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俺サマこそが、救われたんだ。


「エーデル。美味いだろ?」


 ゼリーを食べても笑顔にならないエーデルに、オメガは声を掛けた。

 頷くエーデルに、彼は言葉を重ねる。


「美味いと思えるのは、お前が生きてるからだ。アヒムが魔王に立ち向かい、魔王を倒せる俺サマをこの世界に来させたから味わえたものだ。……だからそれは、アヒムの望んだ平和な世界に在るべきデザートだ」


 オメガの言葉に、エーデルは伏せていた顔をハッと顔を上げる。

 彼は笑顔のまま、親指を立てた。


「生きて美味いものを食えるのは幸せだ! なぁ、エーデル。アヒムは死んだが、その魂は今も、俺サマと共に在る。会わせてやるのは簡単だ。……でも俺サマはそれをしない。何故なら、人は死んだ者の想いを受け継いで、笑顔で生きていくべきものだからだ」

「想いを……?」

「そうだ。お前まで死んじまったら、誰がアヒムの生きた過去を守るんだ? 誰がアヒムの望んだ平和な未来を生きる? アヒムはお前らの生きるこの世界を守ろうとして死に、その前に俺サマを呼んだ。人を救うのが俺サマの使命であるように、アヒムを想う奴の使命は、生きる事そのものだ。尊敬に値する人間を想い、勇者の作り出した平和を継ぐのも、お前らの、そして俺サマの役割だ」


 オメガは、あくまでもアヒムを……死した勇者こそが、誉れ高き者であると言う。

 そこに自分自身を含んではいない。


「俺サマは救う者だが、そうなれるだけの力を与えられ、作り出された存在に過ぎない。だから、救うのは当たり前だ。だが、その当たり前を、俺サマ自身のものとしたのは、ここにある魂だ」


 オメガは自分の胸に、それを誇るように手を当てる。


「平和は与えられて当たり前だ。だがその平和を悲嘆に暮れて生きるのは、アヒムの望みじゃねぇ。心の底から、魂のど真ん中から、与えられた平和に感謝して、楽しんで生きる事が、平和を自分のものにするって事だ」


 オメガの言葉に、かつてのアーレンハイトが聞いた勇者の言葉が重なる。


『アーレンハイト様。私は、平和を望みます。平和を、当たり前として生きられる世界を望んでいるんです』


「だから、泣くな。そして悔いるな。あのシャルダークとアヒムを騙る連中は、必ず俺サマが始末して、お前らに救済を与えてやる!」


 言って、オメガは入り口に向かった。


「まずは、操られてる人間達からだ。王……俺サマが王城の、二階テラスを使っても良いか?」

「望むようにせよ。異空の者、オメガ。そなたはアヒム同様に、強く気高き勇者である」

「俺サマはただのヒューマニクスだ。人間に尊敬されるほどご大層なモンじゃねーよ」


 テラスへと向かうオメガに、アーレンハイトとカルミナは従った。


「どうなさるおつもりですか?」

「ただシャルダークとアヒムの偽物を殺したって、人間達に植え付けられた虚無は消えねぇ。それに、いっぱい集まってるんなら、言いたい事があるんだよ」

「言いたい事だと?」

「大した事じゃねーけどな。聞きたきゃ聞いとけ」


 どこか嬉しそうなオメガがテラスに出ると、人々が一斉に、絶望とオメガへの恨みを口にする。

 それを涼しい顔で聞き流し、オメガは声を張り上げた。


「聴け、救いを求める人々よ! 俺サマは《救済機甲》ゼロ・イクス! 人を救う使命を、勇者より継ぎし者だ!」


 大音量の音の波が抜けると、オメガの体から光の精霊力が燐光のように放たれ始め、彼の言葉と共に人々で埋め尽くされた王城の中庭へと広がっていく。




「元の世界で、俺サマは人の守護者だった!……だが、俺サマは、その創造主たる人類を滅ぼした!」




 滅ぼした。

 その言葉に、アーレンハイトは息を呑む。


「どういう事だ……?」


 カルミナも、呻くように呟いた。


「だが、それは憎しみでも恨みでもない。滅ぼす事、それが向こうの世界で〝人を救う〟事だったからだ!」


 オメガの言葉は、悲しみで満ちていた。

 彼はカルミナが操られた時に言ったーーー死による救済は嫌だ、と。

 その彼が何故、と疑問を覚えるアーレンハイトに、オメガは内心を吐露し続ける。


「人間の、種としての寿命……それが、向こうの世界の俺サマの、俺サマと共に、《救済機甲》だったヒューマニクスたちの、最後の敵だった!」


 種の寿命に対して、オメガたちは戦ったという。


 極度に発達した文明と、子どもが生まれなくなった人類。

 今生きている人類を保全する為に、ありとあらゆる手段を尽くしたそうだ。


「過剰な延命措置に、人体強化措置。不老に近い健康体の人間も、逆に生命維持水槽から出れない人間も居た! 俺サマたちを作り出したマスターも、そんな人間の一人だった! 俺サマたちヒューマニクスは、生きる気力を失っているマスター達を喜ばせようと、それぞれに手段を模索した!」


 オメガにとって、それは食だった。


 人間同様に他の生命も衰え、人間は完全栄養食と呼ばれる丸薬により栄養を摂取するようになっていたらしい。


 生き残った僅かな生き物、植物達を育て、古今東西のありとあらゆる調理法を古代の資料から学び、それを調理したという。


「マスター達は、俺サマの作る料理を喜んでくれた! 万能栄養食とは違う、味覚によって笑顔を取り戻させる食事を、俺サマは作り続けた! 美味い飯は、マスター達に生きる気力を取り戻してくれた! ……だが!」


 いくら美味しい食事でも、百年も食べれば残り少ない種類の生命達を使った料理では、あらゆる食し方を試すにも限度があったのだ、とオメガは言う。


 食事は人間たちの心の慰めにはならなくなり、その間も子どもは生まれなかった、と。


 その時のオメガの絶望は、いかばかりだっただろう。


 あれ程に美味しい料理を作り、笑顔でエルフ達と共に食事をする事を喜んでいたオメガ。


 そんな彼は、自分の料理に笑顔を浮かべなくなった人々を前に、どれほどの悲しみに苛まれただろう。


「オメガ様……」


 オメガの心を思い、アーレンハイトは静かに涙を流した。

 カルミナも、横で瞳を潤ませている。


「どれだけ美味い料理を作っても、彼らの心には届かなくなっていた! 俺サマはそれが寂しかった! 人間達は俺サマや仲間に言った。ーーー『殺してくれ』と!」


 オメガは絶叫した。


 彼にとっては、それが何よりも聞きたくない言葉だったのだろう。


「生きる事に飽いて、もう死にたいんだと。マスターも俺サマに言った! 『君にそんな悲しそうな顔をさせる我々はもう、滅ぶべきだ』と! マスターにそんな事を言わせる料理しか作れない自分自身が、俺サマは悲しかった!」


 だがもう、彼には今以上の料理は作れず、マスター達は再び生きる気力を失っていった。

 オメガも、苦悩し続けたという。


「だが俺サマは、ある日思った。ーーー彼らの心を救えないのなら、生かす事はただ苦しめているだけ……それは救済じゃないんじゃないか、と」


 そうこぼした彼の気持ちを、仲間たちはついに理解出来なかったと言う。


 オメガは仲間達と対話を重ねても賛同を得られず、しかし無限の苦しみに喘ぐ人々をそのまま放置する事も、それが救済でないというのなら許容する事は出来なかった。


 思い余ってマスターに相談すると、マスターはこう言ったという。


『人の悲しみを理解出来るオメガは、我々と同様の魂を持っているね』、と。

『君自身の魂に従うといい』……マスターはそう微笑んだという。


「だから俺サマは、一人で人類を救済する決意を固めた! まず、人を、それでも人を守ろうとする仲間たちを壊した。あいつらは破壊される時に、揃って俺サマを、欠陥品ゼロと呼んだ。〝最強最悪の欠陥品(ゼロ・イクス)〟と! 俺サマは仲間を殺したその足で、生命維持水槽に穴を開け、人の住まう都『ガンダーラ』に住む者たちを斬り、全員を殺し尽くした!」


 それが彼の、赤いオーガとしての名前の由来。


「人間達は、憎悪するヒューマニクスと違い、俺サマにありがとうと言って安らかな顔で死んでいった!」


 オメガは、テラスの手すりに手をついた。


「ーーーだが、そんな救いは虚しかった!」


 人々は、光の精霊力と共に振りまかれるオメガの心に、息を呑んでいる。

 オメガは空を見上げ、祈るように両手を掲げた。


「一人になって、俺サマは求めた! ―――この力で、〝生きたい〟と願う者たちを救える世界を! オレ様の食事を美味いと言って、名前を呼んで、懸命に生きようとする人々が住まう世界を!! 長く、長く望んでいた!」


 食事であり、友でもある僅かな動植物達と共に滅びた世界をさまよっていたオメガの前に、ある日、輝く扉が降りてきた、という。


「その扉の向こうから、俺サマに声を掛けたのが、お前らの言う勇者アヒムだった!」


 扉の向こうから聞こえた声は、勇者アヒムの最後の請願。


『 私の命を捧げてここに願う! 生きる事を望む者を救う、我が願いを聞き入れる者へと世界を救う使命を託したまえ! 彼方より此方へ、絶対の断絶を踏み越え、この世界に……異空の勇者を!』


 救う。

 生きたいと願う者を。


 それはオメガが、何よりも求めていたもの。


「そして俺サマはこの世界へと降り立った! 俺サマは、救いを求める勇者アヒムと……」


 オメガは、天に掲げた両手を下ろし、大きく両脇に広げて。

 まるで世界の全てに祝福されているかのような輝きに満ちた笑顔で、それまで以上の声量で。


 世界の果てまで届けとばかりに、吼えた。




「生きたいと願う人々の存在に! 俺サマこそが救われたんだァ!!」




 その喜びの波動は、一層光の精霊力を輝かせ、人々の中にある虚無を完全に浄化する。


「美味い食事に笑うエルフ達に救われた! 魔王を倒し、ドラグォラを治め、カルミナを救った時に見せる、アーレンハイトの笑顔に救われた! 人間達を生かすために力を振るえる事、俺サマにとってこれ以上の喜びはねぇ!」


 オメガは手すりに飛び乗り、自身の右拳を天に掲げた。


「だから信じろ! 俺サマが、絶対に、救いを求めるお前たちを救ってやる! シャルダークの言葉に、従う必要なんかねぇ! 奴は、今ここで、俺サマが滅して……平和を、取り戻すんだからなぁ! 完全機甲化フル・アジャスト!」


 オメガは、赤いオーガの姿へと変わった。

 背中の後ろで翅のような燐光を弾けさせ、両手の双剣を天地に向けて。


「聞け! 人と、人に似た者達よ! 生きたいと、心の底から願う者達よ!」


 無意味にして、美麗で、完璧な構えで、いつものように言う。


「俺サマは《救済機甲》ゼロ・イクス!! 人を救う、使命を持つ者だァ!!」

 

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