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二〇四七年三月十六日

戦隊作戦 第五期第四十五回演習:狭所不安定足場における防衛戦

ドラマパート・タイトル:第四十五話 『とっぱせよ、光の洞くつへ向かえ!』

 

 川の音は不思議だ。単調な様で変化に富み、長く聞いていても飽くことなく、心に安らぎを与えてくれる。目を閉じて自然の音に耳を傾けながら、穏やかな気分に浸りたいところだが、あいにく今は仕事の時間だ。

 そびえ立つ花崗岩の岩壁の下、急流が流れるむき出しの岩場。北アルプスの立山連峰と後立山連峰を分断するは大渓谷「黒部峡谷」

 秋には紅葉が美しい秘境として知られるが、早春のこの時期、しかも観光ルートから外れたこの場所に人の姿はなく、見かけるのは山の獣ぐらいなものである。もっとも獣の側からすれば、全身黒いスーツをまとい、白い般若面を被った我々は異様な存在として映るであろう。私は吊り橋の前で待つ九人の仲間達に、今回の概要を伝える。

「それでは今回のミッションを説明する。本演習は防衛線である。敵の侵入を阻止し、後ろにある吊り橋を守り切ることが任務となる。三十分以上守り切るか、敵レンジャー三人を戦闘不能にすれば我々の勝利だが、三人以上のレンジャーが吊り橋を渡り切る、あるいは我々が全滅すれば敗北となる。条件的には、我々の方が有利と言えよう。D、戦闘時の注意点の説明を頼む」

 黒部渓谷は各シーズンに一度は演習地に選ばれるため、古参戦闘員程経験が多い。我が隊の副長を務める戦闘員Dは、今回で五度目の戦いなる。

「よし、聞け小僧共。まずは見りゃあわかる話だが、ここは足場が悪い。おまけに水辺は濡れていて滑りやすい。こういうところで大事なのは、位置取りだ。敵をなるべく不安定な足場に追い込み、こちらは安定した場所で迎え撃つ。これだけで大分違ってくるはずだ。平地と違って、足場の悪いところでものを言うのはスピードでもパワーでもなくボディコントロール技術だ。加えてこちらは二人一組(ツーマンセル)、J隊長の言う通り、こっちに分がある」

「それと足場の悪い所では、特に跳躍、着地に気をつけろ。L、M、Tはここでの戦いは初めてだろう。いつもの感覚で飛ぶと、着地のバランスを崩して隙を作りやすいからな。実際去年、それで川に落ちた者がいる」

 Dの跡を継いで補足すると、幾人かの視線が戦闘員Sに集まる。きっと彼は般若面の下で、顔を赤らめていることだろう。

「隊長、それは忘れてくださいよー」

「ウハハ、あれを忘れるわきゃねえだろ。お前あんとき、下流で回収隊に救助されて、濡れ鼠だったじゃねえか」

 Sの情けない声に巨漢の戦闘員Rが応じ、一同が笑いに包まれる。戦闘前にこういうリラックスしたムードを作ることは大事だ。私は笑いをこらえながら続ける。

「まぁ、いくらスーツを着ているとはいえ三月の川に飛び込むのは危険だ。S、君から何か新人にアドバイスはあるか?」

「そうですね、吊り橋の上では絶対飛ばないこと。どう頑張っても反動でうまく着地できないですから」

「では、身をもって知った先輩の体験談を活かしてくれたまえ。それともう一つ、連絡事項がある。本ミッションより敵レンジャー、バスターピンクのテストパイロットが交代する」

「マジっすか、くぁー、残念。あのナイスバディなお姉ちゃんがいなくなるのは痛いっすよ」

 真っ先に反応したのは戦闘員Lだが、すぐに隣の戦闘員Mに小突かれる。前々回コンビを組ませてから、この二人はつるむことが増えたようだ。

「それにしても、こんな時期にかい?シーズン終了までもう間もないというのに‥‥」

 まもなく任期を終える戦闘員Kとっては、耳の痛い話なのだろう。彼は知らないが、いや機密事項として処理されているため、誰にも明かすことはできないが、事の真相は私だけが知っている。

 結論から言うと、協定違反にまつわる騒動は四日で解決した。私の情報を売った女性職員は、情報保全部の威信をかけた調査ですぐに発見された。身内の弱みを握られ脅されたらしく、金と引き換えに個人情報を流出させたと聞くが、ここは桜井女史の手腕をさすがと褒めておくべきか。セキュリティの固い場所から情報を引き出すには有効な手段だ。もっとも身内の失態で流出したのが私の情報となれば、手放しで喜ぶような話でもないのだが。

 代わりに米軍との交渉の結果、協定違反の代償として得たものは予想外に大きかった。何しろ桜井女史は現役のテストパイロットを懐柔しようとしたわけだから、罪科は単なる個人情報略取にとどまらない。関節部の人工筋肉構造図をはじめとする、パワードスーツの設計関連の技術情報提供は十八項目に及び、並びにO&A社の新型装着型端末「アルカディアン」の試作機貸与までこぎつけた。もっともアルカディアンの貸与に関しては、米国側も次世代型兵装に搭載させる戦闘用端末として売り込む予定でいたらしく、今回の一件をうまく利用した節もある。そしてこれらの功績に私の貢献は高く評価されており、契約終了時に支払われる報奨金の増額に加え、在職中の行動に関するいくつかの規制も免除されることとなった。ちなみに桜井女史は即日免職、彼女のみならず桜井家も今回の件では責任を追及されることとなるだろう。

「バスターピンクの相手は、引き続きEとUに受け持ってもらう。おそらく敵はまだ戦闘に慣れていないはずだ。山の水が冷たいことを、身をもって教えてやるといい」

「了解、任せてください」

「新レンジャーのプロフィールについては、データベースに登録されているので確認するといい。なんでも今度はプロスポーツからの転向者らしい。どうやら相手も来たようだ。全員デルタフォーメーションで待機。今日も勝つぞ」

「おう!」

 気合の声を上げて、我々は所定の位置へと散らばる。狭い道の向こうから、撮影スタッフと観測スタッフを引き連れてバスターレンジャー達がやってくるのを見ると、意気が高揚してくる。

 さぁ、敵レンジャーのお出ましだ。我々の戦いは今日も続く。

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