俺サマは最強のヒューマニクス!
「ぐはは、勇者よ! これで終わりだ!」
「ぐぅぅ……」
闇に染まる魔王城で、勇者は血まみれで膝をついていた。
目の前には、邪神を取り込み力を格段に増した魔王が立っている。
仲間たちは、皆後ろで死んでいた。
瀕死にまで追い詰めた魔王の奥の手……それを読み切れなかったのが勇者たちの敗因だ。
最後に残った勇者も、既に死相が浮かんでいる。
だが、彼はまだ諦めていなかった。
命と引き換えに使える、たった一度の力。
女神より託されたそれを、使う時が来たのだ。
「私は諦めんぞ! 希望の火を、決して絶やしはしない!」
「この状況から勝てると言うのなら、やって見せるが良い! 邪神の力を得た我は、最早恐るものなどないのだからな!」
余裕を見せつけ、勇者を放置する魔王の前で、彼は剣を地面に突き立てて聖印を組む。
「アーレンハイト様! エルフの麗しき光の巫女よ!」
『勇者様……』
遠くから、精霊力で帰り道を維持し続けてくれている女性に呼び掛けると、彼女は即座に答えてくれた。
「私はもう、長くはありません……願わくば、私の命を支え、今から為すことの手助けを賜りたい!」
アーレンハイトが息を呑んだ。
可憐な彼女の、悲しげな顔が目に浮かぶ。
『エーデル王女が悲しみます……』
彼女の言葉に、勇者は最愛の人を思って胸が痛むが、止まりはしなかった。
「お伝えください……私は、エーデルを心の底から愛していた、と」
そして彼は聖印に、自身に残った全ての魔力を注ぎ込んだ。
アーレンハイトの尋常ならざる精霊力が、そっと助けてくれるのが分かる。
勇者は。
最後の力を振り絞って言霊を唱えた。
「我らが女神よ! 私の命を捧げてここに願う! 生きる事を望む者を救う、我が願いを聞き入れる者へと世界を救う使命を託したまえ! 彼方より此方へ、絶対の断絶を踏み越え、この世界に……異空の勇者を!」
術式が間違いなく発動したのを感じて、彼は魔王城の窓から見える、遥かな暗黒の空へと目を向けた。
「ぐわぁははははは! 悪あがきはそれで終わりか!? 何かと思えば、ただの召喚の術式ではないか!」
「ただの召喚ではない……」
呟いた勇者の視界の先で一条の光が虚空を走り、その光が地上へと降り注ぐのを見届ける。
「魔王よ……我が力及ばすとも、貴様を滅する意志を持つ者は絶えぬ……! 貴様にもいずれ来る滅びを……地獄で待っているぞ!」
憎むべき敵を睨み据え。
膝を折ろうとも、首は垂れぬまま。
勇者は、絶命した。
※※※
怖気立つような魔王の哄笑が、遥かに見える魔王城より空気を震わせてアーレンハイトの耳に届く。
「勇者様は……敗れました……」
悲しみに涙を流すアーレンハイト。
その体に触れぬよう近づいた、エルフ軍の将であるダークエルフの女性、カルミナがそっと彼女の耳元で囁く。
「では、一度ここを離れて……」
そんな、彼女の言葉を遮るようにアーレンハイトは首を横に振った。
「まだ、勇者様に託された使命は終わっていません」
毅然と空を見上げたアーレンハイトの視線の先に、光が走った。
それは見る見るうちに大きくなり、彼女の目の前に墜落する。
「アーレンハイト様!」
カルミナが即座に前に出て結界を張ると、墜落により生じた暴風がアーレンハイトの体に届くのを遮った。
砂煙の向こうで、何かが立ち上がる。
偉丈夫だ。
身の丈が、見ただけでアーレンハイトより頭二つ分以上。
「オーガ……?」
砂煙が晴れた先に立っていたそれを見て、アーレンハイトはつぶやいた。
赤い金属の全身鎧に、二本の角。
その頭頂部から金色の房が、長く腰に向かって伸びている。
『うん? なんか助けを求める声が聞こえたような気がしたんだが……こいつらじゃなさそうだな。一体、ここはどこだ?』
低い声で呟かれた言語は、アーレンハイトに聞き慣れないものだった。
「何者だ!」
カルミナの鋭い問いかけに、彼は首を傾げる。
『うぉ、妙な波形の言語だな。人間にしては耳が長いし。登録にないぞ……衛星座標も機能しないし、本気でどこか分からんな』
周囲を見回す赤いオーガが再び意味不明の言葉を呟き、エルフ軍の兵士たちがざわめく。
『お、それだけ喋ってくれたら波形の解読も楽だ。―――これで伝わるか?」
いきなり、オーガが流暢なエルフ語を口にした。
驚きに、さらに兵たちが浮き足立つ。
カルミナが、精霊に呼び掛けて攻撃術式を展開しながら怒鳴った。
「何者だと聞いている!」
「何者? ふふん、俺サマに対してそう呼び掛けるか! ならば答えよう!」
赤いオーガは、腰に差していた筒を引き抜くと天に掲げた。
その筒の先端から黒い芯が長く伸びたかと思うと、赤い光の刃を持つ大剣が一瞬にして現れていた。
「俺サマは最強のヒューマニクス、モデルΩ! 人を救う使命を持つ者だ!」
「人を……?」
アーレンハイトのつぶやきは、赤いオーガには届かなかったようだ。
掲げた剣を袈裟斬りに振り落とし、何か呪術的に特殊な意味でもあるのか、素晴らしく洗練された中にも荒々しさを感じる姿勢を取り、彼は続けた。
「人は俺サマをこう呼ぶ! 《救済機甲》ゼロ・イクス、と!」
そして、沈黙が降りた。
「で、結局何なんだ、お前は?」
どこか苛立ったように言うカルミナに、ゼロ・イクスは、がくっ、と肩を落とした。
「いや、ヒューマニクスだって言ってんじゃん。まさか通じねーのか?」
首を傾げるゼロ・イクスに向かって。
アーレンハイトは駆け出した。
「アーレンハイト様!?」
悲鳴のように呼び掛けるカルミナには答えず、アーレンハイトはゼロ・イクスの前に膝をついた。
「異空の勇者よ! どうか、どうかこの世界をお救い下さい!」
「おう! いいぞ!」
「私はアーレンハイト、エルフたちの王が一人娘です。今この世界は……って、今、なんと?」
「だから、いいぞ。人を救うのが俺サマの使命だからな。結局、ここがどこかはよく分からなかったけどな!」
そう言って快活に笑う彼に、逆にアーレンハイトは唖然としてしまった。
不意にゼロ・イクスは光に包まれ、そのシルエットが萎む。
並外れた巨人から、アーレンハイトより頭半分背が高いくらいの少年へと。
見慣れぬ衣服に包まれた全身は、鍛え上げられているのが一目で分かる。
褐色の肌に黒髪。
好奇心に輝くような明るい目と、野性的な印象を与える犬歯を剥いた笑みを浮かべる口許。
「姿が……」
「変わった……?」
「そりゃ変わるだろ。ずっとあの姿だとエネルギー消費激しいし。人間態の名前はオメガ・トリッカーだ。ゼロでもオメガでも好きに呼んでくれ!」
勇者の願いを継ぎ、異空より顕れた新たな勇者は。
なんだか色々、理解の範疇を越えた存在だった。