答えは決まってる!
『核』を失って崩壊していく空間の中に、不意に光り輝く扉が現れて、ゼロ・イクスの前に静かに降りて来た。
「お? こりゃ前に、アヒムが俺サマを呼んだ扉じゃねぇか?」
『異空召喚の術式……!? 一体、誰が?』
『なるほど、これが異空の扉か……』
扉の中には極彩色の光が満ちていて、その向こうは見通せない。
だが、扉の向こうから声が聞こえて来た。
『……次元の守護者よ。応じて欲しい。我らが世界の危機に、救援を望む』
世界の救援。
たった今世界を救ったばかりのゼロ・イクスに、再び掛けられたその言葉に、彼は霊装と完全機甲化を解いてオメガの姿に戻った。
寄り添っていた魂から離れて、アーレンハイトとカルミナもその場に自身の姿を取り戻す。
すると、オメガの頭上に別の光が現れた。
『オメガよ』
「どうした、バタフラム」
腕を組んで扉を見つめるオメガに呼び掛けた光の玉は、アーレンハイトの信仰する光の精霊たる女神、バタフラムだった。
『この世界の脅威は払われました。貴方は、この扉の向こうに在る者の求めは、どうされますか?』
バタフラムの問いかけに、オメガは片眉を上げた。
ゆっくりと空間が崩壊して行く中、あまり時間は残されていないように見えたが、バタフラムはオメガへ問い掛ける。
『貴方はこの世界で、望んでいた事を成し、求めていたものを手に入れました。この扉の向こうに在る者の求めに応じる必要は、必ずしもありません。私は、貴方が残ると言うのならこの世界に貴方を歓迎します』
バタフラムの言葉に、オメガは鼻を鳴らして唇の端を上げた。
腕を解き、力強い笑みを浮かべたまま、バタフラムの言葉に応える。
「そんなもん、俺サマの答えは決まってる! そこに、生きる為に救いを求める奴がいるなら救うのが俺サマの使命だ! 悩む必要なんか、欠片もねーよ!」
『汝はそう言うと思った。ファーザー騒がしい。起きた』
「ドラグォラ様?」
光の玉の脇に闇の玉も現れ、厳かなのに子どもっぽい、ドラグォラの声も響くと、カルミナが戸惑った声を上げる。
アーレンハイトは。
オメガはどこまでもオメガだ、と微笑みを浮かべてから彼の脇に立つ。
「お伴いたします、オメガ様」
アーレンハイトが言うと、オメガは驚いたように彼女に目を向けた。
そんな彼に目を細めると、アーレンハイトは言葉を続ける。
「私を同志だと、オメガ様はそう仰って下さいました。ならば私は、この命在る限り貴方の行く末に付き従います」
「まさか、拒否はしないだろうな? オメガ」
カルミナも、アーレンハイトと逆側に立って、不敵に笑った。
「大体、散々自分は好き勝手をしておいて我々にそれをするな、とは言えないだろう」
オメガは天を仰ぎ、すぐに視線を扉に戻した。
その頬には、今まで見た事も無いような、緩んだ笑みが浮かんでいる。
自分達の選択を、オメガが喜んでくれている、とその表情を見ただけで分かった。
「分かったよ! じゃあ、一緒に来い! 救いを求める奴がいる世界へ!」
「はい!」
「ああ」
歩み出す三人の背に、バタフラムとドラグォラがそれぞれに声を掛ける。
『武運を祈ります、次元の守護者、オメガ。貴方に、光の加護を』
『巫女と一緒に、力も与える。持って行け。我は寝る』
「ありがとうございます、バタフラム様」
「感謝致します、ドラグォラ様」
「新しい世界には、美味いもんがあると良いなー。元の世界は食材が少なかったし」
「もう食べ物の事ですか?」
「それよりも、向こうの世界で自分の力が通用するかを気にしろ」
「考えたって仕方がねぇ事は考えねー!」
「しょうもない事を考えるよりは百倍マシだろうが!」
「何だと!」
いつものやり取りをする二人とそれを見て笑うアーレンハイトの背中に、最後にバタフラムが優しく言葉を掛けた。
『オメガ、アヒム。そして二人の巫女。世界を救ってくれた貴方達に、最大の感謝を』
「いらねーよ、そんなの。俺サマにとっちゃ当たり前の事だ!」
「その通りです、バタフラム様。この世界に生まれ、巫女としていただいた私の方こそ、感謝を捧げます」
「我々の世界です。守るのは当然。行って参ります!」
「覚えておけよ、バタフラム」
三人一緒に扉に踏み込む直前に、オメガは背中ごしに親指を立てた。
「俺サマ達は新たな《救済機甲》! 人を救う使命を志した三人だ!」
※※※
邪神は滅び、オメガ一行は戻ってこなかった。
しかし人族の王国の王女エーデルは『彼らは未だ何処かで生きていて、人を救うべく戦っていると信じている』という声明を出し、王国は彼と勇者アヒム、そしてアーレンハイトとカルミナを讃える英雄像を広場に建造した。
台座には、オメガが最後に人々へ向けた言葉が刻まれている。
『俺サマは《救済機甲》ゼロ・イクス! 人を救う使命を持つ者だ!』
きっと今日も、彼らはこの無限の世界のどこかで、誰かの救いの光になっている、とーーーオメガ達を知るエルフと人々は永く信じた。
余談だが、オメガが最後にこの世界で作りエーデルに食させたデザートは、彼女の好物となりやがて世に広まった。
その最弱の魔物を使った青いデザートは、異空の勇者の名を取って『オメガ・ド・スイーツ』と呼ばれたという……。




