表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/20

俺サマは最強のヒューマニクス!

「ぐはは、勇者よ! これで終わりだ!」

「ぐぅぅ……」


 闇に染まる魔王城で、勇者は血まみれで膝をついていた。

 目の前には、邪神を取り込み力を格段に増した魔王が立っている。


 仲間たちは、皆後ろで死んでいた。

 瀕死にまで追い詰めた魔王の奥の手……それを読み切れなかったのが勇者たちの敗因だ。


 最後に残った勇者も、既に死相が浮かんでいる。


 だが、彼はまだ諦めていなかった。

 命と引き換えに使える、たった一度の力。


 女神より託されたそれを、使う時が来たのだ。


「私は諦めんぞ! 希望の火を、決して絶やしはしない!」

「この状況から勝てると言うのなら、やって見せるが良い! 邪神の力を得た我は、最早恐るものなどないのだからな!」


 余裕を見せつけ、勇者を放置する魔王の前で、彼は剣を地面に突き立てて聖印を組む。


「アーレンハイト様! エルフの麗しき光の巫女よ!」

『勇者様……』


 遠くから、精霊力で帰り道を維持し続けてくれている女性に呼び掛けると、彼女は即座に答えてくれた。


「私はもう、長くはありません……願わくば、私の命を支え、今から為すことの手助けを賜りたい!」


 アーレンハイトが息を呑んだ。

 可憐な彼女の、悲しげな顔が目に浮かぶ。


『エーデル王女が悲しみます……』


 彼女の言葉に、勇者は最愛の人を思って胸が痛むが、止まりはしなかった。


「お伝えください……私は、エーデルを心の底から愛していた、と」


 そして彼は聖印に、自身に残った全ての魔力を注ぎ込んだ。

 アーレンハイトの尋常ならざる精霊力が、そっと助けてくれるのが分かる。


 勇者は。

 最後の力を振り絞って言霊を唱えた。


「我らが女神よ! 私の命を捧げてここに願う! 生きる事を望む者を救う、我が願いを聞き入れる者へと世界を救う使命を託したまえ! 彼方より此方へ、絶対の断絶を踏み越え、この世界に……異空の勇者を!」


 術式が間違いなく発動したのを感じて、彼は魔王城の窓から見える、遥かな暗黒の空へと目を向けた。


「ぐわぁははははは! 悪あがきはそれで終わりか!? 何かと思えば、ただの召喚の術式ではないか!」

「ただの召喚ではない……」


 呟いた勇者の視界の先で一条の光が虚空を走り、その光が地上へと降り注ぐのを見届ける。


「魔王よ……我が力及ばすとも、貴様を滅する意志を持つ者は絶えぬ……! 貴様にもいずれ来る滅びを……地獄で待っているぞ!」


 憎むべき敵を睨み据え。

 膝を折ろうとも、首は垂れぬまま。


 勇者は、絶命した。


※※※


 怖気立つような魔王の哄笑が、遥かに見える魔王城より空気を震わせてアーレンハイトの耳に届く。


「勇者様は……敗れました……」


 悲しみに涙を流すアーレンハイト。

 その体に触れぬよう近づいた、エルフ軍の将であるダークエルフの女性、カルミナがそっと彼女の耳元で囁く。


「では、一度ここを離れて……」


 そんな、彼女の言葉を遮るようにアーレンハイトは首を横に振った。


「まだ、勇者様に託された使命は終わっていません」


 毅然と空を見上げたアーレンハイトの視線の先に、光が走った。

 それは見る見るうちに大きくなり、彼女の目の前に墜落する。


「アーレンハイト様!」


 カルミナが即座に前に出て結界を張ると、墜落により生じた暴風がアーレンハイトの体に届くのを遮った。

 砂煙の向こうで、何かが立ち上がる。


 偉丈夫だ。

 身の丈が、見ただけでアーレンハイトより頭二つ分以上。


「オーガ……?」


 砂煙が晴れた先に立っていたそれを見て、アーレンハイトはつぶやいた。


 赤い金属の全身鎧に、二本の角。

 その頭頂部から金色の房が、長く腰に向かって伸びている。


『うん? なんか助けを求める声が聞こえたような気がしたんだが……こいつらじゃなさそうだな。一体、ここはどこだ?』


 低い声で呟かれた言語は、アーレンハイトに聞き慣れないものだった。


「何者だ!」


 カルミナの鋭い問いかけに、彼は首を傾げる。


『うぉ、妙な波形の言語だな。人間にしては耳が長いし。登録にないぞ……衛星座標も機能しないし、本気でどこか分からんな』


 周囲を見回す赤いオーガが再び意味不明の言葉を呟き、エルフ軍の兵士たちがざわめく。

 

『お、それだけ喋ってくれたら波形の解読も楽だ。―――これで伝わるか?」


 いきなり、オーガが流暢なエルフ語を口にした。

 驚きに、さらに兵たちが浮き足立つ。


 カルミナが、精霊に呼び掛けて攻撃術式を展開しながら怒鳴った。


「何者だと聞いている!」

「何者? ふふん、俺サマに対してそう呼び掛けるか! ならば答えよう!」


 赤いオーガは、腰に差していた筒を引き抜くと天に掲げた。

 その筒の先端から黒い芯が長く伸びたかと思うと、赤い光の刃を持つ大剣が一瞬にして現れていた。


「俺サマは最強のヒューマニクス、モデルΩ(オメガ)! 人を救う使命を持つ者だ!」

「人を……?」


 アーレンハイトのつぶやきは、赤いオーガには届かなかったようだ。

 掲げた剣を袈裟斬りに振り落とし、何か呪術的に特殊な意味でもあるのか、素晴らしく洗練された中にも荒々しさを感じる姿勢を取り、彼は続けた。


「人は俺サマをこう呼ぶ! 《救済機甲》ゼロ・イクス、と!」


 そして、沈黙が降りた。


「で、結局何なんだ、お前は?」


 どこか苛立ったように言うカルミナに、ゼロ・イクスは、がくっ、と肩を落とした。


「いや、ヒューマニクスだって言ってんじゃん。まさか通じねーのか?」


 首を傾げるゼロ・イクスに向かって。

 アーレンハイトは駆け出した。


「アーレンハイト様!?」


 悲鳴のように呼び掛けるカルミナには答えず、アーレンハイトはゼロ・イクスの前に膝をついた。


「異空の勇者よ! どうか、どうかこの世界をお救い下さい!」

「おう! いいぞ!」

「私はアーレンハイト、エルフたちの王が一人娘です。今この世界は……って、今、なんと?」

「だから、いいぞ。人を救うのが俺サマの使命だからな。結局、ここがどこかはよく分からなかったけどな!」


 そう言って快活に笑う彼に、逆にアーレンハイトは唖然としてしまった。

 不意にゼロ・イクスは光に包まれ、そのシルエットが萎む。


 並外れた巨人から、アーレンハイトより頭半分背が高いくらいの少年へと。

 見慣れぬ衣服に包まれた全身は、鍛え上げられているのが一目で分かる。


 褐色の肌に黒髪。

 好奇心に輝くような明るい目と、野性的な印象を与える犬歯を剥いた笑みを浮かべる口許。


「姿が……」

「変わった……?」

「そりゃ変わるだろ。ずっとあの姿だとエネルギー消費激しいし。人間態の名前はオメガ・トリッカーだ。ゼロでもオメガでも好きに呼んでくれ!」 


 勇者の願いを継ぎ、異空より顕れた新たな勇者は。

 なんだか色々、理解の範疇を越えた存在だった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ