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それが、お前にとっての救いか?


 その日の野営。

 深夜に、カルミナは目を覚ました。

 魔の森を抜ける辺りまではテントの中でも鎧を着込んでいたが、魔物もさほど強くなくオメガもいるという事で、今は肌着のみを身に付けている。

 体の中でざわざわとした感覚を感じているカルミナは、起き上がろうとして体が動かない事に気付く。


「……何だ!?」


 声を出したつもりが、声も出ない。

 すると、見上げるテントの中の闇に、不意に男の姿が浮かんだ。

 捻れたツノを持つ、退廃的な美貌の男性。


「シャルダーク、だと……!?」


 カルミナの動揺に反応したのか、シャルダークは薄く笑った。


「流石に、レヴィアタン如きでは奴の相手にはならなかったようだ」

「! あれは貴様の仕業か! 生きていたのか!」


 相変わらず声を出せぬままに内心で吼えると、シャルダークはおかしげに笑った。


「いかにも。しかし奴の力は厄介だ……故に、搦め手を使わせて貰う」

「何!? く、触るな!」


 カルミナの頬に軽く指を這わせるシャルダークに、カルミナは顔を歪める。

 シャルダークは楽しそうに身を屈め、カルミナの耳元で囁いた。


「貴様の心を、解放してやろう……」


 声と同時に、全身を灼熱感が包む。


「ぐ、ぐあああああッ!!!」


 痛みに白く染まる視界の中に、先日見たカルミナにとっての神……ドラグォラの姿が浮かび上がり、凶悪に吼えた。

 それはカルミナに与えられた力の幻影。

 咆哮したドラグォラは、カルミナの意識を侵食して行く。


「お、おやめ下さい、ドラグォラ様……うが、ァ……!」

「クク、ククククク……」


 笑い声とともに、シャルダークの気配が消えた。

 そしてしばらくしてから、カルミナはむくりと起き上がった。


「……オメガ」


 暗い目で呟いたカルミナは、ベッドの脇に置いてあった鎧と衣服を身に付けると、剣を手にテントを後にした。


※※※


「お? カルミナか? どうした?」


 アーレンハイトは、テントの外で問いかけるオメガの声を聞いた。

 一夜干しをする、と言ってせっせと夕方から作業をしていた彼は、作業が終わっても何故かワクワクと目を輝かせて干し終えたものを見たまま動こうとしなかったのだ。

 本当に食事が好きなのだろう。

 アーレンハイトが夜着の上に外套を羽織って外に顔を覗かせると、武装したカルミナがオメガの前に立っていた。

 何故か殺気を放っている。


「オメガ……貴様を殺す」

「あん?」


 オメガは、カルミナの言葉に眉を上げた。


「何でだよ?」

「貴様が……私のシャルダークを殺したからだ……!」


 剣を引き抜いたカルミナの中に虚無の力を感じて、アーレンハイトは息を呑んだ。


「オメガ様! カルミナが操られています!」

「誰にだ?」


 オメガは冷静だった。

 カルミナの技量では、オメガは殺せない。

 焦っていたがその事実に気づき、アーレンハイトも少し冷静になった。


「分かりません。しかし、カルミナの中に虚無の力を感じます」

「ふーん。で、カルミナ。俺サマがシャルダークを殺した時にはお前も殺そうとしてたと思ったんだが」

「シャルダークは私の許嫁……それを殺した貴様が……憎い……!!」

「会話が通じてねーな」

「一つの思いに凝り固まっているのです」


 カルミナの体を、闇の精霊力が包み込んだ。

 黒き光……ドラグォラの力が圧縮されて、鎧の上に幾重にも纏わり付いて行く。

 カルミナは刃を払い、神言を口にした。


「クムイ・オン・ドラグォラ!」


 光が治まると同時に、大地が鳴動し始めた。

 現れた鎧は、黒曜石に赤黒い筋が入ったような、ドラグォラによく似た龍の意匠。

 頭を模した兜に覆われて、カルミナの顔は見えない。


「すげーな、魔王よりエネルギー反応が高い。何なんだ、ありゃ?」

「あれは、霊装です」


 オメガを巨大化させたのと同質の、神威の顕現である。

 

「でも……カルミナは闇の巫女ではありますが戦士としての技量はオメガ様や勇者様には届きません……! 霊装化し続ければ、死んでしまいます!」


 アーレンハイトの精霊を視る目には、強大な闇の精霊が持つ力がカルミナを蝕んでいるのがはっきりと映っていた。


「オメガ……私は貴様を……貴様を殺す!」


 そう言って刃を構えるカルミナに、オメガは静かに問いかけた。


「それが、お前にとっての救いか?」

「そうだ……! 貴様を憎むこの想いは! 貴様を殺さねば晴れぬ……ッ!」


 カルミナは、龍の片翼のような形になった剣を構え、一息にオメガに対して踏み込んだ。

 オメガはその腕を掴んで攻撃を止めた。


 力ではなく、技量の問題なのだろう。

 カルミナにどれほど強大な力を与えても、元々の練度に見合っていないが故に上手く精霊力を使いこなせていないのだ。

 オメガが腕を受け止めたまま、アーレンハイトを振り向く。


「なぁアーレンハイト。操られたカルミナをどうにかする方法ってあんのか?」

「呪縛の根元である想いを晴らすか、術者を殺すこと。あるいは光の精霊力を用いれば呪縛の浄化は可能ですが、私の力量ではこれほどの呪縛は解くのが困難です」


 アーレンハイトは、軽く目を伏せた。

 カルミナを救う力を持っていない自分が歯がゆい。


 それほどまでに、カルミナを縛る虚無の力は強かった。

 一体、何者なのか。


「よし、ならいいぞ! 俺サマを存分に壊せ!」


 後じさりするカルミナから手を離し、オメガが告げた言葉に、アーレンハイトは耳を疑った。


「オメガ様……!?」

「人を救うのが俺サマの使命だからな! まぁ厳密にはカルミナは人じゃないが、俺サマを壊して救われるなら幾らでもやって良いぞ!」


 笑みすら浮かべながら腕を広げるオメガは、本心からそう言っているようだった。

 アーレンハイトは動揺を隠し切れず、震える声で言う。


「そんな、オメガ様!」

「どうした? カルミナ。遠慮はいらねーぞ!」


 オメガは全くアーレンハイトの方を見なかった。

 しかしカルミナは、抵抗の意思を見せないオメガを前に、ぶるぶると剣を握る手を震わせながら体を折る。


「ぐ……あああ、違う、私、は……!」


 カルミナを縛る呪縛の力の内側から、カルミナの意志が僅かに漏れる。

 彼女は、剣を握る自分の腕を逆の腕で掴んだ。


「オメガ……殺すなら私を……お前が、殺せ……!」

「カルミナ!」


 アーレンハイトの呼びかけに答える余裕もないのか、カルミナは龍の兜に包まれた顔をオメガに向ける。

 オメガは笑みから一転、表情を消していた。


「―――俺サマに殺せと言うか」


 それはオメガの意に染まぬ言葉だったのか、彼の声は固い。


「そうだ……! 私は、貴様を殺すことなど、望まぬ……! ぐぅぅ!」

「……そうか。俺サマを壊しても、お前は救われないのか」


 オメガの言葉と表情に感じる無機質さに、ああ、まただ、とアーレンハイトは思う。

 彼は、自分が死ぬ事を、殺す、ではなく、壊す、と言う。


 彼は人ではない。

 ヒューマニクス、と名乗る彼は、では何なのだ。

 オートマタのような機械。

 動力が精霊力ではないだけの機械なのだとしたら。


 彼が口にしている使命は、救済は、ただ、そうと教えられただけのものなのだろうか。

 

 アーレンハイトが苦悩する間に、カルミナの負の情動が増して行く。

 オメガの体から、ゆらりと黒いものが剥がれて、カルミナに引き寄せられるのを見たアーレンハイトは、顔を強張らせた。


「あれは……バハムート? それに、ベヒーモス、レヴィアタン……!」


 オメガから剥がれ落ちた黒いものの正体は、オメガに殺された魔物達の残滓。

 呪いにすら満たない無念が、降り積もるように重なったものだ。


「……オメガ様! カルミナの霊装が、周囲に漂う負の感情や、魔獣の怨念を引き寄せています! このままでは、カルミナの魂も、呑まれてしまいます!」


 オメガは、軽く息を吐くと、意を決したようにギラリと目を光らせた。


「……半機甲化(ハーフ・アジャスト)。ブレイド・コネクト」


 赤い鎧の青年となったオメガ……イクス・ブレイドが両手の双剣を左右に払う。

 オメガに満ちるのは、殺意。

 彼は、カルミナを殺そうとしている。


「いけません、オメガ様! 怨念さえ払えれば!」

「どうやってだ?」


 遂に呪縛に抗し切れなくなったのか、再びオメガに襲い掛かるカルミナの剣をいなしながら、イクス・ブレイドは問い掛ける。


「お前らの言う精霊力とやらは俺にはねーぞ。お前にも救えないんだろう?」

「やります!」


 アーレンハイトは悲痛な想いを声に乗せた。


「救えるまで、幾度でも試します! ですから、どうか!」

「カルミナの魂は、お前が成功するまで保つのか。魂が砕ければ、輪廻から外れて、永遠に恨みの苦しみを彷徨う事になる、と。以前、ゴーストを切った時にお前が言ったんだろ」

「……ッ!」

「俺サマもやりたくはないがーーーカルミナが救済を望むなら、それを与えるのが俺サマの使命だ」


 やりたくはない。

 それが今、一刀両断にカルミナを斬り捨てないイクス・ブレイドの素直な気持ちなのだろう。

 彼は、自分のやりたいように、自由にやってきた。

 

 そんなイクス・ブレイドは、救済の為ならば自分の意に染まぬ選択も許容するのだ。

 何故そこまで、と、アーレンハイトは思わずにはいられなかった。


「オメガ様が人を救いたいと願うのは……それが、与えられた使命だからなのですか?」


 やりたくもない事をやらなければいけないのは。

 それが、逆らえない命令だからなのか。


 しかしイクス・ブレイドは、訝しげにアーレンハイトにちらりと目を向けた。


「何いってんだお前?」

「え?」


 カルミナが、当たらない剣に痺れを切らしたのか、掌に闇の精霊力溜め始める。

 オメガは双剣を十字に構え、誇るようにアーレンハイトに言った。


「オレサマが人を救いたいのは、オレサマの魂が人を救いたいと望んでいるからだ!」


 イクス・ブレイドは、しゃらん、と双剣を左右に払う。


「生きたいと願うやつを、俺サマの力で生かす……これ以上の喜びは俺サマにはねぇ! 俺サマの使命は、俺サマが、自分自身の魂に刻んだ使命だ! 断じて、誰かに与えられたもんじゃねぇ!」


 イクス・ブレイドの双剣が炎を纏い、放たれた闇の光を斬り捨てた。


「だから、死による救済は嫌だ! 嫌だけど、カルミナの魂を救うにはそれしかないなら、しょーがねぇだろうが!」


 それは無機物のような声音ではなかった。

 アーレンハイトと同様、魂の奥底から発される悲痛な叫び。


「オメガ様……貴方は……一体……」


 何故そこまで、という呆然としたアーレンハイトの問いかけを、イクス・ブレイドは別の意味に取った。


「俺サマに己の存在を問うか。ならばお前が知っていようが答えよう!」


 カルミナが闇の光を追うように繰り出した斬撃を受け、払い、そのままイクス・ブレイドは華麗にして無意味、そして完璧な構えで名乗る。




「俺サマは《救済機甲》ゼロ・イクス! 人を救いたいと願う、魂を持つ者だ!」




 

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