一夜干しの味も期待しとけよ!
オメガが高らかに己の存在を名乗り上げた、その瞬間。
彼の背の上に淡い光が生まれ、燐光を放ちながら人の形を成した。
「あれは……勇者様……!?」
光の精霊力によって形成された、実体のないその男性は、アーレンハイトのよく知る勇者だった。
イクス・ブレイドには見えないらしい彼は、薄く目を開いてアーレンハイトに微笑みかける。
そして、声ならぬ声で言った。
『我が魂は、異空の勇者と共に在れり……』
そして勇者は溶けるようにオメガの中に消え、オメガの中に微かな光の精霊力が宿った。
すると、アーレンハイトの脳裏にバタフラムの声が響く。
『私の勇者が、彼を自らを継ぐものと真に認めました。ゼロ・イクスに私の祝福を与えましょう。……さぁ、アーレンハイト』
そっと、誰かが微笑みながらアーレンハイトの背中押す気配を感じる。
『勇者すら遂に使いこなし得なかった我が神威を―――霊装を、ゼロ・イクスに与え、怨念を払うのです』
アーレンハイトは、バタフラムの言葉に力強く頷いた。
「はい、バタフラム様! オメガ様、私の力をお受け取り下さい! 今なら貴方に、カルミナを生きたまま救う力を与える事が出来ます!」
「何だと?」
アーレンハイトは深く息を吸い込み、自らに宿る光の精霊力を己の体に巡らせた。
「我が心は女神と共に。我が魂は人々と共に、我が肉体は勇者と共に―――クムイ・オン・バタフラム!」
アーレンハイトは、光の巫女としての真なる力を解放する。
人類の救済が、オメガの使命ならば。
アーレンハイトの使命は、選ばれ、また神威に見合う力を持つ勇者に、女神の力を与える事だった。
彼女の体が光と化して、一直線にイクス・ブレイドへと向かい、衝突する。
それは、先だってのドラグォラに呼応したバタフラムが貸し与えたのとは別の力。
人に宿る光の精霊力を、バタフラムと同等の輝きへと昇華する能力だ。
「おお、これは……!?」
以前、見事にバタフラムの精霊力を操ってみせたイクス・ブレイドは、自らの中で成長する光の精霊力にも即座に順応した。
『オメガ様……力を解放して下さい!』
イクス・ブレイドの魂に寄り添ったアーレンハイトが言うと、イクス・ブレイドは頷いた。
「スゲェ。これが精霊力ってヤツか。俺サマにも見えるぜ。これならやれる!」
イクス・ブレイドは、右手の剣を天に掲げた。
「完全機甲化! シャイニング・コネクト!」
イクス・ブレイドに宿る光の精霊力が、真の勇者の誕生を祝福するように満ち溢れ、輝きとなって放たれた。
カルミナが怯んだように体を強張らせる間に、イクス・ブレイドが赤いオーガと化してその全身が白に染まり、青い差し色が入る。
両手の剣が天使の翼のような意匠の神威刀と化し、頭上には光の輪、そして最後に背中で蛾の翅のような形を燐光が弾けた。
「ゼロ・イクス・聖霊装形態! ハッハァ、カルミナ! お前に、俺サマが救済を与えてやるぜぇ!」
右手で輝く剣を、カルミナに突き付けるオメガに、カルミナが呻く。
「殺す……貴様を……」
『ゼロ・イクス。光の刃で、闇の巫女に宿る虚無のみを断つのです』
「バタフラムか? おう! 任しとけ!」
ゼロ・イクスの手の中で、光の精霊力を注ぎ込まれた剣がさらに長く、鋭く変化し、実体を薄れさせて精霊力の塊となった。
両翼の如く、大きく左右に刃を構えたゼロ・イクスは。
「行くぞ必殺! 《聖・光・斬》!」
一瞬でカルミナとの間にある距離を詰めて、一切の抵抗を許さないままカルミナの体を十字に斬り裂く。
「執行!」
その言葉を最後に、一切カルミナの肉体に傷を付けないまま、虚無が光の精霊力によって消滅し……カルミナを覆っていた霊装が、夜の闇に溶けるように消えた。
倒れこむカルミナを抱くようにゼロ・イクスが支える。
『カルミナ……良かった』
ゼロ・イクスの中からそれを見ていたアーレンハイトは、安堵の息を漏らした。
『ゼロ・イクス……根源力を自在に扱う彼は、おそらくは真にこの世界を救うもの、です』
『バタフラム様。それはどういう意味なのでしょう?』
囁くように告げるバタフラムに、アーレンハイトは首を傾げた。
魔王を倒し、世界の脅威は去ったのではなかったか。
『いずれ、近い内に分かるでしょう。……闇の巫女が目覚めます。戻りなさい』
『はい……』
アーレンハイトが霊装備状態から人の姿に戻ると、ゼロ・イクスもオメガの姿に変わる。
オメガに抱かれたままうっすらと目を開いたカルミナは、二人を見て、申し訳なさそうな顔をした。
「アーレンハイト様。ご迷惑をお掛けしました。……オメガ。感謝する」
オメガは、動けない様子を見せた自分より背の高いカルミナを抱き上げて、彼女のテントへ向けて歩き出した。
アーレンハイトもそれに続く。
「気にすんな! それより、生きてて良かったな!」
オメガは、満面の笑みでそう答えた。
「お前を救えて俺サマも大満足だ! これでまた美味いもんを食わせられるからな! 今日作った一夜干しの味も期待しとけよ!」
「貴様は、本当にそればかりだな」
呆れたように言いながらも、カルミナも笑みを浮かべていた。
アーレンハイトは、バタフラムの言葉が気になっていたが、今はただ、カルミナの無事を喜んで労った。
※※※
エルフ領からさらに西へ進んだ先にある、人族の王国。
勇者が生まれたその地の上空に、一つの人影が浮かび上がった。
「異空の勇者が、真の光の勇者、か。だがバタフラムよ。それだけで私に勝てる、とは思わない事だ」
シャルダークは、密やかに虚無の力を人の王国に降らせ始めた。
「くく……人を救う者は、守るべき人々に非難された時にどんな選択をするのか……愉しみだな?」
虚無の力を撒き終えたシャルダークは、寝静まった王国を見て嗤った。
ゼロ・イクスの旅の終わりは、すぐそこまで迫っていた。
 




