であり、現状を憂いて根本から解決するために立ち上がったのが、勇者様です。……私は、父王が魔王の配下に私を献上するように迫られていたところを、助けられました」
アーレンハイトは強い精霊力を有している。
世界の根源たるその力は、人と魔族、どちらもに利がある力だ。
「魔王の存在そのものが、世界の均衡が崩れている要因なのです。魔王を討伐すれば、また平穏に……時間はかかるかも知れませんが」
「ふん、話は分かった。まぁ人間じゃねーけど、お前を助ける事が人も助ける事になるみたいだしな。この世界が俺サマの力を必要とするなら、俺サマがその魔王とやらを滅してやろう！」
「出来る、と思われますか？」
「俺サマは無敵のゼロ・イクス様だ。任せておけば全て解決だ！ 魔王も飯にしてやるぜ！」
自信ありげに、ふふん、とオメガが胸をそらす様はまるで初めてのお使いに意気込む子どものようで。
アーレンハイトは和んで、微笑んだ。
「信じます」
「おう！ 信じろ！ ……が、その前に、だ」
オメガは、笑みを悪どいものに変えてそう続ける。
アーレンハイトは、笑みと言葉の意味が分からず、首を傾げた。
