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たった今、お前は最優先抹殺対象に指定された。


 オメガはエルフ領で結構な歓待を受けたが、彼はそこでも自由極まる振る舞いを見せた。

 それが迷惑だったかどうか、は個々の判断に分かれるところだろうが、大勢としては、全体的に好意的だったと言える。


 エルフ領では、アーレンハイトの父であるエルフ長や各部落の長老を除いて、ほぼ上下階級というものが存在しない。

 精霊教会においても、各精霊に選ばれた教師が居れば尊敬を集めはするが、信徒に対する絶対的な権力を有している訳ではない点が、人族とは異なる。

 ダークエルフであるカルミナが将軍を務めているのも、彼女の実力を軍が認め、合理の上で階級制度を用いる事に全員が合意し、自身の判断によって従う相手を決めるエルフの気質によるものだ。


 だからこそ、だろう。

 オメガがものの数日で賓客の為の厨房を預かるキッチン長と意気投合し、その美味なる魔物料理を惜しげもなく振る舞って領内の者達の胃袋を掴んだ事も、人族の貴族から見れば眉をひそめるような行為であるに違いない。

 どこまでもオメガらしい、とアーレンハイトは思った。


 人族の王への報告のために出立したエルフ軍を、領民が揃って名残惜しそうに、しかし笑顔で見送るのを見たのは、アーレンハイトにとっても初めての経験だった。


※※※


「そなたが、異空の勇者か」

「そうだよ」


 人族の王は、厳格な人物だ。

 傑物と呼ばれる勇猛果敢にして聡明な人柄で、気さくな一面もある。


 元はこの王国の貴族であった勇者も、王が目を掛けた麒麟児だった。

 故にこそ、勇者はエルフ領に赴いて女神バタフラムの神託を受けて、勇者に選ばれたのだから。


「感謝の意を示す。この世界を救って下さった事を」

「人を救うのは俺サマの使命だ。いちいち感謝されるよーな事じゃねーよ。礼なら、命と引き換えに俺サマをこの世界に呼び出した勇者に言えよ」


 と、オメガは後ろに並べた棺を指差した。


「アヒムか……惜しい男を亡くした。勇者として立ったあやつの伴の者も、王国の次代を担う者ばかりであった」


 彼らの死を悼む王に、腐らぬ呪いを掛けられた勇者と仲間達の死体を棺に納めて受け渡すと、人族の王女にして勇者の想い人であるエーデルは、王の横で目を伏せた。


「異空の勇者、オメガ。私は魔王を討伐せし時は、アヒムに姫と玉座を譲るという報酬を示した。そなたは、それを望むか?」

「いんや、まるっきり興味がねぇな。それより皆で美味いもんが食いてーよ」

「……それだけで良いのか?」


 訝しげな王に、オメガは笑顔であっさり頷いた。


「俺サマにとっちゃ何よりの報酬だ! それが終わったら、俺サマはまた魔物でも狩りながら、どっかに人を救いに行く。この世界には、まだまだ美味い魔物がいっぱいいるだろうしな!」


 オメガの発言に、アーレンハイトは寂しさを覚えた。

 彼は、事が終われば旅立ってしまう。


 それはオメガとアーレンハイトの別れを意味していた。

 しかし、そんな寂しさを吹き飛ばすほどの衝撃が、直後にアーレンハイトを襲った。


「お待ち下さい、王よ!」


 謁見の間へと続くドアの外不意に騒がしくなったかと思うと、両開きの大扉が勢いよく開いて、そこに立つ人物が声を張った。

 その顔を見て、アーレンハイトは頭の中が真っ白になる。


 そこに立っていたのは、勇者アヒムその人だった。


※※※



「アヒム……」

「アヒム様!?」

「異空の勇者などと、欺瞞も甚だしい! 魔王の眷属め、正体を現すが良い!」


 アヒムは手を掲げて呪文を口にすると、それをオメガへ向けて放った。


「オメガ様!」

「オメガ!」


 カルミナとアーレンハイトが声を上げるが、それは攻撃魔法ではなかった。


「なんだ?」


 避けもしないまま腰に手を当てて立っていたオメガが、魔法を受けた途端に光に包まれ、ゼロ・イクスの姿へと変わる。


「見よ! 其奴は魔物だ! 魔王の腹心たる赤いオーガだ!」


 ざわりと謁見の間がざわめき、王と王女を庇うように人族の兵士達が彼らの前に移動して剣をオメガへ向けて構える。


「私の仲間を策謀によって嵌め、手柄を偽り王を暗殺しようなどと……この私が許さぬ!」


 アーレンハイトは、呆然とゼロ・イクスとアヒムの顔を見比べた。

 ゼロ・イクスは無言のまま再びオメガの姿に戻ると、冷静な表情のままぽつりと呟く。


「……例の、虚無とかいうのの気配が、その勇者の中にあるのが見えるんだが」


 オメガの言葉に、混乱していたアーレンハイトも精霊の動きに意識を向ける。

 確かに虚無の気配が勇者にあり、アーレンハイトは息を呑んだ。


 その間にオメガは勇者の棺に歩み寄り、蓋を蹴り外す。

 中身は空だった。


「昨日の夜は確かに遺体がここにあった。俺サマ自ら安置したんだから、それは間違いねぇ」


 アーレンハイトとカルミナは頷いた。

 彼女達もその様子を見ており、ごく数人のエルフと人族の兵士も近くにいた。


 そして、不意に。

 風が吹いた、とアーレンハイトは感じた。


 オメガから、赤い色を感じる程の凄まじい怒気が放たれたのだ。


 棺に顔を向けていたオメガは、大扉の中に足を踏み入れたアヒムに対して苛烈な目を向ける。

 アヒム以外の全員が、彼の怒りに呑まれていた。


 彼が、これ程の感情を剥き出しにしたのを、アーレンハイトは初めて見た。

 これが……オートマタのような人形から生まれるなど、あり得ない。

 オメガはやはり、人形などではない、そう思うアーレンハイトの視線の先で、オメガは呪うが如き低い声を軋らせた。


「人族は、その遺体すらも冒涜する事は許さねぇ。まして、俺サマが救うべき世界を与えてくれた勇者の亡骸を弄ぶお前は、万死に値する」


 オメガは、あまりの怒りの深さ故だろう、その怒りの双眼以外から逆に感情が抜け落ちたような顔で、アヒムを指差した。


「たった今、お前は最優先抹殺対象に指定された」

「遺体……」


 カルミナがオメガの威圧から脱して呟き、オメガ同様に怒りを浮かべて剣を抜く。


「勇者殿の遺体を、私と同じように操っているという事か……!」

「先程から、随分と演技をしてくれるが」


 アヒムは、生前と変わらぬ精悍な顔で、逆にアーレンハイト達を弾劾した。


「俺が知らないとでも思っているのか。シャルダークと恋仲であったダークエルフ、カルミナ。そして女神に選ばれた私に対して、霊装を与えられぬと謀り、遂に魔王と相対するまで手助けを怠った光の巫女、アーレンハイト! そなたらは、魔王に与した裏切り者だ!」


 場に静寂が落ちた。

 人族達の視線は、疑いと共にオメガとアーレンハイトらに向けられている。


「人族に害を為したシャルダークは、俺サマがこの手で始末した。そして勇者の魂は、今、俺サマと共に在る」


 オメガは自身の胸に手を当てると、光の精霊力に自身の魂を共鳴させた。

 すると、オメガの背後に、目の前のアヒムと同様の姿を持つ青年の上半身が浮かび上がり、アヒムを睨みつける。


『我が肉体は、邪なる者の器に非ず……』

「あ、アヒム、様……?」


 エーデルの呟きに、オメガの背後のアヒムの魂は振り向いて、寂しげな微笑みを浮かべた。


『生きて戻れず、済まなかった……』


 そのままアヒムの魂がオメガの中に戻ると、オメガは拳を握り締めて天に掲げる。


半機甲化(ハーフ・アジャスト)! ブレイド・コネクト!」


 赤い軽装鎧に双剣を持つ青年の姿に変わったオメガ……イクス・ブレイドは、振り下ろした切っ先をアヒムの肉体を操る者に突き付ける。


「俺サマは、《救済機甲》ゼロ・イクス! 勇者アヒムの魂を受け継ぎ、人を救う使命を持つ者だ!」

 

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